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63.いよいよこの日が来た

 翌日、空が藍色から白色に変わり……作戦が始まった。

 一足先に、理央たち飛龍部隊が出発した。

 少し遠回りして……キエラ軍に見つからないよう、山越えで南の施設に向かうからだ。

 そして、エルトラ軍と共に出陣する夜斗とアリエルさんを見送った後……ユウが口笛を吹いた。


「……サン!」


 サンは女王直轄地で……他の飛龍と共に過ごしていた。

 でも、エルトラ近郊の海や森に遊びに行ったり……比較的自由にさせてもらえたようだ。


「こっちだ!」


 サンがエルトラ王宮の庭に下り立つ。ユウがサンの体を撫でた。


「サン、今日は重要な役目だ。……頑張ろうな」

「キュゥ!」


 元気よく鳴く。私も「サン、よろしくね」と頭を撫でた。

 今日は女王も庭まで出ていた。


「暁……いい子でいてね」


 私は腕にかけている籠の中の暁に声をかけた。


「あー……」


 暁は外が珍しいのかきょろきょろしていた。

 小さい籠に布を敷き詰め、そこに暁を寝かせてある。顔の部分だけ、外から見えるように開いていた。

 今日は少し日差しが眩しいけど、顔の部分は籠の出っ張りの部分で日陰になっているので、光で目がやられることもないだろう。

 私は女王に向き直った。


「……では……」

「うむ」


 女王が優しく頷いた。


「行ってきます!」


 私達二人はサンの背に乗って――エルトラ王宮を飛び立った。

 女王の完全防御(クイヴェリュン)を突き抜け……なるべく空高く舞い上がる。

 エルトラ軍が、橋で交戦を始めていた。こちらの動きには……気づいていないようだ。


「キエラ軍……やはりほとんどが橋に集結しているな。エルトラ軍の全軍をつけて正解だったかもしれない」


 ユウが下を見下ろして呟いた。

 そのまま東へ……キエラの要塞へと向かう。

 乾いた大地を越え……カンゼルのもとへ。


 やがて……要塞が姿を現した。

 そしてその奥に……崩れた城みたいなものが見える。


「あれが……北東の遺跡だな。思ったより……要塞と近いな」

「そうだね……」

「兵器みたいなものを隠しているようには見えないな……。カンゼルはあそこで何をしていたんだろう?」

「捕まえて……直接聞くしかないよね」

「そうだな……」


 私たちは要塞の上でいったん止まった。

 少しずつ下降し……兵士の様子を見る。

 やはり殆どが橋へ出陣しているようで……あまりいない。

 でも、まだ十数人は要塞の周りで警戒していた。一番少ないエリアでも……二人。中央から一番遠い、南西の場所だ。


「……もう少し、様子を見ようか。場合によっては、橋の方に援軍に行くかもしれない。もっと……手薄になってくれるといいんだが」


 ユウが一通り見回してから言った。


「うん……。でも……カンゼルはどこにいるのかな?」

「多分、中央だと思うが……北東に何かあるなら、そっちに逃げることを考えるかもしれないな」

「……どうするの?」


 ユウは少し考え込んだ。


「カンゼルには……一度、会ってる」

「えっ!」


 初耳……でも、ユウはキエラ領に入るのが今回が初めてなはず……。


「去年の夏……朝日が攫われたとき、ゲートを使って追いかけたんだ。ミュービュリからテスラに行って、すぐにテスラからミュービュリに戻って……」

「そんな無茶したの!?」

「携帯電話とアレクサンドライト……この2つで朝日に繋げるしかなかった。瞬間移動で飛んだ相手に追いつくにはそれしかなかったんだよ」

「もう……馬鹿!」


 私はユウの背中をポカポカ叩いた。

 やっぱりユウはすぐ無茶をする。私が付いてないと駄目だ……!


