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53.大切なものを見つけた -ユウside-

「……ユウ?」


 夜斗と対峙してから、二日後。

 部屋のドアがノックされた。……朝日だ。

 俺はドキッとして慌てて深呼吸した。


「何?」

「入ってもいい?」

「いいよ」


 ドアが少し開いて、朝日がぴょこんと顔を覗かせた。

 くっ……かわ……。


「……何で目を逸らすの?」

「逸らしたんじゃなくて、空を見たんだよ。ミュービュリの青い空はきれいだな、と思ってね……。今日はいい天気だね」

「ふうん……」


 朝日が近づいてきて、俺の隣に座った。微かにシャンプーの匂いがする。


「……シャワー浴びたの?」

「うん、そう。さっきまで夜斗と訓練してたから」


 おとといの明け方に目を覚ました朝日は、昨日はもう普通に生活していた。

 夜斗にも確認したけど、本当にもう大丈夫らしい。


 そして今日は、いつもの午後からの訓練を終え……今ここにいる。

 まあ、俺としては朝日から来てくれたのは好都合なんだけど……ね。

 心を落ち着けてから、朝日の方を見た。


「で、何?」

「あのね……今から二人で出かけたいんだけど、いい?」

「奇遇だね。俺も……朝日と出かけたいところがあったんだよ」

「えっ?」


 ポカンとする朝日の手をとり、俺は階段を下りた。

 朝日の訓練を終えた夜斗がソファにごろんと横になってくつろいでいた。


「……あ、来たか」

「何?」


 朝日が不思議そうな顔をしていた。

 夜斗はゆっくりと起き上がると、俺に箱を渡した。


「これ、頼まれもの」

「ありがとう、夜斗」

「何……それ?」


 朝日が覗き込む。


「あれ? どっかで見たような……」

「フェルポッドだよ。二人で外に出るから、念のため夜斗に隠蔽(カバー)を封じ込めてもらった」

「なるほど……」


 朝日が感心したように呟く。


「じゃあ、行ってきていいぞ。マズそうな局面になったら連絡しろよ」


 夜斗がひらひらと手を振って俺たちを見送ってくれた。



「今日は……本当にいい天気だね……」


 家を出てバス停まで歩く。

 朝日が横でにこにこしていた。


「朝日……何で笑ってるの?」

「何か……ユウが久々に近い感じがして……すごく嬉しい」

「……そっか」


 やっぱり、気にしてたんだな……。

 本当に、悪いことをした、と思う。

 俺達がバス停に着いたのとバスが到着したのがほぼ同時だった。慌てて乗る。


「……で、ユウの行きたいところってどこなの?」

「朝日の用事が先でいいよ。何?」

「前も行った……デパートだよ。夜斗の誕生日プレゼントを買いに」

「え?」


 朝日が、俺の誕生日のときのことを説明してくれた。

 俺の誕生日に夜斗が解読してくれたこと。

 裏でいろいろ手伝ってくれたこと。


 俺も日記は読んでいたけど、内容の方に注目していたから日付には全く気付けていなかった。

 そうか、確かそんなこと言っていたような……。


「夜斗にはすごくお世話になっているから……それに、誕生日ちゃんと覚えておくねって約束したからね」


 朝日がにっこり微笑んだ。

 ……確かに、夜斗にはすごくお世話になりました。……本当にね。

 あれっ? でも……夜斗の朝日へのアレって……結局どうだったんだろう?

 俺をけしかけるための……嘘?


