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42.ママに会いにいこう

 映像が消え、ハッとして辺りを見回す。

 岩穴の煙は消え……もとの光景に戻った。


「……ふう」


 夜斗が大きく息をついた。


「見えたか?」

「うん……まあ……」


 ママが何かの霧に包まれていた。あれが、パパがママに術をかけた瞬間なんだろう。

 ……だけど、どうして姿が変わってしまったのか……。


「……」


 ユウは少し考えると

「……何かの、禁術……」

と呟いた。

 ふと、夜斗が何かを思い出したように古文書を捲り始めた。


「ヒールさんはこの本を読み漁ったと言っていた……。これに載ってるんじゃないか?」


 ユウも横から覗き込んだ。


「あ……」

絶対障壁(シイヴェリュ)……これか」


 それは、最後のページだった。

 私も覗いてみたけど、やっぱり何のことかわからない。

 二人はじっとその文章を読んでいた。

 ……だけどそのうち、ユウは涙ぐみ……その場に崩れ落ちてしまった。

 声をかけようか迷っていると、夜斗が私の腕をぐいっと引っ張った。

 驚いて振り返ると、顎で外の方へ促された。


 そっか……。そっとしておいた方がいいのかな。

 私は夜斗と共に、その場を離れた。岩穴の入口付近まで戻る。


「ねぇ……何が書いてあったの? 絶対障壁(シイヴェリュ)って?」

「フィラの防衛のために、チェルヴィケンが代々守ってきた……最終奥義だ」


 夜斗が古文書を指差した。


「これによると……チェルヴィケンの血をひく者3人が力を合わせてかける、結界だ」

「3人!?」

「テスラのフェルティガエの遠視・侵入・攻撃をすべて防ぐ結界だ。かけたポイントから……一定の圏内に効果がある」

「これを、ママに……? それも一人で……?」


 夜斗が黙って頷いた。


「寿命を削ってすべてフェルティガに変え……一人でかけた。そのために、あっという間に老人になってしまったってことだな」

「どうして、そんな……」

「確実に隠すため……だろうな。カンゼルは熱心にミュービュリを調べていた、と言ってただろ? 生半可な術では解除されてしまう可能性もある。彼は、自分にしかできない禁術を用いて、完璧にシャットアウトすることを考えた」


