3節 恐怖の前に悔い改めよ
『――無事で良かったな』
「ああ」
脳内に直接伝わる少女に声に相槌を打って返事する白衣の女性――ギアマリアこと聖は、屋根伝いにヒールを打ち付けながら疾走していた。目指すは果楠や避難する人々を恐怖に駆り立てた巨人の機械兵器共の下。すると住宅と住宅の間から一体を捕捉した。
『索敵完了。敵は昨日現れたのと同型の機械共だ。奥に2機、合計3機だ』
「上等ッ!!」
ギアマリアは右腕を振り払うと同時に腕甲の下方を展開、十字のダガーナイフを抜刀し駆け出す。彼我距離5m。手を伸ばせば届きそうな距離まで迫った。
「ッ!?」
突如背中に衝撃が走って視界が突如変化する。それと同時に身体の背後のから前方全面に衝撃が走り抜け、浮遊感と衝撃が内臓を叩き揺らす。地面へと叩き落された。
「ッ!!」
衝撃で内臓を掻き回されたような不快感と痛みが襲い掛かるが、身体は潰れていない。アスファルトの道路を砕いて隆起させる程の一撃を耐え切ったのだ。しかし機械兵器は腕を引き上げて追撃する。
「――!」
攻撃の瞬間、うつ伏せのギアマリアは右へ飛び退く。巨人の剛拳は虚しく地面に叩きつけられるも、衝撃で土とアスファルトの破片が舞い上がり、飛び散る破片は周りの住宅の壁と窓を突き破る。煙のカーテンが辺り一帯に立ち込めると、ギアマリアは煙に紛れて強襲。機動兵器の背後に回り込み、無防備な背骨へ向かって飛び上がり、手に持つダガーナイフを打ち込む。刺し貫かれた背骨の傷口から火花が巻き上がり、巨人は地面へと沈み込む。ギアマリアは顔を上げ、視界に映るのは残り二体を見据えると、手前の巨人の肩が開いた。
「ッ!?」
開かれた肩にある穴から放たれたのは無数の弾丸。息もつかせず連続で轟く炸裂音と共に迫る鉄火。ギアマリアは反射的に前に飛び出して回避、股の間を潜って前転。屈んだ姿勢から脚に力を込めて一気に跳躍。着地と同時に敵の背骨を切り裂き、跳躍。大きく弧を描いて最後の1機に飛び付き、敵の首を掻き斬った。鈍く響く地響きが木霊した。
「あー! 勝った……」
『それにしても敵の反応が良くないな。しかも背骨といった命令伝達や稼働の中枢部分ならまだしも、頭といったセンサー機器がやられただけで機能停止になるとはな……――熱源反応あり。背後だ』
「――!?」
アナの声に反応してギアマリア――聖は背後を振り返る。2階建ての住宅の屋根の天辺にそれはいた。
「あれは……」
『型式や世代は違うが……ギアマリアだ』
黒い機装聖女を、日の出の陽光が後光となって輪郭はハッキリと、その内側を陰が黒く塗りつぶしてはいるが、確かにそれは人型だった。黒い長髪に黒いレザー素材の衣装。鎖骨から上、脚は露出しており、膝、四肢の首を覆う白い装甲が覆っている。肩のアーマーは鎧というよりも脇の長さ程のマントの様だった。長方系の仮面が素顔は見えないが、身体付きからして女だと聖は理解した。仮面にある赤い光を放つ十字の目から聖は理解する――少なくとも友好的ではない事が。
「あんた……誰だ?」
ギアマリアは黒い女性へと呼び掛ける。女性は返事をした――言葉ではなく、重い音で。直後、女の右手に小さな数珠状の光が灯り、渦巻く。それを突き破って中から現れたのは大きな柱。1mはあろう金属製の黒い円柱の先端には6つの穴が穿たれていた。それを構えた相手は円柱を聖に向けると、円柱は駆動音を鳴らして回り始める。
「……!?」
反射的に身体を動いた。左側にあった近くの瓦礫の山へ隠れるように飛び込むと同時に、相手が手にする円筒の穴から轟音と炸裂音の雄叫びと共に何かが放たれた。それは先程ギアマリアがいた場所に降り注いで地面を抉り飛ばして粉塵が舞い散る。一歩遅れたら蜂の巣だった――飛び込んだ直後に前転して背後を見るギアマリアは刹那にそう思う。だが束の間、攻撃の雨は軌道を逸らしてギアマリアへ向かっていく。姿を隠し、防御する為に飛び込んだ瓦礫の山は敵意の雨によって撃ち砕かれていく。
「嘘でしょ……!」
前転しての回避から姿勢を直したギアマリアは、起き上がってそのまま駆けて直進する。相手の女――敵ギアマリアもそれに気付いて手に持つ円柱を動かして、攻撃と回避の鬼ごっこが始まる。走る、走り、走って。瓦礫を掻き分けながら突き進み、同時に相手を聖は捕捉する。
『あの武器を調べた。〝ガトリング砲〟という銃火器だな。1861年にアメリカでリチャード・ジョーダン・ガトリングによって開発された兵器で――』
「知らん! あんなの食らえば蜂の巣どころかミンチにされっぞ!」
脳内で響くアナの声を一喝して疾走疾走疾走。立ち止まらない、立ち止まれない、立ち止まる訳にはいかない。少しでも遅れれば弾丸という名の死の群れに抱かれる。しかし、ただ逃げ回るだけにも限度があった。この町には果楠がいる、町の人々がいる。逃げ続けて被害を拡大する訳にはいかなかった。例え自衛隊の誘導で避難が終わっていたとしても、戦いに巻き込まれているという事実が彼等の心を傷付ける。家や家族を失った彼等にこれ以上の損失を与えてはいけない。
