2節 真に聖なるものは孤独である6
道なりにひたすら階段を降り進むセイマリア。変わらない光景は登山時と同じだが、暗所で閉所という真逆の状況が聖には重圧となった。壁が迫るかの様な息苦しさからか、早く帰りたい思いが溢れては抑圧される感覚を覚える。
「果楠……果楠……」
聖は白い息に乗せて想い人の名前を呟く。ライトで照らしても奥まで見えない暗闇に、聖は脳裏に果楠の姿を思い浮かべて馳せる。先日の果楠の姿、果楠と過ごした思い出。その前日、更に前日と、記憶の限りの果楠の姿が聖の頭を埋め尽くす。その果楠の姿は、微笑みは、太陽の様に輝いていた。
やがて階段を降り切ると、石畳で埋め尽くされた大広間に到着した。天井にライトを向けるが光で照らしても届かない程に高く、壁も背後の除く周囲にも届かない。
「広……」
『映画なら罠やらがありそうな場所だな。壁や床に気を付けて行った方がいいかもしれん』
状況の変化とアナの注意に身の危険を感じたセイマリアは、振り返って背後の壁に手を当て、壁伝いに確認しながら歩き始めた。
壁や床の突起、凹み、穴。スイッチとめいたものを反応させない様に優しく触れながら進んでいく。壁を確かめる傍ら、聖女は壁に模様が彫り込まれている事――浮彫細工が施されいる事に気付いた。
ライトを向けて照らすと、胡坐を組んだ人の浮彫が複数、壁を埋め尽くす程に広がっていた。
「何だろう、コレ」
『この山で信仰に関係があるのかも知れないな。詳細は……うむ。ここはネット圏外故に検索が出来ないな。メモリ内に保存した情報に類似したものがあれば良いが……これも駄目か。造形の類似性でいえば、シヴァ神のものと似ているな』
「シヴァって、南陸宗教で1番偉い神様だっけ?」
『そうだな。世界を創造した慈悲の神にして宇宙を破壊する神だ。優しさと恐ろしさ、その両面を併せ持つ最高位に位置する神だ。だが、ネパールも込みでのアジアで信仰される宗教には、大陸宗教に南陸宗教、印度宗教、魔訶宗教、そして土着での信仰と多種多様を極める。事実、大陸宗教と南陸宗教は信仰が広まる過程でその地域の神の情報を取り込んでいる。南陸宗教、それの原型と言える古い印度宗教でも、同じ神はいるもポジションに際がある。シヴァが南陸宗教では最高位で重要視されるのに対し、印度宗教では重要視されないからな。この山でも、この壁に彫り込まれた尊い存在も、シヴァに似た様な神か、それの元になった存在だろう。この様子では、名前等の忘れ去られた事だろうに』
アナの長々とした説明を頭の中で受け止めた聖。その言葉を聞いたからか、ふと、昔の事を思い出す。
「……昔。昔さ、小さい頃、荒れてた時があって、親父に背負われながら、遊びに行こうって言って、お寺に連れて行かされた事があったんだ。親父は『自分を見詰め直すにはこっちが良い』って言って、お坊さんと会って挨拶した後、俺と一緒に大きな仏像の前で座禅をしたんだ」
この壁とは違う見た目だったけどな――レリーフの仏を指でなぞり、姿を記憶の中と差異がある事を確かめる。
「最初、お坊さんは『難しく考えず、呼吸を意識して、落ち着いて、リラックスして。寝ちゃ駄目だよ』って言われてやったんだ。言われた通りにしてたんだけども、気が付いたら眠気が来て、居眠りしちゃったんだ。お坊さんにすぐに気付かれて肩叩かれたよ」




