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47.ユウ、出会ってくれてありがとう

 ユウの部屋をノックする。


「はい」

という声が聞こえたから、ひょっこり顔を覗かせた。

 ユウはベッドに入ったまま、布団の上に日記を広げていた。


「……読み返してるの?」

「うん。何があったのか、よくわかるから……」


 ユウは真剣に日記を読んでいた。その横では夜斗が、古文書を見ながら唸っている。


「夜斗は何してるの?」

「チェルヴィケン直系じゃないから全部は無理だが……使えそうな術は知っておこうかなと」

「ふうん」


 そして夜斗は私の顔を見て「あ、そうだった」と呟いた。

 この様子じゃ本来の目的を忘れていたな……。まあ、いいけど。


「二人とも、一階に降りてきてね」


 私は笑顔でそう言うと、先に部屋を出てリビングに戻った。

 クラッカーを用意して二人を待ち構える。


 ユウが夜斗に軽く体を支えてもらいながら、階段を下りてきた。

 リビングの扉を開けた瞬間、

「ユウ、誕生日おめでとう!」

と言ってクラッカーを鳴らした。


「おわっ!?」


 夜斗が驚いて変な声を上げた。ユウも固まっている。


「……え?」

「今日は4月7日だよ。ユウの誕生日!」

「……」


 ユウはしばらくきょとんとしていたけど、すぐハッと我に返って

「ああ、あの……1年前に言ってた……」

と呟いた。


「それもそうだけど、本当にユウの誕生日だよ。日記に書いてあったの」

「え?」


 ユウがぽかんとしている。

 夜斗が髪についた紙テープを払いながら

「今の音は何だ? 攻撃されたかと思ったぞ」

とぶつくさ言った。


「今のはクラッカーと言って、お祝いのときに鳴らすやつ。やってみたい?」

「やりたい!」

「面白そう……」


 二人が目をキラキラさせている。

 ちょっと可愛いかも……と思いつつ、1個ずつ渡してあげた。


「人に向けちゃ駄目だよ。で、このひもを引っ張るの」


 二人が不思議そうな顔をしながらまじまじと見ていた。

 ちょっとびくびくしながらひもを引っ張る。

 パアンと明るい音がして紙吹雪が舞った。


「おー……」

「奇麗だね……」


 ユウが久し振りに嬉しそうだったから、私も嬉しくなった。


「はい、じゃあ座って、座って」

「おう」

「うん」


 二人がテーブルに着いたので、

「はい、オープン!」

と言ってケーキの蓋を開けた。


「へぇ……」

「美味しそう……」


 ママのレストランで急きょ頼んだものだけど、ちゃんと「ユウ18歳の誕生日おめでとう」と板チョコに書いてあった。


「これが誕生日ケーキというものよ」

「ケーキ……。ああ、文化祭で客に出してたような……」


 夜斗が思い出したように言った。


「これはプロのパティシエが作ったやつだからすごく美味しいよ、きっと。じゃあ、ローソク立てようか」

「ローソク?」


 夜斗が不思議そうな顔をしている。

 ユウは2回目なので、私が言う前から手際よくせっせと立てていた。


「これでいい?」

「うん。じゃあ、ローソクに火をつけて……電気消すね」


 私は席を立って電気を消した。

 リビングがロウソクの灯りだけになる。


「ほー……」


 夜斗は何が始まるのかわからずキョロキョロしている。


「じゃ、歌おうか」

「歌!?」


 夜斗がますます驚いた顔をして、素っ頓狂な声を上げた。


「今日はユウの誕生日だから、ちゃんと私が歌う。でも、夜斗も覚えておいてね」

「ああ……」


 私は咳払いを一つしてハッピーバースディを歌い始めた。

 ユウは何だか嬉しそうに手拍子をしている。夜斗は不思議顔のまま何となく手を叩いている。


「……ハッピーバースディ、トゥユー……。はい、ユウ、吹いて」


 ユウがフーッと息を吐く。1回では消えなかったので何回かフッとしたら全部消えた。

 部屋が真っ暗になる。


「はい、拍手! ユウ、誕生日おめでとー」

