収集
1階に着き、周辺器具を全て付けてからパスワードも掛かっていなかったパソコンを立ち上げたハルは最初に画面に上がった物が某大手掲示板で苦笑する。
「山本さんネラーだったんだ……」
別ウィンドウで成人向け漫画があるのを見るとこんな状況だと言うのに笑えてきた。ただ、そんなことをしている場合ではない。
まずは信用できそうな情報だ。IEの検索欄にゾンビと打ち込むと大量の画像と情報が出てきた。
(……長くなりそう……)
長丁場を覚悟したハルは一度体を軽く洗うことにした。シャワーを済ませて検索を掛けて行くと勇敢、いや無謀にも戦った者たちのスレッドを発見する。
「火は有効。塩は効かない、ファブリー……何試してんだこいつら……」
非常事態でも変わったことばかりしている奴がいた。殆どの書き込み主は死んでいるが、1時間ごとくらいに確認を兼ねて誰かが書き込み、連絡を取り合っているようだ。
まだ生きている人々がいることを知り、ハルは勇気づけられる。
「聖水(下)もダメ……いや、変なのばっかりだなホント……」
少し笑い、元気を出す。最近の話題にねこカス最強だのワンカス涙目だの上がり、猫神様降臨という物、【速報】や【朗報】、また猫を利用して戦おうとして死んだ人を見た【悲報】などが上がり、少しだけ活気づいている。
そして得た情報にはハルを驚かせるものがあった。
「俺の他に何か神様的な存在から力を得てる人もいるのか……」
嘘乙、冗談は顔だけにしろなどという書き込みなどで叩かれているが、ハルからすれば信用したいと思うような内容だ。尤も、ハルのように魔法のような加護は殆どなく身体能力が上がる、胃腸が丈夫になるなどの物らしい。
しかし、時折動物を使役できるようになったなどの特殊な事例と画像が挙げられている。
「でもまぁ、知りたいことは少しわかった。」
ゾンビは音、光、匂いなどの外部刺激に敏感なようだ。だが、音に敏感でも音の聞き分けは苦手で、光にも敏感であったとしても物体が何であるかを見極める視力は弱いらしい。
また、肉食動物などは本来ではありえない程貪欲に、例え大型の生物相手にも捕食行動を本来の動物の能力で行うこともあるとのことだ。
そしてゾンビは単純行動しかしないというハルの予測も当たっていた。また、食事だけではなく感染させることを目的として人間を襲ってくるらしい。
「やっぱり食べ物が見えてる状態じゃないと食べないのか。でも、生でも喰らうと。」
加工食品が狙い目だと一人頷く。そして決めた。
「ここに籠城するか……一先ず何があっても良いように水と缶詰をボックスに入れておいて……」
補給できる時に補給しておく。そう考えて水をペットボトルに3リットル入れた後に缶詰も入れようと準備して思い直した。
「この量じゃどっちにしても足りないし別の家から補給した方が良いか……」
現在、グロムギリーによって与えられたポケットの多い服に入れられるだけ入れても籠城できるほどの物資は持ち運べないだろう。
一先ず、乾パンと水だけを持って移動することに決めた。
「……よし、いなさそう……」
遮蔽物のないほとんどない田舎道でハルは数百メートル離れており、山本宅よりも町に近い隣の家の周りを回ってゾンビがいないことを確認し、塀の中に入って更に探索する。
そこでまたしてもゾンビの存在を示す赤い丸が。ハルはその場で一度止まり、それがどう動くかギリギリの距離で調べる。
しかし、それはハルがしばらく待っても動かなかった。それを見てハルは安堵する。
「……動かない。俺や山本さんみたく監禁されてるのか……?」
やはり肉親が感染したとなると殺すにも忍びなく、監禁すると言う手に出るのだろうか……そう思いつつも今は生きるために食料を探す。完全に野盗の行動だが死にたくないので仕方ない。
(……何か腐った匂いがする……こっちかな?)
