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50.ユウ、私……邪魔だった?

 5月も終わりに近付いている。私は今までと変わらず、ユウに話しかけたり隣に座ってみたり、いろいろ頑張った。

 ユウはその間に順調に回復して……今では自分でトレーニングもしているみたい。

 私が夜斗と訓練しているときに混じることは、ないけど……。


 それから、夜斗が言っていたことを踏まえて、もう少しよく観察することにした。

 そうしてわかったのは……ユウがいつも私を避けている訳じゃないってこと。

 普通に隣に座ってることもあるし、例えば……服についていたゴミを取ってくれたりとかもあった。

 たださすがに、手を握ったりとか、腕を引っ張ったりとかは……ない。

 戦闘中でもないから、そうやって私を庇う必要もないしね。


 そう言えば……ユウの部屋で二人きりだと……特に警戒しているような感じがする。

 いや、警戒っていうのとは……少し違うかな。

 私に気を使っている感じかな。

 理由は……相変わらず、分からないけど。

 


 そんなある日の深夜……喉が渇いて起きてしまった。

 お茶でも飲みに1階に行こうかな……と思ったけど、ふと、隣の部屋の窓から電気の灯りが漏れていることに気づいた。

 ……ユウの部屋だ。

 まだ本でも読んで起きてるのかな……と思ったら、何だか話し声が聞こえる。

 多分……夜斗だ。


 どうしよう、気になる。

 でも、ここからじゃ聞こえない。

 部屋を出たらドアの音で気づかれちゃう。

 どうしたら……。


 そう思って窓から隣の部屋を何となく覗いていたら……


『リオは何て言ってたの?』


というユウの声が聞こえてきた。


『女王の完全防御(クイヴェリュン)が揺らいでるって言ってたな』


 夜斗の声も聞こえる。


 あれっ? 急に耳がよくなったのかな。

 ……まぁ、いいや。エルトラの話もしてるみたいだし、ちょっと聞いてみよう。

 二人とも、テスラの戦争の話はあまりしたがらないから。


『そういう術っていうのは制限時間みたいなものが……あるの? 瑠衣子さんの絶対障壁(シィヴェリュ)のときも、思ったんだけど』

『女王のはわからないな。でも……本来の絶対障壁(シィヴェリュ)は、期限はないようだ。古文書によると、術者が解除するかどうか……だな』

『じゃあなんで、ヒールのは亀裂が入ったんだろう……。解除する気なんて絶対になかったはずなのに……』

『……憶測でしかないが。一人でかけたために、不完全だった。これが1つの理由』

『……ふむ』

『あとは、朝日の能力を把握していなかったから』

『え?』

『亀裂が入ったのは、朝日が高校に入る前の冬なんだろ?』

『うん、確か……』

『朝日が家を出るという意識を持った時と重なる。もともとフェルティガを吸収する能力が潜在的にあり、強制執行(カンイグジェ)もできる。朝日の意思の力が何らかの形で作用した可能性も捨てきれないかな』


 えっ……。じゃあ、私のせい?

 私が家を出ようと思わなければ……ずっと守られたままだったの?


『……夜斗、それは朝日には言わないでくれ。多分……すごく気にする』

『……そうだな』


 ……ユウは、私のことを気遣ってくれる。それは……わかる。わかる、けど……。


『で、理央はあと……何て言ってた? 戦争の様子は?』

『ディゲが完全防御(クイヴェリュン)の外の村を攻めてきていて、その防衛にあたってるみたいだな。リオはちょっと焦ってたけど……女王はまだ休んでていいってさ。一応、前に6月ぐらいには大丈夫じゃないか、とは伝えたけど……リオのあの様子だと忘れてるかもしれないが』

『……そうだね。あと十日もあれば、大丈夫だよ』


 ユウの声に急に力が入ったように……感じた。

 ……帰るんだね、ユウ。テスラに。


『6月に入ったら……テスラに戻るのか?』

『そうだね。まず、戦争を終わらせることが先決だし』

『朝日は……』

『え?』

『朝日のことは……どうするつもりなんだ』


 私は思わず息を呑んだ。

 ユウ、私は……。


『――考えたくない』


 ユウの答えに、私は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 ユウも、少しは私のことを好きでいてくれてるのかな……とか、思えたこともあった。

 でも、違うんだ。

 もう、ユウにとっては……考えたくないぐらい、重荷なんだ。

 嫌だ。もうこれ以上聞きたくない!


