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1節 征く為に言葉は贈られる1

 休日の修道院。屋内は静まり返る中、キッチンでは、一定間隔に包丁がまな板と当たる音が鳴り響いた。

 エプロン姿の代羽聖(しろばひじり)は、茄子を乱切りにしていた。乱切りにされた茄子を、既に切り終えた大量の茄子が大量に入ったボウルの中に加えると、そこに片栗粉を加えて全体に纏わせる。そしてコンロに既に準備しておいた油を入れて熱して置いた鍋に、茄子に付いた片栗粉を適度に落としつつ油の中に次々と落し入れていく。


 茄子が入った事で油は一気に泡立ち、茄子から出た水分でパチパチと細かな音がキッチン全体に鳴り響く。熱によって茄子の皮は次第にシワが生まれ、片栗粉はその白さが顕著になり、断面には焦げ目が付き始めると、聖は茄子を穴空きお玉で掬い上げて油切りの中へと移していく。


 そして別の深めのフライパンを用意すると、中に油を流し込んで加熱し、油が温まると火を止め、微塵切りにしたニンニクと生姜、豆板醤、麻辣醤、甜麺醤、事前に用意しておいた味付け済み及び加熱済みの挽肉を加えて余熱で炒め合わせていく。鍋から立ち込める香ばしさと辛みが鼻腔を刺激するのを感じると、すぐさま火を付け直して中華スープ、醤油、砂糖、旨味調味料、酒を加えて沸騰させ味見をする。


 口内と喉、鼻腔を刺激する辛みとまったりとしたコクとまろやかさ、甘みと仄かな塩味にしっかりとした味わいの旨味。麻婆のタレが出来上がるのを確かめると、聖は揚げた茄子をタレの中へと投入。


 鍋の中身を一通り掻き混ぜて馴染ませると、水溶き片栗粉を加えてトロみをつけ、刻んだ葱と胡麻油を入れて混ぜて更に盛り付ける。黒味を帯びた紫の茄子が照りつく麻婆茄子の出来上がりだ。


「アナー。ご飯出来たよー!」

「ヒャッハ――――!! 待ーちわびたぜぇぇええっっっ!! この瞬間をよぉおおおお――――!!!」


 聖に呼ばれたアナは、アニメキャラクターのキメ台詞の様な叫び声を挙げながら廊下から颯爽と現れると、すぐさま椅子の上に飛び乗った。


「はしゃぎ過ぎだろ……」

「聖、いいか? 茄子はな、美味いんだぞ? 挽肉もな、美味いんだ。そして甘辛いものも美味いんだ。それが1つに一体化したのが麻婆茄子なんだ。だから美味いに決まってるんだよ!!」

「何て理屈だ……」


 呆れながらも聖は、ライスとかきたま汁、ほぐした蟹の身と卵白が入った半透明の塩味のあんかけを掛けた海老真薯(えびしんじょ)も並べた。


「おお! 海老真薯と汁物までも! 豪華だな!!」

「冷凍庫の奥に白身魚の切り身と海老があってな、豆腐も一丁だけ残ってて賞味期限が怪しいから、卵と粉と葱と混ぜてお湯に落として茹でてあんかけをかけたんだ」

「ちょっと待て、豆腐があったなら麻婆豆腐が出来たじゃないか!!」

「1丁だけじゃお前は足りないだろ? また今度いっぱい作るよ。さぁ、食うぞ」

「うむ! いただきます!!」


 気持ちを切り替えた少女は、箸を持って茄子を掴み取って口の中へと誘った。


「シャキシャキな皮から油を吸った身が肉の脂のようにトロけて濁流の様に口内に押し寄せ広がる!! この食べ応えはまさに霜降り肉に勝るとも劣らない!! 濃厚なコクと奥深く豊潤な香りが口いっぱいに広がり、染み渡る刺激的な辛さが旨味にメリハリをつけてくれる!! 挽肉のほんのりとした肉の味!! 三位一体のハーモニーだ!!!」


 何度目になるだろう、アナの止まらぬ絶叫での食レポ。聖も最初こそは鬱陶しさを覚えたが、嬉々として振舞うその様が、段々と微笑ましくも感じられた。


 気持ちを改めて聖も食事をしようとすると、インターホンのチャイムが鳴り響いた。


「ん? お客さんか」


 聖は手を止めて玄関の方へ歩いて覗き穴から外の様子を確認する。


「誰――…………ッ!?」


 聖は驚きの余り、その場から飛び退いてしゃがみ込む。息は荒くなり、自身が先程見た光景を思い返し、記憶を疑う。


(何だアレ……見間違いか? え? 嘘だろ? 扉を開けるべきか? でも大事な事だったら……)


 深く息を吸い、意を決して聖は鍵を回して扉を開く。


「……はい……」


 扉の陰から顔を出した聖が見たものは、ライトグリーンに白い花の模様があるワンピースドレスを着こなす、筋骨隆々と(・・・・・)した白人男性(・・・・・・)が立っていた。


「アラ~! アナタが聖クンね! こんにちわ! 私、アナタのお父さんに頼まれて聖教守護者北米支部からやって来たマイルズ・ブロークンよ! ヨロシクね!!」


 初めて見る女装した偉丈夫の圧倒的ビジュアルに、聖は只々絶句するしかなかった。

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