2節 真に聖なるものは孤独である8
遺跡最下層に到着した聖は無意識に一礼する。
『聖、何をしてる?』
「あ、いや……――何でだろう?」
『まあいい、早く行け』
アナに急かされた聖は広間に踏み込んで行くと、最奥にあったのは霜だらけになって胡坐を掻いた人型な物体だった。
「これ……即身仏かっ!?」
『その可能性はあるな。即身成仏もあり得るがな』
即身仏――人の身では民衆を救う数に限界がある為に、瞑想しながら絶命する事でその身を現世に留めながら永遠の存在であるミイラになりより多くの人々を存在。一方で即身成仏は自身の身体を現世に留めた状態で、異次元に存在する宇宙にして真理そのもの〝大日如来〟と同一化して仏となる行為だ。
今、聖の目の前に存在する霜だらけの死体がどちらの意図でそうなったのかは不明である。もしくは全く別かもしれない。
が、何らかの理由があって、極寒の雪山を身一つで登り、洞穴の奥で命懸け留まって床の上で胡座を掻き、印を結んだ姿で息絶えたのは明白だろう。
そんな存在の脚の上で〝ソレ〟は横たわっていた。
「アナ、もしかして、この人の脚にある物って…」
『事前に送られたデータと照合したが、形状の合致と固有のエネルギー反応と波長を検知した。間違いないな、コレが吾輩達が探してた聖杯だ』
聖は聖杯に手を伸ばすが、直前で躊躇い考える。
『どうした、聖? 取らないのか?』
「ちょっと待って。このまま取るのは罰当たりだから……――仕方ない、こうするか」
右往左往しながらも考えを思い付いた聖は、ヘブンズラックから長剣を取り出すと両端を両手で持ち、その場で跪く。
「え~~……――名前を知らない人、私は訳あって、そこにある聖杯を求めに来ました。代わりにこの剣を捧げます、どうかお納め下さい。……では、頂きます」
死体に言葉を述べた聖は剣を膝の上に乗せ、聖杯を掴み取り、立ち上がると踵を返して歩き出した。
『礼儀正しい事をするな』
「性分だし、育ちだよ……――失礼しました」
出入り口付近でセイマリアは振り返って挨拶すると、駆け足で階段を昇った。
2つ程広間を抜けて階段を昇り終えた時、セイマリアは立ち止まり、荒々しく深呼吸をする。
「ゼェ……ゼェ……すぅぅ……ヒュッ、っかハ! あぁ! 苦しい! 息切れだけど、何か違う……」
『聖、忘れてるかもしれないが、現在吾輩達がいるのは標高数千mの山にいるのだ。高山病にはなり難いだろうが、気を付けろよ』
「言われなくても」
息を整えたセイマリアは出口に向かう。右手に持つのは道を照らすライトと、左手にプランター。聖は左手をジッと見詰め、ヘブンズラックに仕舞い込む様に意識する。
〝システムがブロックされました〟
頭の中に突如浮かぶ通達。やっぱりか――聖は肩を竦める。
「アナ。何で入らないんだ?」
『其方も分かっている様に、ヘブンズラックの展開と格納をプランター側から妨害されて入れる事が出来ない様だな。露骨な嫌がらせ過ぎる事この上ない』
「聖杯もギアマリアの……アークの技術と関わりがあるのかな……」
聖は聖教守護者団への不信に伴い、ギアマリアの技術関連への疑問も抱いた。文献等に示された、過去に起こったであろう数々の奇跡。それらの殆どがギアマリアに関連する技術によって引き起こされたと教えられた。
宗教に属し、神を信仰する立場である聖には――いや、それに準じる人々達にとって、奇跡の正体が得体の知れない科学技術によって起こされたものだという事実は受け入れ難いものだった。
だが、その技術の出所に聖の疑問を抱く。現代技術を凌駕するその存在は、旧い団体から見付けるものもあれば、数万年、数千年の地層から掘り起こされる事もあったという。だが、それを創った存在は未だに不明。
正体が分からない機械の力は神の奇跡の如きというのなら、逆に言えば神の奇跡が機械の形をしている訳である。あたかも、神の化身とも言わんばかりに。神が宿っているかと言わんばかりに。
けれども、聖はそれを見い出せなかった。偏屈な思考ではあるが、奇跡とは分からない事が起こる事が、起こり得る可能性はあれど起こらない事が起こる事を言う。超常の力の出所は分からない方が良い。徹底的な迄に。だからこそ想像の余地があり、人はそこに神の介在を見出すのだ。
なのにギアマリアという存在が間に入り込む事で、その考えを邪魔するのだ。結果は同じ奇跡でも、その理由が悪魔によるものなら一転して恐怖になる。
なまじ奇跡が機械という実体を持つ事で、神以外の何かを連想させる。聖はアークとアナテマによって身体がギアマリアになっている事に、自分が写り込んでいる心霊写真を手にした様な感覚を抱いた。
(どれもこれも考え方次第か……嫌になるな)
神以外がギアマリア技術を生み出したのなら、何が生み出したのだろう。超古代に発展した文明の異物か、はたまた宇宙人の仕業か。聖はこの手の類に詳しくない。どちらかと言えば果楠の領分だ。彼女なら、神以外の存在を想像し探る事に夢を馳せ、胸を躍らすだろう。
神を信じるか否定するか。証拠の1つ2つで考えが大きく揺れる。神とは何か、聖はふと考えた。そうこうしている内に再度通る道ながらも、手にしたライトで石畳を照らしながら進むと、背後で音が聞こえた。
『聖! 背後上!!』
「何ッ!?」




