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21.魔力の行方


 蜜蜂王国が滅んでから早くも数日経った。

 胡蜂たちの動きに大きな変化はないものの、日を追うごとに緊張はさらに増していく。そんな中で、金剛と紅玉、そしてその部下たちは、それぞれ戦いに備えていた。


 白珠はせっせと食糧確保の役目を担い、そして、ようやく訪れた休憩時間の半分は花畑を眺めて過ごしていた。

 そこではいつも、紅玉の部下たちの一部が稽古をしているが、ここ数日、新たなメンバーが加わった。蜜蜂の銀星である。今も、花畑の上にて目の前にいる人物を睨みつけていた。


 相手は蜻蛉の男の一人だ。生まれつきの風の魔術と紅玉に与えられた石剣を武器に、銀星相手に稽古をしようというところだった。

 銀星の方は、魔女に与えられた短剣を手に身構えている。今にも飛び掛かりそうな眼差しには、白珠の見たことのない勇ましさがあった。


 彼女のために服を作れというのは、金剛から出された命令であった。動きやすくて軽い服。そのために、紅玉は服の材料と手伝いのための人員を持ち帰ってきた。白珠の服作りのために、わざわざ戦えない花の精霊たちを捕らえてきたのだ。

 こうして被服室はやや華やかにはなったが、かといって賑やかにはならなかった。紅玉に捕まってしまった花の精霊たちは、ひたすら紅玉のご機嫌を窺い、白珠と雑談を楽しむという心を持っていなかったのだ。とにかく、会話は出来るが弾まず、おかげで、作業は速やかに進んでも、一人でやるよりも気疲れが増してしまった。


 だが、気疲れの原因は、何も彼女らのせいだけではないだろう。

 白珠にとっての一番の負担は、やはり狩りであった。


 今朝はどうにか見知らぬ花虻の男を誘い込んだ。金剛が彼を捕まえる頃には、白珠もすっかりへとへとになっていた。疲れはなかなか取れず、昼下がりになってもまだ倦怠感や暗い気持ちが残っている。

 体の疲れはまだマシだ。厄介なのは心の疲れだった。

 悪い人ではなかった。きっと、これまでも、花を労わって扱ってきた紳士だったのだろう。その表情や言動を思い出し、罪の意識にさいなまれる。

 今の白珠にとって、この世界は灰色だった。


 しかし、そんな中で、鍛錬に励む銀星の勇ましい姿は、美しく輝いていた。

 身に着けているのは、白珠が気苦労しながら手掛けた戦闘服である。紅玉の持ち帰った素材がよかったのか、はたまた、助手として与えられた花の精霊たちの腕がよかったのか、銀星の姿によく似合い、なおかつその動きを阻害しない逸品に仕上がっていた。

 銀星が軽々と身動きするたびに、白珠は少しだけ満足した。


 だが、所詮は気休めに過ぎない。

 訓練は常に厳しく、実戦を思わせる。争いとは無縁な白珠にとって、それらはあまりにも荒々しい世界だった。


 銀星はとても強い蜜蜂であった。捕まったショックがあろうとも、すぐに立ち直り、金剛を主人と認めて自ら鍛錬に励むようになっていた。

 その目には世界への恨みがこもっているが、幸いなことに白珠への恨みはもうなかった。彼女の憎しみの先には自分の世界を壊した胡蜂たちだけがいるらしい。

 裏切り者と思われても仕方がない。そう覚悟はしていたが、自分の作った服を素直に受け入れてくれている。前のようにとはいかないが、少しは話もしてくれる。それは白珠にとって嬉しいことではあった。だが、それだけに、銀星の訓練は美しく、そして恐ろしい光景であった。


 紅玉の命令で鍛錬に付き合う部下たちは、いずれも兵として胡蜂と戦う予定の者たちであった。蜜蜂よりもずっと強い肉食精霊であり、訓練であろうと手を抜いたりはしない。そのため、稽古であっても銀星は、見守る白珠が思わず息を飲んでしまうほどの痛打を受けることもあった。

 しかし、いかなる痛みも彼女は怯まない。こっぴどく殴られ、地面に叩きつけられても、すぐに立ち上がろうとした。その目には怒りのみが宿っている。蜜食精霊らしからぬ命懸けの闘志。その姿はどんなに遠くから眺めていても、強く激しく輝いていた。