「イテテ……まあ、それは昔の話だから。……で、そのときテスラで辿りついた場所が……キエラ要塞だったんだ」

「えっ!」

「そのときはどうしてキエラの要塞なんかに着いたんだろうと思ってた。でも……今ならわかる。俺とヒールに関係の深い場所だったから……なんだ」


 ユウは左手の小指にはめたアレクサンドライトの指輪を見た。

 日光の下で……青緑色に輝く。


「辿りついたその部屋は、湿った、入口が一つしかない暗い場所だった。多分……ヒールと俺が育った場所……なんだろうな。そこで、カンゼルに会ったんだ。ただ急いでたから、すぐにゲートに飛び込んだけど」

「そう……なんだ……」


 パパは……そんな牢獄みたいな場所に、物心ついた頃から閉じ込められていたんだ。

 最初はお母さんと。そして、しばらくは独りで。

 ……その後は、ユウと。


「……」


 不意に泣きそうになって、私はギュッとユウの左手を握りしめた。


「絶対……許さない。カンゼルだけは……」

「……」


 ユウはちょっと微笑んだ。


「でも、カンゼルがいたから、朝日はここに……いるんだよ。そして、俺も……」

「……複雑な気分……」

「……そうだね。でも、これ以上は……のさばらせておく訳にはいかない」


 ユウはキッと下を睨んだ。


「まあ、そんな訳でカンゼルには一度会ってるから……要塞に入りさえすれば、気配は追えると思う。ちょっと他にいない……それぐらい嫌な気配だったからね。だから、多少遠回りでもいいから……手薄なところから侵入しよう」


 そのとき……要塞から数十人の兵士が現れ……警備の兵と一緒に橋に向かっていくのが見えた。

 ……要塞の周りから、見張りの兵が……南西にいる二人を残して移動した。


「……行くか」

「でも、これ以上下降したらサンが見つかっちゃうかも。ここは……木も何もないから。飛龍って……少し遠目でもわかりやすいし。今日は私が乗るから……隠蔽(カバー)してないもの」

