2節 真に聖なるものは孤独である7
聖は嘗ての記憶を思い返して自笑する。その様子を見たアナは、聖の脳波が安定している事に――リラックスしている事に気付いた。話をする事でメンタルが落ち着く事に気付いたアナは、聖から言葉を引き出す。
『子供らしい可愛げだな。その後はどうした』
「お釈迦様についての話を聞いたんだ。大陸宗教の開祖のお釈迦様は、人間の生き方について色々考えて出家し、色んな思想家の弟子になったり、時には当時の印度宗教の修行である苦行も体験したんだけど、それらでは人は悟りに、答えに辿り着けないと気付いたらしんだって。特に苦行に関しては、苦行終わりに村人から貰ったお粥が美味しかったから、苦行だけでは悟れないって気付くと、周りに堕落したと罵られて、そこから去ったんだって」
『根性論な理屈だな』
釈迦に関しての情報は、アナは以前より自身のメモリに保存していた。その為、聖の言葉は既に知っていた。
釈迦――紀元前のインドの北国で生まれた一国の王子。王子故に不自由なく聡明な青年へと成長するが、自然の動物達の中で弱肉強食を目にして生きる意味を疑問に思い、人々を見て人生の苦しみを感じ取る。そんな中、それらと無縁に生きる清らかな修行者を見て、己もそれを目指そうと家を捨て出家した。
その後は多くの思想家や宗派の指導者達の下で修行をするが、どれもが彼の求めた答えを導き出す事は出来ず、逆に問題点を見付ける事になる。
ある者はそれを優秀さとして褒め称え後継者としようとし、ある者は教えを非難する行為として異端者、堕落者として罵った。
釈迦はやがて悟りに至るも、それは常人には理解し難いものだと気付いたが、守護神〝梵天〟から『世を救う為に悟りを教え、布教せよ』と再三の御告げを言われたので旅に出た。
その後はかつての仲間や他の宗派の者達を教化し、教えは体系化され大陸宗教となった。超常的存在を崇拝する他の宗教と比較しても、哲学的要素が非常に強い。哲学を信仰しているとも言える。
(聖が荒れてた幼少期……おそらくは、果楠を守る為に同級生を血祭に上げた事を指すのかもしれないな。秦は聖に、自分の行為への戒めや改善をさせる為に寺に、大陸宗教の教えを伝えるという手段を取ったのだろう。……何故、自身の信仰する西洋宗教の手段でしなかったのだ?)
アナは一瞬で思考した。聖と父である秦は西洋宗教の信者である。特に秦に関しては聖職者、信じる存在に使える立場だ。本来なら立場故に西洋宗教での手段――“聖書に書かれた言葉と唯一神の慈悲深さを以て改心させる〟をする筈だ。なのに、実際に行ったのは異教の手段。それは背教行為と言っても差し違えない。信者であればこそ、信じものに拘り、あろうとする。過去のデータ等も収集し統計したので、信憑性もある。
(聖教守護者団……国際的な組織に所属している身だからか、更に言えば現代の人間としての価値観も配慮しての選択なのだろうか。――違和感を感じる。話を聞いた限りでの秦の対応と、聖の果楠への反応……メモリ内のデータでは結果は出せないか。戻ってから調べ、考えてみるか)
「……でさ、お坊さんが瞑想の仕方を教えてくれたんだけど〝感じる事〟なんだって。難しく考えず、拘らず、ありのままを感じ取って、意識してそれと一体化するんだって。考える事は大事だけども〝下手の考え休むと似る〟って言葉がある通り、どうしよう無いものは無理せず、固執せず、素直に受け入れる事も重要なんだって言ってたんだ。瞑想は科学的にも根拠があるから健康にも良いって……あの時は、落ち着く為にそうしたけど」
『……今は不安か? さっき荒ぶっていたからな――――先を急ぐべきだが、休憩するか?』
「いや、いい……話してたら、気が楽になった。ありがとうな、聞いてくれて」
『今の吾輩に出来る事はそれ位だからな。本当に感謝してるならモンブラン2ダースだ』
「調子良いな……――果楠……」
(脳波が安定した……しかもこの周波数は……集中しているか……果楠で情緒不安定になったと思えば、逆に果楠でリラックスし集中するか……)
アナは聖との付き合いは長い事もあってか、聖の価値観等は大体分かる様になった。果楠に対する接し方や考えも大体分かっていた筈だったが、今回の一件でその考えを改める必要があった。
話ながら歩くセイマリアは下へ続く階段を見付けると降っていく。それを何度も何度も続けて下へ、奥へと進んでいくと、縦長の大広間に辿り着いた。奥をライトで照らすと、何かを見付けた。