 ――絶対に、奴を殺してやる。


 それが、怒りで心を燃やす蜜蜂の姿だった。

 白珠はその姿に惚け、同時に、切なさを感じていた。


 ――優しかった銀星はもう何処にもいない。


 かつてお客として愛した彼女は平和な日々を称えていた。

 優しい眼差しでいつも語るのは、勇ましい姫たちのこと、儚い美しさを宿した王子たちのこと、彼らを護衛する厳しい衛兵たちのこと、常に愛を求める可愛い弟妹のこと、共に力を合わせて働く姉妹たちのこと、そして、それらすべてを見守る神秘的な大精霊の母のこと。

 彼女が心より愛した世界は、たしかに平和で、たしかにあったはずなのだ。美しい黄金の国。甘い香りに満たされた秩序ある蜜蜂たちの王国。銀星が微笑みながら語る温もりのある故郷。


 直接見たわけではなくとも、彼女が混じり気のない愛と共に語っていたその国の記憶は、滅んでしまった今になって白珠の心に強く残っていた。


 胡蜂たちはその世界を破壊した。王国も、身分も、財産も、兄弟姉妹も、そして女王すらも、銀星から全てを奪っていったのだ。

 だが、奪われたのはそれだけではない。穏やかな心もまた、今の銀星には残っていないようだった。


 ただの訓練であろうと、銀星の態度には少しの安らぎもない。紅玉の部下である蜻蛉相手に何度も飛び掛かり、石剣で切られることも恐れずにその懐へと飛び込んでいく。自らの命すら省みない彼女の戦い方は、見ている白珠を不安にさせるほどだった。

 それに対し、蜻蛉は冷静に銀星の攻撃をかわしていた。そして、何度も同じ手を使おうとする彼女を見限ると、不意を突いて反撃をした。石剣の柄で強く殴られ、銀星が一瞬だけ怯む。


「これで終わりだ」


 見下すように、吐き捨てるように、蜻蛉は言って、銀星の腹を素早く蹴り飛ばした。

 低い悲鳴があがり、飛ばされたその身体が花畑に咲く物言わぬ花たちを散していく。その上に叩きつけられ、悶える彼女の姿に、白珠は身をすくめていた。


 ――これが、戦いなんだ……。


 初めて目にする殺伐とした世界に震えが止まらない。けれど、忘れてはならない。これはあくまでも訓練なのだ。実戦はもっと酷い。胡蜂たちが来れば、もっと恐ろしい事になる。

 胡蜂の羽音はすぐそこまで近づいてきている。戦いの日は近い。それは、日々、瑪瑙や紅玉の部下たちが集めてくる情報からも明らかだった。

 蜜蜂王国を攻め滅ぼし、王国民や女王をまんまと手に入れた翡翠は強気になっているらしい。その功績をあげたのは数いる娘の中でも、次期女王の最有力候補である第一王女であり、翡翠にとっては自慢の後継者でもあった。


 ――翡翠は第一王女の力を強く信じているらしい。


 瑪瑙の言葉が白珠の頭をよぎる。


 ――ボクらがちまちま準備していることもお見通しのようだ。それでも、姫ならば勝てると。


 それだけ自信があるということだ。

 この辺りには他にも大精霊たちはいるというし、それぞれが迎え撃つ準備をしている。しかし、中でも金剛の手駒は少なく、紅玉の部下頼りであることも知られているらしい。それだけが理由かどうかは分からないが、翡翠の次の目当ては、やはり金剛であるらしいと瑪瑙は突き止めていた。

 紅玉がいようといまいと関係ない。ここを襲撃し、金剛を連れ去ることが目的であるらしい。


 ――どうして、金剛が狙われなくてはいけないの……。


 白珠は心の中で嘆いた。


 連れ去られた蜜蜂の女王――黒曜がどうなったのか、それは森を飛び回る瑪瑙でも分からない。恐らくは生きていないだろうといわれていた。

 だが、問題なのはその黒曜が死んだかどうかではなく、その力がどうなっているかである。この世にいたとしても、いなかったとしても、黒曜の蜜蜂女王としての力は、確実に翡翠のモノとなっているはずだった。

 一応、黒曜の力は、大精霊の中でも取るに足らないものでしかないと金剛や紅玉は考えているそうだ。だが奪われたその力がどれほど脅威となるのかまでは分からない。どんなに役に立たなさそうでも、もともとは月の女神の神力である。使い方次第で意外な方面に牙を剥く可能性だってあるのだ。


