37.大事なことが隠されてる
「……うまくいったねー」
フィラの民が全員エルトラ領に入ったのを見届けて、私たちは南へ向かった。
ユウと夜斗はかなり疲労していた。
「……大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃない……。朝日、膝枕」
「はい。ちゃんと休んでね」
ユウに膝を貸す。
「ずりぃ……」
夜斗がゼイゼイ言いながらユウを睨む。
「百人分のバリアって……どれだけ大変だと思ってんだ……」
「生身の人間をフェルティガで運ぶのは危険だし、俺のだと完全防御に弾かれる可能性があったからね……。夜斗じゃないと……」
ユウがちょっとボーッとしながら言う。
エルトラ王宮に侵入したり、理央と闘った後だから……かなり堪えたみたいだ。
「そうやって朝日からもらって、今まで回復してたんだな」
「……もらう? 何を?」
「フェルティガだよ! 決まってんだろ!」
「……?」
ユウはよくわからないみたいだった。
私はちょっと笑って、夜斗に手を差し出した。
「夜斗、とりあえず手を貸してあげるから落ち着いて。ちゃんと休んで」
「……」
夜斗は不満そうにゴロンと転がると、私の手をおでこにあてた。
「……一応、頑張れー、回復しろーと祈ってるんだけど……どう?」
「……さっきほどの効果はない……」
「やっぱり必死にならないと無理みたいだね……。コントロールできない……」
そんな会話を夜斗としていると、ユウが
「……さっきからいったい何の話? 説明して」
とむくれた。
「まず、二人とも休もう。それからにしようよ」
どうも二人とも頭が回っていないみたいだし。
一回休んで、それからお互いの情報をちゃんと擦り合わせた方がいい。
「でも……」
「だってよ……」
二人が同時に不服そうに言うので、ちょっとイラッとしてしまい
「【黙って寝なさい】」
と強く言った。
途端に、二人は静かになった。
「……?」
膝の上のユウの顔と、手をあてていた夜斗の顔を交互に覗き見る。
ひょっとして気絶してしまったのかと思ったけど、二人とも顔色が少し悪いだけで、苦しそうな感じではなかった。
テスラの民は眠らないって言ってたのに、二人とも明らかに寝ていた。
ユウに至っては、寝息までたてている。
「……??」
まあ、いいか。スキー合宿の時も、ユウは次の日、かなり元気になってたものね。
テスラの人は眠らなくても活動できるっていうだけのことで、寝ることはできるみたいだし。むしろ、よくリフレッシュできるみたいだし。
このままそっとしておこう……。
「キュィィ……」
サンも何かを察したのか、飛ぶ速度が少しゆっくりになり……その分高度を上げた。
テスラの昼の光が、私たちを暖かく照らしている。
私は後ろを振り返った。
エミール川……東には、黄色い大地の中に黒い岩がゴロゴロした……いわゆる死の大地が広がっている。
ポツンとある黒い建物……あれが、キエラの要塞なのだろう。
そのさらに奥には、白い崩れかけた城のようなものが見える。
西側には……女王の完全防御。王宮を中心に、ドーム型になっているのがわかる。
その中は……もう、よく見えない。
だけど完全防御のまわりにもいくつか小さな村があるのがわかった。
これらが見る見るうちに遠ざかる。
私は前に向き直った。
テスラは……その周囲すべてが海に囲まれていた。三百六十度、水平線が見える。
多分、とても小さい……日本の四国よりもずっと小さい、島国のようだ。今はゆっくり飛んでいるけれど……さっきのサンの飛ぶ速さなら半日もあれば一回りできるだろう。
それほど小さいこの国で……もとは同じ民が戦争をしているんだ……。
雪が所々残る平原を越え、高い崖を越えた。南の海が見える。
サンはどこまで行くんだろう……と思っていたら、急に下降し始めた。
下を覗くと、崖の麓に浜辺が見える。
そして、砂浜にゆっくりと降り立った。
サンは足をかがめて「ゆっくり降りてね」という風に腰を下ろした。
私はそーっとユウを膝からどかすと、まず自分が降りた。
まわりを見回すと、狭い岩穴に布や木、タライみたいなものが散らばっていた。
「……ここがユウが言っていたダイダル岬……。ひょっとして、ユウとサンはここに隠れていたの?」
