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18.何かが心に引っかかっている

 誘拐事件の後、私たちは別荘でもう一泊してから寮に戻った。

 そのあとキエラの人が襲ってくることもなく――2学期が始まった。



 9月になって、体育祭が近づいていた。

 部活動がいったん休止になり、放課後は体育祭の準備や練習に追われている。

 私とユウと夜斗は紅組。理央は白組だった。


「体育祭、楽しみだね」


 体操服に着替えながら言うと、ロッカーを隔てた向こうからユウが

「そんなに面白いものなの?」

と不思議そうに聞いてきた。


「うーん、そうだね。……私にとっては。ユウはどの競技に出るの?」

「五十メートル走と綱引き」

「……全員参加の競技だけだ」

「病弱っていう設定だからね。……それに、別々の場所にいたら、いざというとき守れないから」

「……ありがとう」


 ユウは、いつも私の都合を優先してくれる。

 ……ガードだから。

 あの事件以来、このことがいつも引っかかっていた。

 何に引っかかっているのか、自分でもよくわからないんだけど。


「朝日、着替え終わった?」

「うん」


 ユウがロッカーの陰から出てきた。ユウは制服のままだ。


「今から何をするの?」


 女子更衣室を出て、二人で連れだって歩き出す。

 体育館や校庭……校舎の脇の道場など、さまざまな場所で練習している声が聞こえる。

 こういう活気ある感じは、とても好きだ。


「競技練習だよ。私、5つ……違った、6つの競技に出るから練習も忙しいの」

「ふうん」


 そのとき、「騎馬戦の人は集まってー」という上級生の声が聞こえてきた。


「あ、行かなきゃ。じゃ、頑張ってくるね」


 私はユウに手を振ると、集合場所に駆け出した。



「はぁ、疲れた!」


 今日の練習が終わり、一息つく。


「……女の子って、意外に逞しいんだなって今日……気づいたよ」


 私の練習する様子をずっと眺めていたユウが、若干呆れたような声を出した。


「あ、朝日! 見てたわよ」


 理央が通りかかって声をかけた。制服だ。


「すごく元気ね。疲れない?」

「さすがに今日はちょっと疲れた。理央は練習ないの?」


 理央はちょっと笑うと「私スポーツ苦手なの」と恥ずかしそうにしていた。

 ユウが「早く行こうよ」という感じで私の腕を引っ張るから、

「じゃあ、私たち寮に戻るから」

と言ってすぐにその場を離れた。


「……ユウってさ、理央とあんまり喋らないよね」

「うん……まあね。何というか……迫力に押されるのかな」


 それは……凄い美人だからって意味なのかな。

 ユウはこんな姿しているけど男の子だし、やっぱり、美人には弱いのかな。

 ちょっと複雑な気持ちでいると、今度は夜斗と出くわした。


「おっ、今帰り?」

「うん」

「何だ、ユウはやらないのか?」


 汗でびっしょりの顔をタオルで拭きながら聞く。

 夜斗も、私と同じくらい競技に出るので、今日はたくさん練習に参加したんじゃないかな。


「……まぁね。あまり体が丈夫じゃないから」


 ユウは淡々と答える。


「あ、朝日。髪に葉っぱついてるぞ」


 夜斗はそう言うと、私の髪の毛の間からひょいとつまんで取ってくれた。


「あ、ありがと……」

「まぁ目線がかなり上なんで、よく見えるから」

「一言多い!」


 蹴る真似をすると、夜斗はゲラゲラ笑いながら「じゃあな」と言って去っていった。


「……っとにもう!」

「朝日、着替えたら早く帰ってお風呂に入った方がいいよ。風邪ひくよ」


 ユウが早口でそう言った。


「あ……うん」


 私とユウは並んで女子更衣室に向かって歩き始めた。


「ユウは、夜斗とはわりと喋るんだね」

「まぁ、いろいろあったしね。……監視しておいた方がよさそうだと思って」

「……ふうん」


 やっぱりユウは、夜斗を疑ってるんだ。まぁ、絶対大丈夫っていう保証もないしね。


「ま、朝日は気にしなくていいよ。そのまま普通にしてれば」

「うん……」


 何かユウがちょっと機嫌が悪い気がすると思ったけど、何も言わない方がいい気がしてそのまま黙っていた。



 それから日は流れ、今日は体育祭。

 グラウンドは大いに盛り上がっていた。


