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34.朝日を取り戻さなくては -ユウside-

 テスラに春が訪れようとしていた。

 俺は浜辺で口笛を吹いた。

 しばらく待っていると、海の方から青い塊が飛んでくる。


「サン!」


 声をかけると飛龍のサンが砂浜に降り立ち、俺の方に駆け寄ってきた。


「キュゥー」


 口には生き物らしきものを抱えている。


「……あ、ご飯の途中だったのか」

「……キュィ」


 サンは口に咥えていた海の生き物をペッと吐き出すと、一声鳴いた。

 よく見ると、人間でも焼いて食べたりするアギョという生き物だった。


「……ひょっとして俺の分?」

「キュゥ!」

「……ありがとう。さっそく焼いて食べるよ」


 砂浜に集めておいた木々に火をつける。

 アギョを上に吊るすと、目の前に腰を下ろした。

 サンも俺の隣に腰を下ろす。俺はサンの体を撫でてやった。


「……だいぶん大きくなったな、サン」


 もうすでに、サンは俺の目の高さぐらいまで育っていた。

 たった三週間で手の平サイズからここまで大きくなるんだから、飛龍はすごい。

 サンはフェルティガを糧とする時期は終わろうとしていて、徐々に海の生き物や草を食べるようになっていた。


 フェルティガを糧としていた時期は、とにかく俺も大変だった。

 一匹の飛龍を育てるのに、本来は三人分ぐらいのフェルティガが要るらしいんだけど、俺は一人で賄ったからね。そりゃ疲れるか。

 ときどき胸が痛んで気を失いそうになったけど……どうにかここまで来た。

 ヤジュ様には命に関わるから無理するなと言われていたけど……やっぱり、のんびりしてる場合じゃないし。

 だけどその時期ももうすぐ終わるから、俺の体調も少しはマシになってきた。

 それに不本意だったけど、朝日に『寝る』ということを教えてもらってよかったのかもしれない。

 フェルティガの回復量が目をつむるだけよりも圧倒的に多いから。


 飛龍は警戒心が強く懐きにくいという話だったが、サンは比較的、俺には従順だった。

 ただ、ひどくやんちゃで好奇心旺盛で……。

 遊びに行ったまま帰ってこなくて、探したら森で深い穴に落ちて上がれなくなっていた……なんてこともあったけど。

 ヤジュ様が休んでいる間はずっと懐に卵を入れていたみたいだから、普通の飛龍より人肌に慣れているのかもしれないな。


 ヤジュ様は一カ月もすれば飛べるようになる、と言っていたけど、サンは2週間後には飛べるようになった。

 その頃に一度、サンに乗ってキエラとエルトラの偵察に行った。

 このとき、キエラからの使者がエルトラに向かっているのを見た。

 わざわざ雪原を越えてエルトラに向かうなんて、只事ではない。


 カンゼルなら、夢鏡(ミラー)で俺たちの動きを見ていたはずだ。

 理央と夜斗が朝日を連れ去った瞬間はさすがに視ていないかもしれないが、テスラに来てしまったら夢鏡(ミラー)は使えなくなる。

 そこから朝日がエルトラにいることを察していても、おかしくはない。


「サン……俺、そろそろ朝日を助けに行かなくちゃいけないんだ」

「キューィ……」


 何だか俺を心配そうに見ている。

 俺がサンを育てるために無理をしたこと、わかっているのかもしれない。


「……じゃあもう少し休もうか。まだ、雪も溶けてないしね」


 俺はサンの体をポンポンと叩くと焼きあがったアジュを食べ始めた。

 あと1週間もすれば、雪が溶けはじめる。

 そうすればエルトラとキエラの戦争が再び始まってしまうかも……。

 その前に助け出したかったが、逆に……動きが出てきて手薄になったときに救出した方がいいかもしれない。

 朝日は大丈夫だろうか。辛い思いをしていないかな……。


「キュゥー……」


 俺の意識に同調したのか、サンが淋しそうな声を出す。


「あ、ごめん……。大丈夫だよ」

「キュィ、キュィ」


 サンが何だかパタパタしている。俺の心の焦りを読み取ったのだろうか。


「大丈夫、大丈夫。一歩ずつ頑張って行こう」

「キュ……」


 サンはおもむろに立ち上がった。そしてちょっとジャンプして

「キュッ!」

と叫んだ。


 ――よし、頑張る!


