結婚(イサベル視点)
幽閉中の生活は悲惨なものだった。
朝起きて寝巻きに着替え直そうとした瞬間に義姉フアナがいるではないか、その後ろにはニヤけた顔で控えているポルトガル国王アフォンソ5世が。アフォンソはあの宴の後、再びカスティーリャを訪れていたのだ。
寝所から何とか逃げ出したと思ったら今度は兄の側近でお目付役のバティコに押し倒されたが、何とか振り切った。
危うく貞操を喪うところだった。
そう。この城は兄の策略が其処此処に張り巡らされていたのだ。
私は兄の目を盗み何とかセゴビアからバリャドリッドに移れた。そして今、支持者の1人フアン・デ・ピベーロの邸にいる。
ここは私の支持者が比較的多いからひとまず安心。そろそろフェルナンドがアラゴンからはるばるやって来る頃合だろう。
夜中、フェルナンドが無事バリャドリッドの邸に着いたという事でささやかな宴を開いていた。彼は従者1人でモサい商人に扮して来たようだ。
広間
「ようこそフェルナンド様 カスティーリャには慣れられましたか?」
「ええ。それで、イサベルは?」
「お呼びします。ここでお待ち下さい」
側近のゴンサロ・チャコンに紹介され、私は暫しフェルナンドと自室にて2人で話をする事になった。
「カスティーリャには慣れられましたか?シチリアの国王陛下」
「ええ。これからは僕の事は陛下ではなくフェルナンドと呼んでいただけますか、僕の奥さん?」
「はぁ、はい」
えらく馴れ馴れしいではないかこの若者は!
健康的に焼け、戦によってできた小さな古傷を隠そうともしない立派な体躯の青年に気圧されている場合ではない。
歳は私の方が上よ!
程なくして2人で広間に出て婚約を宣言し、式を数日後にする事にした。
アラゴン国王フアン2世の協力とトレド大司教によって式の準備は慌しく進められ、兄エンリケ4世にバレないよう、ピベーロ邸にて当人と従者と司教だけで密かに行われた。
式の日の昼間、何気に窓から外を覗いているとそこにはフェルナンドと侍女のカタリナがコソコソと話しているではないか
カスティーリャに慣れたって、カスティーリャの女と仲良くなったって意味かい!
私とした事がとんだ女好きと結婚するハメになったわい!
夫となったフェルナンドと何やら仲良さそうにしていた侍女カタリナの挑発的な目線と私の護衛騎士のゴンサロの目が何やら哀しそうだったのは見なかった事にしよう。
この時代、夫婦は結婚後初めて迎える夜に性交渉をする所までが結婚に含まれたのだ。
初夜、これは当時の女性にとっては貞操を喪い、処女ではなくなるというかなり大きなイベントに当たるのだ。
イサベルも例外ではなく、夜の帳の仲で緊張の面持ちでいた。
程なくしてフェルナンドが入ってきて…
帳の端から入り、
手を握り、
帳の中で口付けを重ね、
性交渉を無事に済ませた。
外で控えていた侍女の1人がタイミングを見計らって、血の付いたシーツを外に持ち出した時の従者たちの喜び(というよりは無事に結婚の儀式が終わった事に対する安心感)といったら一入であった。
そして時を同じくしてイサベルのお気に入りの侍女ベアトリスが男の子を出産したため、この場にはいなかった。
もう1人この場に居なかった者がいる。
護衛騎士のゴンサロである。
彼はイサベルへの募る想いを発散させる事が出来ないまま式に臨み、イサベルの初夜と時を同じくして昼間フェルナンドと逢い引きしていた侍女カタリナを侵したのだ。
勿論新婚ホヤホヤのイサベルとフェルナンドは知る由も無かった。