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1節 雷の如き声で呼ばれて

 聖教守護者団本部の一角にある一面が白く作られた廊下を、黒衣の神父姿の代羽秦(しろばじん)が険しい顔付きしながら駆け足で渡っていた。その道中、白衣や聖職者姿の職員達とすれ違うが、彼等の挨拶に秦は応えなかった。――否。応える余裕がない程に急いでいた。


 やがて秦はとある一室に到着すると、横にあるインターフォンを鳴らした。機械から聞こえたのは、聖教守護者団の最高責任者である、ユーサー・スライブマンのものだった。


『――ああ、秦さん。どういったご用件で?』

「直接、顔を合わせて話したいことがある。入れてくれないか?」

『すみません。こちらは、目を通さねばならない書類が山程あるので、お相手する余裕が無いのでまた今度に……』

「何、すぐに終わる」

『本当に?』

「――ああ」


 秦の威圧的な態度に、ユーサーはもったいぶらすかのような対応をして探りを入れる。機械越しに静かに対立する両者。すると、前に自動扉が開かれた。秦が部屋に入ると、部屋の奥では、山積みの書類を乗せたデスクに座って事務作業を行う青年ユーサーがいた。


 秦はユーサーを確認すると、強い足音を鳴らしながら駆け足で青年目掛けて進んで行く。


「さて、すぐ終わる一件と仰ってましたけども――」


 ユーサーが言葉を言い掛けたその直後、秦は懐からハンドガンを取り出して撃鉄を起こし、ユーサーの眼前に突き付けた。


「単刀直入に聞く。聖から、貴様(・・)に聖教守護者団の一員として“植木鉢(プランター)〟の探索を頼んだそうだな。何故だ?」

「あちゃあ~。聖君、電話入れた時に内緒だって言ったのに」

「さっさと答えろ撃ち殺すぞこのクソ野郎ッッッ!!!!!」


 激昂しながら言った秦は引き金を引いて発砲した。弾丸はユーサーの真横を素通りして背面のソファーの表面に着弾し、焦げた弾痕を付けた。


「うわぁ~~……良い大人がする態度ではないですね?」

「貴様が良い大人なら、何故、聖を、民間人の素人にプランター探索を頼むっ!? 分かってて言っているのか!!!?」


 鬼のような形相と獣を彷彿とさせる怒鳴り声で質問する秦。その姿に呆れたのか、ユーサーは一度、溜息を吐いてから答えた。


「……人手が足りないのは、ご存じですよね?」

「……ギアマリアのことか!? それなら私が――」

「それじゃぁあ遅いと言っているんですよッ!」


 先程の冷静な受け身の姿勢から一転、ユーサーは冷静な様子こそ変えてはいないが、その声は先程よりも強く響いた。青年は資料をデスクの端に避けると、目線を秦に合わせた。


 下から見上げるその眼差しは、畏怖を感じさせるものだった。


「ギアマリアを生み出せる〝アーク〟は1人に付き1基。そして現在までに確認されているアークの総数は約2300基。内、損傷や劣化により起動不能な物を除いて動くのは半数の1200基前後。

 更に半分の500基弱は守護者団に登録と監視の手続き、私的且つ悪用での運用禁止の条件付きで個人、組織での所持を認めた物。

 残り700程の内の300は適合者がおらずに持ち腐れして倉庫で今尚、埃を被り、残り300程は我々に敵対する組織、個人の所有する物。

 つまり、聖教守護者団(われわれ)は、100基程度のアーク――つまり100人のギアマリアで地球5億平方kmの面積をカバーし、何十億人の人々を守らなければいけないのですよ。日本を守ってるギアマリアだって、確か〝5人〟だけ――いや、5人しか(・・)配備出来ないですよね?」


 最後の嫌味の様な、ねっとりとした発言に秦は唇を噛み締める。元来、現在の科学力を以てしても製造、詳細の解析すら出来ない、未知の素材や技術によって生み出された謎のオーバーテクノロジーの産物であるアーク。


 故に当初は修理も不可能であり、運用可能な物を見付けるのは文字通り神頼みに他ならなかった。しかもそれが既に保有された物(せんきゃく)――宗教団体のものならば、信仰対象としてるケースが多く、交渉すらしてくれない。


 そんな中、聖教守護者団に現れ、アークの修復が可能な秦の存在は絶大だった。初めこそは秦単独での修復作業だが、その技術の伝達や研究も行われるようになり、修復可能な人材が増えた事で作業効率は向上した。


 しかし、それでも重度の損壊、現代で生み出した部品では代替え出来ない重要箇所の損傷によって修復不可能な物も存在する。増加はしたが、依然としてマリア不足であるのは変わらなかった。


