3節 怒る者、勝利する者
息子の侮辱により、デュレルマリアは鬼気迫る表情に顔を豹変させ、背面ブースターを一気に吹かすと共に駆け出した。衝撃と共に地面を抉り裂く勢いで瞬時にセヴィラマリアの前に出たデュレルマリアは、左腕をドリルに変形させ、セヴィラマリアの水月目掛けて叩き込む。
対してセヴィラマリアは、両手の砕けた剣を捨てて大剣をヘブンズラックより出して両手で構えてドリルを防いだ。金切り声を挙げながら回るドリルと刃の衝突で、2人の間には強烈な閃光花火が巻き起こる。
「お~怖い怖い。親馬鹿ですね~。僕には分からないものですね」
「黙れ若造!! すり潰すぞッッッ!!」
「流石に今からはそうさせませんよ。本装備の大剣出したんです、これはさっきよりも頑丈ですから、御覧の通り、ちょっとやそっとじゃ、砕かれませんっよっと!!」
受け止めるドリルを逸らしたその瞬間、大剣の刀身が開いて中から銃口が顔を出し、セヴィラマリアはすれ違い様にデュレルマリアの顔目掛けて弾丸を放つ。
「ちぃ!!」
デュレルマリアは咄嗟に回避して直撃を避けるも、額左側を掠めながら抉られたことで血が噴き出し、姿勢を大きく崩す。一方のセヴィラマリアは距離を取りつつ、先程使った大剣の刀身に目を向けると、刃は黒焦げ、ジグザグに刃が刃こぼれしているのを確認した。
「やっぱり、意地で真正面から受け止めるのは無茶だったか。あと3秒遅かったら衝撃も込みでヒビ入れられて折られてた…………――真面目に行きますか、煽りつつねぇ!!」
高揚し出すセヴィラマリアは、もう一振り大剣を出して左手に構えると、それに合わせて肩のユニットに張り付けられた像達の腕が動いて両手を合わせる。手を離した瞬間、数珠の光が現れると同時に大剣が2振りずつ出現し、全基が剣を装備する。セヴィラマリアが、破損した左後方ユニットを除いて合計8振りの剣を手にしたその瞬間、すぐさまデュレルマリアはドリルを振り被って強襲し始めていた。
「はぁぁああああああッッッ!!!!」
「せええええああああいッッ!!!」
ぶつかり合う螺旋槍と巨刃。刃鳴り散るは火花と衝撃と残響する甲高い衝突音。闘志を剥き出しにした両者はひたすら前に進み、目にも止まらぬ速さで攻撃を繰り出し合う。
唸るドリルが空気を捩じ切りながら突き進み、すぐさま迫る重い刃の斬撃を逸らしいなす。一方の大剣も、複数の刃が目にも止まらぬ速さで振り抜かれては、暴れ狂うドリルとぶつかってけたたましい重い金属音を響かせる。デュレルマリアの動きに、セヴィラマリアはあることに気が付いた。
(…………秦さんの攻撃と身体がこちらの左側に寄っている……? 動けばそれに合わせて動く。秦さんの顔の左側は血塗れ……――ああ、血と傷でこちらの右側が見えてないのかっ!!)
勝機をセヴィラマリアは見出した。
「こちらの右側が見えてないのかっ!!)
勝機を見出したセヴィラマリアは、攻撃の手数で押し切るように攻めては防ぎ、デュレルマリアは電光石火な速さで捌いては隙を見付けて追い越し攻める。一進一退の攻防の最中、先程よりも冷静な口調で、デュレルマリアは語り掛ける。
「皆、護るものの為に己を犠牲にして生きている! それは聖教守護者団の人々も例外ではない! 貴様のやっていることは、彼等の思いを踏み躙る様なものだ! 貴様は、聖の想いに付け込んで誑かす悪魔か!!?」
「人聞きが悪いですね!! えぇ!? あなたが彼等と同列にあるというのは、些かおかしいですよ!!」
「何を言う!?」
「だってそうでしょう!? 皆さんが自身を犠牲にするということは、つまり護るもの為に率先して苦労するということですよ。なのにあなたはどうだ! 聖君を引き取ったら自分の役職を捨てたじゃないですか!! あなたが修道院に引っ越したせいで、アーク修復のペースは多少ですが落ちて、空席の総隊長の代理探すのに手間取ったんですよ!
