5節 殉じる果て、神の如く天へ昇る
熾烈な戦いを繰り広げるセヴィラマリアとデュレルマリア。2人の尋常を超える戦いは、訓練場の各位置に設置されたカメラを通して、技術開発室の壁に設置された液晶大画面モニターに映し出されていた。血と肉片と土砂と火花が絶え間なく舞い散り、苦痛と殺意を含ませた表情で浮かべながら、死に物狂いの激闘を行っていた。映像は揺れとノイズで搔き乱されるが、それが戦闘の鮮烈さをより一層物語る。
〝総軍団長〟――全てのギアマリアの頂点に立つことが存在。その先代と当代の衝突。常人の範疇を超える死闘に、白衣姿の研究員達は息を呑み、画面に釘付けにされていた。そんな中、1人の女性が口を開いた。
「確か、総軍団長の委任試験って、候補者1名と当代が戦って勝つこと、でしたよね? 室ちょ――おッッッ!?」
女は、突如引き攣った声を上げた。彼女の視線の先には、カーター室長が青ざめた顔で白目を向け、歯をカタカタと連続で打ち付けていた。正気でないのは明白だった。
「だだだだ大丈夫~。あそこの訓練場は特に固く作ってるから、ちょちょちょちょっとやそっとじゃ壊れないって、うん。ましてや壊れる程の酷過ぎる被害を未然に防ぐ為に、地中海の底に造った訳だし? それで壊れても海水が入って満杯になって確実に止める訳だから? 勿論、修復諸々で費用と手間が――」
うわ言のように男は喋っていると、画面のギアマリア両者は突如光に包まれ、デュレルマリアは見上げる程に長大なドリルの槍を。セヴィラマリアは巨大な竜を召喚した。
「おい! グレイスモードしてっぞ!?」
「これヤベぇって!」
必殺の形態になった聖女達に、他の職員は慌て出す。カーターも口から泡が溢れ出し、痙攣で身体が震え出した。
「だだだだだだっ!!」
「室長しっかり!!」
混乱に渦巻く大部屋。すると次の瞬間、ディスプレイは白一色の光に埋め尽くされると同時に真っ黒に染まる。
「カメラ壊れた!? 生き残ってるのは!?」
「今切り替えてるッ!!」
急いで機材を操作する職員。ディスプレイは少しして再度映像を映し出すと、そこに流されたのは、亀裂や穴の入った天井、壁から海水が流れ込む訓練場と、半身が吹き飛んだギアマリア達だった。
「びゃびゃびゃびゃびゃびゃ!!!」
「室長しっかりしてください!!」
「あっちもこっちも重傷だ!! 今すぐ医療班――」
「待て!? ……嘘だろ!? アッチまだやるつもりかよ!?」
「馬鹿な!?」
「手を組んだ! ……って、まさか!?」
「巨大ロボット化!?」
2人のギアマリアは巨大な光柱を出現させると、それを身に纏い、天井を突き破って天高く飛んで行った。それと同時に、極限状態だったカーターは遂に奇声を発しながら後ろに卒倒する。
「ぴゅーぅっ」
「室長おおおおおおおおおおお!!!」
研究室で凄惨な状況が起こる最中、訓練場から立ち上る光の巨柱は、その上に存在する地中海の突き破り、天高く伸びていた。地上の人々の注目の視線を向けられ騒がれながら、空を貫く程に伸びる光の柱は、高空に到達すると霞んでは飛散し、そこから2つの巨大な人型ロボット――ベイバビロンが現れた。
1機は、背中に三角形上の丸みを帯びたプレートをマントのように羽織ったドリルの1本角のベイバビロン。もう1機は短い外套のようなアーマーを纏い、腰には燕尾服の裾に似たものを取り付け、両肩の部分には艦船の主砲を思わせる竜の首のような三連装砲塔、背中からは翼を生やした、四肢が巨大なベイバビロンだった。デュレルマリアは鬼気迫る咆哮を上げると、1本角のベイバビロンは、ドリルを生やした腕を振り上げる。
『〝ベイバビロン・レオディウス〟!! 奴を砕け!! 殺せぇぁぁああッッッ!!!』
荒神の如き威容さを秘めて襲い掛かる機神に、もう1体のベイバビロン――デュレルマリアは狂うように笑い出した。
「良いですよぉお!! その闘志を真正面から叩き折るのが堪らないんだ、戦いは!! 行くぞ、〝ベイバビロン・ペンドライト〟! 頂に立った極上物だ! 屠り取れ!!」
奔るドリルを突き立てるレオディウスに対し、ペンドライトは両手から大剣を生み出して迎え撃つ。螺旋槍と光大刃が交差し、天空に強烈な閃光花火が巻き起こった。