 朝日が右手を挙げてガッツポーズしているのを思い出した。

 俺の記憶の中の朝日を吸収して真似してるのかな。

 ……まあ、おかげでこの3週間、頑張ってこれた感じもするけど……。




 

 それからさらに1週間経ち……サンは俺の身長を超えるくらい大きくなった。


「よし、サン。偵察に行くか」

「キュゥ!」


 サンは一声鳴くと、空高く飛び上がった。

 前にキエラからエルトラへ使者が派遣されているのを見たあと、何回かサンに乗って偵察に行ったけど、特に何も動きはない。

 しかし例年より雪が溶けはじめるのが早かった。地面がかなり露出している。

 そろそろ何か起こるかも……。


 サンは砂浜を飛び立つと、一気に崖を越えた。

 エルトラの遠視で見つけられるとまずいので、できるだけ高度を上げて移動する。

 エルトラの完全防御(クイヴェリュン)が遠くに見える。

 まだ健在のようだった。これなら、キエラの攻撃に屈することはないだろう。


 さて、キエラの方はどうかな……。

 川を越え、キエラの要塞に向かって目を凝らす。

 やはり、雪はもう半分ぐらい溶けて、十分歩けるようになっていた。


「……?」


 黒い塊が見える。不思議に思ってもう少し近づいてみた。

 キエラの岩だらけの平原を何かの集団が少しずつ移動している。

 でも、兵士の進軍という訳ではなさそうだった。集団からは全く覇気が感じられない。

 向かっているのはエルトラとの国境のエミール川だろう。それ以上は完全防御(クイヴェリュン)があって侵入できないはず。

 兵士でもない人間たちがどうして……? 何だか、嫌な予感がする。


 俺の様子を察したのか、サンが

「キュゥ、キュゥ」

と慌てたように鳴いた。


「サン、もう少し近づいてみようか」

「……キュゥ」


 この高さなら地上の敵も気づきにくいかもしれない。そのまま少しずつ黒い塊に近づく。

 見ると、黒い塊は老人や子供の集団だった。十数人の兵士に周りを取り囲まれ、歩かされている。

 百人ぐらいはいそうだった。多分、捉えられていたフィラの生き残りか……。

 何だろう。急に解放する理由って……。何のメリットもなくカンゼルがこんなことするかな……。


「――!」


 嫌な予感がした。まさか、朝日と取引じゃないのか?


「サン、本番だ! エルトラに行くぞ!」

「キュゥー!」


 サンは元気よく鳴くと、旋回してエルトラ王宮に向かった。

 山を越え、砂と岩だらけの平原を越える。

 ところどころ雪が残った平原がものすごいスピードで流れていく。

 サンの飛ぶ速さは俺の想像よりかなり早かった。

 この速さなら、あの黒い集団が橋に着くより先に、エルトラ王宮に着けるはずだ。


「……サン、もうすぐ完全防御(クイヴェリュン)が現れる。びっくりするかもしれないけど、お前なら突き抜けられるはずなんだ。頼んだぞ!」

「キュゥ」


 しかし突き抜けた後どうするか……。

 本当は王宮まで運んでほしいところだが……見たことのない飛龍が突然現れたら、エルトラの兵士が脱走した飛龍と勘違いして、サンを捕らえようと攻撃してくるかもしれない。

 どうすれば……。



「――キュウ!」


 サンの驚いたような声に、ハッとした。

 目の前に、女王の完全防御(クイヴェリュン)が迫っている。

 サンがスピードを急激に落とし、行きたくないような素振りを見せた。


「キュウ、キュウ……」

「サン、大丈夫だ。俺がついてる!」


 俺が怯むと、サンにもうつってしまう。

 大丈夫だ、絶対に越えられる。間違いない!

