4節 絶望を中で、聖女は抗うも敵は暴れる
攻防を担う手を失ったギアマリアは、咄嗟に距離を空けようとバックステップした。身体が宙を浮いたその刹那、敵ギアマリアが反時計回りに身体を回転、左回し蹴りがギアマリアの左脇腹にめり込んだ。バキボキと折れる音が腹部から脳内に響き渡る。肋骨が折れる音。しかしその痛みよりも身体が飛ばされる方を早く認識した。だが気付く頃には、既に相手は遥か彼方にいた――否、自分が遥か彼方へと蹴り飛ばされていた。
爆音と共に瓦礫に激突。粉塵の中にギアマリアは横たわる。小さな小石が空から小雨の様に降って来る。薄れゆく意識の中、自分の腕を見た。肘から下、前腕下半分から先が無かった。身体が寒い。背筋が凍り、感覚がない。
――死の恐怖。
『――り、――じり、――ぃじり、聖。返事をしろ。意識があるのは分かっている、今すぐ起きて体勢を立て直せ。パフォーマンスは60%まで低下、このままだと行動不能に陥るぞ』
行動不能――声に出せず、心の声とも言えない思考が過る。それに対してナビゲーションするアナは返答する。
『そうだ、分かりやすく言うなら――死ぬぞ、殺される』
死。死亡。生命が停止する事。思考が停止する事。
「……あ……ぁぁ……」
身体を重々しく起こすも力が入らない。膝が落ちて前屈みに倒れ込み、額を地面に落とす。
(死ぬ……死ぬ、死ぬ。死ぬのか? 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ果楠)
「あああああああッッ!?!?」
『聖! 聖!』
――激突音が響いた。地面に額を押し付けるギアマリアは身体を起こす。その額と地面は赤く滲んでいた。額を地面に叩き付けて正気に戻したのだ。額から垂れる赤い液体が頬を伝うと、ギアマリアは舐め取り口角を上げた。
「――ざっけんな、死なんてモンに怖気るもんか、果楠がいるんだ、果楠!!」
〝死〟――それは生命の終着点。宗教において重要な通過点。――が、果楠の姿が先に過り、その思考に陥るのを止める――否、許さなかった。正気に戻った聖はふと、自身の右腕に目を向ける。
「うわ……えぐいな……」
不意に腕の断面に目を向ける。料理する際に見る肉の断面に似た絵面が腕にあり、それが自身のものだと思うと吐き気がした。
「戻るのか、これ」
『欠損すれば変身を解除してもそのままだ。だが十分な栄養素を摂取した後に再度クロスアップすれば後はアナテマによって再生される。それが嫌なら繋げれば治る』
「上等ッ。拾って繋げて殴ってやる」
『それでもコンディションが最高でも敵の方が戦術・兵装・筋力・経験、全てが勝っているぞ』
「全部踏まえて上等だ。一方的やられる恐怖を散々された、仕返しだ。自分も死ぬかもしれない事を教えてやらぁ!」
少女となって戦う少年の瞳に闘志が灯る。死は等しく平等であるが、生きる為の、戦う為の、守る為の志に忠実に従い、困難に立ち向かっていく為に。
対して辺り一面、瓦礫で敷き詰められ、荒野の様に開けた住宅街。佇むのは黒いレザー素材の服を身に纏い、板の様な仮面を着けた黒聖女、ギアマリア。対するスポーツウェアの様な白い装束を身に纏う白聖女ギアマリアは――匍匐前進していた。
「――ハッ、ハッ、ハッ……くっそ胸が擦れて痛いし動きにくい……!」
ギアマリアに変身した聖は、胸が潰れる圧迫感と同時に胸上方が地面と擦れる痛いを感じながら這っていた。今から数分前の事である。
《どうやって奴に勝とうか……手が無いこんな姿でさ》
