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54.待つことなんてできない

 少し遠くで……携帯が鳴っている気が……する。

 私は半分寝ぼけながら……枕の近くにあるはずの携帯を探した。

 ……手に、少し硬い感触が伝わる。手探りで通話ボタンを押すと、私は再び布団に潜り込みながら電話に出た。


「……はい……?」

“俺だよ”

「ん……夜斗……?」


 少しだけ目が開く。窓から差す光が眩しい。


“何を寝ぼけてるんだ、この不良娘が……。いつ帰ってくるんだよ”

「んー……」


 眠い……。夜斗の声が遠くに聞こえる……。


“瑠衣子さんは……一応、誤魔化しといたぞ。……言っていいのか?”

「それは駄目……!」


 私はハッとしてガバッと起き上がった。


「ん、何……。誰……?」


 隣で寝ていたユウも……私の声で起きたようだ。


「ママには……私からそのうち言うから……駄目……今は……恥ずかしい」

“……それを聞かせて、俺にどうしろと……”


 夜斗の少し困ったような声が聞こえた。


「んーと、んーと……」


 駄目だ、寝起きで全然頭が回らない。


「とにかく……じゃあ、今日かえ……」


 そこまで言うと、ユウが私から電話をひったくった。


「駄目。当分帰らないから……夜斗、何とかしておいて」


 私はびっくりしてしまって完全に目が開いてしまった。


“おま……ユウ! こら……!”


