猫屋
「はーっ……はーっ……」
今のは、危なかった。掴まれた腕はゾンビの指先型に痣が残っている。それを見ると身震いする思いだった。
「……俺は、馬鹿か……これだけ喰われてるのに……ゾンビ、一体で短時間に食べきったわけがないじゃん……」
生きていようとも体内にサルクァツァ-βが侵入した時点からゾンビ化が始まるのだ。食べ終わりから考えても意味はない。そこを反省しながらハルは他にすぐ見つかるめぼしい物を探す。
「……糠漬けか。いや、これごと持って行くのは……つーか、漬かり過ぎてるんじゃないだろうか……」
取り敢えず、キュウリを出して水で洗って食べてみる。
「……微妙。でも、まぁ……うん……普通に食べられるかな……」
持ち主がゾンビ化し掻き混ぜていないので空気に菌が触れておらず、発酵が不十分なのだろう。だが、そこそこ食べられた。
「それと醤油と味醂……よし。倒れてた物の下敷きになって砂糖まで……」
ある程度生活必需品に対して目途は立った。後は拠点に戻るだけだ。マップを警戒してハルはこの家で手に入れた物資を全てボックスに入れて急いで拠点に戻る。
「はぁ……後は引き籠り政策を取るだけだ……何とかなりそう……」
安堵し、少しだけ気を抜いた彼はこの時、忘れていた。
マップに移るゾンビだけが彼の敵ではないことを……
拠点には何事もなく戻ることが出来たハルは息をついてこれからの予定について考える。
(この後はある程度片付けをした後、締め切って籠城するだけだ……もう、生活基盤は安定した……大丈夫。生き残れる……)
自分に言い聞かせるようにそう言って彼はエネルギーを使わないために生活で使うと思われる範囲だけ綺麗にし、大きく息をついた。
(後は使わない家具でガラスなんかにバリケードとして設置したら完成……)
仮に何かあった時の為に避難経路を考えておく必要があるとし、彼は少々怖いが2階から脱出できるように幾つか結び目を付けたロープを作っておく。
これで、生存拠点が出来た……ハルがそう考え、安堵したところで一息ついてポイント制度について考える。
(今、135ポイントだよな……一回くらい猫に出会ってポイントを使ってどんなものが売ってあるのか確認した方が良いんじゃないか……? もう、ほとんどやることもないんだし……)
マップには敵性を示す赤い印はない。少し、調べるために外に出てみるとそこには悠々自適そうに小動物を咥えて歩いている三毛猫がいた。
(……どうやってポイントを使えばいいんだ?)
そこが疑問点だ。これで間違えていたら恥ずかしいなと思いつつハルは小声で猫に向かってポイントを使いたいんだけど……と声をかけてみる。しかし、無視された。
「お、お前の正体は分かってるんだぞ……? 神様の使いだろ……?」
外していたら相当痛い。そう思いつつも三毛猫に告げると三毛猫は何言ってんだこいつとばかりにハルを見上げて仕方ないとばかりに加えていた小動物を置いた。どうやらモグラのようだ。
「違う……」
「まぁ分かってたんだけど面白そうだから放っておいたのにゃ。」
項垂れてもう家に戻ろうと思ったハルの耳に舌っ足らずな声が聞こえた。その声の方向を見ると猫が直立二足歩行になってまさにチェシャ猫のように笑っていた。
「にゃっにゃっにゃ。初回限定サービスですよお兄さん。時間制限なしで見ってっておくんにゃせぇ! にゃっにゃっにゃ!」
ふわふわの前足で口元を抑えた三毛猫。するとハルの目の前が暗転した。そして気付けば薄暗い室内でコンビニのように様々な物が配置された場所にいる。
しかし、その中にあったのはコンビニとは全く異なる物だ。
「何、だ……これ……」
「銃も知らにゃいのにゃ? 近頃の人間は遅れてるのにゃ……」
「ほ、本物……?」
入口の真ん前、通常のコンビニであれば温かい飲み物や弁当など、季節に応じた目玉商品が並んでいるその場所には黒光りする銃火器が並び、手榴弾もアボカドのばら売りように無造作に並べられている。
ハルは現在彼がいる入り口付近の隣、通常のコンビニだと雑誌が並んでいる場所にも目を向けてそこに並んでいる物を見て思わず飛びつく。それは現状に対する攻略本や情報などだった。
(買えない……)
しかし、それらはポイントで言うなら4桁はするもので現在のハルでは買うことが出来ないものだ。その近くの棚、通常だと生活用品がある場所には医療器具などが並んでいる。
(包帯とかの初心者キッドは15ポイント……不思議な薬品って何だ……? 10000ポイントもするけど……)
ハルがそれを見ている背後から三毛猫が声をかける。
「不思議にゃ薬品は~どんにゃ状態異常、例えば死者だって傷一つにゃく完全に復活させるふし~ぎなお薬にゃのにゃ~! みゃ、買えにゃいにゃろうけどにぇ。にゃんっ!」
嘲笑ってくる三毛猫のそのお腹超もふもふしたいとハルは思ったがそんなことをしたら猫パンチで大変なことになるので考えないようにして棚を見まわって行く。
(虫除けのノリでゾンビ除けがある……でも、一定までの大きさにしか効かないらしいし、今の俺じゃ買えない……つーか、俺……殆ど何も買えない……)
店内を見まわっても殆ど何も買えないことが分かっただけだった。しかし、買える物もある。その中でハルを驚かせたのは……
「ハンドガン……50ポイント……?」
「にゃっ? みゃーそうですにゃぁ。実弾80発が別売り50ポイントにゃ~お買い得にゃ~」
途中で飽きたらしく、レジの上で丸まってうとうとし始めていた三毛猫は片目を開けてハルの声に反応し、大きく欠伸をする。
「最大15まで入るハンドガンにゃ。普通にゃら空のそれに予備マガジン1つと銃弾75で50ポイントにゃのにゃ。でも、それにはすでに入ってるのが、10発。そしてにゃんと通常セットに5発おまけで50ポイントにしてるのにゃ!」
ハルが揺れる。100ポイントの出費は痛い。しかし、目の前には力の象徴とも言える銃が簡単に売ってあるのだ。
「ど、どうやって使うのかは……」
「みゃーに扱えると思うのかにゃ?」
猫の手を見せられて何とも言えなくなるハル。肉球が可愛かった。それはそれとして、扱うことも良く出来なさそうな銃を買うよりも現状は武器は鉈とフォークで足りているという考えも頭を過り、彼が考えていた別の、少量のポイントを大量に使うことで薄く手広くやるべきかどうかと考える。
「決みゃったら言うにゃ。」
「あぁ、うん……」
再び欠伸をしてうとうとし始めた三毛猫を余所にハルは真剣な眼差しでコンビニのような店の中を何度も巡り、慎重に頭の中で会議を繰り広げた。