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66.ずっと、待ってる

 暁が呼んだ青い雲は、一週間もの間キエラを覆い、雨を降らし続けていた。

 見たこともない天変地異にキエラ兵は混乱……橋の戦いは呆気なく終焉を迎えたという。

 エルトラ軍はそのままキエラの要塞に進軍し、夜斗の幻惑で前後不覚になっていた者や私達や夜斗に閉じ込められたり縛られたりしていた兵士をすべて捕まえた。


 北東の遺跡は……この大量の雨で瓦礫が崩れ……二人の遺体が発見されたそうだ。

 普通は海に流して弔うのだが、万が一生き返ったら困ると……あの、土がボコボコになっていた闘技場に移されたようだ。

 最初はそこに埋葬する予定だったが、遺体すらも残しておくべきでない……と、その場で火葬されたらしい。


 理央が赴いた南の施設では……思ったより衰弱がひどく動かせない民が多かったそうだ。

 エルトラに連れてくることができず……逆にエルトラから治療師が赴いて手当をしているということだった。

 

 各地で捕まえられたキエラの兵士は、すべてエルトラに連れてこられ……一か所に集めて女王が接見した。

 女王と各神官の接見で……暗示が効かず、どうしても矯正が不可能な者は……残念ながら処刑されてしまった。

 カンゼルに直接仕えていた5人と、武闘隊と呼ばれる10人ぐらい、だったそうだ。

 それ以外の兵士は……記憶を消されて各軍にそれぞれ預けられ、一から鍛え直されているらしい。

 そしてやがては……女王直轄の軍に回されるという。

 矯正が失敗し、反乱を起こす可能性があるため……直接見張るということなのだろう。


 ディゲと呼ばれる若い子たちは……橋の戦争で大半が死んでしまった。

 カンゼルの洗脳で、敵に捕らえられたらフェルポッドに力を全て溜めて自害せよと命じられていたらしい。

 エルトラの兵士ではどうすることもできず……彼らがキエラの兵士に渡そうとしたフェルポッドを回収するのが精一杯だったそうだ。

 この遺された力をどう使うのが一番いいのか、まだわからず……彼らの命でもあるフェルポッドは女王の下ですべて管理されている。


 残ったディゲは、まだ幼いのと洗脳が進んでいなかったということもあり……どうにか矯正できそうだ、という話だ。

 バラバラに預けられ……フェルティガエとしての教育を一から受け直している。

 彼らの両親にあたる人間が南の施設にいるはずだが……まだそこまで調査は進んでいないらしい。

 そのうち落ち着いたら探してあげて……可能なら家庭に戻すことも考えるとのことだ。



 一週間降り続いた雨がやみ……理央が戻ってきた。

 理央はひどく慌てた様子で


「すぐ……フレイヤ様に謁見を!」


と叫ぶように言った。

 女王はキエラの民との接見で多忙な中……すぐに時間を取った。

 私と暁……夜斗も同席した。


「何事じゃ、リオネール」

「雨……雨が、やんで……。地面が……乾いた地面が……土に変わり……草……が」


 理央らしくもなく……途切れ途切れに話す。


「……草?」

「つまり……」


 理央は唾を飲み込んだ。


「汚染され、死んだ大地と思われていたキエラの領土が……蘇りつつある……ということです」

「……何じゃと?」


 女王が身を乗り出した。


「今は、まだ雑草しか生えていませんが……これから手を加えていけば……エルトラのように恵みをもたらす大地に生まれ変わるかもしれません」

「……(にわ)かには信じ難いのう……」


 女王が眉間に皺を寄せる。


「ねぇ、夜斗……あれは? 理央の瞳に映ったものを映像化っていう……」


 私が言うと、夜斗が「なるほど」と言って理央の肩に触れた。理央が見た景色が大広間に映し出された。

 見ると……黄色い砂と岩だらけだった大地が……茶色くなっている。

 そして、ところどころに……緑色の雑草が生えている。


「本当だ……」

「まことじゃの……」


 女王が驚きのあまり口が開いたままになっている。


「キエラの大地の色が……変わってしもうたのう」


 色が……変わる……。

 ふと、私はある言葉を思い出した。


 ――ミュービュリのアサヒを守れ。……テスラが、その色を変えるまで。


 パパの言葉だ。パパの……ユウを送り出した……始まりの言葉。

 パパには、見えていた……? キエラの、今の景色が。

 そして……その先の、緑の大地に生まれ変わる姿が。

 ああ……じゃあ、今、本当に……終わったんだ。


「……どうした?」


 静かに涙を流している私に、夜斗が言った。

 私は黙って首を横に振った。

 私は感じていた。

 テスラはこれから……。でも、ここでの私の役割は――もう終わったのだと。



「……ミュービュリに帰る……じゃと?」


 女王が不思議そうな顔をした。


「……はい」