 そうまでして聖教守護者団が執拗に超人ギアマリアの戦力を求める理由を、秦は知っている。――故に息子を愛する父として、聖にプランター収集をさせたくない。


「プランターは、核すらも笑いものに出来る程のエネルギーを生み出せる存在です。そしてそれを狙い、悪用する輩が多く存在するのはご存知ですよね?」


 嫌味のように語り掛ける青年の喋り方が、酷く耳障りで不快極まりないものだった。


 〝植木鉢(プランター)〟――別名〝聖杯〟とも称される、至高にして異常な存在。


 それは、片手に乗る植木鉢と同じサイズの代物であるが、たった1つで一国全ての電力を養っても余裕がある程の莫大なエネルギーを、常時発生し続ける永久エネルギー機関。


 聖教守護者団が存在を確認してから半世紀、敵性ギアマリアの排除と同時に平行して探索している特一級確保対象である。秦も聖教守護者団に所属した時も、組織の目標として聞かせられており、その存在は認知していた。


 プランターが生み出す圧倒的なエネルギーは、古代から利用されていた。


 時には、現代でも解明出来ない程の技術と発展を遂げた文明の礎として。

 時には、神話として語り継がれる神秘や奇跡、災厄を引き起こした根源として。

 時には、その力に魅了された者達が手中に収めるが為に、大きな争いを起こさせたきっかけとして。


 世界中に存在する文献や遺跡等は、プランターの影響によって生じたものだった。


「……プランターの争奪戦は苦労した。亡国、宗教団体、秘密結社、有名企業、旧軍隊残党に、果ては一族郎党までも。みすみす逃して一般人の虐殺が行われ、再起不能にする為に敵の殲滅もした」


 秦は、過去の苦々しい、血で血を洗う戦いの記憶を思い返す。一方でユーサーは表情を変えない。それどころか、それで終わらせまいと青年が喋り出した。


「だけども50年間、あなたなら十数年にも及ぶ探索の中で、文献等の情報を虱潰しして、殆どが空振りに終わり、こちらが確保出来たプランターの数は僅か3基。内1基は移送中に、近年騒がせている〝イザベル〟達に奪取されました。挙句の果てには、全世界にイドールとギアマリアの紛い物、〝ヘルティガンディ〟を生み出しては、ばら撒いています」


 イザベル、ヘルティガンディの存在については、秦がつい最近になって守護者団に召集された際に知らされたばかりだった。


 イザベルは、4人のギアマリアで構成された正体不明の敵性組織であり、守護者団が付けた識別用のコードネームである。聖教守護者団に属する隊長レベルの実力者で構成されており、マリアも強力な性能を持っていた。


 このイザベルと守護者団が敵対したのは2年程前。プランターがあると思われる場所で遭遇し、戦闘を行った。それから度々、プランター確保で遭遇しては戦闘を繰り返していた。


 その結果、プランターは発見出来ず、守護者団側のギアマリアに死傷者が出るばかりだった。


 更にそれと同時期になってから、全世界にヘルティガンディが出現するようになった。ヘルティガンディによる民間の被害を抑える為に、全世界のギアマリアは射出カタパルトで現場に急行するようになり、その結果、プランター探索の人員が足りなくなってしまったのだ。


 このタイミングの良さ故に、守護者団はイザベルはヘルティガンディの仕業であると認知しており、それ故に、人員増強の為に秦を呼び戻してアーク修復を急がせているのだ。


「だから私が全力を挙げてアーク修復をしているんじゃないか! 聖にプランターを取りに行かせるという事は、イザベルのギアマリアと戦闘することになる。素人の聖が何も出来ずに殺されるのは明白だ!!」


 良識のある人間ならば、すぐ思いつくであろう。それが自身の愛すべき息子であるのならば、父親としては当然に行動だった。


 人が死地に赴けば、生きるか死ぬ。そして聖ならば、猶更死ぬ確率が高い。誰が喜んで息子の死を望もうものか。それが例え、人類を救う為の行為であるとして、命令だとしても。その為に、秦は修復作業に全力を尽くしていたのだから。


「ちゃんと、詳細は聖君にも言っています。あなたは本人から聞かされてはいないのですか?」

「聞いている……『ユーサー(キサマ)からプランターというものを探すようにお願いされた。危険だけど、見付けて持って帰るだけだから逃げ回って構わない。勿論成功すれば報酬も用意する』と」


