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ゲーム開始

 グロムギリーが消えた後、ハルはまず自分を落ち着かせるため現状の確認を行う。


(ここは母方の実家の牧場近く……いや、俺をここに閉じ込めた奴とは家族の縁を切ったか。そんなことどうでもいい。山の近くだから野生動物が多い。)


 まだ落ち着けないようで思考が錯綜している。自らを落ち着かせるために息を吐くが後ろの茂みが揺れる音がして勢いよく振り返った。


「はーっ……はーっ……と、とにかく……1週間の辛抱だ……この小屋はさっきの猫パンチとか言うのでもう使えないから……それに、食料もない……」


 サルクァツァ-βという菌は経口感染はしないらしいので野生動物を狩って食べることは可能かもしれないがその危険は冒せない。第一、ハルは動物の捌き方など知らないのでその選択肢はなしだ。


「業務用スーパーが近くにあったはず……この田舎なら、そんなに人はいないから大丈夫だろ……」


 感染して隔離されたことが却ってよかったかもしれないと思いつつハルは周囲を警戒しつつ立てかけてあった牧草を運ぶフォークと間伐用の鉈を持ち、グロムギリーから渡されたマップを目の前の空間に表示して移動を開始した。


(途中で拠点に良さそうな家とかないか探しながら行くか……)





 バンッ!


「っ! ……」


 結論から言うと、田舎だから大丈夫と思っていたハルの思惑は外れた。


 初期の無責任なマスコミによるこのヴィルスは人から人に感染するという憶測に騙された人々が疎開のようにして田舎に逃げて来て動物に感染し、それが野生動物に拡散して人間にもかなりの感染者がいたのだ。


 そんなことを知る由もないハルは虚ろな目で口の端から涎を垂らし、よろよろと歩く人々を見送って思考を巡らせる。


(くっ……情報が欲しい……)


 グロムギリーはハルの状態と与えた力に、そしてハルに関わる問題についてのある程度の範囲までは答えてくれた。しかし、現在の世界の状態については殆ど教えてくれていない。ハルは周囲全てのことに気を張りながら移動せざるを得なかった。


(音に反応してるみたいだけど……そちらに行く様子もない……マップを見るに遮蔽物の向こうにもゾンビは居るみたいだ……)


 赤い血肉。それに骨や筋、脂肪などの白が混ざったグロテスクなリビングデッドたちになるべく目を向けずにハルは作戦を考える。


(吐いちゃダメだ。生きるために、全力を尽くさないと……! やっぱり一回空家に逃げ込むか……? でも、今は何ともないけどあの空腹感がまた襲ってくる可能性もかなりあるんだよな……)


 道中に農家などの空家はあった。しかし、ハクビシンなどの野生動物のゾンビがいたりしたのであまり探索せずにハルは人里が無事なことを祈りつつ下りて来ていたのだ。


(食料の備蓄とかがあれば……いや、ここで考えるのもアレだ。途中で見つけた空家でいったん態勢を整えるか……非常事態だし、大目に見てくれないかな……)


 ハルはここから少し離れた民家に戻り始めた。




(この家だな……)


 ハルが少し疲労感を滲ませつつ着いた家は山本という70代の農家の老夫婦が住んでいる家だ。

 選んだ理由は畳んだ一部の農地に太陽光パネルを敷いて自家発電でオール電化のモデルハウスとしてこの地の人々に自慢していたことだ。


(この辺はまだ井戸水だし……電気が使えればここに籠城できる……)


 ハルはマップを使って家の外から人のゾンビがいないかどうか確かめる。


(いないな……)


 マップで見える範囲にはいない。それを確認したハルはそっと扉をスライドさせた。


(開いてる……)


 この辺りのド田舎では家を空ける際にも鍵をかけずに外出することが多い家がまだたくさんある。ハルは心臓を高鳴らせながら扉を音を立てないように閉めてマップを見ながら足音を殺し中に入った。


(……階層構造の場所に入るとマップは3Dになるのか……)


 よく知らないが何となくCADと呼ばれるモノのような図になった自分を中心に立体化するマップに妙な感心をしてそれどころじゃないと苦笑したその時。マップの端に赤い存在が現れた。


「っ!」


 2階だ。動いている。しかし、同じところを回っているようで下へは降りて来ない。それでもハルは不安になった。


(どうして同じところを……? ここは危険か……? いや、出て来ないなら他の場所を探しに行くより……)


 バンバンバンバンバンバン! ガンガンガンガン!


