64.絶対にここで終わらせる!
「……おい!」
急に背後から、夜斗が現れた。
「きゃあ!」
「うわっ……!」
驚きすぎて尻餅をつく。
「何だ? どうなってる?」
「カンゼルがディゲの少年二人とこの通路から逃げたの。今から追いかける!」
私は夜斗に慌てて説明した。
「夜斗は……この要塞から誰も出さないように抑えてくれ。いるとしたら……普通の兵士と、子供のディゲだ。やり方は任せる」
「……わかった。ここを抑えたら後を追いかける。サンは?」
「ここから口笛が届く範囲で待っているはずだ。夜斗も……呼べるよな?」
「ああ」
「じゃね!」
私たちは夜斗と別れると……隠し通路に入った。
確かに……カンゼルと少年たちが通った気配がする。
入口は狭かったが……入ってしまうと思ったより広かった。
ユウは再び私を抱え上げると、全速力で走り始めた。
長い、暗い通路……。ところどころ、ほのかな明かりが灯っている。
……これも、捕らえたフィラの人間に作らせたものだろうか。
しばらく進むと、行き止まりだった。上に、蓋のようなものがあるが……開かない。
「朝日、ちょっと離れてて」
ユウは私を下ろすと蓋に手をかけた。
場所から行くと……キエラの大地のどこかに出るはず。上に岩か何かを乗せているのかもしれない。
「……!」
ユウが自分の手から力を放った。凄い勢いで蓋が飛んで行く。テスラの白い空が見えた。
「よし……行くぞ」
私たちは通路から上がり……外に出た。
暗い地下から急に眩しい場所に出たから……目が眩む。
少し落ち着いてから辺りを見渡すと……正面に、あの北東の遺跡が見えていた。
後ろを振り返ると……キエラの要塞。ただ……何か霧のようなものに包まれている。
「……夜斗の幻惑だな」
ユウがボソッと言った。
夜斗は夜斗で、ちゃんと役目を果たしている。
後は、私たちが……カンゼルを倒さなくてはならない。
「……カンゼルは、あの遺跡ね」
「そうだな」
外で……風に晒されてしまって気配は分からないが、他に行く場所はないだろう。
私たちは走り出した。
……すると、さっき会った二人の少年が倒れているのを見つけた。
「何? どういうこと?」
警戒しながら近づく。
「……死んではいない。多分……気絶している」
「フェル切れ?」
「何をしたのかは分からないが……そうだな。瞬間移動してから……恐らくカンゼルをここに連れてきた。それぐらいで切れるとも思えないが……」
辺りを見回してみる。
岩と砂だらけの大地に……崩れかけた城壁がある。
その奥には、同じく崩れかけた塔と……闘技場のようなものが見えた。
カンゼルは城壁の割れた隙間から入ったようだ。
「……行くか」
「うん」
私たちは少し緊張しながら、城壁に足を踏み入れた。
中に入ると……所々崩れてはいるものの、城の中庭のような……そんな感じになっていた。
左側は……塔に続いている。右側は……闘技場のような、丸い広い空間。地面はボコボコで、茶色い土があちらこちら掘り返したようになっていた。
気配を殺して様子を伺ったけど……闘技場からは人の気配がしない。多分……塔に上ったんだ。
「……」
私とユウは顔を見合せると……左側の塔の方に向かった。
塔の中に入ると……長い螺旋階段が上まで続いていて……所々に扉がついている。
この中のどこかに、カンゼルがいるのか……。
私たちは注意しながら階段を上り始めた。
途中の、どの扉からもカンゼルの気配はしない。
そうすると……この最後の扉の、向こう……。
いったいここに、何があるのだろう……。
私たちは最後の扉の前に立った。
この奥に、カンゼルはいるはずだけど……開けた瞬間、何かが飛び出してくるかもしれない。
「……でも、開けるしかないからな」
そう言うと、ユウは扉を開け……ようとして、そのまま扉ごと吹き飛ばされた。
「ユウ!」
私は暁を置いて慌てて扉があった場所に飛び込んだ。その瞬間、凄まじい威力のフェルが私に襲い掛かる。
攻撃の気配なんて全くしなかったのに……。どうして……!
しかも、この圧倒的な力……!
