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20.囚われた蜜蜂


 蜜蜂の王国が終焉を迎えた。瑠璃は地下に閉じ込められたまま、その話を聞かされた。

 紅玉の部下は魔女に命じられたままに淡々と話し、そのままさっさと消えていく。そこから生まれる衝撃や不安を持て余しながら、瑠璃はただただ落ち着かなかった。


 だが、それから間もなくして、紅玉の部下たちは再び現れた。

 白珠が帰ってきたのだろうかと期待したが、違った。いつものあの黒蟻によって連れてこられたのは全く違う、見慣れぬ精霊だった。


 ――蜜蜂だわ。


 瑠璃はすぐに理解した。


 この女性こそ、蜜蜂王国の終焉を金剛に報せた人物なのだろう。不機嫌そうな顔をしている理由も大方、分かる。彼女の身体からは蜜薬の匂いがした。傷の塞がりや顔色。同じ目に遭い、それでいて生かされている。


 こんな身分に落とされる可能性が高い蜜蜂といえば限られている。瑠璃にはぴんときた。

 白珠のお客だったというあの蜜蜂に違いない。


 ――名前は確か銀星だったかしら。


 瑠璃の見つめる中、黒蟻は彼女を地下へと追いやり、やや厳しい声で告げた。


「用があったらまた呼びに来る」


 そして、返事も待たずに黒蟻は姿を消した。

 大きくため息を吐くと、蜜蜂はその場に座り込み、改めて瑠璃へと目を向けた。

 不機嫌のためか目つきは悪いが、とても美しい瞳をしている。紅玉の部下ではない他種族の美を久々に感じて、瑠璃は外の世界の懐かしさに悶えた。


「胡蝶の虜囚、ね。もしかして、君も白珠に騙されたの?」

「いいえ」


 短く瑠璃は否定した。


「白珠は私の恋人よ」

「果たして向こうはそう思っているのかな? 花蟷螂は自分の月花だと言っていたが」

「違うの。捕まった時に没収されたの。もともとは私の花だったのよ」


 力なくそう言うと、蜜蜂は黙り込んだ。

 ばつが悪そうに目を逸らし、壁の方を見つめながら頬杖を突く。そんな彼女に瑠璃は問いかけた。


「ねえ、あなた、銀星でしょう?」


 すると、蜜蜂はすぐに視線を戻した。


「白珠に聞いたの?」

「ええ」


 答えつつ、瑠璃は俯いた。

 白珠は彼女の事を少し気に入っていた。騙していたことで傷ついていたのは彼女も同じだ。そう思うと、銀星が白珠を憎んでいるらしいことが瑠璃もまた辛く感じた。

 あんなに嫉妬していたのに、銀星には白珠を嫌ってほしくないと思えたのだ。


「怒る気持ちは分かるわ。私だって、自由を奪われる辛さをもうずっと味わっているから」


 瑠璃はそう言って、首を振った。


「でも、これだけは信じて。白珠はあなたを騙したくて騙したわけじゃない。私のせいで魔女に逆らえないのよ。私が金剛に捕まってしまったから、脅されて、蜜薬を飲んでしまった。だから、恨むなら私を恨んで」


 その言葉に、銀星はまじまじと瑠璃を見つめた。

 探るような、疑うような、そんな目で瑠璃の表情を穴が開くほど見つめ、やがて呆れたようにため息を吐いてその場に寝そべり、呆れたようにため息を吐いた。


「君は……本当にあの子を愛しているんだね」

「ええ、そうよ」


 瑠璃はきっぱりと肯いた。


「今までもこれからもずっと愛している」


 ただの独占欲ではない。

 独占欲もあるだろうけれど、それだけではない。


 全てが愛おしかった。愛おしくてたまらなかった。白珠を知る者の全てが白珠を愛していて欲しい。そして、明るい未来が彼女の行く先に広がっていて欲しい。

 それは、瑠璃にとって純粋なる願いだった。


「そっか」


 あっさりと銀星はそう言った。


「初めからあの子が愛していた相手も君だったわけだ。そうとも知らずに私は、故郷に骨を埋めることもせず、陛下の後を追う事もせず、ただただ無様に逃げて、白珠の温もりを求めたわけだ。全く、滑稽なものだよ。女王を失ったのに生かされ続ける働き蜂だなんて」