「ぃっ!」


 2階から物を激しく叩く音、床を激しく叩きつける音がする。思わず思考を中断して声を上げるハルだが、それはすぐに収まった。


(……前と同じ行動に戻った……閉じ込められてるのか……? いや、何かに括りつけられてるみたいだな。ある一定の範囲から動けないみたいだし……これか……)


 目の前にある大黒柱の周辺から一点が扉ギリギリまで、それより手前で動ける範囲が増えているのをマップで確認しておそらく大黒柱に鎖か何かで繋がれているのだろうと判断するハル。彼はフォークを持ったまま土足で慎重に、更に奥へと侵入していく。


 その時だった。ハルがマップに目を向けた瞬間、紅い点が端に出て来たと同時に顔を跳ね上げると目の前からゾンビが迫って来ていた。ハルが人里で観察して想定していたゾンビの移動スピードよりも速い!


(逃げるべき!? いや、一度くらいは戦った方が良いか!? 囲まれてないだけ逃げようもある! 危機的な状況に至る前に相手を知るためにも!)


「あ゛ぁ゛ああぁぁあぁぁっ!」


 視認できる距離に現れたのはこの家に住んでいたはずの老婆だ。どう見ても致命傷だと思われる程に頸下が抉られており、黄味がかかって濁った眼をこちらに向けると咆哮を上げて掴みかかって来る。


「あぁああぁぁっ!」


 対するハルはフォークを構えて裂帛の気合いと共に老婆を突き刺しにかかる。フォークは老婆の腐りかけている肉を削ぎ落すことに成功した。しかし、それは腕を掠めただけだった。


 避けられたこと、また痛みなど感じない様子でこちらに飛び込んでくる老婆にハルは一瞬パニックになる。


 迫る老婆。


 ハルは至近距離で口が限界まで裂けるように開いた老婆を見て死にたくないとフォークを手放し、ズボンに対して大きすぎるポケットに入れていた鉈を振り抜く。


「うわぁあぁっ!」


 遠心力の乗ったそれは老婆のどてっ腹に命中して老婆はバランスを崩して壁にぶつかった。それを好機としてハルは何度も鉈を振り降ろす。


「あぁああぁぁあぁっ!」

「ぎぃいいぃいぃっ!」


 獣染みた断末魔を上げる老婆。ハルはどす黒い返り血を浴びながら動かなくなるまで鉈を振り降ろし続ける。


 それは斬殺というよりも殴りつけるかのような殺し方で酷い物だった。心臓が動いていないのか、血が噴き出すということはないが、鉈に付着した水分の少ない乾き気味の黒い血が宙を舞い、ハルの頭に微量に降り注ぐ。


「はぁっ、はぁっ……」


 ―――10ポイント手に入りました―――


 無機質な音が聞こえ、ハルは正気に返り手を動かすのを止める。不思議なことに血の匂いはしなかった。しかし、目の前には虚空を見つめる老婆の死体。


「……うぇ……」


 ハルは自らを省みて老婆の死体から離れた。グロムギリーと出会ってから心のどこかにあったゲーム感が無理矢理落とされ、手には骨を砕いた重い感触が残っている。


「でも、そこまで心に来ないな……加護の影響かな……?」


 嫌悪感はある。しかし、実際に動かなくなるまで攻撃を加えたことへの罪悪感などはそれを決行するまでに考えていたよりは薄い。


「いや……今は何か変な高揚感が凄いから気付いてないだけかもしれない……後で反動があるかもしれないから動ける内に動かないと……」


 ハルは逸る心を抑えながら顔に掛かっていた返り血を拭い、台所などの物色の為に移動を開始した。




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