神に仕える者達の1人として。戦う力を自ら欲し、行使すると誓った人間として。迎え討たなければいけない、戦わなければいけない、戦う事で生きる権利を、守る権利を得られるのだから。
(まずはガトリングってもんの攻撃を避けながら距離を――)
『聖、上だ!』
「――ッ!?」
脳内に響く少女の声に制され頭上を上げる。視界に映るのは青い空――の中央に浮かぶ黒点――否、影。見知った輪郭の人影、敵ギアマリアの影。
「しぃッ!!」
咄嗟に手甲からナイフを出して上方に構える。それと同時に敵ギアマリアは寸前まで迫っていた。交差するのは刃と刃。聖こと白いギアマリアの刃渡り15cm程のダガーナイフ。対して敵の黒いギアマリアが手にする獲物は刃渡りがダガーナイフの約4倍の長さのある剣。ナイフより長く、剣というには少し短い。一見すると普通の武器。しかしそれらが交差すると衝撃が広まる。落下の加速と剣を振りかぶる加速によって生じた力の余波は風を押し退け、細かな瓦礫を吹き飛ばす。一瞬の鍔迫り合い――刃と刃の重なり合いから、刃元と刃元と押し退け合い。白いギアマリアは顔を歪め、彼女の手にするナイフの上に剣の刃元を乗せて身体を逆さまにする黒いギアマリアは仮面こそすれどその瞳の奥から平静なのが伺えた。
敵が剣を押し払う。その衝撃で白いギアマリアはバランスを崩す。対して黒いギアマリアは押し払った勢いで身体を反転、地面に着地。身体を屈め、手にした剣の切っ先を向けて放つ、狙うは大の字によろめく白い機装聖女のその喉元。攻撃されるギアマリアである聖は攻撃を認識するも切り払いで延びる腕に力が入らない。背筋と肩に力を込めた左足を逆時計回しに滑らす。身体を捻じり、髪を振り乱しながら腕を振るう。腕だけ振れないのなら、腕の付いた自身の身体を回して腕を振るう。単純な道理。だがその道理をこの一瞬で起こした事で命を繋ぎ止めた。
敵の刃はギアマリアのナイフの刃と交差、金切り声が響いて火花が散る。刃は斜めに向かってギアマリアの髪の毛の間をすり抜ける。ギアマリアはダガーナイフを両手に持ち、ナイフを剣と絡めながら押し込む。敵と肉薄、再度鍔迫り合い。顔と顔が迫り短剣を持つ手を胸が圧迫する。力を限界の限り込めて相手を押す。
「ぬぉおおおおおッ!!」
雄叫びを上げて相手を押すギアマリア。相手も右足を下げて踏ん張る。敵ギアマリアが顔を近付ける。迫る敵の仮面。ギアマリアの視界全てが占領する。途端に右腕を大きく振りかぶった。
「ぬああああああッ!」
弾き飛ばされる白い少女。弾丸の如きスピードで半壊した建物・無事な建物、巨大な瓦礫へ向かっていっえ行ってお構い無しに背面から突き破る。砲弾と化して飛ぶ中、無我夢中で身体を動かして減速させると同時に近くにあった巨大な瓦礫の端を掴む。瓦礫は勢いによって動いて倒れるも、瓦礫のおかげで自身の身体を何とか着地する。
「――だぁ、っかあ……ッ」
遠のく意識を引き寄せ、身体を起こす。背中が痛い。激痛が身体に染み渡る。意識が重い、身体が重い、特に胸が1番重い。パンパンに物を詰め込んだリュックを背中ではなく前に背負っている状態から屈んで立ち上がるかのように重かった。重々しく身体を起こす、顔を起こす――眼前に敵は迫っている。
「ぬぅッッ!?」
振り降ろされる剣をバックステップして回避。右踵で地面を踏んで、膝が沈み込む。
「ぬぁあ!?」
足が――バランスが崩れる、視界が傾く、意識が偏る。――ハイヒールでバランスを崩したのだ。何とか身体を起こすも、既に敵は横に剣を振り払う。再度バックステップ。足首内側に90度曲がるも、激痛が走るも力づくで回避。しかし剣が胸を掠めた。豊かに実った双丘の上方に横一文字の傷が走って血が噴き出る。バックステップした直後、またもヒールで躓き転んで屈む。立ち上がるも、目の前には剣で突こうとする敵ギアマリア。ダガーを再度構えて剣を交差、受け止める。
先程は競り合った時はそのまま押し飛ばされた経験から、ギアマリアは相手の側方に飛んで隙を突くと思考すると同時に反射で動き、受け流すと同時に相手の左側へと抜ける。相手のやや左斜め背後を取った。ナイフを構え、前方の脇目掛けて突き出した。
(え……)
――刹那、何が起きたか分からなかった。一瞬の間があった。ギアマリアは状況を整理する。まず自分は敵の背後を取って攻撃した。しかし一瞬にして敵は何時の間にかこちらに自身の右側面の姿を見せており、右腕を振り上げていた。それからして自分の視界の右隅に何かが空から降ってボトっと地面に落ちた。それが何なのか理解して、初めて自分の状況を理解する。
(……手がない――ッ!?)