今まで感じたことのない……。吸収するとは言っても、圧力だけで飛ばされそうなほどの威力。
必死に踏ん張り、体全体で受け止める。
「あ、あ、あ、ああああーっ!」
眩しすぎて見えないけど、前方から少年の絞り出すような呻き声が聞こえてくる。
「ジュリアン! それ以上は無駄だ。やめろ!」
カンゼルの声が聞こえた。それと同時に、衝撃波がピタリと止んだ。
「うっ……」
私は思わず跪いた。ガクリと膝をつく。
「わあぁー! ぎゃあぁーっ!」
暁が火が付いたように泣き出した。私は籠に向かって小さく指を鳴らした。
「あうう……。ううぅ……」
暁はまだ泣いていたが……防御をしたようだ。
「ふん、本当に効かないのだな。わが目を疑うぞ」
「この……クソじじい!」
私は立ち上がって思い切り二人を睨みつけた。
顔中髭だらけの老人……カンゼル。
そして、その隣には……10歳ぐらいの無表情な少年。
さっき呻き声を上げて攻撃していた人間と同一人物のはずだけど……今は、何の殺気も感じない。
私は自分の目を疑った。
壊れた入口から……おそるおそる外に出る。
……この少年が、さっきの攻撃を放ったの? そんな力を……この少年が?
それに……この少年は……誰かに、似て……。
「……!」
「ふん、気づいたか」
カンゼルが自慢げに呟いた。
「ユウに……似ている」
「な……に……」
吹き飛ばされたユウが背後から現れた。
「ユウ! 大丈夫?」
「何とか……最初の一撃は食らったけど、あとは朝日が抑えてくれたから……」
ユウが鳩尾辺りを抑えている。そして自分を攻撃した少年を見ると……言葉を失った。
「な……お……」
「ふふん。わたしの最高傑作だ。どうだ……自分の失くした片割れに出会った気分は?」
カンゼルは楽しげに言った。
……こっちが弱っているときに叩き潰せばいいのに……こういう自分を誇示したがるところが、この男の駄目なところなんだわ。
(ユウ、少し休んで。時間を稼ぐわ)
私はそう小声で言ってショックを受けた振りをして座り込んだ。
ユウも私の言わんとしていることがわかったのか、よろよろとオーバーに跪くと、私の膝に俯せに倒れた。
今はユウの体力を回復させたい。それに、カンゼルが話す内容にも興味がある。
私はユウの体を支え……精一杯フェルを送りながら、カンゼルを睨みつけた。
「どういうことなの? どうして……ユウとそんなに似ているの?」
「片割れだと言ったろうが……。わからんのか?」
こいつ……人をイラつかせる天才だな。
だけど、今は……我慢、我慢。
「そこのくたばっている少年が、どうやって復活したのか……恐らくもう知っているのだろう?」
「キエラの……あなたが発明したガラスの棺だって……聞いたけど」
あなた、の部分をやや強調して言う。カンゼルが満足そうに笑った。
「そうだ……。わたしの発明だ。そのとき……その赤ん坊はどういう状態だったか、知っているか?」
「身体の三分の一が吹き飛んで……再生に3年かかっ……」
そこまで言って……私は思わず唾を飲み込んだ。
フェルティガエは自分の体を再生できる。
それは、ひょっとして……体の一部さえあれば……可能という意味なの?
私がまじまじとカンゼルを見ると……カンゼルが嫌な笑みを浮かべた。
「そうだ。その三分の一……そこから再生されたのが、この……ジュリアンだ」
「……!」
「十年、かかったがな」
なんて、こと……。
ユウのことなんて……そして他のフェルティガエも……研究材料としか思ってないんだ。
なんて酷いことをするの……!
「十年以上を費やし、フェルティガを使って洗脳し……私の言うことだけを聞く強力な兵器として育て上げた。わたしの最高傑作だ!」
カンゼルが辺りに響くような声で大笑いした。
胸糞悪い。ドロドロした真っ黒な、闇……。そんな声。
パパは……知らなかったんだ。パパがいなくなってから……再生されたから。
そして、そんな研究をカンゼルがしていたことも……。
「あんたが……私の祖父だと思うと……とても気分が悪い……」
「ほう……?」
カンゼルが片方の眉を少し上げた。
「そう言えばそうだな。……お前の方が、ヒールよりよっぽどわたしに似ているかもしれんな。――ヒールは、どうした?」
「死んだわ……。あんたから、私たちを守るために……」
「ふん……。で、お前たちはその仇を討ちに来た訳だ。自分の子供をこんなところ連れてきてまで……ご苦労なことだな」
「……!」
私はギクリとした。
暁の泣き声は聞こえたから……どこかにいるのはわかっているだろう。
でも、入口の陰に隠していたし……何より、私の子供なんて誰も言っていないのに。
なぜ……知っているの?
「どうやら図星のようだな。女王の完全防御が揺らいだとき、赤ん坊の泣き声が聞こえたと報告を受けてな。そんな子供……お前たちの子供としか考えられんだろうが」
こいつは……本当に頭が回るんだわ。そしてこの狂気……。
絶対、これ以上好きにさせる訳にはいかない!
私は倒れているユウの肩を、ギュッと握った。
それに気づいたユウが……同じく私の手をギュッと掴んだのが、わかった。