 俺が、朝日を助けるんだ!


「キュィ……」 


 サンは少し躊躇っていたが

「キュ!」

と一声上げて、スピードを上げた。


「行くぞ!」

「キュキュ――!」


 覚悟を決めたように大きく鳴くと、サンは一気に完全防御(クイヴェリュン)を突き抜けた。


「よーし! よく頑張ったな!」

「キュゥー!」


 特に痛がる様子もない。無理やり突破したことで何か悪影響が出たらどうしようかと思ったけど、どうやら大丈夫そうだ。怪我も……ない。

 俺はホッと、息をついた。


「サン、少し高度を上げて止まってくれ」


 地上から見つかりづらいところまで高く上がってもらう。

 下には森林が広がっているが……森林を抜けた草原の真ん中、右手の方にエルトラ王宮がある。

 かなり見晴らしがよさそうだ。飛龍なんか飛んできたらすぐ見つかってしまうだろう。

 やはり、この辺りで降りるしかないのか……。

 ふと左手の方を見ると、小さな林があった。点々と……王宮まで木々が連なっている。

 あそこからなら……俺一人なら王宮まで身を隠しながらすぐ行けそうだ。


「サン、あの林が見えるか?」

「キュゥ」


 サンが小さく返事した。


「あの林の上空までなるべく高速で運んでくれ。着いたら俺は降りる。お前は俺が降りたら……この森林まですぐ戻って、身を隠してくれ。わかるか?」

「キュゥゥー……」


 サンがイヤイヤをするように首を横に振る。


「王宮の近くには、飛龍がたくさん飼われている場所があるんだ。上空のチェックも厳しい。捕まえられたら閉じ込められてしまうんだよ。そんなの嫌だろう?」

「……キュゥ」


 サンが首を曲げて俺の方をじっと見ていた。


「朝日を助けたら口笛を吹く。そしたら迎えに来てくれ。絶対、戻ってくるから」


 俺はサンの体を撫でてやった。サンはまだ不安そうだったが、林に向かって再び飛び始めた。

 林の上空に着くと


「ありがとう、サン。じゃあ、あの森で待ってるんだぞ!」


と言って、俺はサンに抱きついた。

 そしてすぐに、サンから飛び降りる。

 物凄い速さで落下し……地面の直前で防御(ガード)をしつつ落ちる速度を緩めた。

 少し衝撃があったが……身を翻して転がるように着地する。

 上空を見上げたが……もうサンの気配はどこにも感じられなかった。

 言った通り、森林に引き返しておとなしくしてくれてるみたいだ。


 ――さて……行くか。


 俺は少し先の王宮を睨みつけた。

 木々で身を隠しながらすばやく移動する。

 王宮にいちばん近い木まで来ると、俺は王宮を見上げた。

 どこから侵入するか考える。

 エルトラ王宮の下層部分は石が高く積み上げられており、中層の少し大きい庭園を支えている。

 その上に女王がいると思われる宮殿と、まわりに四つの塔があった。


 朝日はおそらく、宮殿ではなく四つの塔のどこかにいるだろう。

 閉じ込めるなら、逃げられないように高いところにするはずだからだ。


 下層の石の部分には、入口は二つ。大きな扉がついた正門と思われる場所と……飛龍が降り立つためと思われる少し高い部分の入口だ。

 ……高い方には扉がないな。こっちから入るか……。

 内部に侵入して個々に撃破しながら上へ向かった方が確実だろう。

 俺はエルトラと戦争をしにきた訳じゃない。なるべくこっそりと侵入したかった。

 朝日を救出しても、脱出に手間取れば体がもたない。


 そう考えていると、遠くから飛ぶように走ってくる人間が見えた。

 伝令のフェルティガエだろう。どうやら、正門に向かっているようだ。

 俺は高速で王宮の真下に滑り込んだ。草で身を隠しながら、なるべく近づく。

 正門が開けば、そこから侵入できる。計画変更だ。

 伝令が正門に到達すると同時に、正門の重そうな扉が開き、一人の兵士が現れた。


『伝令! キエラの集団があと一時間ほどで橋に到着します! 老人と子供ばかりのようです』

『了解した。女王に報告後、こちらも人質を連れて出発する』

『あと、はぐれ飛龍を見たという報告も上がっているのですが……』


 ちょっとギクリとする。サンの姿を誰かが見たのか?


