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5節 何も無い。だが目を開いて対峙せよ

 くぐもった、マスクを通して黒聖女は声を発した。その言葉によって聖の脳裏に映像が横切る。――上方に空いた穴から、木漏れ日の様に降り注ぐ光が暗闇の一端を照らし出す中、舞い上がる埃と共にその場に横たわる大きな箱に鎮座する少女の光景――。


(って事はやっぱ俺狙いかよッ!?)

『そういう事だな。一連の行動も吾輩達を誘き出す為の手段という事だな。――……どうする?  教えるか?』


 アナの問いに聖は黙り、思索する。自分をここまで痛め付けてから何かを要求してくるというのは以前にも何度かあった。一方的な屁理屈を暴力で正当化させる為の手段だ。合理的で簡易的な手段にして用いられる手段。叩きのめして反抗出来なくし、選択肢を1つにさせる方法。他国といった他所の地域の利益を得る為に戦争という手段が用いられる理由である。故に聖は知っている。この様な行為からの慈悲など約束させる訳が無い事を。




 ――荒れ果てた町。所々には瓦礫と薬莢が転がり、道端には汚れた少年少女達は虚ろな目でその手に人形や空き缶を握っている。半壊した建物の暗闇の奥からは男の声と助けを求める泣き声混じりの少年少女の声。


 また別の時には、その手に銃火器やナイフを持った少年達の目の前で〝神〟と〝聖戦〟という単語が話の中に何度も何度も繰り返して子供達を焚き付ける男がいた。その男が浮かべる笑みは、嘲笑うかの様な、吐き気がする笑みだった。




 聖は知っている。今、目の当たりにしている行為がそれらの発端になる事を。子供が荒み、穢され、死に絶える理由。暴力とそれが肥大してもたらす結果。その根源が今、自分を、聖を見下ろしている。


 矮小な取るに足らない悪は、社会では構う余地はなく、目を逸らしていればいい。寧ろそんな悪は軽んじられて悪とすら認識されない。小さくても大きくても、人が困り、泣けばそれは即ち悪である。昨日のクルセイドで少女が恐怖を味わい、そして今日は幼馴染の華楠を傷付けようとした相手に何を以って、町を蹂躙して、あまつさえ何も言わずに発砲、右手を切り落として、腹部を貫き、傷口を踏み抜いた上で『アークは何処だ』と言われて素直に教えるつもりにはなれなかった。


 ――だが、思いのすれ違いというものもある。アークがただ欲しいだけ、しかしこちらが攻撃してしまった為に向こうが報復して来たのだとしたら――まだ話し合いの余地がある。アークの所在を問い質した所から察するに、相手の目的はアークを入手する事。素直に差し出せば風の如く現れた時の様に去ってくれるかもしれない。ギアマリアは口を開け、空気を吸い込んだ――。


『聖、良いか?』

(何だよ、これから言おうとした側に)

『――聞こえているか?  アークは何処かと聞いている』


 威圧するかの様なくぐもった声。痺れを切らした相手はギアマリアに再度、声を掛けた。


「――あぁ、痛みで、ちょっとッああああッッ!!?」


 突如腹部から痛みが込み上げ、頭が鈍器で殴打されたかの様な痛みに呑み込まれた。


『……目は覚めたか?』


 ギアマリアの腹部の傷口にブーツをグリグリと敵ギアマリアは押し付ける。


「――ああ、良い具合にね……ッ」


 痛みで覚めはしたものの、逆に痛みで意識が彼方へと吹き飛ばされそうになるが、怯まず聖はアナに語り掛ける。


(――で、何だい、話は。何とか時間は稼いだ、早く)

『ああ。こういう状況下についてインターネットで検索してみた。すると漫画・アニメ・小説・ドラマ・実在の事件を紹介するドキュメント番組等が該当。該当する上で共通点して〝口封じ〟、〝用済み〟という単語が出てきた。相手の要求を応えたとしても、要求に応えたという事実の隠蔽。更に今後の活動において障害になるのなら事前に処理して解決する〝後顧の憂なし〟というものもあるらしい。聖は吾輩無くてはギアマリアにはなれないが、その事は相手は知らないからな』


 それを聞いた途端に聖の思考は180度変化する。そもそもアークが目当てで来たのなら、何故ここまでの破壊行為をしなければならなかったのか。それにアークのもたらすギアマリアの力は強力なもの。悪用される確率は濃厚だった。


(それでも――)