 だから、瑪瑙は今も情報集めに奔走していた。その美しい声がいつ警報をもたらすかは分からない。緊張感は常に漂っていた。


 白珠はため息を吐いた。

 自分は戦えない。戦わせてもらえない。武器を持たせてもらえるはずもなく、石ころを手に立ち向かったところで呆気なく囚われるだろう。

 安らかに死にたいのならば、瑠璃共々身を隠す術を身につけなさいというのが主人である金剛の教えでもあった。それだけに、勇ましく鍛錬に励む銀星の姿は、白珠の心に強く突き刺さった。

 どんなに痛い目に遭っても、自らの怒りを牙にして立ち向かえる彼女。その姿は白珠にとってあまりにも遠く、寂しさと共に憧れに近いものを感じるほどだった。


「……まだだ」


 すっかり荒らされた花畑の上で銀星は唸った。


「まだ戦える」

「いいや、終わりだ」


 呆れたように蜻蛉はそう言った。


「これ以上、続けても意味がない。いつも同じ攻め、変化のない動き、それで使い物になると思っているのか? 悪いことは言わない。偵察の仕事をしろ。胡蜂どもの手で生きながら肉団子にされるのを望んでいないのならばね」


 煽るようなその声を聞きながらも、銀星はふらりと立ち上がる。

 蜻蛉は石剣を構え、ため息を吐いた。


「諦めの悪い――」


 だが、その時だった。

 一瞬にして銀星の姿が消えた。


 白珠にはその姿を追う事が出来なかった。瞬きをした間に、銀星は飛び出し、そのまま風になっていた。夜空を流れる星のように、彼女は稽古相手へと飛び込んでいたのだ。その煌きだけが白珠の目に焼き付き、何が起こったのかすぐには分からなかった。


「なっ!」


 絶句したのは蜻蛉の方だった。からんと音を立てて石剣が地面に落ちる。


 あっという間の出来事だった。気づけば、銀星は蜻蛉の懐に潜り込んでいた。短剣を彼の腹部に突き付け、荒い呼吸と眼差しで蜻蛉を睨みつけている。


「勝負あったな」


 息を整えつつ彼女はそう言った。

 蜻蛉は顔を蒼ざめ、大きく息を吐いた。


「――そのようだ」


 白珠は茫然とそのやり取りを見つめていた。


 銀星の頭には目の前の相手を殺すことしかない。ああやって一人を殺して、その後はどうするつもりなのだろう。せっかく金剛に助けてもらえたのに、このままではすぐに討ち死にしてしまう。それだけは、避けて貰いたかった。


 だが、自分が言ったところで聞く耳をもってくれるだろうか。

 蜜蜂の誇りを踏みにじられた銀星の怒りは強く、その使命感は自身の命すらも軽んじている。そんな彼女に対して、ただ安直に自分の命を大事にしてくれと言ったところで通じるとは思えない。


 では、どのように伝えればいいだろう。


 小さく息を吐いたその時、白珠の隣に座り込む者が現れた。


「やれやれ。ずいぶんと荒々しい見世物だね」


 瑪瑙だった。偵察から帰ってきたその足で、花畑を覗き見に来たらしい。

 白珠の隣で胡坐をかき、真っすぐ銀星の様子を見つめ、頬杖を突きはじめた。


「紅玉の隷従たちが噂していたよ。新入りの女戦士さまはずいぶんと肩に力が入っているようだって」

「どうしたらいいのかしら」


 白珠は思わず声に出して嘆いた。


「捕まって以来、あの調子なの。胡蜂への恨みを制御できていないみたい。それでもね、動きはとてもいいの。きっと本人が願っている通りに動けているのでしょうね……とても不味い事だけれど」

「確かに、今のは不味かった。確実に一人は殺せるからね。だが、あれでは一人しか殺せない。むしろ、敢えてそれを狙っているのかな? ボクにはそう見える。どうしても倒したい一人だけに絞り、後は死んでもいいと思っているよな――」

「彼女は未来を生きる気はないのかしら」


 白珠たちの見守る先で、蜻蛉が小声で何かを告げてから姿を消した。

 銀星はその場に座り込みつつ、首を横に振った。


「次だ。早く」


 苛立ったその様子に、見物していた別の精霊たちが困惑した。言葉を知らない小さな精霊たちも不思議そうに銀星の様子を見つめている。だが、銀星は躊躇うことなく周囲を睨みつけた。

 ややあって、蜻蛉の代わりに別の精霊が現れた。小蝙蝠の女性だった。やはりその手には紅玉の授けた石剣が握られている。

 新たな肉食精霊の登場に、銀星は満足そうな表情を浮かべた。


「いいぞ、かかって来い!」


 その様子に小蝙蝠は躊躇い気味に石剣を構えた。

 瑪瑙はぼんやりとその光景を見つめながら、口を開く。


「働き蜂の気持ちなんてボクには分からない。それに、蜜蜂の生き方に口は出せないよ」


 白珠をそっと瑪瑙の表情を窺った。諦め気味の彼の表情に、寂しさを覚えた。

 それが蜜蜂なのだと納得できればどんなにいいだろう。しかし、白珠は諦めきれなかった。どうにか、彼女一人に背負わせない方法はないのか。せめて何か、手助けできることは他にないのか。


 ――手助け……?