 夜斗が何か叫んでいたようだけど……ユウはブツンと電話を切ってしまった。


「ちょっと……いいの?」

「いいの」


 ユウは幸せそうに布団に潜り込んでいる。


「でも、夜斗が……」

「……いいから」


 ユウは私の腕をひっぱって布団に引き込むと、ギュッと抱きしめた。


「まだ帰りたくない。俺……もう細かいこと考えるのは止めたから」

「それは、別にいいんだけど……」

「……それに、この状況で他の男の名前出されると……俺、妬くよ?」

「……」


 ユウがじっと私の顔を見つめてそんなことを言うから……思わず真っ赤になってしまった。



 結局、私とユウが自宅に戻ってきたのは……出かけた日から1週間後だった。


「俺の誕生日プレゼントを買いに、どこまで行ってきたんだよ。樹海でも彷徨っていたのか。ああん?」


 夜斗がちょっと拗ねたようにソファで転がっていた。


「……ごめんごめん」

「……俺が瑠衣子さんを誤魔化すためにどれだけフェルティガを使ったと思ってんだ……」


 かなりぶうたれている。

 行ってこいとは言ったものの……ずっと帰ってこなくなるとは思わなかったのだろう。

 ……私もそのつもりではなかったので、ちょっと驚いている。

 それと言うのもユウがなかなか帰ろうとしなかったからで……。


 思い出すととても恥ずかしくて真っ赤になりそうだったので、私は慌てて

「でも、ほら。今日が夜斗の誕生日でしょ? またクラッカーやろうね」

と話題を変えた。


「……ケーキは?」

「また届けてくれるよ」

「……ふうん」


 夜斗はボスンと乱暴にクッションを置くと、ソファから立ち上がった。


「……解決したか? ……まぁ、したんだろうな」

「……うん。ありがとう、夜斗」

「……まぁ」


 夜斗はちょっと照れたようにそっぽを向くと私の頭をぐしゃぐしゃっとした。


「もう!」

「……おい、こら」


 台所から戻ってきたユウが後ろからぐいっと私を引っ張って抱き寄せた。


「夜斗、前にも言ったよな。朝日に気安く触るな」


 夜斗はしばらく黙り込むと、頭を抱えた。


「……前よりさらに……めんどくせぇ奴になってる……」

「違う。優先順位がはっきりしただけだ」

「あー、そうかい」


 夜斗は少しふてくされて再びソファにごろんと横になった。



 ……その日の夜、夜斗の誕生日会をした。

 ユウのときと同じように、写真の中で夜斗が映っている分はアルバムにして渡した。

 ついでに、文化祭のときに撮った理央とツーショットの写真もあったので、写真立てに入れて理央の分も渡した。

 だって……夜斗の誕生日ってことは理央の誕生日でもあるから。

 シルバーのネックレスを渡すと、夜斗は何のことやら分からない感じだったので、雑誌を見せて「こんな感じだよ」と説明した。


「……俺の方がカッコいいんじゃない?」

「自分で言うかな……」

「こう?」


 ポーズをとったから写真に撮ってみる。


「……夜斗、写真を撮られるの上手だね。カッコいいよ」

「まぁな」

「何がまぁな、だ……」


 ユウが隣でぼやいていた。

 ……そんな感じで、とても賑やかに楽しく時間が過ぎて行った。

 途中からママも帰ってきたから、写真を見せながら夜斗が体育祭や文化祭で大活躍だった話をしたりした。

 私は旅行帰りだったせいもあって疲れてしまい、いつもより早く眠くなってしまった。


「朝日、眠い?」


 ママが私の顔を覗き込む。


「うん……。でも、片付けが……」

「私がやっておくわ。明日は久し振りにお休みだから……気にしなくていいわよ」

「……うん」


 私が席を立つと、夜斗が私のところに来た。


「……朝日、今日はありがとうな。いい思い出になったよ」

「そっか。よかった」


 私が笑顔で返すと、夜斗はいつものように私の髪をぐしゃぐしゃっとした。


「……もう……」


 私は手櫛で直したけど……見てなかったのか、ユウは何も言わなかった。


「じゃ、おやすみー」


 みんなに手を振ると、私はリビングを出て階段を上った。

 自分の部屋に入ろうとしたとき、ユウが追いかけてきた。


「……朝日、忘れ物」

「ん?」


 振り返ると、ユウが私にキスをした。

 私は少し眠気が飛んで、目を見開いた。

 顔が真っ赤になるのがわかった。


「ど……どこで、そんな……」

「何か……マンガで見た」

「もう!」


 ユウはちょっと笑うと


「……じゃあね」


と言って階段を下りて行った。

 私は少し違和感を覚えたけど、理由はわからないままだった。

 とても疲れていたのもあって……着替えてすぐに寝てしまった。



 次の日、目を覚ますと……何だか静かだった。

 とりあえず二階の洗面所で歯を磨く。

 いつもなら、この辺で「おはよ」と夜斗が起き出すんだけど……そんな気配はない。

 不思議に思って夜斗の部屋を覗いたけれど……誰もいなかった。今日は早起きなのかな?


 口をすすいで顔を洗う。

 ユウはなかなか部屋から出てこないので、いつもはこのあと私が様子を見に部屋に行っていた。

 だから、同じように部屋を覗いたけれど……ユウの姿もなかった。

 二人で早起きさんだったのかな。


 服を着替えて一階に降りる。

 ママはもう起きていて……私のための朝ご飯を準備していた。


「ママ、おはよう」

「おはよう……朝日」

「ねぇ、ユウと夜斗は?」

「……」


 ママはコーヒーを入れる手を少し止めると

「二人で出かけたわよ」

とだけ言った。


「ふうん……」


 珍しい組み合わせ……。ユウのフェルのリハビリかな。

 使う練習をしなきゃ、って軽井沢で言ってた気がする。


 私はママが用意してくれた朝ご飯を食べ終わると、

「部屋の片付けをするね」

と言って二階に上がった。


 昨日、夜斗に渡すアルバムを作るために写真をプリントアウトしたり編集したりしていたから、パソコンやら紙やらが散乱している。昨日は眠くて何もせずに寝ちゃったから、片づけないと。

 整理していると、ちょっと失敗したものとか面白い写真が出てきてつい見てしまう。

 ……片づけが終わる頃には、お昼になってしまっていた。


「……あれ?」


 ふと、二人とも全然帰ってこないことに気づく。

 いつもなら……午後からは夜斗と特訓だ。

 私は階段を下りた。


「ママ、二人はまだ帰ってきてないの?」

「……そうね」

「おっかしいな……」


 とりあえずソファに座って、テレビをつけた。……もう12時だ。


「……朝日……学校には、いつ戻るの?」

「え?」


 ママが唐突に聞いた。

 不思議なことを聞くな……と思った。


「んー……。留学が1年ってなってるみたいだから……遅くとも2月までには戻ろうかな。テスラの戦争が終わって平和になっていれば、いつでもいいんだけど」

「……そう」


 ママはそれ以上何も言わなかった。

 何気なく答えたけど……急にとてつもない違和感が私を襲ってきた。


 何で学校のこと……聞いたんだろう。ママは、私達の事情を把握しているはずなのに。

 ……もしかして、もう……終わったことになっている? 夜斗に何かされた?

