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27.こんなことになるなんて -ユウside-

 夜斗がいない。俺たちの後ろにいたはずの、夜斗が。

 ……嫌な予感がする。


 とりあえず下まで降りてみる。

 クラスの女子を見かけたから、

「谷崎さん。ごめん、ちょっといい?」

とその子に声をかけた。朝日が「ミキちゃん」と呼んでる子だ。

 谷崎さんはびっくりしたように俺を見ていた。


「朝日、見かけてない?」

「え、朝日……? 上条朝日のこと?」

「勿論」


 何か反応が変だ。連れの女の子も不思議そうな顔をしている。


「朝日は、昨日から留学したんじゃなかったっけ?」

「そうだよね」

「だから、ここには来てないですよ」


 留学? 何のことだ? 昨日の夜、喋ってたはずなのに。


「あの……あなた、誰? どうして私の名前を?」


 谷崎さんが訝しげな顔をした。

 その瞬間、謎が解けた。背中に冷たい汗が流れるのを感じた。


 ――幻惑だ!


 朝日を攫い、それが不自然にならないように記憶を捻じ曲げた。

 俺に直接かけなかったのは、万が一俺がフェルティガに気づいて、そこから辿られたら困るからだ。

 だから、俺には視界を遮り朝日の幻を見せる幻覚だけ……つまり、現実に十分あり得る映像だけ見せた。

 時間稼ぎだ。


「僕は……あの、朝日の友達で。君の名前も聞いていたんだ」


 喉が渇く。目の前がチカチカする。

 ――でも、これだけは確認しておかないと。


「ちなみに……日高理央、日高夜斗って……知ってる?」


 少女たちは顔を見合わせると

「いや、知らないですけど……」

と答えた。


「……そう。ありがとう」


 俺はその場を離れた。とりあえずスキー板をはずし、スキー靴からブーツに履き替える。

 嫌な予感が的中した。


 落ち着け。朝日はどうやって連れ去られた?

 朝日にフェルティガは効かない。朝日を操ることはできないし……朝日に触らずに瞬間移動させることも到底できないはずだ。

 俺が幻覚に惑わされている間に……朝日を捕まえてどこかに連れ去った。

 でも、上では朝日の気配は全く感じられなかったし、見渡してもどこにもいなかった。

 まるで、前の瞬間移動の時みたいに……。


「……ゲートか」


 それしか考えられない。捕まえて、すぐにゲートを開いて越える。

 これなら、熟練者ならそんなに時間はかからない。

 理央と夜斗は……キエラの人間には見えなかった。ディゲの連中とも明らかに違う。

 だいたい、ディゲに攫われたときに助けてくれたのは夜斗だ。

 まさか、全く別の世界の人間……ということもないだろう。

 そうすると……エルトラ? 

 しかし、エルトラとなると……女王の完全防御(クイヴェリュン)がある。外部の人間の干渉を弾く、究極の結界だ。俺ではエルトラ国内に入れない。


『ユウディエン……』


 ふと、しわがれた声が聞こえた。

 ヤジュ様だ。

 ミュービュリに来てから……一切、連絡が取れなかったのに。

 俺は慌てて、懐から指輪を取り出した。少し光っている。


「……ヤジュ様?」

『……早く、私のところへ……』


 それだけ言うと、ぷつんと途切れた。

 ヤジュ様の声はかなり弱々しかった。……何かあったのだろうか?