 その瞬間……耳元でバンッという大きい音がして――目の前が真っ暗になった。

 後に残ったのは……心臓がちぎれそうなほど苦しい、切ない想い。


 ――ねぇ……ユウ。

 私……そんなに、邪魔だった?




「…………?」


 うっすら目を開けると、自分の部屋の天井が見えた。

 ……普通にベッドで寝てたみたい。

 外がうっすらと明るい。……明け方?


「起きたか」


 夜斗の声がする。

 声がする方を見ると……傍の椅子に座って夜斗が覗き込んでいた。

 何だか安心して泣きたくなったけど……すぐ後ろに、ユウが立っているのが見えた。


 心が凍りついて……息が止まった。


 私は慌てて頭から布団を被った。

 泣いているところを見られる訳にはいかない。


「……大丈夫か? 一昨日の夜……朝日の部屋から何か音がしたから、悪いけどユウと二人で入ったぞ。そしたら部屋の真ん中で仰向けに倒れていたから……」

「……ごめん。喉が渇いて……起きたところまでは覚えてるんだけど……」


 やっと、それだけを言う。


「転んで頭を打ったのかな。丸一日、目を覚まさなかったから……心配したよ」


 ユウの声が聞こえる。


「……ごめんなさい」


 迷惑かけてごめんなさい。

 私のせいで、パパが死んで……ごめんなさい。

 そして、ユウにも負担をかけて……ごめんなさい。

 ――好きになって、ごめんなさい。


「……ユウ、とりあえずもう少し休ませよう」


 夜斗が椅子を立つ気配がした。


「……わかった。朝日、何かあったら呼んで。僕、自分の部屋にいるから」


 ユウのいつも通りの穏やかな声が聞こえた。


「……うん」


 私は布団を被ったまま返事をした。

 声を殺して泣いていたから……もう涙でぐちょぐちょで、とても顔を見せられなかった。


 二人が出て行った気配が……した。

 こっそり布団から顔を出す。

 ……確かに、二人はいなくなっていた。

 ちょっとホッとして、ゆっくりと上半身を起こす。

 途端に、涙がポロポロ出てきて止まらなかった。


「……やっぱりな」


 ふいに夜斗が私の部屋に現れ、私を見下ろしていた。……瞬間移動だ!


「……!」


 思わず固まる。慌てて涙を拭いた。


「とりあえずこの部屋は音を遮断したから……声を出していいぞ。ユウには聞こえない」

「……」

「何だったら、大泣きして構わないぞ」


 夜斗が傍の椅子に腰かけた。


「……夜斗……!」


 私は夜斗に抱きつくと、大声で泣き出した。

 どうしても堪えられなかった。いろんなことがぐるぐるして、限界だった。

 夜斗は黙ってよしよしと頭を撫でてくれた。


 