『今は後回しだ。この作戦にすべてがかかっている。お前は橋に戻り、キエラが約束を違えていないか確認しておけ。何かあったらすぐ飛んで来い』

『了解しました』


 伝令の兵士が再び飛び去っていく。

 俺は素早く正門にダッシュした。


『何だ、まだ何か……!』


 振り向きざまに一撃を加えた。幸いフェルティガエではなく、一発で気絶した。

 すかさず正門の外に引っ張り出すと、着ていた服を脱がせて代わりに俺のスキーウェアでくるみ、茂みに隠す。

 ……これなら、しばらくの間は大丈夫だろう。ちょっと眠っててくれ。


 俺は自分の服の上から兵士の服を着ると、警戒しながら宮殿の中に入った。


『そろそろ伝令がくる頃じゃないか?』


 曲がり角の奥から兵士の声が聞こえる。俺は陰に身を潜めた。


『さっき誰かが向かったように思ったが……』

『しかたない。行ってみるか?』

『俺は今から人質の方に行かないといけないから、そっちは任せるよ』

『わかった』


 覗くと、片方の兵士が違う方向に向かっていくのが見えた。

 おそらく、それが人質……つまり、朝日のいる方なのだろう。

 ……西か。

 もう一人の兵士がこちらの方に来た。

 帽子を深く被って顔がバレないようにしよう……と思ったけど


「フェルティガエ? お前は誰だ」


と、すぐにバレてしまった。

 どうやらフェルティガを感知できる能力の持ち主のようだ。

 さっきの門番の男は、フェルティガエではなかったからな……。別人とすぐに気づいてしまったようだ。


「……ごめん!」

「ぐっ……」


 俺は一撃食らわすと、用意していたロープで一気に縛り上げた。

 フェルティガエは生半可なことでは気絶しないので、身動きできないようにするしかない。

 そして急いでもう一人の兵士の後を追った。


 途中、何人かのフェルティガエや兵士とすれ違ったが、誰にも気づかれなかった。

 やはり、今日の人質交換でバタバタしている。それぞれの役目を果たすことに、精一杯のようだ。

 侵入するには絶好の機会だったに違いない。


 ふいに、兵士の姿がスッと消えた。

 なるべく音を立てずに急いで近づく。

 兵士が消えた辺りを探ると……壁に隠蔽(カバー)してある部分があった。多分……中層に出る秘密の近道なのだろう。


 ここをくぐれば早いだろうが……隠蔽(カバー)に俺が触れることで見つかってしまうかもしれない。

 兵士の服で誤魔化せればいいが……。

 しかし、もうすぐ出発すると言っていた。あまり時間はない。


 俺は覚悟を決めると、隠蔽(カバー)を越えた。

 長い石の階段が続いている。出口の方がとても眩しい。

 予想通り……中層の庭に出る抜け道だ。さっきの兵士はもう見えなくなっていた。


『……侵入者がいるぞ!』


 俺が来た方から声が聞こえた。

 まだだいぶん離れたところのようだが……。もう、躊躇している暇はない!

 俺は猛スピードで階段の最上段まで飛ぶように走る。

 ……外だ!


『誰だ!』


 階段を上がってくる気配がする。

 俺はすぐに外に出ると、出口付近の地面にフェルティガをぶつけた。

 土がえぐられて出口が崩れ、土砂が下に流れ込む。『うわ、何だ!』という慌てたような声が聞こえたが……死ぬことはないだろう。

 ……よし、どうにか出口を封じられたようだ。


 俺が追っていた兵士は……俺の姿を見つけ、慌てて走って行った。

 兵士が向かったのは……目の前にそびえる、高い塔。


 ――気配でわかる。

 ここに……朝日がいる!

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