 だけど、朝日が……。

 いや、ヤジュ様もすべてを察して俺を呼んでいるのかも……。

 どちらにしても、朝日がどこにいるかもわからない状況だ。ヤジュ様の話を聞いた方がいいかもしれない。


 俺は人気のない森の中に進むと、ゲートを開けた。

 目指すは、ヤジュ様の隠れ家だ。



「……よっと」


 ゲートを超えると、隠れ家から少し離れた森に着いた。

 ヤジュ様の隠れ家はいつも隠蔽(カバー)してあるから……と思っていたら、今日は何もされていなかった。


「……?」


 辺りを見回す。すると、雪で覆い被された斜面に気が付いた。

 近づいてみると……少し凹んだ感じの部分があり、フェルティガの気配がする。

 きっとここが入口で、ヤジュ様が隠蔽(カバー)しているに違いない。


 一応警戒しながら入って行くと、微かにヤジュ様の気配を感じた。奥に、ほのかな光が見える。


「……お帰り、ユウディエン」


 ヤジュ様がガラスの棺のような物の上に腰かけていた。


「ここは……?」

「その前に……ゴホッ、ゴホッ……」


 ヤジュ様が激しく咳き込んだ。

 俺がテスラを去った日より、一回り小さく見える。

 俺は慌てて駆け寄ると、ヤジュ様の体を支えた。


「お前にかけたフェルティガを……返してくれ」


 そう言うと、ヤジュ様は俺の頭に手をやり、祈りを捧げた。

 俺の頭、顔、体のすべての表面から何かが剥がれ落ちていくような感覚がする。


「……これで……いいだろう」


 ヤジュ様の症状が少し和らいだ。


「すまんな、ユウディエン……。私はもう……長くはないのだ。フェルティガの枯渇は死を意味するからな……」

「そんな……」


 ふと、ヤジュ様が腰かけているガラスの棺を見る。


「これは……何?」

「私が休んでいた棺だ。もしものために……隠しておいたものだ。これは、中にフェルティガを貯めることができるのだ……。だから、お前と暮らしている間……お前と私のフェルティガを密かに貯めていた」

「貯めて……どうするの?」

「高密度のフェルティガで覆われた空間は時の流れを急激に遅くすることができる。お前にフェルティガを託して送り出したが……思ったより私には時間がないことがわかってな。すべて終わるまでに自分の体がもつかどうかわからなかったから……この中で休んでいた。連絡がとれなくて不安だっただろう……すまなかった」


 ヤジュ様は俺に謝ると、俺の頭をポンポンと叩いた。

 そのあまりのたどたどしさに、俺は胸がいっぱいになってしまった。

 俺を育ててくれた、大きくて温かかったヤジュ様の手の平が、とても弱々しく、小さくなっている。

 俺が成長したから……という理由だけではないだろう。

 ヤジュ様は……もう……。


「ヤジュ様……少し休んで……」

「そうも言ってはおれんだろう。ルイの絶対障壁(シイヴェリュ)が消え……アサヒがこの世界に来ている」


 ルイ……? シイヴェリュ……? 聞いたことのない言葉ばかりだ。


「それで私は目覚めたのだ。ユウディエン……まず……私が眠っている間に……何があったのか……教えてくれ」

「……」


 俺は頷くと、春にミュービュリに着いてから今まで起こったことをヤジュ様に説明した。

 朝日と初めて会った日のこと。

 操られた兵士が襲って来た時のこと。

 ディゲと呼ばれる集団と戦った時のこと。

 そして、理央と夜斗のこと。


「……理央と夜斗は、8か月もの間、俺たちの近くで様子を窺っていたんだ。……気をつけていたつもりだったけど……迂闊だった」

「……」


 ヤジュ様は俺の頭を撫でた。


「気に病むことはない……。多分、彼らはエルトラの使者だろう……。キエラの動きからミュービュリのアサヒに気づいたか……もしくは女王の託宣か……。ミュービュリに大きく関わることは禁忌だ。傍にお前がいたことで、慎重に事を進めたのかもしれん。キエラと違い、エルトラの女王は無益な殺生はせん」