 ……かなり長い時間、泣いていたと思う。

 涙も涸れて……少し落ち着いてきた。


「……少しは気が晴れたか?」

「……」


 私は首を横に振った。

 涙が涸れ果てただけで、胸のもやもやが収まった訳じゃない。


「何があったんだよ。あの夜……」

「……夜、喉が渇いて目が覚めたの。そしたら、ユウの部屋で夜斗とユウが何か話していることがわかって……」


 私は涙を拭った。


「とても気になって……窓からそっちを見てたの。……何も見えなかったけど。それで、最初は何喋ってるかなんて全然わかんなかったんだけど……急に声が聞こえて……」

「あー……あれか……」


 夜斗が思い出したように溜息をついた。


「何かフェルティガの気配はするな……とは思った。てっきりユウが制御できてなくて漏れてるのかと思ってたけど……お前だったんだな」


 夜斗が私の頭を撫でた。


「話を聞きたい一心で、それに合わせたフェルティガを発動させた……ってところだろ。それで?」

「……私のせいで……パパが命を懸けた術が台無しになった……かもしれないって……」

「あー……」


 夜斗が頭をポリポリ掻いた。


「言葉足らずだったな。まさかお前が聞いてるとは思わないからな」

「……」


 私は首を横に振った。

 どう言ったって起こってしまったことは変わらない。


 夜斗は両手を私の肩において

「よく聞けよ」

と優しく言った。


「正しくは、ヒールさんがお前の能力を把握してなかったから、だ」


 夜斗は溜息をついた。


「ヒールさんがしたこと……彼なりの精一杯だったと思う。ユウにミュービュリのことを教えながら育てたのも……術が不完全だった場合にユウに任せるためだった。ユウの記憶を封じたのも……最悪ユウがキエラに捕まった場合、ユウから情報が引き出されるのを防ぐため……だ。彼は考えに考え抜いて、打てるだけの手は打った。でも……彼は一人で突っ走り過ぎて、お前に関してだけは、間違えた」


 ――どうして……あのとき、何も言ってあげられなかったのかしら。あのとき、引きとめていれば……話を聞いてあげられれば……何かが変わったのかもしれないのに……。


 ママが泣きながら言っていた台詞を思い出した。

 夜斗の顔を見る。


「お前が単にフェルティガが効かないってだけなら問題なかった。多分、公園でお前と話して……そう判断したんだと思う。実際、女王の託宣までは俺達もそう思ってたし。でも……もう少し時間をかけてお前と接していれば……ヒールさんは多分、見抜けたはずなんだ。そしたら、ミュービュリでユウとお前を育てながら守るっていう選択肢だって……あったはずなんだよ」

「……」

「……お前が悪いんじゃない。そういう……運命だったって……思うしかないんだよ……」


 夜斗はそう言って私を抱きしめた。


「……」


 ポロポロ涙をこぼしながら、私は黙って頷いた。

 ほんの少しのかけ違いが……ママたちの運命を決めてしまったんだ。


「……それで? 倒れたのか?」

「……違う」


 私は夜斗から体を離した。


「ユウが……私のこと……重荷だって……」

「そんなこと言ってないだろ」

「……考えたくないって……」


 思い出したら、また涙が出てきた。もう涸れ果てたかと思ってたのに……。


「すごく……ショックで……もう嫌だ、聞きたくないって……思って……そしたら、耳元でものすごい音がして……目の前が真っ暗になったの」

「はー……」


 夜斗がティッシュの箱を私に渡してくれた。

 私は涙を拭いて、思いきり鼻をかんだ。


「もう……頑張れない……」

「……急に遮断したからフェルティガが自分に返ってきたんだな。それで倒れた……と」


 夜斗はそう呟くと、ちょっと考え込む。

 ……そして、じっと私の顔を見た。


「……おい。念のため、確認したいんだが」

「……何?」

「朝日は……ユウが好きなんだよな?」

「……」


 ユウとの思い出が蘇る。

 初めて会った日のこと。

 守ってくれたこと。

 喧嘩して……自覚したこと。

 我慢したけど……どんどん好きになっていったこと。

 ――キスしたこと。


「……好き。大好き」


 思えば、ちゃんと声に出して言ったのは……初めてな気がする。

 何だか……急に実感が籠ってきた。


「祝福……してくれた。だから、少しは……可能性あるかも……って。ママに……黙ってちゃ駄目だって言われて……。バレンタインの日、告白しようと思ってたけど……理央に攫われちゃったから……」

