6節 信念に溺れて堕ちて善く
周囲一帯に広がる爆音と火焔。強烈な輝きを放つ炎の濁流の中から飛び立った機械竜は、周囲を旋回しながら7つの首を炉のように燃える場所へ向けると、口から火炎を放ち、追い打ちを仕掛けた。
炎に次ぐ炎。徹底的な迄の火炎攻め。天空にもう1つの太陽があるといわんばかりに、煌々と輝くオールターの極一点。高高度を遊覧飛行し、蕩けた装甲で風を受けるペンドライト。息もつかぬ程の怒涛の攻撃によって勝利を確信した強者の余裕故の凱旋ではない。
『まだ来るか……来るよな…………身体半分になってでも飛び掛かって来そうな人だから……――――来た!』
注意深く炎の中心地に意識と目線を合わせ、静かに最悪の事態に備えて高所を飛行してたペンドライト。それに駆るセヴィラマリアの予感は的中した。光の大地で激烈に燃える残火の半球体から、一条の光が飛び出した。光は螺旋状の波紋を放ちながら空を切り裂くように飛び、ペンドライトへと向かって来る。
『〝ドリルタニア・チャージ〟ッッ!!!』
『勇ましいなぁあ、本当に!!』
呆れつつも歓喜に似た声高い口調で叫んだセヴィラマリアは、ベイバビロン・ペンドライトを操り、光輝きながら隕石の如き勢いで迫るベイバビロン・レオディウスに突っ込んだ。
7つの頭を持つ異形のドラゴンの姿だったペンドライトは、先程レオディウスに当てた大技、ドラゴニック・ブローのように両掌に炎を纏い、迫る巨大回転光弾目掛け立ち向かい、真っ向から右拳を打ち込んだ。ぶつかり合う光と炎。衝撃の余波によって火の波が周囲に飛び散り、ペンドライトの機体は軋み上げる。
回転の勢いも相まり、両者はすれ違う。ペンドライトは衝突時の負荷で僅かながらに怯む一方、螺旋の光を全身に纏うレオディウスは、光は消えなければ回転する勢いも衰えず、それどころか更に回転の勢いが増して空中を切り裂きながら飛行。大きくうねりながら方向転換し、ペンドライトを背後から襲い掛かる。
『ちィイッ!!』
間髪入れずに猛進する光の巨弾に、セヴィラマリアは苛立ちで舌打ちをしつつ、方向転換して再度迎え撃った。激突する流れ星と巨竜。2回目の激突で両者共に拮抗し、レオディウスがペンドライトを押し飛ばした。
『っく!!』
力負けしたセヴィラマリアは再度悪態をつく。その最中でも、ベイバビロン・レオディウスは助走をつけて加速すると、セヴィラマリアも後を追い掛けるように飛行。加速してその全身が光に覆われると、レオディウスを後方から襲い掛かる。それを逸らしたレオディウスも同じくペンドライトにも襲い掛かり、2機のベイバビロンは、空中に弧を描くよう、光の輝跡を描きながら縦横無尽に奔り飛び、ぶつかり合いながらもしのぎを削っていく。依然として怯まぬレオデイゥスの猛攻。セヴィラマリア、ユーサーに焦りが募る。
(ベイバビロンになって序盤、必殺の攻撃を2度も直接叩き込んだ。なのにパワーが下がらないどころか、逆に押され始めてる!? 凄いなぁ……これが親の愛故に、っていうのかね!!)