「でも……」

「アサヒの存在にどういう意味があるのか……恐らく女王もわかってはおらん」


 ヤジュ様はどこか遠くを見つめるように、呟いた。

 その言い方は、まるで……。


「じゃあ、ヤジュ様は……わかって……」

「……」


 ヤジュ様はそれには答えず、よろよろと立ち上がった。

 俺は慌ててヤジュ様の体を支えた。

 ヤジュ様は近くの小さい書棚に向かうと……何やら紙切れを取り出した。

 そしてそれを俺に渡し、再び棺の上に座った。


「……すまんが、それに答えるには……ユウディエン、お前の戒めを解き……アサヒにも真実を伝えなければならん……」

「戒め……?」


 ヤジュ様は懐から何かを取り出した。

 見ると、それは青く柔らかく光る丸い珠だった。


「私には時間がない。女王に正式な面会を申し込んでも許可が下りるか……下りても話を聞いてもらえるかはわからん。エルトラの女王は無益な殺生はせんが、国を守るためには小さい犠牲は厭わない……冷徹に判断を下す。アサヒがキエラとの戦争に有効と判れば、道具として使いかねん」


 道具として……? そんなこと、させてたまるか。

 やっぱり、絶対に俺が朝日を助け出さないと……!


「この戦争は……最終的にエルトラに協力することにはなるだろうが……今はまだ、そのときではない。ユウディエン……すまないが、アサヒをここに連れてきてほしい」

「だけど……エルトラは女王の完全防御(クイヴェリュン)で守られていて、何も受け付けないって……。俺はどうやって入れば……」

「飛龍なら入れる。飛龍はエルトラにしか生息しない生き物だ。だから女王の完全防御(クイヴェリュン)も敵とは見なさん……」


 そう言うと、ヤジュ様は手に持っていた青い珠を俺に渡した。


「ユウディエン。これは私が偶然見つけた飛龍の卵だ」

「えっ」


 びっくりして手の中の青い珠をまじまじと見る。


「ひょっとして……はぐれ飛龍が産んだもの?」


 飛龍はエルトラの女王直轄エリアで生まれ、育てられている。

 だから飛龍はエルトラの民にしか懐かないし、完全に管理されているから野生の飛龍はいない。

 その昔は、フィラとの交流のために人を運んでいた。

 何年か前、傷ついた飛龍がフィラの南のダイダル岬に辿りつき、死んでいたことがあった。

 そのとき卵を産んでいたのか……。

 しかし、飛龍の卵を孵し、大人まで成長させるのはなかなか難しいと聞いている。

 だから飛龍の卵を見つけたらエルトラに戻すのが慣例って……何かの書物に書いてあったような……。


「飛龍を育てるのが難しいのは、人一倍警戒心が強く、子供のうちはフェルティガを(かて)として成長するからだ」

「そうなんだ……」

「ユウディエン……ダイタル岬へ行ってこの飛龍を育ててみなさい」

「えっ!」


 今から? この卵を、俺が?


「ただし……くれぐれも無理はするな。フェルティガを与えすぎるとお前の命に関わる。苦しくなったら必ず休んで……慌てずにじっくり育てるのだぞ。見つけてすぐ棺に入れておいたから卵の時間はそんなに進んでおらんかったが……この光り方……この卵はもうすぐ孵化する」

「えっ、えっ、えっ?」

「ダイダル岬は南の崖を越えた麓にある。あの場所はフェルティガエか飛龍でなければ来れんし、エルトラの遠視も使えん。安心して育てられるだろう。生活するにはちょっと厳しい場所かもしれんが……」


 そしてヤジュ様はまた咳き込んだ。


「でもその間にも、朝日が……」


 卵とヤジュ様を見比べながらおろおろしてしまう。

 俺はエルトラに乗り込んで戦う気満々だったから……急に飛龍の育成という全然違う展開になってしまって、かなり焦っていた。

 ヤジュ様はにっこり笑って俺の頭をポンポンと叩いた。


「飛龍はひと月もすれば飛べるようになる。さっきも言った通り、エルトラの女王は無益な殺生はせん。雪も深いこの時期……まだ戦況は動かない。その間、アサヒは軟禁されることになるだろうが……高位のフェルティガエであるアサヒを粗末に扱いはしないだろう」