「……ありがとう」


 パチパチパチ……と手を叩く。

 私はそっと立ってリビングの電気をつけた。


「じゃ、食べようか。夜斗、コーヒーポッドそこにあるから……カップに入れて」

「おう」


 私はナイフを持ってくると、ユウの隣に立った。


「さて、切ろうかな。ユウはどの部分食べたい?」

「やっぱり……この、チョコの多いところ。俺好き」

「了解」


 私はケーキを4等分して、ユウの言っていたところを皿にのせてあげた。

 誕生日おめでとうのプレートも上に飾る。


「はい、召し上がれ」

「ありがとう。いただきます」


 ユウは丁寧にお礼を言うと、一口食べた。


「うわ、すごく美味しいよ、朝日」

「本当? ママのイチオシらしいから……良かった」


 そのとき、夜斗がコーヒーを持ってきた。


「……そう言えば俺、食べたことないな」

「夜斗は甘いの大丈夫?」

「多分……」


 夜斗はコーヒーを配り終えてから椅子に座ると、ケーキを一口食べた。


「おお、美味いな」

「よかった」



 そのあと私たちはケーキの感想を言ったり、日記の話や古文書の話をしていた。

 3人とも殆どケーキを食べ終わったところで、私は隠しておいたユウへの誕生日プレゼントを出した。


「……はい、ユウ。誕生日プレゼント」

「わ! ありがとう!」

「ちょっと慌てて用意したから雑になっちゃったけど……」


 ユウが包みを開けて中身を取り出した。……1冊のアルバム。


「……?」


 ユウは不思議そうに表紙を開けた。

 1ページ目は、初めて会った日に私の携帯で撮っておいたユウの写真。勿論、美少女バージョン。


「これ、何だ……?」


 夜斗が不思議そうに聞く。


「夜斗、文化祭でいろんな女の子と撮ってたじゃない。写真というものよ」

「えっ!?」


 どうやら全然分からないままやらされていたらしい。……夜斗らしいな。


「私の目から見ると、どうしても男の子だから……確認の意味も込めて携帯で結構、ユウの写真を撮ってたの。だからそれをプリントアウトして……記念アルバムにしてみました」

「へー……」


 ユウはまじまじと見ている。


「何だか懐かしいな……。鏡では自分の姿、毎日見てたけど……。こうして見ると、また違う感じだね」

「なあ、写真って何だ? ものすごく鮮明だけど」


 夜斗がアルバムと私を見比べながら言う。


「その瞬間を切り取って記録したものというか……。わかった、ちょっとやってみせるね」


 私は自分の携帯を持ってきた。


「はい、夜斗、笑顔」

「おう!」


 よくわかってないのに、撮られる方は妙に慣れてるな。

 私は撮影ボタンを押した。よし、撮れてる。


「……で、こういう感じ」


 携帯を夜斗に見せる。

 さっきの笑顔の夜斗が映っている。


「これを……機械に通して紙に焼き付けたものが、写真」

「ほー……」


 その横で、ユウはいろいろなページをまじまじと見ていた。


「……朝日と一緒の写真、殆どないね……」

「まあ、私が撮ってるから……仕方ないね」

「あと、夜斗が端っこに映ってるのがあった」

「え?」


 私と夜斗は覗き込んだ。

 体育祭の写真だ。

 確かによく見ると、夜斗がこちらを見ているのが分かる。

 そんな写真が何枚か見つかった。


「……本当だな」

「……ストーカー?」

「違う! この頃は任務中だったから、基本近くにいたし、ちゃんと調査してたんだよ」


 夜斗が真っ赤になった。


「……しかし、フェルティガで見せる映像はあくまで本人の視点だから、ぼやけているところもあるし……。それと違って、こういう瞬間を鮮明に切り取るって……すごいな」


 夜斗が感心したように呟いた。


「ユウの表情がだんだん変わってきているのがわかる」

「へ?」


 最初から見返してみる。

 確かに入学式から始まって、遠足、夏休み……と、機会があれば撮ってたんだけど、最初は殆ど表情がなかったユウが、ちょっとずつ笑顔だったり恥ずかしそうだったり、感情が表に出てきているのがわかる。