 ふと白珠は思い立った。


 自分に出来ることは本当に逃げ隠れしていることだけなのか。食糧集めも、服作りも、大切な使命ではある。だが、戦闘となった時にもっと出来ることが自分にもあるのではないか。


 そう、例えば、金剛のように直接手を下さずに場の状況を操れるような手段が――。


 考えたまま、白珠はそっと立ち上がった。


「どうしたの?」


 瑪瑙の問いにも関わらず、くるりと向きを変える。

 見つめる先は、白珠があまり行きたいと思えない部屋の一つ。金剛が休憩室として好んでいる、蜜薬や人形の保管されている部屋だった。


「白珠?」


 問いかける瑪瑙に白珠はそっと呟いた。


「ちょっと魔女さまにお会いしてくる」


 そして、返事を待たずに白珠は歩みだした。


 蜜薬の香りに、花の精霊たちの亡骸。ひとりで行くのには勇気がいる部屋だ。普段は前を通るだけでも暗い気持ちになる。けれど、この度、白珠は堂々と踏み込んだ。


 入ってすぐに花の精霊で出来た人形たちが出迎えてくれた。

 美しく着飾られ、こまめに手入れをされているその人形たちは、運が悪ければ白珠の未来の姿でもあったのだ。そのことを胸に秘め、さり気なく人形たちの顔を見やった。ここに置かれている花たちは、いずれも金剛が思い出と愛を込めた大切な私物である。


 中でもひときわ目立つ赤毛の混血花の女性は、瑠璃と親しい精霊でもあったらしい。いつもは一緒に並んでいるはずだが、今回は見当たらなかった。

 部屋の奥へと入り込むと、その理由がすぐに分かった。朱花という名のその人形は、部屋の奥にひっそりと置かれたベッドの上で、金剛に抱かれながら共に眠っていたのだ。


 白珠はそっとベッドへと近づいた。抗う心すら持たない永遠の奴隷を愛おしそうに抱いていた金剛が身動ぎをする。


「どうしたの、白珠」


 目を閉じたまま、金剛は口を開いた。

 白珠は戸惑いつつ、じっと主人を見つめた。彼女に抱かれている朱花のガラス玉の目がきらりと光っている。その不気味さを恐れつつも、白珠はその空気に耐えながら答えた。


「魔女さま、ご相談があります」

「何かしら」

「わたしに――」


 言いかけて、白珠は躊躇いを覚える。さきほど思いついたことを、そのまま口にしていいものか。広間の方から銀星の怒号が聞こえてきて、ますます迷いは深まっていく。しかし、白珠はすぐに弱気を払った。

 このまま怯えていていいのか。みすみす銀星を死なせてしまってから後悔しては遅いのではないか。

 