「……アサヒは、やっぱり……」


 ヤジュ様に聞こうとすると、卵にピシッとヒビが入った。


「いかん、産まれる……! ユウディエン、急ぐのだ。この布も持っていきなさい。すまないが……私は今からもう一度……ここで休む。体が、もたんのでな……」

「は……はい!」


 俺は卵をそっと片手に乗せてバリアを張ると、もう片方の手で布を抱え、横穴を飛び出した。

 とにかく南の崖を越えなければ、安心できない。

 力を最大限解放して空高く跳び上がり、一気に加速して南の崖を越えた。

 ゆっくりと下降して崖の麓に着く。小さい砂浜と岩穴があり、岩穴には小さな祠があった。

 とりあえず雨や雪は凌げる、というぐらいの広さしかなかった。中に入って地面に直接、腰を下ろす。

 着のみ着のままで来たけど……スキーをしているときだったから、だいぶん着こんでいたので助かった。


 手もとの卵を見ると、ヒビが大きくなっていたが、まだ出てきてはいない。

 布で温めるのかな。それとも、フェルティガを与えるのかな。

 俺は布でそっと包み、その外側から両手で卵を覆った。

 ヤジュ様が渡してくれた紙切れを見ると、飛龍についてのメモが書かれていた。ヤジュ様の字だった。


「えーと……。飛龍の孵化には一定のフェルティガが必要……」


 じゃあこれで大丈夫かな。……頑張れよー……。

 念じながら卵を抱えていると、卵の割れた隙間から前足みたいなものが出てきた。


「あっ……」


 飛び出した前足で懸命に卵の殻を押している。


「キュィ……キュッ」


 何だか小さい鳴き声が聞こえる。

 前足で卵の殻をぐいぐい押すと、その部分がパカッと割れて飛龍がひょっこり顔を出した。


「……キュィ?」


 俺と目が合う。

 胴体からお尻はまだ卵に入ったままだが、そのままじーっと俺の顔を見上げる。

 何だかどこかで見たような仕草だな……と思った。


「……キュゥ」


 何だか訴えるように鳴いている。それを見て思い出した。

 ……そうだ、朝日が俺の様子を窺うときの仕草によく似ていた。朝日は背が小さいから、何か言いたげなとき……いつもじーっと俺を見上げていたっけ。


 そんなことを思い出していると、飛龍の仔はお尻の方の卵の殻から出たそうにじたばたし始めた。

 ヤジュ様のメモを見ると、自力で殻から出なければならないらしいので、俺はバリアを張って温度に気をつけながらずっと見守っていた。

 ころころころ……とだいぶん目まぐるしく動いたあと、飛龍はお尻についていた卵の殻を振り払って飛び出て来た。


「……キュィ、キュィ」


 気のせいか、嬉しそうに布の上を飛び跳ねている。


「……キュゥ!」


 俺の前まで来ると俺の顔を見て一声鳴いた。


「飛龍の仔って……警戒心が強いんじゃなかったっけ?」

「……キュゥ?」


 言葉は通じるのかな。

 メモを見ると、吸収したフェルティガの持ち主と記憶を共有……それに応じた個体になると書いてある。

 フェルティガエによっては意思の疎通も図れるみたいだ。


「まぁ、いいか。俺が一生懸命フェルティガをあげるから、お前も頑張るんだぞ。朝日を助けに行かないといけないんだ」

「……キュィ」


 まあ、多分……まだ何もわからないとは思うけどね。

 ……そうだ、名前をつけないと。

 俺が考え込むと、飛龍の仔はじーっと俺を見上げていた。

 やっぱり、朝日に似てる……。

 俺はふと閃いた。


「――サン。おまえの名前はサンだぞ」

「キュゥ!」


 サンが元気よく鳴いた。

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