「――なぁ、取引しよう。アークは教えるから、俺達を見逃してさっさと帰って――」

『聞こえてなかったか? 何処かと聞いている』


 ギアマリアの腹部に乗せた足の踏む力が強まる。話を聞かないという事は、自分の事しか考えてないという事。相手の意見を尊重するつもりはないという事。力と痛みで、暴力で屈服させて無理矢理に事を進める手段に聖は思う。自分は殺される、と。


(なら……)

「分かった。……――自分で探せ」

『……そうしよう』


 敵ギアマリアは肘を曲げ、手にした剣でギアマリアの喉を貫こうとした。


(……結局、あれこれ物事決めるのは暴力かよ……)


 迫り来る切っ先。その一点が煌めき視界に迫る、その刹那――。


「――アナッ!!」

『了解した。〝ロザリオフィールド〟展開』

『――!?』


 ギアマリアと切っ先が当たるその直前、白聖女から突如、数珠状の光の帯が飛び出て剣を弾き、黒聖女を弾き飛ばした。遥か彼方に飛ばされる敵ギアマリアを尻目にギアマリアは立ち上がって全速力で駆け出した。目指すはギアマリアの視界に映し出されたマップに浮かぶ光点マーカー。切り落とされた右手の下へ。


 大小様々な瓦礫が転がるせいで道中は悪路だが、それらの上を器用に踏み抜いて疾走する。自身と右手の光点が重なる様に立ち回って辺りを見回す。しかし瓦礫をどかしてもそこには何もなかった。


「右手無い!?」

『索敵する。――そこから南西に振り返って2mだ』


 アナの指示に従いギアマリアは振り返って、突進するかの如く瓦礫を掻き分け進んで行くと――。


「あった、手!」

『背後上方から熱源体接近』

「ッ!?」


 アナの声に反応してギアマリアは振り返る。迫って来ていたのは後方から煙と炎を上げて飛んで来る先が尖った円筒状の物体。


「ロケット!?」

『回避しろ』

「ぁアアッッ!!」


 ギアマリアは咄嗟で繋げた右手で横に落ちていた、自身の顔の2倍以上あろう大きな瓦礫を掴んで横から振り被って投擲する。放たれた瓦礫はロケットと衝突、空中で爆発し、その余波でギアマリアは遥か彼方へと吹き飛ばされていった。


 ロケットを打ち出した敵ギアマリアは、右手に持った円筒状の長い銃を、右手から小さな数珠状の光の帯を出すと同時に消し、代わりに自身の半分程の大きさ程のライフルを出現させて装備する。先程ギアマリアのいた場所を凝視し、爆発の煙が晴れるのを待つ。


 暫くして煙は薄まり、その奥で佇む白い影を捕捉した。金髪のポニーテール、豊かな胸。間違いなくギアマリアである事を確認して、ライフルを構える。刺客に映る照準サイトをギアマリアの額に合わせて引き金を引く。発砲音と共に放たれた弾丸は空間を直進し、彼方に佇むギアマリアの頭部を――撃ち逃した。


『――!?』


 突然ギアマリアの姿が消えた事に黒聖女は一瞬の戸惑いはするも、すぐに思考を切り替える。ギアマリアは見つけた。身を屈めながら瓦礫を上を疾走していた。黒聖女はガトリングを構えて引き金を引いて弾丸を発射。しかし弾丸は白聖女が放ち、纏う、幾つもの数珠状の光の帯を回転させて弾丸を弾いていく。それはあたかも結界の様に。


 極一点を狙えば貫けるかもしれない――そう考えたのか銃を再度構え直すも、ギアマリアとの彼我距離はそう遠くない。黒聖女は剣へと持ち替え駆け出していく。


 白いマリアは右手に短剣。対して黒いマリアの剣はそれよりも遥かに長い。リーチの差は優勢。白いマリアよりも攻撃が早く届く。両者接近、間合いは黒い聖女の刃の長さ程。黒聖女が剣先を放つ一方、白聖女は左手をかざした。すると突如、何かがギアマリアの手から放たれて黒聖女の視界を覆う。


『んなッ!?』


 何かは剣と接触して切るも何かは止まらず接近、黒聖女の顔面と衝突して吹き飛ばす。吹き飛んだ黒聖女は身体を起こして見た。そこに立っていたのは、自身よりもはるかに長い金属製の物体を肩に乗せて立つ白いマリアの姿。状況が理解し切れない黒聖女と変わって、平静を保ちながらも枯れた呼吸をし続けるギアマリア。聖の脳内では、微かな希望であるが故に忘れない様、先程したアナとのやり取りを思い出していた。