聖君の面倒は、本部の寮でやろうと思えば出来たのに。あなたは貴重な兵器の修復よりも、戦いを導くことよりも、何処の誰かが産み捨てた得体の知れない孤児を同情から息子にして、それと1秒でも一緒にいる道を選んだ! 今回だってそう、あなたは世界を救える可能性を見出せる提案を拒絶してるんです。あなたは世界の命運よりも、息子の安全を選んだ!!」
「何が言いたい!?」
ぶれるデュレルマリアの声を聴いて、セヴィラマリアは先程と打って変わって、怒りを含ませた口調で答えた。
「だから言っているでしょうが!! あんたの息子のおかげで救える生命が沢山あるってことなんですよ!! あなたの息子が頑張れば、こちらでも手が周り切れない生命が救えるかもしれない!! その中には、他の職員の護りたい者がいるかもしれない! それを拒絶したら、その人は思うでしょうね! 『代羽秦が息子を優先したせいで、私の大切な者は見殺しにされた』と!」
「ッッッ!!!」
「あなたは地球の何十億という人命よりも、たった1人の息子を選んでるんです。その事実は、あなただけじゃなく聖君にも降り注ぐ! 贔屓されたその生命は、何よりも憎しみの対象にされる!」
「決め付けるな!!」
「いいや決め付けるね!! あなたは世界、護りたくないのか!? 世界救う為に聞いたら、息子は一応承諾したぞ!! 一方の承諾待ちの要因になってるあんたは駄々捏ねて職務放棄同然!! 挙げ句の果てに拳銃突き付けてクソ野郎と殴り込みと来た!! 『護る為に己を犠牲にしている?』 いいや、あなたは犠牲にしてないな。自分の都合と保身と失う恐怖から逃げるを優先してるのさ!! 本当に護るべき他人のことは眼中に無い!!」
会話の最中で紡がれる剣戟は、セヴィラマリアが段々とデュレルマリアを押していく。
「日本で起きた4件の戦闘。聖君がいなければより多くの被害が出てました。しかも内2件は、アナテマを抜いた後と、聖地での事から戦わないと決めた後に起きた。分かります? 聖君は戦いたくないのに戦ってくれたんですよ? 文字通り、自分を犠牲にして人々を守ってくれたんですよ? 対応すれば父親のあなたと揉めるのではと考えながら!」
「――黙れ!」
デュレルマリアは、低い声でそう呟いた。
「黙れ!!」
デュレルマリアの低い声。セヴィラマリアはほくそ笑み、畳み掛けるように叫び続ける。
「それがどうした、あなたは良くやったの一言も言って褒めてあげてないそうじゃないか。あなたとしては、聖君が隠れて身の安全を確保してる方が嬉しいですよね? 無事で良かったと言いたいですよね? でもそれは、聖君が戦わなかったせいで大切なものを奪われた人達のすぐ横でやってるんですよ? 人々は理不尽ながらも思いますよ、『何で戦ってくれなかったのか』と!」
「黙れよッ!!!」
セヴィラマリアは高笑いし始める。
「皆一緒ですよ!! 世界なんてスケールの大きいものよりも、自分の目と手が届く範囲が可愛いでしょう、大事でしょうよ! でも、無力だった場合に縋るのが人間なんですよ!! 死の最中や、自力での打開が明確に不可能と知って神に祈るように、人は無力故の不安から神に祈るんです。行き場の無い気持ちをずっと抱えるのが辛いから、神頼みという形で晴らすんですよ。それと同じ理屈を、同じ人間にもするんです。誰かがしてくれる、何とかしてくれると!!」
「黙れと言っているッッッ!!!」
「いいや黙れませんな!! ――そして、それが誰かと分かった上でしなかった場合は、途端にそれは押し付けがましい、理不尽な憎悪に変わるんですよ……あなたも見て来たで、しょ!!」
複数の大剣でデュレルマリアのドリルに組み付くように押さえ込んだセヴィラマリアは、全身全霊の力を込めてデュレルマリアを宙へと弾き飛ばす。風に吹かれる袋のように舞い上がったデュレルマリア目掛け、セヴィラマリアは前方の2基のユニットを竜のように向けて照準を合わせる。
「〝咆顎破砕衝撃弾砲〟ッッッ!!!」
竜の口内から巨大な砲弾が2発撃ち出され、無防備なデュレルマリアに叩き込んで黒煙と爆炎で包み込む。