 自身の言った言葉がある程度伝わってることに、ユーサーは口角を上げて詰め寄る。


「それに対して、聖君は返答の時間が欲しいと言っていました。あなたには何と?」

「…………――――『力がある今(・・・・・)、人の役に立てるのなら立ちたいと。目の前で起こっている危険に何も出来ずにいるのは苦しく、嫌だ』と」


 その言葉を聞いた青年は、満面の笑みを浮かべた。


「聖地都市の時といい、やはり優しい息子さんですね。自慢になるでしょうに」

「煽るな!! それとこれとは話が違う! 人には向き不向き、すべき、すべきじゃないことがある。戦い(コレ)は聖には不向きですべき事ではない!」


 青年の言動に秦は怒鳴り返す。はらわたが煮えくり返りそうな程に立ち上る殺意が、身体の奥底で湧き上がっていた。その反応に付け込むように、青年は反論した。


「ですが、彼の能力は有効的です。ステータスは確かに劣ります。しかし、彼にはアナちゃんがついています。彼女の存在は大きい。従来のマリアならば、通信等でサポーターを介して索敵や解析をします。本人単体では不可能です。しかし聖君の場合は、アナちゃんによるサポートが受けられる。マリアを司るアーク(きかい)による高速演算だ。しかも人間の様な柔軟性も兼ね備えている

 技量の問題ならば、指導者を派遣して短期訓練をさせるつもりです。彼もその気がある様ですし、状況もそうですし」

気がある(・・・・)? 〝させた〟の間違いじゃないのか? 2度も誑かしておきながら!」


 秦が持つ拳銃の銃口が、ユーサーの眉間に向けられた。引き金には指が掛けられており、何時でも撃ち出せる状態だ。


「本当でしたら、黙ってお願いしても良かったんです。嫌なら断っても良いと、私は言いました。しかし、彼は父親(あなた)に電話した。――許可が欲しいんですよ。隠し事をしたくない、あなたをそれで困らせたくないと。良くも悪くも正直な子だ」


 するとユーサーは、提案を持ち掛けた。


「あ、ではこうしましょう。僕等がギアマリアになって賭け(・・)を……ド突き合いしましょう。秦さん勝ったらこの話無し。私が勝ったら聖君派遣。分かりやすいでしょう?」

「何を言っている!? そんな世迷言。駄目だ、聖は戦わせない。そうだ、それでいい!!」

「でも場合によってはヘルティガンディとも戦うことにはなりますよ? 聖君の性格からしても」


 執拗に話し掛けるユーサーに、秦は殺意が募り、拳銃をデスクに撃ち付けた。


「その時はその時だ! 日本支部にも急ぐように伝えればそうはならないし、ヘルティガンディよりも数万倍強いイザベルのマリアにぶつけないだけマシだ!!」

「危険に巻き込ませたくないのは分かります。しかし、聖君から見たら、父親(あなた)が自分の為に危険を冒しているという事実にも辛く感じてる筈です」


 秦は項垂れた。聖は戦わせたくない、これは本音だ。しかし、ユーサーの言う通り、状況は芳しくない。イドール、ヘルティガンディの出現は激しさを増している。何時、日本支部のギアマリアの救援が遅れ、またしても聖がギアマリアとなって戦わなければいけない事態にもなる。


 これ以上激化するのであれば、最悪、聖を徴兵する事態にもなりかねない。こればかりは秦の立場でも覆せなくなる。このまま(・・・・)では遅かれ早かれ、聖が戦うことになる。


 それを止めるにはアークの修復を急がせ、多くの戦力を揃えること。ナノマシン〝アナテマ〟と、変身を司るアークが無いといえど、鍛錬により生身でも強力な戦闘員がいる。その者がギアマリアが適合出来れば、即戦力として活用出来る。


 だがそれも、修復出来ればの話である。今は唯々、本当に時間が足りない。その為に、今、秦は奮闘している。最悪、自身も前線に立つ必要も出るだろう。最悪、生命を落とす場合もある。そうなってしまえば、それは聖は苦痛に感じるに違いない。


 どちらも一緒なのだ。相手が死ぬことを恐れている。相手には言っておきながら、自分はそれを言っていない。――だけども、それは双方の違いがあって許されること。能力と経験がある秦と、それがない聖。だがしかし、ふと、ユーサーの言葉が脳裏に過った。


 《指導者を派遣して短期訓練をさせるつもりです》


 先程、自分が考えた、このまま事態が悪化すれば聖も前線に出なくてはいけないという場合。

 本当にその場合と遭遇した時、聖は生き残れるのだろうか。もしもそれが、イザベルのマリアだった場合――。


 自身が聖に投げ掛けた数々の言葉が、ブーメランのように自分に返って来る。親心と思いして来たことが、自分と照らし合わせればどれもこれもが矛盾していた。


 守りたい筈なのに、誰も彼もが、状況が、それを許さない。


(なら……)

「いいだろう、殴り合おうじゃないか」

「対決して決める、ですか。そうしなくてもどれか決めても良いとは思いませんでしたか?」

「私に負ける様な男の戯言は聞くつもりはない。聖を欲しがる君に、それを信じる価値があるのかどうか見極めるつもり。それだけだ」


 男は苦みを、飲み込んだ。

これより、作品全体修正を行います

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