「なぜ……」


 私は暁を抱きかかえてそっと頬ずりをした。


「私にも……母がいます。たった一人の……母です。このままにはしておけません」

「……」


 女王は黙り込んだ。

 理央が慌てたように私の肩を揺さぶる。


「でも……あなたはチェルヴィケンの直系……そして暁は、チェルヴィケンとファルヴィケンの両方の血を引く人間よ。これからフィラを立て直す為に……」

「リオネール」


 女王が理央の言葉を制した。


「……アキラはアサヒにしか育てられん。これほどの力を持った子じゃ。アサヒの吸収する力なくしては無理じゃろう」

「……」

「そして……この娘は誰にも止められん。……そうではないか?」


 女王が呆れたように溜息をついた。


「何……一生の別れという訳ではあるまい」

「はい」


 私は女王と……夜斗と理央を見回した。


「フェルティガエの育て方については……また二人と相談してやっていきたいと思っています。今なら……力の使い方もわかった気がするので……連絡取れるよね?」


 私が夜斗と理央に言うと、二人は「まあ……それはどうとでも……」と答えた。


「あと……来年の九月には……暁の宣託を授けていただくために……テスラに来ます。女王さまに……是非、享受していただきたいので」

「われは孫に譲位しようと思っているのじゃ」


 女王が扇で顔を仰ぎながら言った。


「えっ?」

「もともと……キエラとの戦争が終わるまで、と思っておった。かなり長い間在位しておったし……ほとほと疲れたからのう」

「そう……ですか……」


 もう……王宮の奥深くに籠ってしまうのだろうか。会えなくなってしまうのかな……。


「よって託宣は、孫娘に任せる。だから……」


 女王は少し言葉を切った。


「……そうじゃの。隠居したばば様に会うつもりで、気軽に来るがよい」


 そう言って……とても優しい顔で私に微笑んだ。


「……はい」

「ところでのう」


 女王の表情が急に変わった。


「ユウディエンは……どうするのじゃ」




 ユウの棺は、私たち三人が過ごしていた、東の塔の部屋に移されていた。

 私は……暁を抱えて、ユウの部屋を訪れた。


「……ユウ……」


 ガラスの棺を覗く。

 ユウの首の傷は少し癒えかけていたが……切り離された身体はまだ離れたままだった。


「あのね、ユウ……プロポーズなんだけどね……あれ、なかったことにするね」


 私は傍に座り……ちょっと笑った。


「だって……私、うんって言ってないもんね。大丈夫だよね?」


 ……駄目だ、ちょっと涙が出そう。

 嫌だよ。泣いたまま別れたくない。

 私は慌てて、笑顔を作った。


「赤ん坊の時と違って……今は身体も大きいから、ユウ、目覚めるまで何年かかるか……全然わからないんだって。過去に……そんな事例もないもんね。だから、ユウが目覚めたとき……私がすごくおばさんになってたら、ユウ……しまった、こんなはずじゃなかった!……ってなるでしょ?」


 ユウの表情は変わらない。

 初めて会った時と変わらない……とても奇麗な顔をしている。


「私……帰るね、あの家に。帰って、勉強して……最初に言ってた通り、医学部に入る」


 ……もともとは、何があってもママを助けたい、という思いからだった。

 でも……。


「……あ、でもね、学校には戻らないんだ。暁と一緒にいたいから……。自宅で勉強、頑張ろうと思うんだ。ちょっと遠回りになるかもしれないけど……そこから大学を目指すの。……で、将来はカンゼルの研究を……もっといい形でテスラに役立てたいと思ってる」


 カンゼルが残した研究――誰かが悪用する前に、私が引き継ぐ。そのためには、知識が必要だ。

 私の世界の医学の知識がこっちの世界に通じるかは分からないけど……。

 でも……パパとママから私が生まれ……そしてユウと出会って暁が生まれた。

 多分、全然無関係では……ない。


「ここでね……毎日、ユウの顔を見て暮らすことも、考えないではなかったんだけど……。でも、それは何だか、私らしくないよね? 両方の世界を知る私だからこそ、できることがあるかもしれないのに……やらないのはおかしいよね?」


 ユウは何も言わない。

 でも……「朝日は俺の言うこときかないから、仕方ないな」って言いそう。


「ねえ、ユウ……。ユウが目覚めるのが……三年後なのか十年後なのか……それとももっと先か全然わからないけど……。目覚めたとき……もし、私のこと忘れてなかったら……」


 私はガラスの棺越しにユウを抱きしめると、キスをした。


「……改めて、プロポーズしてね」


 私は立ち上がった。暁にもバイバイと手を振らせる。



 ユウは眠り続ける。身体の傷が癒えるまで。

 ――十八歳の少年のままで。

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