1節 征く為に言葉は贈られる3
修道院の奥、窓から差し込む日光で僅かに照らされた廊下にある木製の壁と木製の扉。聖の父である秦の執務室である。普段は秦はここでお布施の計算や地域の交流会の企画等を行っていた。今では主の不在が何日も続いた為か、部屋の周囲は静まり返っている。
すると、マイルズはおもむろに聖の前に出ると、呟きながら部屋の扉の右側に立った。
「確かメールには……〝壁を2回叩く〟……」
そう言って偉丈夫は岩の様に厳つい拳を壁に2度打ち付けると、壁の一部が開いた。壁の変化に、聖は驚き、アナは冷静に理解する。
「なっ!?」
「ほう、隠し扉というものか。この部屋の周辺に近付く事が無いから吾輩でも気が付かなかったな」
アナ共々、隠し扉の向こうを覗き込む聖。扉の先は、幾つものライトで照らされた、地下へと続く階段だった。その様子を見たマイルズは口を開く。
「さあ! 行った行った!!」
「は、はい……」
促されるままに聖は階段を降りて行く。不安を抱きつつも降りる中、背後から続くマイルズが喋り出した。
「アナタは、この修道院に地下室があるのは知ってるわね?」
マイルズの言葉で聖の脳裏に過ったのは、アナと初めて出会った日、裏庭の地面が抜けた先にあった空間だった。
「え、ええ……――ここから、あそこに?」
「そうよ。秦さん曰く、ここを今後の活動の為に使うといいという話よ」
「今後の?」
「アナタのトレーニングルームよっ」
話し合う内に2人が辿り着いたのは、高い天井の広々とした部屋だった。しかし、部屋の中には所せましと機材や資料が乱雑に置かれていた。
「修道院の地下にこんな部屋が……てか汚い……」
「これらの機材、器具、材料、資料。全て、吾輩のアークを修理する為のものだな……――聖、部屋の隅のあそこの天井を見ろ。色が少し違う。あそこの上が裏庭で、以前抜けた所だろう」
「あそこが裏庭だったんだ……地面を塞ぐ時は傍にいなかったからな、この部屋の事も知らなかった……」
考え更ける中、マイルズは手に持った巨大な箱を床に置くと、側面にあるロックを外していく。
「修復担当は、散らかった物を片付けをしなかったのかしらねぇ~。片付ければ作業もし易かったでしょうに」
「片付けしてまた散らかしたのかもしれぬ。状況復元といった所か」
「そういう考え方もあるのね。流石アナちゃん♡」
「ぅぇぇぇえええ……」
マイルズの言葉使いにアナは悪態な返しをする。そんな最中、マイルズは箱の中身を取り出す。陶器を思わせる鈍い艶を放つ白い等身大の人形だ。
「む? 聖、マイルズが何か取り出したぞ?」
「え? ……何ですか、それ」
「コレ? コレはね、アナタの先生よ」
「先生?」
「私は秦さんに言われて、アナタにトレーナーをするように言われてるのだけどね、ぶっちゃけ私、余裕が無いから無理なのよね。今日も今日中には元の北米支部に戻らないといけないの。だから、基本的には自主練で、スパーリングやチェックは、この北米支部特製人造機械人間〝代行者〟試作1号と一緒にやってね♪ それとコレ、アナタの聖教守護者団の証明書。大事にしなさい」
そう言うと、マイルズは颯爽と修道院を後にした。




