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33.俺の優先順位は…… -夜斗side-

 女王の謁見を終え……この日から、朝日の特訓が始まった。

 外に出て、俺が子供の頃によくやっていた精神統一のための呼吸法や、防御(ガード)の基礎などを教えたが……あまり結果は芳しくない。

 そもそも強制執行(カンイグジェ)なんていう大技をまぐれでも使えるくらいだから簡単に芽が出るだろうと思っていたが、認識が甘かった。


 強制執行(カンイグジェ)とは……相手の意思と関係なく即座に相手を自分の思い通りに動かすフェルティガで、本当に限られた人間しか扱えない。

 発動させるには集中力を上げたり、名前が必要だったり……とにかく、それなりの段階というものが必要な技なのに、ただ叫ぶだけで発動させるなんて、かなり恐ろしい。

 やっぱり気持ちにムラがあり過ぎるんだな……。


「……自分のまわりに一枚膜を張るイメージだ。いいか……いくぞ」


 朝日が目をつむって座っている。

 俺は小枝を振り被って後ろから朝日の頭に打ち下ろした。


「……!」


 咄嗟に朝日は避け、パンチで小枝を折ってしまった。


「だから避けるなって言ってるだろ! これは防御(ガード)の練習だっつーの!」

「反射的に避けちゃうんだもん……」


 朝日が叱られた仔犬のようになっている。


「避けて躱せないような大きい物が飛んできたらどうするんだよ!」

「うーん……」


 朝日は空手の呼吸を読む修行が身につきすぎて、紙一重で躱す癖がある。

 それは一対一の殴り合いなら問題ないが、戦争となると絶対、防ぎきれない。


「攻撃なら得意なんだけどな……。あ、そうだ」


 朝日が空手の構えをしてみせた。


「空手で攻撃するときに力を上乗せすることってできるかな? 理央が自分にフェルティガをかけて強化するって言ってたんだけど」


 なるほどね……。

 まあ、敵を一撃で気絶させるには攻撃力を上げることは悪くないので


「やってみたら?」


と言った。

 するとあろうことか、朝日は俺に回し蹴りを食らわそうとしやがった。


「ばっ……」


 とっさに防御(ガード)して両腕で受け止めた……が、結構な勢いで吹き飛ばされた。10メートル以上離れた雪の中に放り出される。

 どうにか起きあがると、朝日が喜んでガッツポーズしているのが見えた。


「……おお!」

「おお、じゃねぇ! お前、俺を殺す気か!」


 生身だったら多分両腕がバキバキに折れてるぞ。まったく、俺のことなんだと思ってるんだよ。

 ……ユウにだったら絶対そんなことしねぇだろ。


 ちょっとムカつきながら朝日の方に戻ると


「……ただ黙って精神統一して防御(ガード)するの、性に合わないのかも」


とそんな俺のことはまったく気にしない様子で空手のいろいろな型をやっている。


「じゃあ……空手の防御の型をしながらイメージしたらどうだ」

「そうだね! よし、頑張る!」

「……おう」


 ぐりぐりと朝日の頭を撫でた。


『……じゃれ合ってるところ悪いんだけど』


 背後からリオが現れた。

 ……じゃれ合ってねぇっつの。


『ヤト。フレイヤ様が呼んでるわ』

『俺だけか?』

『ええ』


 リオは朝日をちらりと見ると

『私が部屋に連れて行っておくわ』

と言って朝日を抱え上げ、去って行った。

 「えっ、ちょっとー!」という戸惑ったような朝日の声が……遠ざかって行った。

 俺はそれを見送ると、大広間に向かった。


 フレイヤ女王の呼び出しか……。あまりいい予感はしない。

 1歳の時にフィラが消滅して、それ以来、俺達はエルトラで育てられた。

 母親が死んでからは、女王が保護者のようになっている。

 もちろん感謝はしているが……女王の合理主義だけは、どうも受け入れられない。

 国のためには多少の犠牲は致し方ない、と言う。

 そりゃ全員を救うなんてことは無理なのかもしれないが……少しでも多くの民を救う道を模索してもいいんじゃないか、と思うからだ。

 こういうことをリオに言うと、『お人好し。青臭いわね』とバッサリ切り捨てられるのだが。


 ……そんなことを考えている間に、大広間に着いた。


『……ヤトゥーイ=フィラ=ピュルヴィケンです』


 名乗ると、中から神官が扉を開けた。

 玉座には、すでにフレイア女王が座って待っていた。


『お待たせしてすみません』


 中央まで進み、跪いて頭を垂れる。


『……ヤトゥーイ。あれから半月ほど経ったのう。……朝日の訓練はどうなっておる?』

防御(ガード)の訓練を主に行っていますが……まだまだです』


 これは叱責されてしまうかもしれないな……。

 そう思って俯いていると、女王は

『……これからは攻撃の訓練だけでよいぞ』

と言った。


 女王の言葉にびっくりして、思わず顔を上げる。


『それは……どういう意味で……』

『カンゼルから使者がきた。どうやらアサヒがこの国にいるのを突き止めたようでな』


 女王は可笑しそうに扇で口元を隠した。


『この雪原を越えてわざわざ使者を出すとは……。よほど重要なのだな、あの娘が』


 何だか嫌な予感がする。

 女王はふっと微笑むと


『アサヒ一人とキエラで囚われているフィラの人間百人の交換を要求してきた』


と楽しげに言った。


『な……!』


 どういうことだ。いや、それより……。


『アサヒが言っていた少女も所望していたのだがの。そちらはわれの関知するところではないから断ったが』