 自嘲するように笑い、そして天井を仰ぐ。


「安らかな死に方を選んだつもりだった。だがまさか……ここにきて復讐の機会を与えられるなんてね」

「復讐……?」


 瑠璃が問い返すと、蜜蜂は頷いた。


「魔女――金剛に問われたんだ。胡蜂を、その女王翡翠を憎んでいないかと。そして私は答えた。憎んでいると。憎まないはずがない。奪われ、殺され、破壊され、故郷を滅茶苦茶にされた。王国民の大半は戦って死に、降伏した兄弟姉妹もやがては殺されるだろう。そして我らの母である黒曜さまは……ああ、考えたくもない!」


 その身を怒りに震わせ、銀星は床を殴る。


「憎まずにいられるか。大精霊の力を悪用するなんて。畏れ多くも月の女神さまのお力だぞ。こんなことが許されていいはずがない。許せない!」


 嗚咽を漏らしながら、蜜蜂は床に伏せた。


 胡蝶である瑠璃には分からない。女王を頂点として生きてきた蜜蜂の誇りというものが。その女王を略奪され、侮辱されることの気持ちが。泣きわめきながら床を殴るまでのその怒りの感情が。

 しかし、銀星の姿は瑠璃の目から見ても悲痛だった。本気で胡蜂たちを憎んでいる。たとえそれが到底敵わぬ相手だとしても、命懸けで戦わずにはいられないという心が瑠璃にははっきりと読み取れた。


 銀星は突っ伏したまま、今度は笑いだした。


「……そうだな。白珠――あの子は裏切り者なんかじゃない。野垂れ死にするはずだった私に、機会を与えてくれたのだから。魔女の手先として、戦う機会を。そう考えれば、あの子はまさしく月の女神の――いや、復讐の女神のお使いだ」

「あなたも、身を投じるつもりなの? 恐ろしい大精霊同士の戦いに」


 瑠璃の問いに、銀星は顔を上げた。


「ああ、そうだ」


 そして身を起こしてから、付け加える。


「黒曜さまに手をかけた姫とその母親の翡翠に死を。たとえ刺し違えてでも。そのためならば、尊厳なんていらない。私は単なる働き蜂だ。仕える相手がいなくなったのならば、別の相手に仕えるだけ。復讐の機会を下さる金剛に仕えるだけだ」


 淡々と唱える彼女を見つめて、瑠璃はぞっとした。


 蜜薬は効いている。忠誠心が高く、攻撃的な奴隷が誕生したのだ。

 彼女は復讐を求めている。誰よりも好戦的に、誰よりも躊躇いなく、主人である魔女のために命を捨てられるだろう。それが金剛の思惑通りなのかどうかまでは、瑠璃には分からなかった。


 ただ切なかった。


 ――この人も、このまま心を失ってしまうのかしら。


 白珠が語った銀星の姿は、いつも温かく念入りに花を愛でる精霊だった。穏やかな雰囲気を白珠は好んでいただろう。瑠璃が嫉妬し、対抗したのも一度や二度ではない。その相手は何処へ行ってしまったのだろう。


 怒りに燃える銀星の眼光を眺めながら、瑠璃は嘆いていた。

 また一つ、白珠の愛する世界が消えていく。その果てに大きな幸福があるのだとしても、その前に迫って来る混沌が恐ろしくて仕方ない。金剛の約束した世界は本当に来るだろうか。そんな不安を抱きながら、瑠璃はじっと目を閉じた。

 

 拒もうとも時は進む。

 今はただ祈っていることしか出来ない。

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