「でも、夜斗って何を喜ぶのかな……今いち……」


 朝日が腕を組んで唸っている。


「身に着けるものとかいいんじゃないかな。テスラって、そういうの……殆どないんだよ。特に、男物は」

「なるほど……わかった」


 朝日が俺を見て嬉しそうに笑った。

 ……夜斗がどういう気持ちであれ……俺の答えは変わらない。

 先のことは分からないけど……今は、この気持ちに正直でいるって――決めたから。



 デパートでいろいろ見て回り、結局シルバーのペンダントを買った。


「時計とかより……こういう光り物が似合うと思うのよね」

「まあ身長もあるから……迫力あってカッコいいんじゃないかな」


 俺はちょっと苦笑した。

 夜斗はミュービュリの細かいところまでは知らないから……びっくりするかもしれない。


「よし、これでOK……と。……で? ユウの行きたいところってどこなの?」

「軽井沢の別荘」

「……え!?」


 朝日が素っ頓狂な声を上げた。


「な、何で!?」

「どうしても」

「でも、鍵とか……」

「俺が持ってる。ごめん、勝手に持ち出したんだ」


 ちょっと笑って謝ると、朝日はあっけにとられたような顔をした後

「……っとに、もう……」

と溜息をついた。


「一緒に行ってくれる?」

「それは……って、ユウは電車の乗り方も知らないでしょ? 私が連れて行くしかないじゃない」

「うん。よろしくね」

「了解」


 朝日はちょっとおどけてみせると、凄まじい勢いで携帯で何かを調べ始めた。

 そんな朝日を見ながら……俺は密かに、覚悟を決めた。



 電車とタクシーを使って軽井沢の別荘に着いた頃には……もう日が傾き始めていた。


「よし、間に合った」

「何に?」


 俺の独り言に、朝日が不思議そうな顔で見上げる。


「夕焼け。去年の夏、見たでしょ? あれ……どこだったっけ」

「あっちの……キャンプ場の方……きゃっ」


 俺は朝日を担いだ。


「ちょっと急がないと……」

「えっ? えっ?」


 朝日が俺の肩で慌てている。


「リハビリも兼ねて……飛びながら行くから、俺にしっかり掴まってて」


 俺は久し振りにフェルティガを使った。軽くジャンプする。


「えーっ!」


 朝日が俺の首にしっかり抱きつきながら大きな声を上げた。

 必死な様子がおかしくて笑ってしまった。

 俺は足に力を入れて飛ぶように走った。

 ……体が軽い。朝日の体温を感じる。


「わー、高い、高いー! ユウ、無理しないで!」

「宙を飛んでるわけじゃないから大丈夫。風が気持ちよくない?」

「気持ちいいけど、はや……きゃーっ!」


 朝日の悲鳴を聞きながら、俺は目的地に急いだ。

 不思議な感覚だった。

 フェルを使うのは本当に久しぶりだったのに……呼吸をするかのようにとても楽だった。

 ――俺の傍に、朝日がいる。……ただそれだけで。



「……よし、到着っと」


 あの日、見た、景色。

 太陽が少し沈みかかっている。

 俺は朝日を下ろしてあげた。


「もう……」


 朝日は乱れてしまった髪を手櫛で整えながら、溜息をついた。


「元気になったのはいいけど……はしゃぎ過ぎ!」

「ごめんごめん」


 俺と朝日は前に腰かけていた場所に、座った。

 黙って夕陽を見る。


「……前ここに来たときは、ユウは女の子だったもんね……」

「ん? ……そうだね」


 あのときも、朝日はそんなことを言っていた気がする。

 ……ひょっとして淋しかったのかな……?


「……俺はね。倒れてからずっと……薄暗い迷宮に引き籠ってたんだ」


 そして自分の胸を押さえる。


「ここにね。ずっともやもやしているものがあって……。ちょっと先には光があるのに、ずっと先の暗闇に怯えて……。だから、夜斗や……朝日にも、迷惑をかけたよね。……ごめん」

「……ううん」


 朝日は首を横に振った。


「ユウが……一人で何かに苦しんでて……心を閉ざしてしまっていたのは……わかってた。すごく淋しかったけど……でも、もう大丈夫になったんなら……いいと思う」


 そう言うと、朝日は俺に微笑んだ。


「朝日は一生懸命……俺を引き上げようと頑張ってくれたよね。……ありがとう」

「……へへ……」


 少し照れたように笑う朝日が、すごく可愛かった。

 空を仰いだ。あの夏の景色を思い出す。


「ここの景色はね……ミュービュリで見た中で一番好きな景色。もう一度、見ておきたかったんだ……」

「……」


 俺はしばらく黙って落ちてゆく夕陽を眺めていた。朝日も、何も喋らなかった。

 ……けれど。


「……どうして、もう二度と見られないみたいな言い方……するの?」


 ふと、朝日が呟いた。

 見ると、少し涙ぐんでいた。


「……もうすぐ、俺は、テスラに行く。戦争を、終わらせるために」


 俺はゆっくりと、自分にも言い聞かせるように呟いた。


「……私は?」

「朝日は、連れて行かない」


 俺は朝日を真っ直ぐ見て言った。

 朝日は口をきゅっと結ぶと、ポロポロと涙をこぼした。


「もう……すぐ泣く……」

「だって……私……邪魔? 役に立たない?」

「……いや」


 俺は指で朝日の涙を拭ってあげた。


「朝日が大事だから……連れて行かない。朝日が……」


 夕陽が朝日の涙に濡れた頬を柔らかく照らしていた。


「何よりも大切で……大好きだから」

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「旅人」シリーズ

少女の前に王子様が現れる 想い紡ぐ旅人
少年の元に幼い少女が降ってくる あの夏の日に
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かつての旅の陰にあった真実 少女の味方
其々の物語の主人公たちは今 異国六景
いよいよ世界が動き始める 還る、トコロ
其々の状況も想いも変化していく まくあいのこと。
ついに運命の日を迎える 天上の彼方

旅人シリーズ・設定資料集 旅人達のアレコレ~digression(よもやま話)~
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