デュレルマリアとセヴィラマリア、両手の剣と片腕のドリルの鍔迫り合い。鮮烈な攻防を制したのは、片手の巨大なドリルで、ペンドライトの両腕の剣を弾き飛ばすレオディウスだった。レオディウスのパワーに押し負けられて吹き飛ばされたペンドライトは、大きく体勢を崩して落下するも、翼をはためかせると同時にメインスラスターから炎の噴流を吐き出して姿勢を正す。
『ハッハ! 生身の時よりもパワーが凄い! やはりベイバビロンは恐ろしいですな!! ――〝翔けろ〟、ペンドライトォオ!!』
セヴィラマリアの雄叫びと共に、ベイバビロン・ペンドライトは急上昇すると同時に、瞬時にその形状が変化する。下半身は90度前方へと向かって折れ曲がり、両脚は引き延ばされて揃い一体化。頭部は胸部へと収納、腕は折り畳まれ、上半身を覆う外套は背面部へと可動し筒状になり、側面に竜を象った三連装の砲塔、背面の翼は横向きなったその姿は、龍の意匠を施した長大な前進翼の飛行機そのものだった。
威容な飛行形態へと瞬時に変形した機体は、一瞬で加速し上昇。ベイバビロン・レオディウスの鳩尾目掛け、鋭く長い機首を叩き込む。レオディウスは咄嗟に腕のドリルをぶつけて突進を逸らそうとするも、凄まじい勢いで迫るその機首は、逆にドリルを弾き返して、ベイバビロンの鳩尾目掛けて突き刺さる。
――その直前、レオディウスはもう片方の腕で機首側面を殴ると同時に身体を横に向け、鳩尾への直撃を脇腹へとずらす。しかしペンドライトの鋭く尖った機首は、レオディウスの脇腹を抉るように掠め、背面のマントのような巨大なスタビライザーを突き破り、そのままレオディウスごと急上昇する。
激烈な間でのGと空気抵抗が両者の機体に襲い掛かり、突起した箇所や関節、装甲はガタガタと震え、表面には結露が迸る。
『くっ……ぅう!』
揺れる機体と共に、デュレルマリアの口からは呻き声が漏れ出る。そんなか弱い声を掻き消す程の空気抵抗の音が、更に機体は雲の天蓋へと突入し、視界、耳、纏めて全てを埋め尽くす。雲を突き進んで飛ぶ2機は雲を抜けると、そこには上には青々とした晴天と、下に水平線の彼方まで続く柔らかな雲海が広がっていた。
視界が晴れたその瞬間、レオディウスは自身のスタビライザーに突き刺さる機首を引き剥がしにかかる。メキメキと痛々しい音が鳴り響き、結露した装甲を千切りながら掴み剥がす。掴む手が機首に食い込みながらも、力の限りを込めていると、機首は突如2つに分かれ、自らレオディウスの身体から離れた一方は蛇のように蠢いて、ベイバビロン・レオディスを頭上から襲い掛かる。
『ちぃい!!』
秦はレオディウスの右手で攻撃を掴んで止めるが、勢いを殺し切れず、蛇の先端部、細長い刃の切っ先が側頭部を掠める。機首によってレオディスの両手が塞がると、飛行形態になっていたペンドライトの後方の胴体部分が起こして腕の大剣を敵機顔面へと振り下ろす。
すると同時に、レオディウスは脚でペンドライトを真下から膝蹴りを叩き込む。更に膝を支点に、スラスターを最大出力で噴出しながら姿勢を変え、掴んだ刃を力任せに引いてペンドライトの上面に回り込む。
異形の飛行機と垂直になった巨人は、踏み締めるように力の限りの蹴りを叩き込んだ。
『ッシィイッッ!!!』
『っぐぅああッ!!』
レオディウス渾身の一撃を食らったペンドライトは、機体表面を大きく陥没して叩き落される。V字状に機体が折れ曲がりながら、重力に従って急降下すると、遥か下方の空に、地平線まで広がる巨大な光の幕が広がる。
『祭壇!!』
すぐさま起き上がり、誰かへの礼を述べるセヴィラマリア。しかし、ベイバビロンを起こしたその直後、ベイバビロン・レオディウスが金切り声を吼えながらドリルを振り下ろす。
『きぃぃぃいいいえええあああああッッッ!!!』
頭上から迫るドリルに、ペンドライトは咄嗟に飛び退いて回避。レオディウスのドリルは、オールターの光る舞台を穿ち、すかさず光を抉り裂きながらアッパーの追撃。ペンドライトの装甲を僅かに削る。バックステップで直撃を回避したペンドライトは、両手の剣を構えて反撃に出る。両機共に、目にも止まらぬ速さで連続攻撃を繰り出て、一帯を瞬時に火花で埋め尽くす。
ドリルと剣による鎬を削る攻防。時間の経過により、両機の怒涛の連続攻撃は、少しずつだが届き始める。火花と共に舞い散るは装甲の欠片。2機の表面には、段々と細かな凹凸が大量に浮かび上がっていく。