 夜斗が考え込みながら私に説明する。


「最初、ヒールさんは、これを……朝日にかけるつもりだったと思う。でも……朝日に自分の術が効かないことがわかって……ルイさんに変えたんだな」

「……」

「でも、これは……敵だけでなく自分も……もう二度と、ルイさんには近づけない……そして、姿を見ることもできない術なんだ」

「……!」


 私は思わず両手で顔を覆った。

 さっき見た映像を思い出す。


 私に話しかけるパパ。一瞬だけ見えたママ。抱き合う二人。

 パパとママの……永遠の別れの瞬間。


 パパは、どんな思いで……術をかけたのだろう。

 私にはとても想像できなかった。

 でも……。


「ママ……ママに会わなきゃ」


 私がうわ言のように呟くと、夜斗が「え?」と言ってかなり驚いた顔をした。

 夜斗には構わず、私はバッと立ち上がった。

 そして岩穴の奥に引き返すと、ユウのもとに駆け寄った。


「ユウ! ママに会いに行こう!」

「……え?」


 ユウが顔を上げる。まだちょっと、泣いているみたいだった。


「パパの……パパの想い……伝えなきゃ! でないと……」

「……ミュービュリに……?」

「……まぁ、悪くない選択だと思うが」


 私を追って現れた夜斗が言った。


「エルトラもキエラも、今はそれどころじゃない。仮にミュービュリにいることがバレても、ゲートを越えられる人間は少ないから……わざわざ追ってくることはないだろ」

「でも、理央とか……」

「リオはユウとの戦いで休養が必要だ。それに……多分もう、ゲートは越えられない」

「……」


 夜斗はちょっと心配そうにユウの傍にしゃがんだ。


「ただ……ユウは、まだゲートを越えられるのか? 顔色があまり良くないが……」

「……大丈夫……砂になったりしないよ」

「……なら、いいが。じゃあ……行くか」



 私たちは岩穴を出て……サンのところに行った。

 サンも私達について行きたそうにしていたけど、それはさすがに無理なので……ユウが必死になだめていた。

 サンは、ダイダル岬で待っていることになったようだ。

 飛んで行くサンを見送ったあと……夜斗が障壁(シールド)を張り、ユウがゲートを開いた。

 ユウの調子が悪そうだったから、夜斗がゲートを開けようとしたんだけど……後を追われないためには障壁(シールド)をした方がいい、ということで結局そうなった。


 曖昧な空間を通り過ぎ、裂け目から飛び降りると……私の家の玄関の前だった。

 今何時かはわからないけど……すでに日は落ちて、真っ暗だった。

 とりあえず、インターホンを鳴らす。……でも、何て言えばいいんだろう。


〈はい……あら? 朝日? どうしたの?〉

「……」


 言葉が見つからず、黙りこくってしまう。


〈……ちょっと待って〉


 慌てたようなママの声。

 インターホンが消えてしばらくすると……ドアの向こうからパタパタと音が聞こえ、ガチャリとドアが開いた。


「朝日?」

「……ママ!」


 ママの顔を見た瞬間、いろいろな気持ちが溢れてきて、私は思わず抱きついた。子供のように泣きじゃくる。


「どうしたの? 留学してたんじゃ……。あら?」


 私の後ろに立っていた夜斗とユウに気づく。


「まさか……アオ?」


 私はハッとしてママとユウを見比べた。

 ユウはちょっと微笑むと……そのまま倒れてしまった。


「……ユウ!」




 夜斗がユウを二階の客間に運んでくれた。

 ユウが心配で、私は客間から出てきた夜斗にガバッとしがみついた。


「ねぇ、夜斗、ユウはどうなの?」

「今は、寝かせておけば大丈夫だ。後でもう一度様子を見てみよう。……それよりまず、母親に事情を説明した方がいいんじゃないか?」

「……」


 それは、確かに……。

 留学しているはずの私が見知らぬ男の人二人を連れて帰って来たもんだから、ママは内心気が気じゃないに違いない。


 私は黙って階段を下りた。夜斗は私の後ろからついてきた。

 リビングに入ると、ママが紅茶を三人分入れてくれたところだった。


「……紅茶を入れたけど……」


 ママが戸惑いながらも、私たちの方を見る。

 そうだよね。ごめんなさい、ママ。不安だよね。


「ありがとう……」

「あ、すみません……」


 私達二人はママの向かいに腰かけた。


「……あの、俺」


 夜斗が口を開いた。


「夜斗と言います。ヒール……朝日のお父さんと、同じ世界の人間です」


 そして指をパチンと鳴らす。 

 ママが黙ったまま目を見開いた。


「……あなた……1か月ぐらい前に会ったわ……」

「すみません。あなたに暗示をかけるために会いに行きました」


 夜斗が丁重に頭を下げた。


「……ちょっと、待って……。いったい、何が……」


 ママも混乱しているみたいだ。

 紅茶を飲み……ふと、顔をあげた。


「ヒール……それが、あの人の名前なの?」

「……そうです」

「……私は、ヒロと呼んでいたわ。ねぇ、今、いったいどこに……」


 ママは立ち上がって私と夜斗の顔を見比べた。

 会えるものなら会いたい、もう一度。

 そんなママの想いがひしひしと伝わってくる。


 私は、涙が溢れてくるのを抑えることができなかった。

 泣きながらママの顔を見上げる。


「パパは……もう……いないの。でも、ママに伝えなきゃいけないって思って……それで帰って来たの」

「……!」


 ママは目を見開いたまま、しばらく身動きもしなかった。

 ……やがて、天井を見上げる。涙を堪えているのかもしれなかった。

 夜斗は黙って、じっと私達を見守っていた。


「……ごめんなさい。夜斗くん……だったかしら?」


 だいぶん経ってから……ママが潤んだ瞳のまま夜斗に微笑んだ。


「はい」

「あなたはヒロの世界の人って言ったわよね。一体何があったのか……教えてくれるかしら?」


 夜斗はママを見ると、黙って頷いた。

 そして……ゆっくりと丁寧に、話し始めた。


 テスラでは戦争が起こっていて……パパは人質のような特殊な存在だったこと。

 そして……事故でユウと共にこちらの世界に跳んできたこと。

 半年後、また本人の意思とは無関係に戻ってしまったこと。

 そのとき、今度はママの記憶をなくしてしまったこと。

 思い出したけど……戦争に私が利用されるのを防ぐために、再びこの世界に来たこと。

 結界を張った結果……大幅に寿命を縮めてしまったこと。

 そして私を守るために……ユウを遣わしたこと。


「……会いたくても、こちらの世界に来ることは容易でなく……。そして結界のために会えなくなってしまった。それでも……あなたたちを守るために、ずっとテスラで闘っていた……。そういう方です」


 夜斗が慎重に、言葉を選びながら言った。


「それで……訳あって私はテスラに行ってきたの。そこでパパに会って……最期……を……」

「……そう……」

「あの……俺から質問してもいいですか」


 夜斗が切り出した。


「……何かしら?」

「あの……すごく信じ難い内容だったと思うんですけど、どうして……」

「……朝日がわざわざ連れてきた時点で……私には疑う余地はないわ」


 ママがにっこり微笑んだ。


「それに……ヒロと初めて会ったときから、どこか違う世界から来たんだということは分かっていたから……」

「え?」


 違う世界……異世界から来たって、わかってたってこと!?

 驚いてママの顔を見る。

 ママは私の方に向き直ると


「パパの話……するの、初めてね」


と言ってちょっと微笑んだ。

 ママの目尻に溜まっていた涙が、キラリと光った。

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其々の物語の主人公たちは今 異国六景
いよいよ世界が動き始める 還る、トコロ
其々の状況も想いも変化していく まくあいのこと。
ついに運命の日を迎える 天上の彼方

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