59.とても楽しみにしてる
意識を取り戻したものの、それからしばらくの間、私は1日中ベッドの中で過ごしていた。
体力は徐々に回復していったし、別に部屋の中を歩き回るぐらいはできると思うんだけど
『お前は加減というものを知らんから駄目だ』
と、女王さまに止められていた。
暇だし、女王さまともテスラ語でちゃんと話せるようになりたい、と言うと
『ま……歩き回るよりはよいかの』
と言って、神官に話し相手になるように言ってくれた。
そして、女王さま自身も、公務がない限りは様子を見に来てくれた。
「エルトラ……きれい」
窓の外から風景を眺める。
夏の日差しに照らされて、草原の青が眩しい。
「この部屋は……何か、特別?」
「女王の一族が懐妊した際に使用する部屋です」
控えていた神官のエリンが答えてくれた。
エリンは少しふくよかな30前後の女性で、控えめな性格だけど笑顔がとっても華やかな人。
私の変なカタコトの質問にも丁寧に答えてくれる。
「それ以外、閉まって?」
「……そうです」
そんな大事な部屋なんだ。
それほど、この国では女王というのは特別な存在で……必要不可欠なんだ。
「キエラ、戦争、どう?」
「……ヤトゥーイ様とユウディエン様がお戻りになってからは、心配するようなことは起こっていないようですよ」
エリンがにっこり微笑んだ。
以前は、完全防御の外にある村が襲われて村人が洗脳されそうになったり、キエラに連れて行かれそうになった事件が結構あったみたい。
そういうことはもうなくなった、ということだと思う。
「私、の、情報、キエラは?」
「……伝わっているようですね」
エリンの表情が少し曇った。
キエラにも、私がエルトラに匿われていることが伝わった、ということか。
……多分、あの少年たちだろう。
「でも、大丈夫ですよ。皆さんが守っていますから」
「……うん」
私はちょっと頷いた。
「でも、守られ、ばかり……恩返し、頑張る」
「お願いですから、今頑張るのはやめてくださいね」
エリンが困ったように言った。
「……随分と元気になったようじゃの」
扇をパタパタと仰ぎながら……女王さまが部屋に現れた。
私は慌てて会釈をした。
「はい。だいぶ……元気、です。時々、部屋を歩きます」
「ほどほどにするのじゃぞ」
女王がエリンをちらりと見る。
エリンは「本当にお元気で……」と少し困ったように呟いていた。
だって、ずっと寝てたら体がなまっちゃう。適度な運動は必要だって……よく言うし。
テスラの常識は違うのかな?
「キエラの戦争……村、大丈夫、ですか?」
「そうじゃの。帰って来た二人がかなり優秀じゃからの」
そう言いながら、女王はベッドの傍にエリンが用意した椅子に腰かけた。
そして私の顔を見ると
「……ああ、そうじゃ」
と何かを思い出したように呟いた。
「まだ、ユウディエンについて教えてなかったの」
「ユウ……?」
「あれはかなりの力の持ち主での。一度にかなりのフェルティガを使うことができる。しかも、普通のフェルティガエならある程度使用すると気絶し、止めてくれるのだが……その機能がないため、自分の力を寿命が尽きるまで使ってしまうという恐れがあるのじゃ」
「えっ……」
ユウが全然気を失わないのは……そういうことだったんだ。
それじゃ、前に倒れたのは何だったんだろう。
本当に危険な状態だったっていうこと? 寿命が近いっていうこと?
「……心配しなくてもよいぞ。ヒールヴェンが……無理を重ねると気を失う暗示をかけておったようだ。知らないうちに寿命が削れておった……ということにはなるまい。ちゃんと、休めばな」
パパが……? じゃあ、前に倒れたのは……パパの暗示で?