 覚悟を決めて、白珠は続けた。


「わたしに、戦う術をください」


 金剛の片目がちらりと開く。


「何を言い出すかと思えば」


 そして彼女は起き上がり、朱花を丁寧に寝かせながら言った。


「銀星に触発されたの? あの人には出来ても、お前には無理よ。月花には一刺しすら出来ないわ」


 呆れたように諭す金剛に、白珠は縋りついた。


「それでも、月花には月花の戦い方があるはずです。例えば……あなたに魔力を頂いたら、わたしにも蜜薬を操れるのではないのでしょうか」


 金剛の目つきが変わる。白珠をじっと見つめると、その両手で頬を包み込んだ。


「本気で言っているの?」


 覗き込むようなその瞳に、白珠は頷いた。


「――はい」


 男性は男性から、女性は女性から、魔力を継承できる。

 そこに血筋は関係ない。もしも金剛が認めてくれれば、白珠も大精霊の見習いになれるのだ。


 すでに、瑪瑙は紅玉の力を貰い、そちらの修行も始めていると聞く。それならば、自分にだってその道が許されてもいいはずだと白珠は感じていた。

 力を得たところで、どうせ金剛を裏切るつもりはない。蜜薬に対する耐性ができたとしても、端から見捨てる気持ちに全くなれないだろうと白珠は強く信じていた。


「魔女さまのお力を得て、もっとお手伝いしたいのです。花蜜を操る術だったら、その蜜を生むわたしにはとても適した力のはず――」


 だが、言いかけたところで白珠はその唇を金剛に塞がれた。柔らかなキスの恍惚に思考が止まりかける。相手は蜜食精霊などではないのに、蜜が溢れ出てしまいそうだった。

 金剛は唇を離すと、静かに語り掛けた。


「花の魔女の称号。それは確かに月花の方が相応しい。もともと、この力は花の精霊が授かったと言われている。その後で胡蝶や花虻なんかに伝わって、やがて花蟷螂に伝わった。多くの種族の者が花の魔女となったけれど、元を辿れば月花のための力。そうね、お前に授ければ、上手く使えるかもしれないわ」

「……では」


 しかし、身を乗り出す白珠を前に、金剛は深くため息を吐いた。朱花の身体を再び抱きしめ、閉じ込められた香りに顔を埋めながら金剛は呟く。


「でも駄目よ」


 それは、白珠の心を打ち砕く返答だった。

 白珠は震えながら訊ねた。


「どうしてですか?」

「私が欲しい花は、愛でる対象となるもの。一生、私の傍で孤独を癒してくれるもの。お前になって欲しいものは後継者じゃない。いつまでも弱き者として、私に仕えて欲しい」

「そんな……でも!」

「何を言おうと駄目よ、白珠。今の立場だから、お前は比較的安全でいられる。もっとも危険の少ない立場にいられるの。でも、この力を授ければそうはいかない。お前は私の後継者として、翡翠に――延いては、月の女神と敵対している肉食花にすら狙われることになるでしょう」

「覚悟の上です! それでも、わたしは――」


 必死に訴える白珠を、金剛は睨みつける。


「駄目と言っているでしょう、白珠。私の言う事が聞けないというの?」


 きつい口調でそう言われ、白珠は言葉に詰まった。そう言われてしまうと、口答えをすることすら出来ない。

 けれど、どんな魔力をもってしても、金剛には白珠の心の中で沸き起こる感情の全てを消し去ることもまた出来ないのだ。それがとても苦しくて、白珠は泣きだしそうになっていた。

 そんな彼女を見つめ、金剛はそっと声をかけた。


「おいで」


 短い命令だった。

 白珠がその手を取ると、そのまま寝椅子へと引き寄せられた。朱花の人形のその隣に座らされ、甘い香りに包まれながら、白珠は俯いた。金剛はその髪に触れながら、静かに諭した。


「お前の気持ちは分かったわ。それに、抗いたいという意志も。私の魔力は無慈悲なものね。相手を逆らえなくするくせに、自由に考える意思までは奪えないのだから。いいこと、白珠。大精霊の称号は呪いでもある。課せられれば今回のような騒動とは無縁でいられない。普通の精霊たちのように自由奔放に生きていく権利すら失うの。その意味を、お前が理解できているとは思えないわ」

「わたしは……」


 言いかける白珠の口を指で押さえ、金剛は言った。


「とにもかくにも、今はまだ、この力を渡せない。お前にも、瑠璃にもね」


 その声には一切の揺らぎがなかった。強い意志が込められた声。白珠はそれを実感し、落胆した。

 どんなに説得したところで無駄だろう。したところで、黙って受け入れろと命じられればおしまいだ。それならば、もう言えることもなかった。


「さあ、お行きなさい。しばらく働き通しだったでしょう? こんなところで私の休眠の邪魔をするくらいならば、地下に潜って瑠璃とふたり愛を確かめ合った方が利口ってものよ。自由な時間は貴重なものだもの。とくにこれから先は、ね」


 そう言って、金剛は目を閉じる。朱花の身体を愛おしそうに引き寄せて、白珠の存在を気にせずに眠り始めた。もうこれ以上、話すらして貰えない。そう感じて、白珠はそっとその場を立ち去った。


 ――時間は貴重なもの。


 その言葉を胸に、白珠は不安を抱く。

 戦う術がないという恐怖。今のこのままの立場でこっそりと武器を手に取ったとしても、胡蜂に勝てるとは思えない。白珠は絶望を感じていた。


 広間へと戻ると、銀星たちの稽古はまだ続いていた。その怒声、勇ましさ、荒々しさを目の当たりにするたびに、白珠は心の何処かでその強さを羨望した。

 守りたいものを守れるという力。何故、自分にはないのだろう。

 瑪瑙の声掛けにも応じずに、とぼとぼと歩きながら、彼女は大人しく地下へと向かったのだった。

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