元食べ物たちの腐臭を嗅いでこちらかと移動すると、果たして玄関から続く廊下の右手に台所はあった。僅かに躊躇いつつ戸棚などを開けて行く。
「おぉ……!」
そして、思わずこんな声を上げてしまうような素敵な物に出会った。
黄色い箱をしたカロリーの友。チョコレート味、チーズ味、メイプル味、ポテト味。各種6個入りのケースが2つずつ。
「これは……余裕でお持ち帰り決定だ……いや、これに関してはボックス使っても仕方ないよ。何かあるかもしれないけど取り敢えずこれは確保。」
独り言を早口で言う程に興奮しているハル。だから、気付かなかった。いや、気付けなかった。
ゾンビは拘束されているから動かなかったわけではない。そのことに。
背後で物音がする。振り返ると虚ろな目をした奴と目が合った。
「あ゛あ゛あぁあぁあぁぁ゛ぁぁぁあああぁあ゛っ!」
「っ! 何で……」
考えるのもパニックに陥るのも後だ。今、やるべきことは目の前の敵を殺すこと。カロリーの友を一度捨て置いて立て掛けておいたフォークを持ち、血の香を漂わせながら襲い掛かるそいつの腹を刺して動きを止める。
「何だこいつ……!」
しかし、目の前のゾンビはこれまでハルが殺してきた数少ないゾンビたちとは違った。腹を刺したフォークごとハルは押されているのだ。
だが、諦めることはない。ここにある食料を持って行くことが出来れば籠城のための最低限の準備は揃うのだ。負けられない。
「いや、むしろ……」
ハルは逆に引いてみた。瞬間、バランスを崩し、浮足立ったゾンビはハルの再び押す力に負けてその場に倒れる。
貫通していたフォークの先が木製の床に突き刺さり、ゾンビは動けなくなる。そんな隙を逃さずにハルはゾンビの首を鉈で斬り落とした。
―――15ポイント入手しました―――
一瞬ヒヤッとしたものの、勝利することが出来たハルはすぐにカロリーの友をボックスに収納する。動かなくなったゾンビを警戒しながら台所を物色するハルは頭の中でゾンビのことを考えていた。
(何で、こいつはあの点から動かなかったのに……今は何もないしちょっと見に行くか……)
カロリーの友があるので最低限の補給は出来たと、彼は少しだけ様子を見に行く。
「…………あぁ、そういうことか……」
そこには真新しい死体があった。ゾンビは血の香をさせたまま襲い掛かって来た。つまり、そういうことなのだろう。
「ここで、喰ってたのか……」
内臓部分をごっそりやられている50代頃の小柄な女性を見て吐き気を催すがそれ以上はどうしようもない。埋葬している暇もないので内心で受験のために適当に覚えた鎌倉新仏教のお経やお祈りを済ませて食べ物を頂きますと告げてその場を立ち去るハル。
その直後、背後で動く音がした。
マップには、自分を示す緑の点のすぐ近くに赤い点が。
「う、うわぁぁぁぁああぁぁぁっ!」
忘れていた。ゾンビに襲われた者は……ゾンビになる。あまりに早過ぎだとハルは思ったが、その予想は違うと冷静に告げる脳内のハルもいる。
そんなことはどうでもいいとばかりに振り向き様に遠心力の乗った鉈の一撃を喰らわせる。すかすかの腹は鉈で綺麗に前半分程斬ることが出来た。
だが、そんなものは効かない。現拠点の2階で散々試したではないか。胴体への攻撃は効かないと。
冷たい手が、鉈を振り切って無防備なハルの腕を掴む。そして両手を使ってハルの腕を固定し、齧り付こうとしてきた。
その様子を一瞬呆然となりつつ眺めそうになったハルは何とか正気を取り戻して蹴りを入れる。
内臓の前半分がなかった彼女はハルの腕を持ったまま後ろに倒れ込む。そこで無理矢理自らの腕を重力に逆らうように力を込めて、ゾンビから自由を取り戻したハルは涙目になって半狂乱になりながら何度も鉈を打ち下ろす。
まだ、新しい血は周囲に飛び散り、ハルの顔も血塗れにするが、ハルはそんなことお構いなしに攻撃を続ける。
「ぉあぁあぁぁあぁぁっ!」
―――10ポイントを入手しました―――