4節 白く、青く、疾い御業9
天を覆う程の大翼は、山脈すらも覆いかねない。幾つもの魚の群れで象られた翼は、その形状が常に不定で、鳥の翼の時もあれば、虫の羽根の様に細長い楕円になれば、魚の鰭の如く扇状や牙状に。尾鰭を思わせる三日月状にも。悶え苦しむセイマリアとセインティアの状況を表す様、翼は大きくくねる。
「痛い、たい……! ぁあ、ああ! 果楠! か、な、なっ」
『ええい! エネルギーの桁が大き過ぎる! インフレという表現が生温い!! 強制終了は出来るが完全停止でベイバビロンが消えるし、エネルギーを良い具合にまで落とそうにも湯水の如く溢れ出て調整が間に合わん! これで供給具合が暴走のソレじゃないのが嫌らしい!!』
「うっ、く、く……ぁああ!! ――っゔうっ!」
声のみで頭を抱える様子を想像させる慌てぶりのアナと、頭を抱えて痛がり混乱するセイマリア。痛みで錯乱気味に言葉を呟いた末、吐き気を催して口を覆い、言葉を閉ざす。
『聖!? 吐くのか!? 吐いちゃうのか!? 5秒待て! 頑張って抑――――』
「――――――――ッッッッ」
アナの懇願虚しく、セイマリアは胃液を機内で撒き散らした。それに連動してセインティアも、空の向こう目掛けて口部分が横に割けて強烈なビームを勢いよく放つ。
『何て威力……――てか強過ぎだ! 聖! 絶対、頭を下げるなよ! 地球が割れる! 上げもするな! 何処ぞの星も割れる!』
「うっく…………――――星……ッ?」
『はぁ!?』
「星……長い……ッ光……の糸ッ? の、束、の、川の……空…………――――何処……?」
突然の謎の言葉にアナは驚く。少年は空を彼方を見詰めて呟いていた。
「……セイク……? ホーリ……? 違う…………――――誰……?」
『聖……今、誰を、何を見ている!?』
依然として光を放つセインティアに対し、うわ言と共に放心状態で弱々しいセイマリア。奇怪な光景に流石のアナも困惑するのを尻目に、聖は言葉を漏らす。
「……んで……? えっ――――でも……――――れは……――――いの…………」
放心状態の聖と、光を空に向かって放つだけで棒立ちするセインティア。すると突然、光を放つのを辞めた。下顎と喉は溶解。蕩けた上顎と首の内部を晒して立ち尽くす。そのまま変化が無い事に、敵ベイバビロンは走り出す。ジグザクにステップを踏んで残像を複数生み出し先行、前方を覆って一斉に鎌を振り下ろす。
セインティアは左手を右に振るうと、分身達が突如消失した。
『ッ!?』
意味不明な突然の出来事にペイルライダーは思わず困惑。しかし勢い付く機械の巨体は止まれない。対する白い巨大機械は、今度は真上から腕をゆっくりと振り下ろす。腰の辺りで手が止まると、ペイルライダーは突如、雪原へと墜ちて砕けた。頭から墜ちたロボットは飴細工の様にバラバラになり、小さ過ぎる破片は瞬く間に光に還る。大きな残骸の山を押し退け、中から本体の青白い装いの少女が顔を出す。
見上げた先の巨人は、逆光により生じた陰影で顔が黒く塗り潰されていた。だが、目から仄暗い、怪しげな燐光が不気味に灯っていた。
「燐火……ッ」
得体の知れなさに引きつった顔を浮かべる少女。すると、巨人は俯いた。
『聖? ……聖?』
「……――――うっぷ」
セインティアの装甲を貫いて、中から細い光線が溢れ出し始めた。