《……〝ロザリオフィールド〟?》

《ああ。ギアマリアに変身する時、十字の数珠状の光が出るだろう?  あれは吾輩を構成するアナテマがエネルギーを持った状態でリング状に展開・回転しているものだ。アナテマはエネルギーを持って回転する事で一定領域の空間を歪める。

 この時の歪みで生じた空間は、時間を始めとした物理法則に縛られない特殊な空間を産み出す。それがロザリオフィールドだ。この空間を一瞬(・・)だけ展開して、変身時に発動して用いる事で女体化・肉体強化の反動によるダメージを解決した。そしてロザリオフィールドは、周囲の空間を歪めて巻き込み、別次元に固定する事が可能なのだ》

《仰る事が分かりませんッ》

《要約すると、空間に穴を空けるのだ。その穴は重さも無ければ大きさもない、何処にもあって何処にもない洞穴。何処からともなく入り口を開けられ、中から物を取り出す事が出来る。黒聖女のやつがいきなりガトリング砲を出したのがこれが理由だ。この機構は〝ヘブンズラック〟と呼ばれている》

《じゃあ俺も……》

《ああ。しかも其方の身体に使っているアナテマの量は相手と比較すれば少ない。故に余った分はヘブンズラックに回している。その結果、ヘブンズラックの容量領域は奴と比較して大きい。多分相手のヘブンズラックの数倍はある。――だと言って、其方のヘブンズラックには何も入ってないから武器は出せないぞ》

《…………そか……》

《だがその分、フィールドにアナテマを使用している分、演算もしやすくなっている。フィールド展開は変身時で特異点規模の瞬間的な大出力、武器装備で空間を維持出来る程度の小さな穴を空けて、と両極端でしか出せないが、其方ならタイムラグや展開維持時間等の制約があるものの、ロザリオフィールドを周辺空間を歪めるだけといった加減での連続展開が可能だ》

《それがどうなるっていう?》

《フィールドで生まれた歪みは空間と空間を隔てる見えない壁だ。大質量ならばそれが持つエネルギーで歪みを破壊されてしまうが……――ガトリング砲や斬撃といった軽い攻撃なら弾く事が可能だ》




「……上手く……いったな、アナ」


 ゼェゼェと息を荒げにギアマリアは呟いた。腹部を貫かれた重傷の身では動くので精一杯だった。相手を鉄骨で打ち飛ばすまでは何とか強勢を張っては見たが、今では腹の傷を左手で握り締めて、止血と同時に痛みに耐えるので限界だった。


『そうだな。まさか建築資材を武器にするとは思いもよらなかったぞ』

「無いよりはマシかと思ってな……」


 そう呟きながら自身が手に持つH形鋼に目を向ける。背丈を上回る、鈍い鉄色の塊。これは切り落とされた右手を探す道中、近くにあった建設中の住宅の隅に置かれていた物である。本来は武器ではないのだが、少しでも足しになれば良いと思い聖がヘブンズラックに収納した物だ。


 そんな束の間、向こうで瓦礫の中から這い上がる影が1つ。――黒聖女だった。


「うっそ仮面に喰らったのに壊れてないのかよ……」

『所詮その鉄骨は普通の鉄で出来た物だ。ナノマシンで強化、体表を覆われたマリアには効かない。せめて戦車の砲弾位でなければ掠り傷1つ負わせられない』

「硬過ぎだろう……」

『ナノマシンが防いだのだろう。ナノサイズのナノマシンが流動的に動く事で衝撃を分散している。それを破壊出来るのは同じアナテマだけだ』

「結局何も変わらな――」


 変わらぬ絶望を口に出して言い掛けるギアマリアに対し、敵ギアマリアは右手からガトリングを出して装備、6つの円状に並んだ銃口がギアマリアの方を向いて回転する――。


「やっべ!」


 ガトリングは弾丸の雨を発射音の咆哮と共に吐き出すと、同時にギアマリアは左側の瓦礫の山へと飛び込んだ。すぐ背後に弾丸が通り過ぎるも、雨は方向をギアマリアの方へと向かって瓦礫を削る。


「やっぱ怖いわ! 鉛玉の雨なんて――」

『聖、上方から敵接近』

「ッ!? ――チィッ!!」

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