11.アツい夏休み
あれから、時々「ディゲ」という人たちが襲ってくるようになった。
だけど、ユウが言っていたように、ちょっと攻撃を仕掛けてくるだけで、殺す気はない様子。
ある程度戦ったらゲートからすぐ帰還。
闘う相手は毎回違ったし攻撃の種類も違うけれど、この感じはしばらく続いた。
ユウが危なかったのは最初の戦いだけで、実戦経験が増すにつれてどんどん動きがよくなっているのがわかった。
私の方はと言うと、ユウに教えてもらった呼吸法のおかげで、危険察知能力が高まった気がする。
相手に不意を突かれたり掴まったりするようなことは全くなかった。剣術の方も、だいぶん進歩したように思う。
ユウが気にしていた夜斗と理央については……あれから特に何もなかった。
「なぁ、敬語のままじゃいつまでもちゃんとしたクラスメイトになれないだろ。俺のことも、夜斗さんじゃなくて夜斗って呼んで。俺も、朝日、ユウって呼びたいし」
と夜斗に言われ
「あ、私もその方がいいわ。ぜひお願い」
と理央に頼まれて、変えたぐらい。
夜斗はクラスの全員に殆ど同じことを言っていたし、私たちと同じ対応だった。
特に私たちの方ばかりを気にする、ということもなかった。
理央は隣のクラスだけど頻繁に夜斗のもとに来ていたので結構顔を合わせた。
だけど、特におかしなところはなかった。
「均等すぎる、気もするけどね」
ユウは憮然としていた。
「でもまあ、周りがにぎやかな方が危険はないからいいんじゃないかな」
以前ユウが言っていたように、テスラではミュービュリに大きく干渉することはご法度。
無関係な大勢の人の前でバトルが始まることはない、という意味だ。
そうして7月の期末テストが終わり――夏休みになった。
「ユウ、相談があるんだけどいいかな?」
私は寮のユウの部屋をノックした。
「いいよ……」
疲れたようなユウの声が聞こえる。
入ってみると、ベッドの上でゴロリと横になっていた。
最近、ユウはいつもこんな感じだ。
ユウが育ったフィラはどちらかというと寒い地域で、こんな湿度が高くて暑苦しい日本の夏は厳しいらしい。
ユウにとってはこの日差しが強すぎるのだそうだ。
「大丈夫? また膝枕しようか?」
「うん……お願い」
ベッドに座ると、ユウはのそのそと近付いてきてコテンと横になった。
あの6月の襲撃以来……ユウが疲れると私が膝枕をしてあげる、というのが習慣になっていた。
ユウに言わせると、普通に休むよりかなり癒されるから……らしい。
「で、相談って?」
目の上に冷たいタオルを乗っけながらユウが聞いた。
「あのね、一度実家に帰ってお墓参りに行きたいの。ユウは一緒に来る?」
「……」
何か考え込んでいる。「もちろん一緒に行くよ」と即答すると思っていたので、ちょっとびっくりした。
「え、ひょっとして実家に帰っちゃ駄目?」
「いや……。どれくらい?」
「2泊だけだよ。8月3日から5日まで」
ユウの部屋にかけてあるカレンダーを見ながら答えた。
「私が家にいるときは、ママの仕事は関東近郊だけで、絶対外泊しなかったんだ。でも今は、いい機会だと思ってあちこち飛び回ってて、忙しいみたいなの」
「……」
「8月6日からイタリアに勉強に行くんだって。だからその3日間しか時間取れないって言ってた。お墓参りしてから、軽井沢の別荘に行こうって話になってるの」
「……」
ユウは再び黙り込んでしまった。
「……えっと……どう?」
我慢できなくなって聞くと、ユウはちょっと溜息をついた後、私の方をちらっと見上げた。
「……じゃあ、家の近くまで送るよ。で、帰ってくる日にまた迎えに来る」
「えっ、来ないの?」
びっくり。片時もそばを離れません、みたいなこと言ってたのに。
「久し振りの親子水入らずでしょ? また、次の機会でいいよ。それに、多分……ママとずっと一緒にいるなら大丈夫だと思う」
「そうなの?」
「15年間、何も起こらなかったでしょ?」
「……確かに」
でも、何か、おかしい……。
こんなあやふやな理由で私と離れるの?