「キュゥゥ……」
ユウの意識がないと私の言葉も届かないらしい。海を見て小さく鳴くだけだった。
とりあえず、ユウと夜斗をサンから下ろし、砂浜に寝かせた。
サンは私たちをちょっと見てから、海の方に飛んで行った。
私は散らかっていた岩穴を片付け、投げられていた布を拾った。
だいぶんくたびれている。
とりあえず埃を落としたけど……だいぶん汚れているなあ……。洗えないかな……。
海の水を覗くと……透明でとても奇麗だった。
ちょっと怖かったけど舐めてみると、何も味がしなかった。
地球とは違って、塩水ではないみたいだ。
タライに水を汲んで布を洗う。……よし、だいぶんきれいになった。
私は布をぎゅーっと絞って水気をとった。
「……ん?」
そのとき、ユウがむっくりと起き上がった。
「あ、目が覚めた?」
「……サンは……?」
「海の方に飛んで行ったけど……」
「……食事かな……」
ユウがボーっとしたまま呟く。
「朝日……髪、短い……」
「あ、うん」
夜斗に揃えてもらった髪を、ちょっと触る。
「女王の託宣……とかに必要で、切られちゃって。夜斗に揃えてもらったんだ」
「……」
ユウは隣に寝ている夜斗を見ると、ポカリと頭を小突いた。
すると夜斗が急に驚いたように跳ね起きた。
「うわっ! 気を失ってた!」
「違うよ、寝てたんだよ」
とりあえずユウが小突いたことは黙っていよう……。
布をパンパンしながら私が言うと、夜斗は訝しげな顔をした。
「寝る?」
「そう。テスラの人も寝れるんだね」
近くの岩に布を広げる。
「……お前の強制執行って気まぐれに出るんだな……」
夜斗は立ち上がると背伸びをした。だいぶん疲れは取れたみたいだ。
「おお、でも凄いな。体がめちゃくちゃ軽いぞ」
「強制執行……?」
ユウが不思議そうな顔をする。
「そうか、知らないんだな。女王の託宣によると、朝日はチェルヴィケンの血を引いているフェルティガエで、フェルティガを吸収する能力があるんだとさ」
「チェルヴィケン!?」
「で、お前はユウディエン=フィラ=ファルヴィケンなんだな」
「そうだけど……」
「ちょ、ちょっと待って! そんないっぺんにいろいろ言ってもわからなくなっちゃうよ。ちゃんと順序立てて話をしよう?」
私は慌てて二人の間に入った。
「ねえ、ユウ。どうしてここ……ダイダル岬にきたの?」
「ここならエルトラの遠視も効かないから……ヤジュ様に言われて、ここでサンを育てたんだよ。とりあえずここなら、エルトラの追手も来ないから落ち着けるかなって。後でヤジュ様のところに連れていくけど……」
「ヤジュ様?」
夜斗が訳がわからん、という顔をしたので、ユウは、自分の生い立ちとどういう経緯で私のもとに来たかを簡単に説明した。
ヤジュ様と二人きりで山奥に隠れ住んでいたこと。
夢鏡で私を見ていたこと。
ガードが使命だと言われていたこと。
ヤジュ様にフェルをかけてもらい、容姿を女の子に見えるようにしていたこと。
キエラのディゲと戦ったこと。
私が誘拐されたあと、ヤジュ様と会い、術を解いてもらって卵を託されたこと。
ヤジュ様は今、ガラスの棺で眠っていること。
「……で、真実を話さなければならないから、朝日を連れて来いって言われてる」
「……」
夜斗はじっと考え込むと
「じゃあ、エルトラに長く住んでる者として、疑問点をいくつか言うぞ」
と言った。
私とユウは黙って頷いた。
「まず1つ目。フィラの消滅は今から21年前。お前の話が本当なら、お前は21歳のはず。3年のズレがある」
夜斗が指を折る。
「2つ目。キエラに囚われずに済んだ人間はみなエルトラに保護されたはずだ。だったらお前もエルトラに来るはずなのに、ヤジュ様って人が……エルトラからもキエラからも身を隠して一人でお前を育てていた。なぜそうしなければならなかったのか」
確かに……。ユウから話を聞いたとき、私も違和感を感じたところだ。何か都合が良すぎるっていうか……。
その辺がやっぱり、ちょっとおかしいよね。
「3つ目は……お前は当然のようにミュービュリの世界を覗いていたようだが、テスラでは極秘中の極秘だ。実際俺は、今回の任務で女王から聞かされて初めて知った。……ということは、ヤジュ様って人はミュービュリで生活したことがあるということだ」