それがなかったら……ユウはとっくに死んでいたのかもしれない。
「ただ……ユウディエンが無茶をせぬよう、お前もよく見ておくようにすることじゃな。それに……今言ったように、途中で急に意識を失うこともあり得る。戦闘中ならばそれは致命的になってしまうやもしれぬ……」
「……」
「……やはり、独りで闘わせるようなことは避けた方がよいであろうな」
「わかり、ました……。今、ユウは……?」
「村の防衛に行ってもらっておる。今のところ大した敵も来ておらぬし……大丈夫じゃ。身体の負担にはなっておらんだろう。本人も肩慣らしにちょうどよいと言っておった」
……じゃあ、大丈夫かな。
だって……一緒に帰ろうって、約束したもの。死にそうになるような無理はしないはず。
「ヤトゥーイは……捕虜からいろいろ情報を聞き出しておるみたいでの」
女王はそう言うと、今度はキエラについて説明してくれた。
キエラではディゲ……キエラ生まれのフェルティガエの兵士と、普通の兵士がいるんだけど、普通の兵士はまだ子供のディゲに顎で使われている状態で、かなり不満が溜まっているらしい。
そこを突いて内部で暴動を起こせば、攻略しやすいんじゃないか、という話だ。
基本はカンゼルの独裁体制だから、ディゲの動きを封じ、カンゼルさえ倒せば戦意を喪失させられるだろう、ということ。
「われは……キエラの要塞ごと叩き潰すべきだと考えておるがの」
女王はふん、とやや不機嫌そうに言った。
でも……私には、それが正しいとは思えなかった。
カンゼルのしてきたことは許されるべきではないけど……カンゼルが培ってきた技術は本物だった。
だって、ユウはそれで助かって……私はパパに会えたんだから。
「技術は……とても大事。使い方に、よる……そう、思います」
私がそう言うと、女王はちらりと私の方を見た。
「正しく使える人……現れるまで、大事に保管する……それがいい」
「……しかし残しておくと、第二のカンゼルが現れて悪用されかねぬぞ」
「……壊すの、簡単……。だけど、創り出すこと、とても難しい」
あえて苦労をしてでも……将来のテスラにとって有効な方がいいんじゃないかと……思うけど。
「まあ、一理あるがの。……しかし、さすがカンゼルの孫じゃの」
女王は少しご機嫌斜めのようだった。
それを言われると……私も、何だか心苦しいけれど。
「……われは女王ゆえ……つねに国の危機を回避する方法を最大限に考えてしまう。今は戦争中であるしの。しかし……」
女王が立ちあがった。
「戦争が終わり……国が平和になったら、国がどうすればよくなるかを考えねばならぬ。そのときは……お前のような考えが必要かも知れぬの」
ふっと微笑んで、女王は静かに部屋を出て行った。
その後ろ姿を見送る。
「私……言い過ぎた?」
女王の姿が見えなくなってだいぶん経ってから……私は、近くに控えていたエリンに、こっそり聞いてみた。
「いえ……大丈夫ですよ」
エリンが答えた。にっこりと微笑んでいる。
「私達は……今まで国を守ることで精一杯でしたから、なかなかそういう前向きな気持ちにはなれません。女王も……気苦労が多かったですし」
そうか……そうだよね。
この戦争は20年以上も膠着状態が続いていると聞いた。
女王は完全防御を発動し……じっとその様子を見続けていたのだもの。
国を守るためにどうすればいいかを……考えながら。
いざ、前向きに……と言われても、そうなかなか気持ちは動かないよね。
「……ですから……アサヒ様の言葉は何か新鮮で、とても励まされます」
エリンはそう言って優しく微笑んだ。
そして「そろそろ横になって下さいね」と言って私に布団をかけてくれた。
『……朝日、何をしているの?』
それからしばらく経った、ある日のこと。
日本語の女性の声?と思ってちょっとびっくりして振り返ると、理央だった。
理央は、一度この部屋に来たけど……村の防衛が忙しくて飛びまわっているという話だったから、全然会っていなかった。
多分……2週間ぶりぐらいだと思う。
「部屋の散歩。ずっと寝ていると、体なまる」
「……そんな大きいお腹で? ……で、何でテスラ語?」
「今、喋る練習の最中。だいぶん、上手になった?」
「まあ……」
理央は私の顔とお腹を見比べると
「あなたっていつも何かにがむしゃらに頑張ってるのね」
とテスラ語で言った。
練習に付き合ってくれるつもりらしい。
「……うん? そ、かな?」
「何か……ヤトが巻き込まれた理由が、何となくわかったわ」