『その力強い意思には惚れ惚れしますよ! けど私には分かりませんよ!!』
感嘆の意を示し、デュレルマリアこと秦に称賛の言葉を。と同時に自身には理解不能の宣告をすると、光弾と化していたレオディウスの奥から、秦が怒声を放った。
『貴様もいい加減、家庭を持てと前から散々言っているだろうが!!』
『そんなあなたは、結婚してないし、守ってるのは血が繋がってない息子でしょうに!』
『愛しているのならば、そんなものに拘らん!!』
『ハッハ格好良いですな! 僕は身寄りもないですし、昔いた保護者代わりの大人も身勝手でしたからね! 私はあなたみたく、人を愛せるか自信は無いかなぁあ!?』
『くだらん世迷言を! 貴様自身が自信がない事など知った事か!!』
『息子が活躍する姿を信じられない父親めが!』
『ほざけぇぇぇえええあああ!!!』
逆鱗に触れたかの如く、光弾の輝きと勢いはより一層強まる。そして竜となったペンドライトを弾き飛ばしてそのまま上昇。太陽を背にしてすぐさま急降下し、ペンドライトをオールターに叩き落とす。
『ちぃ……――ッ!』
打ちひしがれながらもペンドライトを起き上げるも束の間、セヴィラマリアは背面からの殺気を捉える。振り返ったそのすぐそばに、ベイバビロン・レオディウスは飛び上がりながら裏拳を打ち上げる。
『〝昇髄断・出征烈瑠〟ッッッ!!!』
豪咆と共に凄まじい勢いで繰り出された裏拳からは、放たれた竜巻の如くうねるドリルが解き放たれ、天翔ける龍の如く伸び上り、ペンドライトの片翼を切り裂き飛ばす。周囲諸共を切り裂くつむじ風によってよろめくペンドライトに、レオディウスは荒れ狂う龍のドリルを振り下ろした。
巨竜と化すレオディウスは、倒れる竜巻の刃を両手で防ぐも、装甲の表面は粗微塵に削られていく。遂には指先が欠け始めたその一瞬、レオディウスは垂直に振り下ろしたドリルを逸らしながら力を籠め、ペンドライトの長大な両腕を叩き伏せて隙を生み出した。
叩き伏せられた影響によってペンドライトが前のめりに姿勢が崩れるたその刹那、レオディウスはドリルを切り離して走り出す。電光石火で距離を詰めて懐に潜り込んだ機械人形はジャンプ。機械竜の鳩尾目掛けて膝蹴りを繰り出した。膝が鳩尾に近付いたその時、膝頭からツイストドリルが飛び出すように出現。ドリルニーが竜の胸を突き破ろうとしたその直後、ペンドライトの7つの竜頭が機体に噛み付いて攻撃を防ぎ、レオディウスを掴み上げてオールターの光る足場へと叩き落した。
更に巨人に噛み付く竜の口に炎が灯り、密着した状態からレオディウスに火炎放射を撃ち放つ。放たれた竜のブレスは、凄まじい爆発と衝撃波を放った両機諸共を巻き込み、周囲を爆炎で包み込む。
炎と黒煙が埋め尽くし、大気がゆらめき陽炎が起こる中、立ち尽くす巨大機械竜ペンドライトの装甲は熱と衝撃で装甲は蕩けて歪みヒビ割れ凹み、竜の首は7つの内3つが消失。強烈な光の照り返しで生じた影で全身が漆黒に染まった。――その足元。オールターに立ち込める黒煙の幕を突き破ってレオデイウスが飛び出した。その姿は全身が焼け焦げ両腕が肩ごと失っていたが、その力強く機敏な機動力は依然健在。
『もう流石に笑えないよ、化物めがッ!!』
最早、異常とも呼べる執念。先程までユーサーがその意思へに対して抱いた尊敬と称賛は、今やおぞましい恐怖に成り果てた。煙と炎に紛れて再度懐に飛び込む亡者のようなロボット。視界の悪さによって反応が遅れたペンドライトは、間一髪、拳を出して接近を阻止する。
しかし、拳に当たってもレオディウスは怯まず、頭部の角のように備えたドリルを回転させると同時にオーラを纏い、凄まじい勢いで連続で頭突きを打ち付ける。
『〝ドリル・アンフェール〟ッ!!』
叫びと共に一心不乱に振りかざされたドリルリーゼントは、ペンドライトの巨大な手を蜂の巣へと抉り抜き、力を込めて大きく振り出された一撃は、ペンドライトの手は粉砕し、前腕縦半分に両断する。
『っく!? ――ちぃい!!』
『しぃぃぃいいいえええああああッッッ!!!!』
腕を破壊した勢いをそのままに、レオディウスは低い姿勢のまま疾走。再度懐に潜りこんで頭部ドリルを振り上げて脚を根本から斬り飛ばす。支えを失って崩れ落ちるて膝を着くペンドライトの背面に回り込んだその刹那、ペンドライトは尻尾でレオディウスを振り払って叩き伏せ接近を阻止。そのまま横へ飛び込むように回転しながら人型へと変形。正面から向かい合いながら突っ込むと、そのまま滑り込み、下段からレオディウスの胸部目掛けて怒声を放って蹴りを打ち込み、そのまま脚を伸ばして相手を天空高く蹴り飛ばした。
『機体はボロボロ。そして機体維持の制限時間。この距離……来るかな!?』
双方共に瀕死の重傷の中、力押しで無理矢理作った広い間隔。――勝利への活路。ペンドライトの中でセヴィラマリアは荒い息を呑み込み、彼方まで飛んで行ったベイバビロン・レオディウスを期待を込めた目で見つめた。
オールターに座して待つ隻腕で蕩けた機体のベイバビロン・ペンドライトとは反対に、遥か上空の光の戦場から蹴り飛ばされ、更に空へと上昇し続けるレオディウス。浮き上がった身体は肩から両腕が無く、全身も焼け焦げ黒く染まり、マントを含めた全身もボロボロに損壊していた。やがてその装甲は凍り付き、青空は次第に暗転。レオディウスを駆るデュレルマリアの視界には、1つの光点だけが浮かぶ夜空が広がっていた。
――そこは中間圏。地球の大気の中間地点境界。これより先は、極端に大気が薄くなり、事実上の宇宙空間。雲すらない青と黒の世界には、何もない。存在しない。音すらも。その場に浮遊する異形の機械巨人、それだけが唯一の形あるもの。極限下の死闘の果てに送り込まれた静寂の世界で、デュレルマリア――秦は思う。
(……主よ。何故、この世は理不尽なのですか? 万物を生み出した絶対の存在であるあなたが生み出した世界は、何故ここまで不完全極まりないのですか? それとも、それをあなたが望んだのですか?