「うお……何か急に、責任を感じるな」


 夜斗が頭をポリポリ掻きながら申し訳なさそうな顔をした。


「でも……テスラで……ユウと私の過去に触れて……何か、距離が縮まったかな……って、思って……。でも、ユウが倒れちゃって……。元気になったら……何か変わってて……遠くなっちゃって、もう……言えなく……なって……」


 そこまで一気に言うと、私はまた大声で泣いた。

 夜斗が私をあやすように頭を撫でてくれた。


「じゃあ……もう一つ聞くぞ。テスラの民とミュービュリの人間の間には、ゲートがある訳だ。ゲートは何回も越えられる訳じゃない。……いつか、最後の時が来る」

「……」

「ずっと一緒にいようと思ったら……どちらかが自分の世界を捨てることになるんだ。それについては……どう思ってたんだ?」


 ――最初は、それもあって、自分を諌めてた。

 未来がないから……好きになっても仕方がないって。

 でも……無理だった。

 好きになってしまった……って気づいて、でも絶対言わないでおこうって……思ってた。

 だって、言ったって……意味がないと思って。

 でも、ママが……ちゃんと言わないと、気持ちは伝わらないって、励ましてくれて……言うだけは言ってみようって……。

 ちゃんと伝えることに、意味がある……そう思えて。


「……ずっと一緒とか……そんなのはわかんない。でも、私は……世界が違うってことにこだわって自分の気持ちをなかったことにするのは、違う……と思った」

「なるほど、ね……」


 ずーっと心に秘めてたこと……口に出したら、スッキリした。

 自分が何を求めていたのか。とても単純なこと。


 ――先のことなんてわからないけど、私がこんなに好きなんだから、私のことをもっとちゃんと見て! 好きになって!


 ほんとに、単純なことだ。


「何か、心に溜めてたこと吐き出したら、すっきりした」

「そっか」

「ついでにもう少し吐き出してもいい? 声は漏れないんだよね?」

「まあ……」


 私はベッドの上に立ち上がると、大声で叫んだ。


「祝福のキスって何だよ、馬鹿――!」

「うおっ……!」


 私の大声に驚いた夜斗が椅子から転げそうになった。

 そして、不思議そうな顔をして私を見る。


「……はあ?」

「何?」

「さっきも祝福がどうとか言ってたな。何だよ、いったい」

「……クリスマスイブの私の誕生日。ユウがキスした。祝福だって」

「……はい?」

「そういう風習があるって」

「……」


 夜斗は頭を抱えると、しばらく黙りこんでいた。

 ちょっとすっきりしたので、ベッドから降りる。

 夜斗は椅子から立ち上がって苦笑すると


「これは、ユウの方が完全に悪い。朝日はちっとも悪くないぞ」


と言って私の頭をなでなでした。


「……でも、やっぱり朝日は一番大事なことをしなければいけないな」

「……何?」

「ユウに告白に決まってるだろ」


 じっと夜斗を見上げると、夜斗は当たり前、という顔をした。


「無理!」

「何で?」

「もう、心が折れたもん。頑張れない!」

「もう少し頑張れ。俺が全面的に協力するから」

「……考えたくないって言ってたもん……」


 ……あ、また涙が出てきた。

 袖でゴシゴシと擦る。


「考えたくないってことは……つい考えてしまうってことだろう……」

「……?」


 夜斗は再び黙り込んだが、ポンと手を叩くと

「……そうだ。俺の誕生日プレゼント買ってこい」

と言ってニッと笑った。


「……??」

「忘れたのかよ……6月1日」

「それは覚えてる。ただ……ここで何で?……って思っただけ」

「二人でデートして来いってことだ。それが理由なら、俺がいないのも自然だろ」

「……」

「ただその泣き腫らした顔じゃ……。まあ倒れたばっかりだし、明後日ぐらいにでも」

「……」


 告白なんて、到底無理そうだけど……デートできるのはいいかもしれない。

 私と二人でいて……ユウが何を考えているのか……どういう行動を取るのか。

 ちゃんと見て、感じてみよう、と思った。

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