 ユウのことか。実際に兵を差し向けたキエラなら、ユウの恐ろしさは知っているはず。

 それでもなお、高位のフェルティガエを求めているのか……。


『われは要求を飲むつもりだぞ』

『……!』


 女王の台詞に驚きを隠せない。一瞬、幻聴かと思った。

 思わず目を見開いて女王を見たが、女王は俺の様子にはお構いなく


『アサヒと隠蔽(カバー)を施したリオにキエラ内部に入ってもらい、カンゼルを仕留めてもらう』


と淡々と言った。


『あの娘にフェルティガは効かぬ。しかも、体術もかなりのものだという話だしの。それに、リオなら……その隙にやってくれるであろう』

『しかし朝日は防御(ガード)はからきしです。物理的な攻撃をされたらひとたまりもありませんよ』

『カンゼルはあの娘の力が必要なのだから、殺しはせんだろう』

『殺さない、というだけで何をするかわかりません。変な薬物を使用してフェルティガエを奴隷のように使役する奴ですよ。それに、朝日がうんと言うか……』

『あの娘の意思など関係ない。敵地に送り込まれれば、生きるために闘うしかないであろう?』


 フレイヤ女王が冷徹に言い切った。


『……』


 女王の言葉が衝撃的すぎて、言葉が喉の奥で詰まり、俺は何も言い返せなかった。


『戦の終焉を約束した娘じゃ。これが一番犠牲の少ない決着のつけ方だと思うての』

『……しかし……』

『われはお前の意見を聞くために呼んだのではないぞ』


 女王は扇を鳴らし、ピシリと言い放った。


『……交換は半月後じゃ。それまでに朝日がうまく任務を遂行できるよう、十分訓練せよ。話はそれだけじゃ』


 女王はそう言い捨てると、さっさと奥へ引っ込んでしまった。

 空っぽになった玉座をしばらく呆然と眺めていたが……神官に「では」と急き立てられ、俺はのろのろと立ち上がった。

 重い足取りのまま、大広間の外へ出る。


 ……姿を消したリオがこっそりついていき、隙を見てカンゼルを殺す、ということか。

 でも、リオは人質交換を終わらせることを最優先し……次にカンゼルを仕留めることを優先し……朝日のことは二の次三の次になってしまうだろう。

 リオがもし失敗した場合……平和な日本で育った朝日に、カンゼルを殺せる訳がない。

 力の問題ではなく、心の問題だ。

 しかし……女王にそれを理解してもらうのは不可能だ……。

 どうすればいいんだ?


 悩みながら、長い廊下を抜けていったん外に出る。

 そこには……リオがいた。


『朝日を部屋に置いてきたわよ。はい、鍵』


 俺に鍵を渡す。

 そして「フッ」と笑った。――とても嬉しそうだ。


『……フィラの人間を取り返す、いい機会よね』

『お前……賛成なのか?』


 驚いてリオの顔を見る。

 リオの瞳は、やる気に満ちてギラギラと輝いていた。


『勿論よ。どこに反対する理由があるの?』

『……』


 やっと自分が役に立てる……そう思って張り切っているリオには、何を言っても無駄なように思えた。

 黙って立ち去ろうとすると、リオが俺の腕を取った。


『ヤト。何回も言っているわよね。優先順位を間違えないで』

『……ああ』


 俺はリオに答えて、腕に絡みついた手を振り切ると、朝日の部屋の前に跳んだ。


 ……俺の優先順位は……どうなってるんだろう?


 いろいろなことが頭を駆け巡る。

 どうにも思考がまとまらないので、その場に腰かけてぼんやりと下を見下ろした。


 ……今の朝日は、この部屋から自力で出ることもできない。どれだけ潜在能力が高くても、それぐらい非力な女の子なんだよな……。

 女王の言う作戦を実行したとして……リオが倒され、人質も取り返せず、朝日もキエラに捕らえられる。

 そういう結果だって、十分あり得るよな。

 もう少し何か……いい手があれば……。

 例えば、リオを朝日に見せかける……。いや、キエラだって本人かどうか確認するだろう。幻惑ぐらいじゃすぐ暴かれてしまう。

 ……ここにユウがいれば……。

 もういっそのこと、ユウが攫いにきてくれないだろうか。


「……そこにいるの、夜斗? 何してるの?」


 ドアの向こうから朝日の声が聞こえた。


「……よくわかったな」


 鍵を開けてドアを開く。朝日がドアの真ん前に立っていた。


「何か気配がしたから……。あ、それより、ちょっと見て見て」


 朝日が俺の腕をぐいぐい引っ張って部屋の真ん中に連れて行く。


防御(ガード)なんだけど、これでどうかな」


 朝日が空手の防御姿勢をいろいろやってみている。


「……じゃあちょっとパンチするぞ」

「よし来い!」


 朝日に向かって軽めのパンチをしてみる。

 朝日は腕で防御(ガード)したが……気持ち何か遮られた気がするだけで、普通に当たってしまった。


「ぐっ」


 朝日がよろめく。


「……全然駄目じゃねぇか」

「あれー? おかしいな……」

「ただ、ちょっと何かで覆われている感じはした。訓練すれば多少の攻撃は防げるようになるんじゃないか。応用すれば、いろいろな面で自分の身を守れると思うぞ」

「うん! 頑張る!」


 朝日は無邪気に笑うと、俺が教えた呼吸法を混ぜつつ、空手の演武を始めた。

 それを見ながら、俺はさっき女王に言われたことを考えていた。


 半月後キエラと闘ってくれ、なんて、とてもじゃないが朝日には言えない。

 今、俺にできることは何だろう……。

 俺が優先するべきことは、何だろうか。


 ――答えなんて、出せそうになかった。

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