「フレー、フレー、あ、か、ぐ、み!」

「白組―、ファイト!」


 さまざまな声援が飛び交っている。

 もう競技も大詰め。わずかに白組がリードしている。

 最後の選抜リレーによっては、逆転もあり得る。


「さてと。リレーに行ってくるかな」


 私が立ち上がると、ユウは「途中まで一緒に行くよ」と言ってついてきた。

 校舎にさしかかると

「僕、ちょっと呼ばれてるから」

と言ってユウは校舎裏に行ってしまった。

 まだ時間もあるし、何だか気になって、私はユウの後をつけた。


「……紙山さん」


 どこからともなく男の子の声が聞こえた。

 ひょいと覗くと、クラスの男子とユウが向かい合っていた。


「あの、その……好きです。俺と、付き合って……ください」


 うわっ、告白だ。……私には男同士にしか見えないけど。

 ユウは……何て答えるんだろう?


「僕は無理なんだ。他を当たってくれ」

「……」


 そんな答え方があるかー!

 私はイラッとして思わず二人の前に飛び出そうとした。

 すると、誰かに腕を引っ張られた。


「だ……ふごっ」


 口を押さえられる。振り返ると、夜斗だった。


「……やめとけって。ユウはともかく、あっちの男が可哀そうだ」

「……」


 だって。だって、だって。

 いくら世間に疎いからって、あんな返事の仕方はないよ。

 あの男の子だって、あんなに頑張って告白したのに。


「ほら、リレーの選手、呼ばれてるぞ」


 私は夜斗に手をひかれて無理やりその場から離れさせられた。

 それでも私はまだ怒っていた。

 ――何に対してなのか、よく分からずに。



 選抜リレーでは私は第一走者だったんだけど、何だか(くすぶ)っていたものが爆発して怒涛の走りをすることができた。

 おかげでリレーは紅の勝ちで、結果として総合も紅組の勝ちになった。

 最後はそれぞれの組で輪を作ってフォークダンスをすることになっている。

 私とユウは並んで輪を作っていた。


「……朝日さぁ、さっき夜斗と手をつないで何してたの?」


 あの告白のあとさっさと帰って来たらしく、ユウは私が夜斗に引っ張られている所を見ていたようだ。

 何だかちょっとムッとしているようだった。


「……リレーの時間だぞって引っ張られてただけ。ユウこそ……」


 ユウの『僕は無理』という台詞を思い出し、私もちょっとムッとする。


「告白されてたの見たよ」

「僕に告白なんて、あり得ないでしょ」

「……そうは言っても!」


 ユウは見た目は美少女なんだからこれからだって、ああいうことはあるよ!

 中にはすごく真剣な人だっているかもしれない。


「あんな答え方してたら……駄目だよ!」


 そう言い返したところで、曲が鳴ってフォークダンスが始まった。

 ユウの方を見ると、ユウは相変わらず淡々とやってるんだけど男子の方はニヤついてる奴やはしゃいでる子、真っ赤になっている子など様々だ。


「……上条さん?」


 ふと今一緒に踊っている人に声をかけられた。三年生の先輩だ。


「今日大活躍だったね」

「あ、ありがとうございます」

「今度遊びに行こうね」

「は……はは……」


 これはナンパなのかな?

 適当にお茶を濁してその人と離れた。

 だいたい、私は今まで男の子と付き合ったことがない。告白されたこともないし。

 夜斗みたいな、友達として喋ったりすることはあったけど。


 そのあと何曲か踊って――体育祭は終わった。

 同級生たちが興奮冷めやらぬ様子でわいわい言いながら、後片付けをし始めた。

 妙に不機嫌そうにしているユウと、何だかモヤモヤする私をよそに……。

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「旅人」シリーズ

少女の前に王子様が現れる 想い紡ぐ旅人
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使命のもと少年は異世界で旅に出る 漆黒の昔方
かつての旅の陰にあった真実 少女の味方
其々の物語の主人公たちは今 異国六景
いよいよ世界が動き始める 還る、トコロ
其々の状況も想いも変化していく まくあいのこと。
ついに運命の日を迎える 天上の彼方

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