じーっとユウを見ると、その視線に気づいたのか、ユウは
「僕も、一度テスラに帰ってみようと思うんだ」
と付け加えた。
「何で?」
「こっちに来た後のテスラの状況が分からないから、一度見ておこうかなって」
「ふうん……」
何だか腑に落ちないけど、一応納得することにした。
「じゃあ、詳しいことが決まったらまた言うね」
「うん」
「……膝枕、もういい?」
「駄目、もうちょっとしてて」
珍しくユウが我儘を言った。
ちょっとかわいくて、私は笑い出してしまった。
8月3日の午前中。私は実家に戻った。
ただいまー、と言いながらドアを開けると、ママが玄関で出迎えてくれた。
「おかえりなさい、朝日!」
「ただいま、ママ。ねぇ、私ちょっとは大きくなったかな?」
「ふふ、そうね」
ママがにっこり微笑んだ。
玄関からリビングに入ると、ママがキンキンに冷えたアイスティーを出してくれた。ごくごくと飲む。
「あー、やっぱり美味しい! ありがとう、ママ」
「お友達は来れなかったのね」
「うん……。自分もテ……実家に帰るかもって言ってた」
ママはちょっと間をおいてから
「……気を使ってくれたのかしら……ね。会ってみたかったわ」
と言った。
「あ、写真はあるよ?」
最初に会った日に撮った画像があることを思い出し、ママに見せた。
ママはそれを見て、ちょっと驚いたような顔をした。
「……オ……」
「えっ?」
ママが何か呟いたので聞き返すと、ママはハッとしたような顔をした。
そして「何でもないのよ」と少し笑った。
「奇麗な子ね。どこの人なの?」
「えっと……確か……スウェーデン」
ユウの顔をイメージしてから一番近そうな国を言う。
「……そうなの」
そう呟くと、ママはしばらく画像を眺めていた。
「朝日を守ってくれている子なのね」
「……うん」
ママに返してもらった携帯の画面――美少女バージョンのユウを眺める。
初めて会ってから、4カ月が経った。
最初は驚きの連続で慣れないことばかりだったけど、もう今ではずっと長い間一緒にいるような、不思議な気持ちになっている。
ユウは、いつも穏やかで、優しく私のことを見守ってくれている。
剣術の指導をしているときや、私が無茶したときに厳しいことを言ったりするけど、普段はいつも優しく微笑んで、私の話を聞いてくれる。
自分のことは最初に話してくれたきりだけど、ずっと一緒に行動して、だんだんユウのことが分かってきた。
辛い物が苦手で、甘い物が好きとか。
本を読むのが好きで、特に歴史小説がお気に入りだとか。
運動神経はいいんだけど、体力はあんまりないとか。
夏の日差しが苦手とか。
……そして、気づいた。
――知れば知るほど、遠い存在だってこと。
お墓参りに出かけて、ママのレストランでランチをとった。
そして、午後の列車で軽井沢に向かった。
別荘は軽井沢の緑豊かな場所にある。近くには川があり、ゴルフ場も近い。
外観はログハウス風で、一階の二十畳あるリビングは私の大のお気に入りだった。
あと、リビングにあるペレットストーブも。……今は夏だから使わないけど。
夕方、レンタカーでママと一緒に買い出しに行った。
今日の夜は久しぶりに二人でご飯を作って食べる。
明日は、近くの川を散歩して、それから最近できた林のカフェに行く予定。
そのときに、ユウのことをちょっと話してみようか……と思ったりしていた。
ママの携帯が鳴ったのは、別荘に着いた夜。夕ご飯を食べ終わって洗い物をしているときだった。
「もしもし?」
ママは私にジェスチャーで『ごめんね』をしてから、テラスの方に行った。
残りの洗い物を片付けて、残った食材の確認をしていると、ママが困った顔で戻ってきた。
「……どうしたの?」
「ごめんなさい、朝日。……イタリア出張、1日早まっちゃったわ」
「えーっ……」
「ちょっと手違いがあったみたいなの。打ち合わせもし直さないといけないから、明日の朝イチで戻らなきゃ」
「じゃあ、私も一緒に帰る……」
はぁ、ガッカリ。せっかくママとゆっくりお喋りできると思ったのに……。
ママはちょっと考えると
「お友達を呼んだら?」
と言った。
「え? ユウのこと?」
びっくりして声を上げると、ママはにっこり笑った。
「だって、食料とか買ってしまったし、勿体ないでしょう。ユウちゃんのお家が大丈夫なら、ご招待したら?」
「……」
ユウって今この世界にいないんじゃないかな……。
ユウには連絡用にプリペイド式の携帯を渡してはあるんだけど……。つながるのかな。
「とりあえず、かけてみる」
そう言うと、私は携帯電話を持って、外のテラスに出た。
今日は月がとても奇麗で、思わず見とれた。
そうだ、ユウは暑いのが苦手でバテてたし、軽井沢はいいかも。
ここだと自然がいっぱいだし、特訓にも向いてるかもしれない。
夏休みに入ってからは、日差しが強過ぎてやってなかったし。
そこまで考えて、ふと気づいた。
ママから見ればユウは女の子だけど、本当は男の子だ。
……別荘に二人きりって、どうなんだろう?
そう思うと急に胸がドキドキしてきた。
いや、そんな、別に、他意はないんだけど……。
……でも、学校を離れれば、ユウとの距離が少しは縮まるかもしれない。
何回か深呼吸をすると、私は思い切って、ユウの携帯に電話をした。