「そうだな……」

 ユウは少し考え込むと、ポンポンとサンの背中を叩いた。


「サンは俺達を下ろしたら口笛が聞こえる範囲で待っていてくれ。……大丈夫か?」

「キュウ」


 サンは大人しく頷いただけど……キエラには森がないから、サンが身を隠せる場所はないように思えた。


「……大丈夫かな。キエラ兵に見つかったりしない?」

「エルトラ領に戻っても……ここなら口笛は届く。大丈夫だ」

「キュウ!」


 今度はさっきより元気よく、返事をする。

 大丈夫、って言ってるのかな。


「よし、俺達は……ここから飛び降りるぞ」

「え? どうやって?」


 まだまだ高度はある。下の見張りの兵が米粒みたいだ。


「サン、後は頼んだぞ」

「キュゥウ!」


 そう言うと、ユウは私を抱え上げ……サンから飛び降りた。


「きゃっ……!」


 私は暁の籠を庇いながら両腕でユウに抱きつき……身を丸くする。

 私の反応とは裏腹に、暁は「きゃっ! きゃっ!」ととても楽しそうな声をあげた。

 地面近くまで来ると、急に落下速度が緩やかになった。まわりを取り巻いていた風が柔らかくなる。

 そして……下にふわりと降りた。ユウが、私を肩から下ろしてくれた。

 見張りの二人とは反対の……北東の入口だ。

 見張りは橋の方に気を取られていて……こちらの方は見ていなかったようだ。


「よし……行こう」


 私とユウは顔を見合わせて、頷いた。



 キエラ要塞、内部――。

 カツン……と、靴音が響く。

 ユウは意識を集中させると……「カンゼルはあっちだ」と小声で呟いて歩き出した。


「……ユウは力を温存していて。相手が独りだったら……まず私が行くわ。私では無理だと思ったら、ユウが気絶させるか、拘束するかして」


 私は暁をユウに渡した。


「わかった。カンゼルが何を隠してるかわからない以上……無理はできないよな」


 ユウはおとなしく頷いた。


 曲がり角に来ると、

「今、南西にしか見張りがいないぞ」

という太い男の声が聞こえて、部屋から一人の兵士が出てきた。


 私は咄嗟に屈んで兵士の死角に入ると、足に蹴りを入れた。

 ……防御(ガード)はない。ただの兵士だ。


「っ……!」


 兵士が転びそうになってつんのめったところで、首に手刀を入れる。

 男はそのまま何も言わず気絶した。


「おーいどうしたー?」


 もう一人が続けて部屋から出ようとしたので、腹に正拳突きを入れる。こちらも防御(ガード)はない。男が後ろによろめく。


「【寝てなさい(・・・・・)】」


 試しに言ってみると……強制執行(カンイグジェ)が効いたようだった。

 男はバタンと倒れた。

 ユウは、私が最初に気絶させた兵士を抱え上げて部屋に放り込むと、ドアを閉め……フェルで鍵をかけた。


「これで出てこれないな」

「うん」


 私たち再び歩き出した。

 ユウがカンゼルの気配を探りながら「こっちだ」と道を示す。

 ……私にも、カンゼルの嫌な気配が近くに感じるようになってきた。

 会ったこともないのに……。

 ――祖父、だからだろうか。……気分が悪い。


 途中で何回か兵士に遭遇したけど、その都度、気絶させたり、部屋に閉じ込めたりしながらこっそりと進んだ。

 やっぱり……ここにいるのは普通の兵士だけみたいだ。


「……今日は兵士が殆どいないなぁ……」


 ふいに、小学生ぐらいの男の子の声が聞こえた。

 サッと身を潜めると……「そうだねー」と相槌を打つもう一人の声もする。


「エミール川で戦争だって」

「俺たちは、いつ戦えるのかな……」


 ディゲの子供のようだ。まだ戦争に行けないから留守番を任されているのだろう。だとすると……フェルしか攻撃の手段はないはず。

 私はユウに目配せをするとサッと二人の前に出た。


「……えっ」

「あっ……? アサヒだ!」

「……!」


 しかし運の悪いことに、前に崖で遭遇した子供たちだった。

 この子たちは、私にフェルが効かないということを知っている……!


「逃げるぞ!」


 案の定、子供たちは闘うのは得策でない、とすぐさま逃げ出した。


「俺が行く」


 ユウは暁を私に渡すと、素早く横を通り過ぎた。飛ぶように走り……少年たちを先回りする。


「うわあぁ!」


 二人の少年は急ブレーキをかけた。

 そして、二人は顔を見合わせると……消えた。


「……瞬間移動!?」

「マズいな……」


 少年たちの気配は……私たちの目的、カンゼルの部屋に移った。

 私たちは慌てて気配のする方へ走る。

 仲間を呼びに行ったんじゃない。真っ直ぐカンゼルに報告に行ったんだ!


「朝日!」


 私の足では遅すぎると思ったのかユウが私を抱え上げた。

 カンゼルの気配を頼りに飛ぶように走る。

 そしてカンゼルがいたはずの部屋に入ったが……すでにもぬけの殻だった。


「あれっ!?」


 確かにここにいたはずなのに……!

 ユウは舌打ちすると、いったん私を床に下ろした。意識を集中している。


「……」


 私は辺りを見回した。紙が散らかり……何に使うのかよくわからないものがたくさん並んでいる。

 本棚には、カンゼルがフィラから回収したと思われる本や、カンゼルが書き記したと思われる紙を綴じた物がたくさん並んでいた。


「……そこだ!」


 ユウが本棚を指差した。二人で動かしてみると……隠し通路があった。


「ここから逃げたのかな」

「気配が続いている……。間違いない」


 私たちは顔を見合わせると、力強く頷いた。

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