前書き
かつてスペインは1つの国家ではなく、レオン・カスティーリャ・アラゴン・ナバラの4つの国に分かれていた。
古代、ローマ帝国の制海権の為の飛び地であったその国々は、西ゴート族によってキリスト教徒の国家として独立した。
中世、イスラム教徒たちの北上によってグラナダ王国というイスラム教徒の国家として栄えた。
やがてキリスト教徒たちは勢力を盛り返し、国土復活に向けて少しずつ動き始めた。
俗に言うレコンキスタである。
これはレコンキスタに終止符が打たれ、やがて日の沈まぬ王国へと変遷する激動の15世紀(時代)を生き抜いた1人の女王の話である。
スペインの現在の首都マドリードから約150㎞北にあるアビラ県の北部に位置する小さな村Madrigal de las Altas Torres(マドリガル デ ラス アルタス トーレス 通称:マドリガル)。
かつてトラスタマラ家が支配していた王国の1つ、カスティーリャ王国内ではMedina del Campo(メディナ デル カンポ)やArevaloと並ぶ大都市であった。
1451年4月、マドリガルの王宮で時の国王フアン2世と2人目の王妃イサベル・デ・ポルトゥガルの第1王女が生まれた。
その子の名前はIsabel。
イサベルという名は当時かなりポピュラーであり、母親や母方祖母を含めて過去に5人同じ名前の女性がいるほどだ。
国王の嫡子の1人として生まれ、何不自由無く過ごす筈であった彼女は早速運命に翻弄されるのである。
イサベル王女3歳の時、父で時の国王フアン2世が崩御。同時に彼女は母の前王妃イサベル・弟のアルフォンソ王子共々、マドリガルから小さな都市Arevaloに移り住む事となった。
王位を継承した兄の国王エンリケ4世(母親は父フアン2世の最初の王妃マリア・デ・アラゴン)は元々継母イサベルと折り合いが悪かったのだ。
気が強かった前王妃イサベルは急速に精神を病み、イサベル王女・アルフォンソ王子の姉弟は不遇な生活を送らざるを得なかった。
転機が訪れたのはイサベル10歳の時、姉弟はSegoviaにいる兄の国王エンリケ4世の元で生活する事になった。
しかしこの時もまだ姉弟の環境は安定していなかった。
そんな中、兄エンリケ4世と2番目の王妃フアナ・デ・ポルトゥガルの間に第1王女が誕生した。叔父叔母に当たるイサベル王女とアルフォンソ王子は洗礼時の代父母に選ばれ、同時にこの生まれたばかりの姪に忠誠を誓わせられるという屈辱を味わった。母親と同じフアナと名付けられたその王女の出生には疑惑があった。
エンリケ4世は従妹のナバラ女王ブランカ2世(ナバラ女王ブランカ1世と母方叔父アラゴン国王フアン2世の王女)と結婚していたが、性交渉が一切ないまま婚姻無効となっていた。
2度目もやはり従妹フアナ・デ・ポルトゥガル(ポルトガル国王ドゥアルテ1世と母方叔母レオノール・デ・アラゴンの王女)と結婚したがこの結婚でも性交渉をしない為に長い間子が出来ず、宮廷では“不能王”と渾名される程だったのだ。
「王妃フアナは国王エンリケ4世と性交渉が無いのをいい事に間男を寝所に連れ込み、子を産んだんだ」
「フアナ王女は貴族ベルトランの娘なんだ」
という噂が流れ、貴族の中にはフアナの王位の正当性を否定し、エンリケ4世とイサベル王女の弟に当たるアルフォンソ王子が王位を継承すべきだと言う者も現れた。
国内はエンリケ4世・フアナ王女派とイサベル王女・アルフォンソ王子派に分かれて内紛が勃発、レコンキスタどころではなくなってしまった。
そんなイサベルに追い打ちをかけるように不幸が訪れる。
最愛の弟アルフォンソ王子の急死だ。
アルフォンソ王子の死後こ1464年、イサベル王女は兄の国王エンリケ4世と和解した。
かくして、国王エンリケ4世の王位の正当性とイサベル王女の王位継承権が保証され、名目上は平和な状態に戻ったのである。
だがイサベルは大人しく兄の言うことを聞いていたわけではなかった。
出生に対する疑惑を理由にフアナの王位継承権の正当性を否定していたのは貴族達だけではなく当のイサベルも同様で、「兄が生きている間は他の王を戴くべきではない」と、兄の娘かどうか不明なフアナよりは自身の王位継承順が高いことを示した。
婚期を迎えたイサベルに兄エンリケ4世は縁談を準備していた。
自らの王妃フアナの弟でポルトガル国王アフォンソ5世と異母妹のイサベルを結婚させる事でポルトガル王家とさらに親密になろうとしていたのだ。(しかし皮肉な事にポルトガル王家は継母イサベルの実家でもある)
だがイサベルは地中海の制海権を有するアラゴン王国の王太子フェルナンドと結婚したかった。今やフェルナンドはエンリケ4世を除くとトラスタマラ家の唯一の男性であり、今後イサベルの子孫がトラスタマラ家出身の国王として君臨するには子どもの父親がトラスタマラ家の男性である必要があるからだ。イサベルとフェルナンドは又従姉弟同士で血縁関係は近過ぎず、年齢も1つ年下と近い為に理想の結婚相手だった。
当然、イサベルを警戒している兄エンリケ4世は反対した。
この縁談でイサベルの王位継承の可能性が確実な物となり、娘フアナの将来が危ぶまれるからだ。
しかしイサベルはアラゴン王国側に書状を送り、縁談を単独で成立させてしまったのだ。
これには流石の兄エンリケ4世もご立腹。
エンリケは最終手段に打って出た。
イサベルを王宮ではなく別の宮殿に住まわせる事にしたのだ。事実上の幽閉である。
そこでイサベルはアラゴン王国側に再度書状を送った。
イサベルはフェルナンドを密かにセゴビアに来させて結婚するという人生の大博打に出たのだ。
この時イサベル18歳、フェルナンドは17歳の若さであった。
長くて読みにくい文章にお付き合い戴いてありがとうございます。
今回は本編の序章部分を投稿致しました。
随って登場人物が次回以降投稿する本編よりも少なく、台詞も無くて読者の皆さんからするとあまり面白くなかったかと思います。
次回は登場人物の視点から物語を進めて参りたいと思います。
今後とも宜しくお願いします!