 いや、でも……さっき、ママは夜斗とユウのことをちゃんと認識してた。

 私は胸騒ぎがした。


「……ママ。二人はどこに(・・・)出かけたの?」


 私は立ち上がってママの方を見た。

 ママは何も言わなかった。

 ……聞こえてない? いや、そんなはずはない。


「……!」


 私は二階に駆け上がった。夜斗の部屋を開ける。


「……やっぱりない……!」


 夜斗が管理していた古文書と日記が……なくなっていた。

 そしてよく見ると……昨日渡したアルバムとかもなくなってる。

 私は続けてユウの部屋を開けた。

 私が貸してあげた本はそのままになっていたけど……ユウに渡したアルバム、写真立て……そして、引き出しに大事にしまってあった指輪がなくなっていた。


「ママ!」


 私は階段を駆け下りた。


「ユウと夜斗……テスラに行ったの? どうして!?」


 リビングのドアを乱暴に開ける。ママはソファに腰かけていた。


「……約束の日だったって……言ってたわよ」


 ママが静かに言った。


「昨日……朝日が寝てしまった後……ちゃんと挨拶してくれたのよ」


   ◆ ◆ ◆


 朝日が寝てしまい……瑠衣子と夜斗とユウで後片付けを終えた後。

 二人の少年は瑠衣子の前に並んで立つと、ぺこりとお辞儀をした。


「2か月半……本当にありがとうございました」

「ご迷惑をおかけしました」

「えっ?」


 瑠衣子は驚いて二人を見比べた。


「約束の日……今日だったんです。朝日には曖昧に伝えていたんですけど」


 夜斗が申し訳なさそうに言った。


「俺と夜斗は……テスラに帰ります」


 ユウが少し淋しそうな顔で言った。


「え、ちょっと待って。朝日は……」

「エルトラの女王には連れてくるように言われているんですが……」

「やっぱり、危険なので……置いていきます。だから……寝てるうちに、行こうかと」

「……」


 どう言っていいのかわからず……瑠衣子は二人の顔を見比べるだけだった。

 夜斗とユウは顔を見合わせると、少し頷いてから、瑠衣子の方に向き直った。


「あの……俺は、やっぱりテスラの民なんで……。多分、もうここには来ないと……思います。今まで本当に……ありがとうございました」


 夜斗はもう一度お辞儀した。


「夜斗くん……」


 ユウはちょっと考えたあと

「俺……は……」

と、ゆっくりと……言葉を選びながら、話し始めた。


「朝日が……好きです。大好きです。でも……そのためには戦争を終わらせて……テスラが平和になるまで立て直さないといけないから……」

「……」

「しばらく会えないんですけど……。でも、もし……朝日が俺を忘れないでいてくれたら……俺は……ここに、帰ってきたいです」

「……アオ……」


 ユウは深くお辞儀をした。


「もし朝日が……俺を待っててくれたら……俺、この家に来ても……いいですか?」


 瑠衣子はユウを抱きしめた。


「……ええ、もちろん。ヒロの分まで……私が面倒を見るわ」

「……」


 ユウはちょっと泣いてしまった。


「……絶対、死なないで。私のような思いを……あの子にさせないで」


   ◆ ◆ ◆


 ママは少し涙ぐんでいた。


「だからね……朝日。この家で……待ちましょう?」

「……」


 ママの言っていること……夜斗やユウの言っていること……そんなに間違っているようには思えなかった。

 実際、ユウは嘘をつかなかった。「朝日は連れて行かない」と最初から言っていたから。

 でも……でも、何かが「それじゃ駄目だ」と言っている。実際、女王も私を呼んでいた。

 何か重要な意味があるんじゃ……。


「ママ……話はわかったわ」

「朝日……」

「でも……私はテスラに行く」

「えっ!?」


 私は玄関に行くと、靴を履いた。

 テスラになんてどうやって行ったらいいかわからないけど……とにかく、外に出ようと思った。

 後ろから慌てて追いかけてきたママが、驚いて私の腕を引っ張る。


「だって……アオは……帰ってくるって……言ってたわよ? もう会えないわけじゃ……」

「でも、違うの。今、このまま別れたら……」


 胸の奥がざわめく。


「私は……永久にユウに会えなくなる。そんな気がしてならないの」

「どうして……」


 理屈じゃない。私の中の何かがそう知らせている。

 私は……行かなければ。


 そう思った瞬間……私の身体から何かが溢れた。


「朝日!」


 ママの手が私の腕から跳ね飛ばされた。

 私の力のせいか……私に近寄れないのだ。


「【私は(・・)……】」


 ――強制執行(カンイグジェ)が発動しかかっているのがわかった。


 それじゃ駄目だ。ちゃんと、ママに納得してもらわなくちゃ。

 私は唇を噛んで言葉をリセットした。

 ママはパパを追いかけられなかった。待つことしかできなかった。……でも、私は違う。

 できることがあるのに……何もしないでただ待ってるなんて、私にはできない!


「ママ……私は、絶対……帰ってくる。だから行かせて……」

「朝日……!」


 空間に光の裂け目ができた。これが……ゲート?

 越えたことはあっても……自分で開くのは初めてだ。


「私……絶対に後悔したくないの! 私にはユウを追いかける力がある。できることがある。だから……行ってくる!」


 ママは少し泣いていたけど……微かに頷くのが見えた。


「必ず……必ずよ。アオも一緒に……」

「……ありがとう。――行ってきます!」


 私はママにガッツポーズをすると、裂け目に飛び込んだ。

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「旅人」シリーズ

少女の前に王子様が現れる 想い紡ぐ旅人
少年の元に幼い少女が降ってくる あの夏の日に
使命のもと少年は異世界で旅に出る 漆黒の昔方
かつての旅の陰にあった真実 少女の味方
其々の物語の主人公たちは今 異国六景
いよいよ世界が動き始める 還る、トコロ
其々の状況も想いも変化していく まくあいのこと。
ついに運命の日を迎える 天上の彼方

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