《やはり、五体満足の方が生存率は上がる。手は遥か向こうだ。簡易的なマップを作った。先程いた地点と現在地点を記してある。これで腕の回収は用意な筈だ》
《やっぱ取りに行かなきゃ駄目なのね……》
《アナテマで義手を作る事は可能だ。しかしすれば演算処理が低下してスペックは低下する。最善とは言えないし最悪になりかねない》
《はいよっ》
『残り240mだ。頭を出さずにゆっくり這え。隠密の為にこちらは逆探知を懸念して索敵機能は切っている。瓦礫よりも身を出せば敵レーダーに索敵されて終わりだ』
「了っ解」
顔に苦しみの表示を浮かべながら依然ギアマリアは瓦礫の中を這って進む。ゆっくりと確実に、切り落とされた右手の下へと向かっていた。
『……しかし妙だ』
「何が?」
『何故向こうは吾輩達を狙うのに殺さないのか』
昨日、突如現れて町を蹂躙したクルセイド。その翌日に今度は複数のクルセイドと謎の敵、黒いギアマリアまで出現した。しかし何故、あの様な圧倒的な存在が町を襲ったのかは分からなかった。聖達がいる町は鶴崎市の一郭にある放鶴区とよばれる鶴崎市最東端。
その中央地域。都心には近く、インフラが整っており、近くに海と山があって住み易いという事以外にこれといった特徴が無い普通の町。それが今になって辺り一面瓦礫の海で埋め尽くされた戦場へと成り果ててしまった。
だがこんな事をしなくとも、町の壊滅が目的ならミサイルといった広範囲殲滅兵器を用いれば半刻足らずに終わるのだ。それをわざわざクルセイドといった人型兵器で草毟りする様な地道な行為をする理由はない。だが向こうはそれをして来た。つまり理由をして来たのだ。わざわざ足を運んでまで。この町に来てそうまでした理由は何なのか、見当がつかなかった。ただ1つを除いて――。
「でもどの道、殺すのは確実だろ。弾撃ち込んで、手切り落とした。それ以外で暴力振るう理由ないのよ、あってたまるか」
『そうだな。敵マリアが吾輩達を狙ってるのは確実だろう。しかしそれは邪魔者としてだろう。今の今のまで殺されないのは、向こうの目的で吾輩達が必要なのか、はたまた遊ばれているだけなのか……』
「どの道勝たなきゃこのまま殺――」
その時、ギアマリアの背部に衝撃が突如襲った。上方から物が落ちて身体を押し潰す様な重い衝撃が身体を貫いて地面へと聖女を叩き付けられる。言葉は途切れ、代わりに肺が押し潰れて空気が濁った声と共に口から噴き出た。激痛と衝撃によって意識が一瞬途切れて暗くなり、そして再度、光と意識が聖に戻る。聖は腹部の内から何か感じた。口の中にフォークを入れる様な感覚、耳の穴に耳掻きや綿棒を入れる感覚、指に針を刺す感覚。――異物が体に侵入する感覚。そしてそれは背部と腹部に感じた。
「がッ――!! ……ぐぅ……」
貫かれている――その確信を持って身体を少し起こし、背後を振り返った。
「……バレてない筈だろ……」
『敵むこうの方が上手だったな』
――いた。その手に剣を逆手に握って屈む黒い聖女。先程の衝撃と腹部の違和感と合わせれば、彼女は空から降って落下と同時にその手に握る剣で胴体を貫いたのだと聖は理解した。敵ギアマリアは剣を持った手の手首を捻る。
「ガグァッ……!!」
途端に腹部から頭、つま先に痛みが走った。白聖女が痛みで身体の自由が満足でない事を知ると黒聖女は剣を引き抜き、腹部側面を蹴り上げて、うつ伏せのギアマリアを仰向けにすると傷口を右足で踏み抜いた。
「ああぁぁ――ッ!!!!」
艶めかしくも濁り、痛々しい声が一瞬だけ木霊す。敵ギアマリアは左手に持つ刃が鮮血で染まった刃をギアマリアの喉へと突き付けた。
『――貴様のアークは何処にある?』