「まぁ、市民に発覚しない様に記憶処理と情報操作してる訳ではあるんですけどね。事情知っている職員の場合だと、下手したら背中から刺されますよ?」
宙に漂う遠くの黒煙の球体にいるであろう秦へと聞こえるよう、セヴィラマリアは先程よりも声を張って喋る。爆音が段々と弱まりながら周囲へと木霊していく中、地平線の彼方から、疾風怒濤の勢いでミサイルの如く、焦げと煤に汚れた生傷だらけのデュレルマリアが一直線に砂塵を巻き起こしながらセヴィラマリア目掛けて突っ込んで来る。
「ハッハ、来なさいよ!!」
迫る強者に触発されたかのように、闘争心に火が付いたセヴィラマリアは、ユニットのスラスターから噴炎を最大出力で一斉に解き放つ。彗星の如く地上に一条の光線を描いて正面から激突した。ぶつかり合いで生じた衝撃は空気を震わして一帯へと広がり、轟音が天井を揺らして残響していく。
「聖に苦しい思いはさせないッ!!」
「話が通じないな……本当に、ズルいなぁあ!!」
セヴィラマリアは力任せにデュレルマリアを薙ぎ払って距離を取ると、怯むデュレルマリアにすかさず大剣の突きを豪雨の如く叩き込む。
一心不乱に一度に複数に迫る攻撃に、デュレルマリアは回避をしつつも目にも止まらぬ速さで腕を動かしていなしていくが、その身体には徐々に徐々にと薄皮を切り裂かれていく。段々と血塗れになっていく両者の周辺には、火血飛沫による血痕と火花による花畑が広がっていった。
息もつかさぬ攻撃に押され始めるデュレルマリアの防御の合間を狙い、セヴィラマリアの左肩目掛けて大剣を直上から振り下ろす。
「そら真っ二つ!!!」
「っく!!」
鈍く光る刃が肩に迫る最中、デュレルマリアは脚で地面を捻じりながら踏み、その捻じれを上半身へと伝達。デュレルマリアの上半身を回転させると、刃がデュレルマリアの肩に触れる刹那、刃は横へと素通りし、デュレルはセヴィラへと瞬時に距離を詰めた。
「〝白刃体流〟!!」
「身体で受け流し……ッ!?」
確信した決定打を、他所外の手段でやり過ごしたデュレルマリアに驚愕したアーサー。それと同時に自ら曝け出した隙を突かれて裏拳を叩き込まれた。
「しぁあ!!」
「ぐふっ!」
鳩尾へと叩き込まれた裏拳の衝撃は、内臓を震わせながらも突き抜けて、肺の中の空気が苦しい声となった溢れ出る。
態勢が崩れて前屈みになったセヴィラマリアに、デュレルマリアは肉食獣にように爛々と眼を輝かせながら、拳をセヴィラの後頭部目掛けて振り下ろす。咄嗟にセヴィラマリアは、ユニットを伸ばして地面にぶつけて後方に飛び退くと、先程いた場所の地面に振り下ろされた剛拳は、大地を叩き割って土煙と塊を四方八方へと爆散させる。
「ちぃい!!」
セヴィラマリアが堪えるその一瞬、舞い上がる粉塵の幕を突き破ってデュレルマリアが追撃を仕掛ける。セヴィラマリアは、四方から前方全てを覆い尽くすように斬撃を放つが、その時、デュレルマリアは膝から崩れるようにして、地面と接するほど倒れた姿勢のまま滑り込んで攻撃を回避すると、脚のドリルを回転させて回りながら前進して距離を詰める。
「何ッ!?」
「いぃぃぃいいいいいああああアアアッッッ!!!」
セヴィラのほぼ真下から、デュレルマリアが立つと同時に右手で放とうとするは、真っ直ぐと突き進む抜き手のアッパー。セヴィラマリアは下がると同時に、その腕を切り落とそうと剣を振るも、抜き手は突如、方向転換して右下方から斜め上方へと抉るようにセヴィラマリアの腹を切り裂き、剣の腹に激突して弾く。
「〝抉り抜き手〟ぇえッ!!」
「ッッッッッ!!!!!」
セヴィラマリアの腹は、斜め一文字に切り裂かれて鮮血が溢れ出し、苦しみ、声すらも出せずに悶絶するセヴィラを尻目に、腕を振り上げ切ったデュレルマリアは身体を翻して、そのまま左肩でセヴィラのがら空きの胴体へとタックルを叩き込む。
「〝衝嶽勁〟ッッッ!!!」
超至近距離から繰り出された攻撃により、セヴィラマリアは弾丸の如く撃ち出される。重力に従って身体は弧を描きながら地面へと激突し、そのままバウンドしながら飛び石のように撥ねながら遥か彼方へと飛んでいく。