自身への信仰を尊ぶよう、人間に告げておきながら、その人間は蛇に誑かされ、失楽の果ての果て、長い年月の経過の末、私のような愚か者は、あなた様に近い場所に今、こうしております)
信ずる神へと向けた心の言葉。しかしその問いかけには、何も帰って来ない。無音の後、秦の視界に、それが映り込む。
「星……小さい……」
粒のような小ささのか弱い光を放つ星。だがそれは、太陽の光と距離のせい。夜になれば、他の星々も顔を出す。光に遮られたあの宙は、満天の星で満ちているのだ。
「……聖…………」
異邦の地の孤児を口ずさむ秦。少年を我が子として向かい入れて幾月かのことが脳裏に過った。修学旅行で向かった高地での思い出を聞いた時のこと。
“星空が綺麗と思ったのは生まれて初めてだった。夜は星と月があっても暗く危険だから。星を見ようともしなかった〟
生きることすらままらない少年は、初めて生きる余裕を得たことで、初めて美しさを知った。その余裕が、平穏が脅かされている。そうなれば、息子はまた、星を綺麗と思うことが出来なくなる。死んでしまうかもしれない。
それを防ぐ為にも、自身は全身全霊をもってその為の力を備えている。全ては愛しき息子を守る故に。――それを邪魔しようとする輩がいる。デュレルマリアは目線だけを向けた。白い雲だけが広がっていたが、その先には確かに存在する。自分をここにまで蹴り飛ばした存在が。
――あの男は言った。力がいる。すぐにでも。
――奴は言った。1人で多くを救えるのならと。
――あの糞野郎は言った。見込みがあると。
――あの悪魔は言った。君にしか出来ない頼みだと、誑かした。秘密にして。
「…………――――主よ。この光景があなたの導きというのなら、私では駄目なのですか?」
秦がそう呟くその間、レオディウスを打ち上げた勢いは次第に弱まり、遂には、その巨躯が無力に墜ちていった。
「……――主よ。私は苦しくても構いません。無様でも構いません。私は……愛を思い、護ります」
全ては息子を、聖の平穏を守る為に。意を決した秦の、デュレルマリアの瞳には、確かな光が灯る。それに応えるかのように、ベイバビロン・レオディウスの眼に光が奔り、身体を捻って頭を下に向けて急降下する。
『――ッ。来た』
膝を着いて鎮座する蕩けた巨人ペンドライト。その中で休憩を取りながら空を見上げていたセヴィラマリアは、待ち焦がれた存在の影を視認する。
対して、空からペンドライト目掛けて接近するレオディウス。レオディウスもペンドライトの姿を捉える。
『“却滅せよ、幻霞と還れ〟……真なるドリル、私が唯一だ』
唄は謳われた。レオディウスはそれを聞き届けると、自身の限界を超え、身体は光に包まれ、空中で後転して脚を突き出し、背面のマントが可動して足先から全身を包み込む。レオディウスが巨大なドリルそのものに変身すると、先端部から光が現れ広がっていく。
その光景に、セヴィラマリアは息を呑む。
『ベイバビロンでの“グレイスモード〟……それがあなたの、かの有名な神殺しの一撃――!』
『〝至天墜として屠りし螺旋衝角煌隕星〟――――!!!』
セヴィラマリアが目にしたもの。それは、空を埋め尽くす程に巨大な光のドリルが、隕石のように差し迫る姿だった。
『良いですよ、これでようやく決着だ。見せて上げますよ、“神殺しの一撃〟を!』
先程の疲弊した状況から一変、声高らかに叫んでセヴィラマリアは自身を鼓舞すると、それに応じ、ペンドライトの目に光が奔る。
『〝降天隷下、我こそ極天〟!!』
唄を詠うと、ペンドライトの身体は仄かに光り出し、光が象るかのように欠損した箇所が元通りに戻ると、そのままドラゴン形態へと変形。四つん這いになって尻尾を2つに分けてオールターに突き刺して身体を固定。7つの竜の頭の口を一ヶ所に向けると、太陽が生まれたと言わんばかりに激烈に輝く光球が生み出され、次第に大きくなっていく。やがてペンドライトよりも大きくなった光の巨球は、一瞬で半分近くにまで縮小する。
