頬をつねる。
見知らぬ天井、見知らぬ部屋、私はがばっと起き上がった。
どうやら自分は布団の中で眠っていたらしい。
はて、これは一体これはどういうことだ。
自分は森の中で歩いていて疲れ切って寝たはずだ。
なのにどうして自分は今見知らぬ部屋の中にいるんだ。
もしや、森の中で歩いていたのは夢だったのだろうか。
そう思っていると、かちゃりとドアが開いて、女性が部屋の中に入ってきた。
「目が覚めましたか?」
そういった女性は銀髪で赤い瞳が印象的で、日本語が非常に上手な外国人だった。
かわいい顔立ちをしているな、と思っていると彼女はあきれてこう言った。
「あんな森の中で寝るのは自殺行為ですよ?あの森には幻覚熊が存在する場所ですよ?」
幻覚熊、はて、なんだそれは。
彼女はその後も色々と私に対して色々と言っているが、いったい何を言っているのか全く分からない。
実は自分はまだ夢の中にいるんじゃないか、と疑ってしまう。
自分がまだ夢の中にいるのかどうか確かめる方法は一応ある。
「あの、申し訳ありませんが、僕の頬をつねってくれませんか?」
私は今もよくわからないことを言っている彼女に、恐る恐る彼女に頼んだ。
よく、自分が夢を見ているかどうかを確かめる方法の一つに、自分の頬をつねって確かめるという方法がある。
「あの、何を言っているんですか。ちゃんと人の話を聞いてくれませんか?」
彼女はさらにあきれていた。
私は彼女に謝りながら
「変なことを言ってすいません。ですが、僕はあなたが言っていることが全くわからないんです。幻覚熊って何ですか。あと、ここはどこですか。そもそも僕は夢の中にいるんでしょうか」
その後、私は彼女に自分の名前、年齢、職業に現住所など一つ一つ説明していった。
「……あの、ユラさん、大丈夫ですか?どこか頭でも打ったんですか?」
私が一通り説明し終えると、彼女は心配そうに私に聞いてきた。
「いや、頭は打ってないと思いますけど、何かありましたか?」
私はいたって普通に説明したはずだ。
何も変なことは言っていないはずだ。
なのにどうして彼女は私に対してそんなことを言うのだろうか。
そう思っていると、彼女は申し訳なさそうに言った。
「……ユラさんが住んでいるというトウキョウという場所ですが、全く聞いたことがありません。それにエスイー?という職業もいったい何なのかも初めて聞きました。」
私は彼女の言ったことに茫然とした。
SEという職業を知らない人は多少はいるかもしれないが、目の前であんなに流ちょうに日本語を話している女性が東京を知らないとはまずありえない。
たとえ彼女が日本人離れした姿をしていても、日本語を話せる時点で日本のことを多少は勉強していて、東京とか京都などといった日本の有名な地名は知っているはずだ。
2020年には東京でオリンピックが開かれるんだ、日本語の話せない外国人でも知ってるんだぞ。
……あぁ、確信した。
自分はまだ本当に夢の中にいるんだ。
そもそも銀髪で赤い目をした人間がいるなんて聞いたことがない。
彼女の言ってた幻覚熊なんてものはこの世には存在しない生物だ。
どう考えても今自分は夢の中だ。
そうだ、そうに違いない。
彼女に対して敬語で話すのはやめよう。
なにせ夢の中なのだ。
夢の中で見ず知らずの人に敬語を使って話す必要はあるだろうか。
「そういえば、まだ君の名前を聞いてないんだけど、君の名前を教えてくれない?」
夢の中の女性に対して名前を聞かなくてもいいんじゃないかと思ったが、こんなにかわいらしい女性の名前を聞かずに夢から覚めるのはもったいない。
「『リシェ』と言いますけど……」
女性――リシェは訝し気にそういった。
そして私はリシェに対して再度頼み事をした。
「リシェ、申し訳ないんだけど僕の頬をつねってくれない?」
「……はぁ」
リシェはそう言って不思議そうに私の頬を強くつねった。
痛い、かなり痛い。
リシェは加減するということを知らないんだろうか。
つねられた頬がじんじんする。
実はここは夢の中ではないのではないか。
私はそんなことを思いながら、リシェにつねられた頬に手を当てた。