 そして、アルバムは文化祭のページになった。


「この日は結構撮ってもらったから、二人で撮ったのもあるし、夜斗と三人のもあるよ」

「ほんとだ」

「お前、結構ノリノリだな」

「……夜斗がそれを言うの?」


 この日のメイド姿のユウは男子だけでなく女子からも大人気だったよね……。

 ユウと夜斗が会話している横で、私はこの日のことを思い出していた。


 体育祭の後……喧嘩したっけ。

 そのあと、傍観者じゃなくてちゃんと一緒に思い出を作ろうって言って……初めての機会が文化祭だったから、ユウが結構頑張っていたように思う。


「しかしこんなものがあったとはなぁ……」

「ねぇ、夜斗。記憶はなくなっても、夜斗と一緒の写真は女の子たちの手元に残ってるでしょ? いいの?」

「んー……存在自体を消せ、と術をかけたから、どうかな。力が及んで、自ら破棄していると思うんだが。……ま、仮に残ってたとしても、誰これ、で終わるから大丈夫だろ」


 文化祭の後は、バイト先でもらった写真。

 ユウ単独のもあれば私と二人で撮ったのもある。


「ははぁ……これか、あの店でやってたのは」


 どうやらちゃんと調査をしていたらしい、夜斗が呟いた。


「バイトでね。いろんな可愛い衣装が着れたから楽しかった」

「まぁ、確かに楽しそうではあるな」

「俺は……実はかなり恥ずかしかったけどね……」


 ユウがボソッと言う。


「そうなの?」

「そりゃそうでしょ。でも朝日がやりたがってたから、頑張ったんだよ」


 ユウはちょっと赤くなって呟いた。


「……今、思ったけど」


 夜斗がふいに切り出した。


「朝日にはユウが男の姿に見えていたわけだろ。……じゃあこれらの写真、全部今のユウの姿で見えてたんだよな。つまり……女装に見えてたってこと?」

「実は、そう」

「……ぶはっ……くくく……」


 夜斗が大爆笑した。

 ユウが真っ赤になって「笑うな!」と夜斗を小突いた。


「でも美少年だから、そんなに可笑しくは……あったかな」

「もう、朝日まで!」


 私たちは、久し振りに大声で笑った。

 何だか、ホッとした。


 ……そして最後のページは、バイトの最後におまけで撮ってもらった、結婚式風の写真。

 ユウはアルバムをぱたんと閉じると、溜息をついた。


「朝日が一緒に思い出を作る……って言っていた意味が、今日、本当にわかった気がする。ありがとう」

「どういたしまして」


 私は几帳面に返した。

 ……けど、実はこれで終わりじゃないのだ。

 私は背中に隠していた写真立てを、ユウに渡した。


「……これが、スペシャルプレゼント」

「?」


 ユウは不思議そうな顔をして写真立てを受け取ると……それを見てハッとした顔をした。

 ――それは、パパと1歳の頃のユウの写真。


「ヒール……」


 ユウが呟いて喉を詰まらせた。


「……ママと暮らしているときに撮った写真だって。見ると泣いちゃうからしまってあったんだけど、この間ね、出した……って言ってた」

「……」


 ユウはちょっと涙ぐんでいた。


「これ……もらっていいの? 大事な物なんじゃ……」

「大丈夫。他にも何枚かあるから。それは、ユウにあげる」

「……ありがとう……」


 ユウは小さく呟いた。


「……しかし、本当に瞳が青いな。力のある子は赤ん坊の頃は瞳が青いんだとさ」


 夜斗が横から覗き込んで言った。


「そうだね……。今は、微かに青く見えるときがあるくらいだけどね。でも、本当に可愛いよねー」


 そのとき、玄関から「ただいま~」というママの声が聞こえてきた。


「あ、ママだ」


 私は玄関まで迎えに行った。


「ママ、今日はありがとう。おかげでユウにね、とっても喜んでもらえたよ」

「そう。よかったわ」


 リビングに入ると、さっきのクラッカーの後始末をしてなかったのでちょっと怒られた。

 とりあえず夜斗に片付けをお願いし、私はママに出すコーヒーの準備をするために台所に入った。


「あの、写真……本当にありがとうございます」


 ユウが立ち上がってママにぺこりとお辞儀をした。


「いいのよ。すごく可愛い写真でしょ?」


 ママがにっこりと微笑む。

 私は残しておいたケーキをママに出した。


「じゃあ、私からは……そうねぇ……その頃のアオがやらかした失敗談でも話そうかしら?」

「え……それは、ちょっと……」

「えー、私は聞きたいなー」

「ちょっと、朝日……俺の誕生日でしょ」

「面白そうだな! 是非!」

「夜斗も煽らないで」



 ――その後、私たちはいろいろな話をして、久し振りにたくさん笑った。

 もちろん、写真も撮った。

 ユウは久しぶりに長く起きていたけど、やっぱり疲れたみたい。

 夜斗が二階に運んでくれた。


 リビングの片付けを終えたあと、私は二階に上がってそっとユウの部屋を覗きこんだ。

 枕元のライトだけがついている。

 近付くと、ユウはもう眠っていた。


 ――テスラでは……その……祝福の意味で……。


 自分の誕生日のときを思い出す。

 ちょっと恥ずかしかったけど……ユウにとっては大事なことなのかもしれない。

 そう思って、私はそっとユウに口づけた。


 ……私の作ったアルバムがユウを元気づけたように、この日の出来事が未来のユウを救ってくれればいいな……と祈りながら。

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