そうか……そうよね。だって、ユウは最初にお金まで持たされていたものね。ユウ自身はあまりわかっていなかったのに……。
「最後……4つ目。お前がミュービュリに行くときに託された箱と、ガラスの棺……これは、キエラの技術だ。エルトラにもフィラにもない」
「!」
私とユウは顔を見合わせた。
「ヤジュ様って人は……俺と同じ幻惑の使い手なんだろ? しかも、幻覚に関しては、俺より高位だ。俺は、ユウにかけられている幻覚が見抜けなかった。それに……ミュービュリに行ったことがあるということも考えると……朝日の母親にかけてあった謎の霧。あれをかけたのは、そのヤジュ様って人だと思う」
「……やっぱり……」
ユウと夜斗の両方の話を聞いていた私は、思わず呟いた。
だって、二人の話を聞く限りそんなことができそうな人は他にいないし……。
それにヤジュ様は、ひたすら、私たち母娘のために動いている感じがする。
「以上のことから、ヤジュ様って人は自分の目的のためにたった一人で行動をしていたということだな。戒めを解き、真実を話すっていうのは……この辺のことを話してくれるんだと思う」
「……」
ユウはじっと考え込んでいた。何か思い当たる節があるのかもしれない。
「勿論、最大の疑問はヤジュ様って人と朝日の関係だけどな。その辺りも、ヤジュ様って人の話が聞ければわかることだ」
夜斗はそう言うと、砂浜にゴロンと横になった。
「……じゃあ、こっちの話をするか」
そして夜斗は、私に話してくれたように、エルトラのことやどういう経緯で私達のもとに来たかを説明した。
エルトラから見たキエラとの歴史のこと。
理央と夜斗の血筋のこと。
私に対する女王の託宣のこと。
「……まあ訓練によっては吸収したフェルティガを放出することも思いのままになるはず……ということで、ずっと俺が訓練したけど、今のところは駄目だな。できることと言えば、攻撃に上乗せできることと、ちょっとした防御、気まぐれに出る強制執行ぐらいだ」
「強制執行……?」
それ、さっきも言ってた気がする。
「暗示よりもう少し上位の術で、相手の意思を無視してこちらの望む行動をとらせることができる。お前は全く無意識だけどな」
「そんなことしたっけ……」
全然、そんな覚えはないけどな。
「リオと戦っていたとき、来るなって叫んだらリオの足が止まっただろ。あれだ」
「……でも、すぐ我に返ってたよ」
「まだまだコントロール不足っていうことと……リオとの関係が希薄だからだ。あとは……俺に助けろ、と命じたことと……さっき俺たち二人を強引に寝かしつけただろ」
「あ……」
あのときか。寝なさいって言ったら急に寝ちゃったから、びっくりしたけど。
「なるほどね……」
ユウが私を見ながら呟いた。
「じゃあ、夜斗が理央と敵対してまで私を守ってくれたのは、私の強制執行が効いたからってことなの?」
「……ま、そういうことだな」
「ふうん……?」
ユウが何か言いたそうに夜斗を見ていた。
夜斗はちょっと照れくさそうに目を逸らすと
「ああ、朝日のことだけど、自分のフェルティガを相手に渡すことも、場合によってはできるみたいだぞ」
と、早口に言った。
「場合によっては……?」
「ユウとリオが闘ってたとき、膝枕してくれただろ。あのときかなり回復した」
「そうなんだ……」
もともとはユウのリクエストで始めた膝枕だけど、疲れてるときに少しでも癒されればいいなっていう気持ちでやってたっけ。
それでできるようなったのかもしれないな……。
ふとユウを見ると、何だか不機嫌そうになっていた。夜斗も察したのか
「で、話は変わるけど」
と急いで言った。
「女王の託宣によれば、朝日は、チェルヴィケンの血を引く者だってことだ。チェルヴィケンの当代は……もし生きていれば四十歳ぐらい。だから、女王は朝日はヒールヴェン=フィラ=チェルヴィケンの娘じゃないかって言ってた。俺も……そう思う」
夜斗がそう言うと、ユウは首を傾げた。
「朝日は父親のこと、何も知らないんだよね」
「うん。全く聞かされてないよ」
「……」
「……」
私の言葉に、ユウと夜斗は共に黙り込んでしまった。