『〝天魔頭竜の極超英光遮那条弩級大咆〟ッッッ!!!』
技の叫び声を引き金に、光は一瞬で膨張。全てを掻き消す程の輝きを放ちながら、膨大な光の奔流が撃ち出された。星の墜落の如き巨大さのドリルに匹敵する程の大口径のビームはドリルと正面から激突。
ビームはドリルの回転よって光は幾千にも放射線状に枝分かれして拡散する。その光はドリルに逸らされて、大気圏を突破して宇宙にまで届いて小惑星、デブリを焼き尽くしながら直進すれば、地球の重力にそって曲がって水平線の彼方にまで広がっていくも、迫るドリルの落下を押し止める。
拮抗し始める星をも揺るがす攻撃の攻防。ドリルはより一層回転し、光もその光量が増加する。全てを呑み込む攻撃の重なりの果てに、ドリルには亀裂が入り、竜は反動で潰れ始める。それでも緩めない、止まらない比べ合いは、接点より生じた爆発と光が全てを包み込むことで終焉を迎える。
空間、空気、音、光景。時間すらも存在しないかのような白い空間。それはやがて薄れ、輝きと引き換えに青空を映し出す。墜ちていく無数の焼け付いた残骸の雨。その残骸に混じって、左半身とユニットを失った傷だらけのセヴィラマリアは落ちていた。
「勝ったかな……」
見上げる残骸の先に――何かが動いた。
「――嘘でしょ?」
「――でえええああああああああああああああああああ!!!!」
気力はない。あっても驚けない。血塗れのデュレルマリアが、ドリルを片手に背面のブースターを吹かし、セヴィラマリアにトドメを刺そうと突貫する。――下半身が無いその身体で。
「本当に何処までも……化け物めッ」
セヴィラマリアは、歯痒そうに、苦しそうな声で罵る。そんな言葉に意を返さず、デュレルマリアは狂犬のような形相を浮かべて止まらない。セヴィラマリアは大剣をヘブンズラックから取り出し、銃形態に変えて抵抗する。照準を合わせて引き金を引くも、発射と同時に発生した反動で銃口は跳ね上がって弾道が逸れてしまう。それでも痛む身体に鞭を打ち、引き金を引き続けるも、弾は殆ど当たらず、当たってもデュレルマリアの生命に届かない。
「当たれッ……来るな……当たれッ……当た、れッ……!」
敗北の恐怖からではない。身も毛もよだつの恐怖の化け物の存在そのものが恐ろしい。必死に抗おうと、弱々しい脆い声で、デュレルマリアは懸命に弾を放つ――その直後、デュレルマリアの背中から突如、血が噴き出した。
「っかは!?」
困惑の表情を浮かべて吐血。ブースターの勢いはすぐさま弱々しくなり、その身体から力が抜けていく。
何故――理解し難い状況に見上げた先にあったのは、墜ちる瓦礫の影に引っ掛かりながらも、銃剣の銃口を構えるセヴィラマリアのユニットの女性像だった。
「待ち伏せ……っど!?」
意識外からの方向からの攻撃は、確実にデュレルマリアへ決定打として叩き込まれた。絞り出されるかのように血液が溢れ出て虚ろな表情を浮かべるデュレルに対し、セヴィラはその光景に呆然としていた。
(…………ひたすら銃を撃とうと考えてたのに……まさか遠隔操作出来ましたよ。この距離で。火事場の馬鹿力か、はたまた幸運か。神のお導きか。奇跡だ。実感湧かなくて、嬉しいのに、喜ばしいのにその気がしない。私の力で勝てた気じゃないからか)
「…………――――こういう時は〝神に感謝〟……かなぁ……ハハッ」
「っく……ひじ……り……」
半泣きの顔を浮かべながら空笑いするセヴィラと、無念の果てに息子の名を呟いたデュレルは、そのまま力なく無残な姿のまま落ちていった。
――天地を揺るがす、代羽聖の人生の在り方を賭けた壮絶な新旧頂上決戦は幕を閉じた。誉れ高い英雄的勝利とは違う、あっけない意表を突いての結末。故にその勝利には、ユーサーは興奮も感動もなかった。戦いそのものが無駄と言わんばかりに。2人は果てしない青の底へと落ちていく。その様は、残骸と一緒に捨てられる小さなゴミの様だった。