ペンドライトがレオディウスのドリルを払い除けたその瞬間、ペンドライトは左脚を蹴り上げる。レオディウスは咄嗟にバックして攻撃を躱すが、つま先から生える長いブレードにより、レオディスの右半身に縦一文字の切り傷が刻まれる。その傷は深くはない。
急な回避と、それでも尚受けた攻撃によって姿勢が崩れたレオディス。すると、ペンドライトの上げた左脚が突如伸び、、蛇のように動き出して、ベイバビロン・レオディスを頭上から襲い掛かる。迫る蛇の攻撃に、レオディウスは右脚を引いて姿勢を低くし、頭部のリーゼントのように備え付けられたドリルで刃を弾き返す。しかし、蛇は弾かれてもなお、自身の身体をくねらせて姿勢を直し、ねじれながらに再度、その長牙を差し向ける。対してレオディウスは既に体勢を整えており、右腕のドリルで攻撃を払い除ける。
更にペンドライトは、右脚を伸ばして蛇を出して猛攻を仕掛ける。レオディウス眼前へと迫る刺突は弾かれるが、その隙にペンドライトは剣を構えてスラスターを吹かし突進。大剣越しに体当たりをぶちかます。激突と共に響き渡る重音。炸裂するは火花と金属片。レオディウスは何とか踏ん張り両機共に硬直して力の拮抗をする中、セヴィラマリアは女性のものとは思えない雄叫びを上げ、力任せに剣を振り被って押し退ける。
すかさず、ペンドライトは両肩に装備した竜頭の三連装砲塔を起こし、大の字になって打ち上げられるレオディウスに照準を向けると竜の砲口に光を宿り、至近距離から強烈な熱線が解き放ったる。
『〝ブラストインパルスキャノン〟ッ!!』
6つの竜の口から放たれた熱線はレオディウスを飲み込み、周囲一帯を爆炎が包み込んだ。
太陽の如く煌々と輝く爆心地と、そこから漏れ出す黒煙の濁流。そこから這い出すよう飛び出し、竜のような刺々しい巨大な無機質な翼をはためかせてペンドライトは飛行する。ゆっくりと漂うように浮かぶペンドライトの表面は、所々が熱で焦げ、融解しており、ベイバビロン・ペンドライトのカメラ越しに、機内のセヴィラマリアは静かに眼下を見下ろした。
『至近距離のブラストインパルスキャノン……普通だったら…………』
決定打――しかし、払拭出来ずにある憂い。その懸念の要因となるのが、過大評価せざるおえない程の強敵だということ。嘗ての、全ての戦士達を纏め上げる権利を与えられた存在が、伊達ではない。それは、ギアマリア戦でも十分に感じたばかりだった。――爆炎の奥で、影が蠢いた。
『ッく!! ……――先手必勝!』
反撃の暇も、移動の暇を与えはしない。あるのはただ1つ、確実な撃破――勝利のみ。対象と思わしき存在を見付けた直後、ペンドライトは翼を翻し、爆心地目掛けて急降下する。
『吼えろ、ペンドライト!!』
セヴィラマリア――ユーサーの掛け声に応えるよう、急降下するペンドライトの全身が変形し始める。
両脚は回って前後逆になると、合わさり一体化し、折り畳まれた前方部が伸びる。一回り大きい両腕は伸び、獣の後ろ脚のように変化。胸部と肩を覆うように配置された外套のアーマーが頭部を覆う。それに合わせて翼と裾も上方へ移動。肩に取り付けられた砲塔が外套上面の穴を塞ぎ、背面の翼の間から竜の首1つが起きて砲塔と合体。裾が伸びて左右へと移動し接続。その末端は手のように形を変える。
瞬時にして、人型のペンドライトは7つの首を持った巨大なドラゴンへと変貌した。爆炎の光が弱まり、仄かな光の中に動く影をと捉えると、機械竜は翼の先から燐光の奔流を放った更に加速。右腕を引くと、前腕部の両側面と上部から、後方の肘へ向かって杭が飛び出し、握り締められた拳に炎が宿る。
獄炎の世界へ飛び込む直後、影へ狙いを定めたペンドライトは、左手を前に出して、影を捕まえに掛かる。炎の中へと突入してすぐ、ドラゴンとなったペンドライトは反対方向から出て来る。その左手には、全身が所々黒く焦げ、今まさに朽ちる寸前な程に装甲が焼け爛れたレオディウスがおり、その右肩をしっかりと掴んでいた。
「“ドラゴニック・ブロー〟ォォォオオオアアッッ!!!」
捕まえた敵機の胴体目掛け、ペンドライトは燃える右拳を叩き込む。すると、腕から飛び出した杭が押し込まれ、追撃の爆炎と衝撃がレオディウスに襲い掛かる。