理央はそう言ってくすくすと笑った。
理央が笑っている理由はあんまりわからなかったけど、私に悪い感情を抱いていないことは何となくわかるから……まあ、いいか。
「まあ、そのまま歩いていて構わないから……話をするわね。ねぇ、ここに来たとき、どこに辿り着いたの?」
「キエラの……南東の、崖の下の誰もいない、村」
ふう……歩くだけでも、なかなか大変。出窓に辿り着いたので、ちょっと寄りかかって休憩した。
「南東……ああ、ドリスを攻める際に巻き込まれた小さい村ね。それからどうしたの?」
「着いたとき、場所わからなかったから、でこぼこした、崖を登った」
「えっ?」
理央がかなり驚いている。
「……かなり険しかったと思うけど……どうやって?」
私は手だけで空手の動きをして見せた。
「攻撃に、フェルを乗せる……理央が言ってたのをヒントに、練習してた。だから、蹴りにフェルを乗せて……飛ぶ。防御して転がる、をした。その繰り返し」
「……」
理央がぽかんとした顔で私を見つめた。
伝わったかな? 日本語の方がよかったかな……。
不安に思っていると、理央は深い溜息をついた。
「恐ろしい使い方……するのね。ずっと戦闘しているようなものじゃない」
「頑張った」
「そんな頑張り怖いわよ……。お腹の子、よく無事だったわね……」
「申し訳ない……」
それは本当にそう思う。
知らなかったとはいえ……もう、自分ひとりの身体じゃないものね。気をつけないと。
「……あ、そう言えば、キエラの子に……会った」
「えっ」
「10歳ぐらいの子、二人。ゲートの反応調べに、来てた。遭遇して……戦闘、した」
「その体で!?」
「崖、登り始めだったから、まだ元気。それに……フェルをぶつけられただけだから、全然平気」
「……」
「仲間を呼ぶ、言ったから、一人は寝かしつけた。カン……カンイガ……?」
「強制執行?」
「そう、それ。もう一人は、思い切り蹴り飛ばしたら、混乱した。私にフェルぶつけ続けて、気絶した」
「……」
さてと、もう少し歩いてベッドに戻ろう。私は再び歩き始めた。
「……ディゲの若い子ね。南の施設にいる……。で、崖を登ってからどうしたの?」
「高いところ登ったら、場所わかる、と思った。キエラの南東ってわかって……。困ってたら、サンを見つけた。頑張って頂上まで登って、サンを呼んだ」
「そう……。じゃあ、北東の遺跡なんて見てないわね」
北東の……遺跡?
確か、エルトラ王宮から脱出するためにサンの背中に乗ったとき、要塞の向こうに見えたような……。
次に来たときは、遠くにあるなって崖の上から見ただけだし。
「うーん……見えた、だけ」
「そうよね」
理央は溜息をついた。
そして、北東の遺跡について話してくれた。
昔の何かの遺跡らしいんだけど……カンゼルが頻繁にここを訪れている、という情報があったらしい。
エルトラから向かった場合、北東の遺跡は要塞のさらに奥にあるので、普通はまず要塞を制圧しなければならないんだけど……。
でも、この北東の遺跡に最終兵器みたいなものが隠されていたら、大変なことになってしまう。
この北東の遺跡に斥候を出すかどうかで揉めている、そうだ。
どう考えてもフェルティガエが単独で乗り込むしかないから……危険すぎる、となっているらしい。
「まぁ、いずれにしても……これらの事態が動き出すのは、朝日が無事に出産した後のことよ」
理央はそう言って微笑んだ。
「そうなの?」
「託宣の神子だから、ですって。フレイヤ様が仰ってたわ」
「……」
ベッドに着く。布団に入ろうとすると、理央が手を貸してくれた。
「……神子であってもなくても、それには私も賛成よ。ユウは落ち着いて戦争に赴けないだろうし……朝日も、無茶しそうなんだもの」
理央が可笑しそうに笑った。
そして「じゃ、お大事に」と言って部屋から出て行った。
託宣の神子……か。
この子がどういう運命を担っているかなんて……全然わからないけど。
ただ……無事に生まれてきてほしい。最初に無理をさせてしまったから……。
気づかなかったとはいえ本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
出てきたら、目一杯大事にするからね……。
無事に、生まれてきてね。
そう思いながらお腹を擦ると、中から「うん!」と元気に返事をしたような、そんなフェルティガが返ってきて……私は微笑みながらもう一度、自分のお腹を撫でた。




