9節 異端をひれ伏し拝んだ
「うおッ!? ――でえい!!」
こちらに来る敵の挙動に、一瞬思考が止まった聖。だが、すぐさま意識を切り替えて、低い位置にいるベイバビロン目掛けて拳を振り下ろす。
しかし、カエルのような姿勢で動く敵の黒いベイバビロンは、腕を上げたその直後、聖目掛けて瞬時に跳躍して、無防備な腹にタックルした。
「ぐほぉッッッ!!」
黒い機体との衝突により、白い機体はくの字に躯体が曲がって宙に浮かんで床へと落ち、飛び上がった黒い機体はそのまま遠くの地点に着地して再度疾走し始めた。
「くっそ早い! 追い付けない!!」
仰向きになった機体を起こした聖は、再度敵に攻撃を試みた。
『聖、ベイバビロンの腰にあるブースターを使え』
「ああ!!」
アナの助言に従い、背腰部に取り付けられたブースターに意識を集中させて力を込める。それに応えるよう、垂れるように取り付けられた柱状のスラスターは起き上がり、噴出口から炎の奔流を放つ。
空気を振るわす程の爆音が鳴り響き、濁流の如く吹き荒れる炎がもたらす推力によって、巨大な機体は一気に加速した。
背中から身体を押し出されて姿勢が硬直する一方で、両脚も使って大地を蹴り、更に加速を試みると同時に踏ん張りながら怒涛の前進。
眼前にまで肉薄したベイバビロンは、敵の顔目掛けて、大樹よりも巨大な右足を蹴り上げた。蹴りが顔に近づいたその直後、黒い機体は突如真横に滑り込んで攻撃を回避した。
「何!?」
意表を突かれ、片足立ちで制止するベイバビロンに、敵機は脇腹目掛けて蛙のように飛び上がって、体当たりをぶちかました。
「ぐはぁ!!」
またもや宙に浮いては背中から落ちる機械の巨人。対して黒い巨人は、引き続き、光の大地を駆け巡り始める。
「くっそ、ちょこまかと!!」
『よし、システムが構築出来た。武器を生成するぞ』
「ああッ!!」
白いベイバビロンは両手を合わせると、剣を引き抜く動作をしながら、手の中で光を放ちながら武器を生み出していく。
充分に手を広げながら光の靄が晴れると、その手には、全長に匹敵する程に長大で、全体の1/3が、蕾の如く巨大な打突部を備えたメイスが握られていた。
『スピード勝負では分が悪い。こちらの行動は迎え撃つことに限定されてしまう。そのロングメイスなら、先に当てられ、威力も同じリーチの槍よりもある』
「――っと! ――ふぅぅ~~ッ!! ッし!」
ベイバビロンの持つ武器の重みは、その内部で動きを反映させながら操縦するギアマリアにも伝わった。
華奢な腕にズシリと沈む感覚が、闘争本能と共に前方へ向けられていた意識の注意を引いて、血が昇って熱くなる頭に喝を入れたのだ。
気を取り直しは聖は、深呼吸して意識を再度、敵へと向ける。ベイバビロンは、重いメイスを持ち上げ構え直した。腰の位置に持って佇む白い自機と、悠々と大地を四つ這いにはい回る黒い敵機。
ベイバビロンが、その外見だけで危険だと判断出来る武器を手にした故か、黒いベイバビロンの動きがより一層、動きが激しくなった。
一瞬でも気を抜けばすぐに見失う程に縦横無尽な動きに対し、ギアマリアは食らい付くように必死に左右を見渡し追尾する。
徐々に距離を詰める黒い影。白い巨人は、身体の向きを変えながら懸命に迎え撃とうとするも、その尋常じゃないスピードに、次第に追い付けなくなってきていた。
遂に、ベイバビロンの背後を取った敵は、白い背中目掛けて、獲物を狙い走る猛獣の如く飛び出した。
『――聖、6時方向から真っ直ぐだ。3、2、1――』
「っしぃ!!」
アナのおかげで、背後からの強襲を既に察知していた聖は、タイミングを合わせて身体を捩じり、左周りにメイスを振り被った。
攻撃の為に一瞬宙に浮いていた敵機は、回避も防御も出来ずに左半身側面から、巨塊の一撃をモロに叩き込まれ、天高く空に舞い上がった。
乱雑に投げ飛ばされた石のように打ち出された機械巨人は、何度もオールターの床を跳ねては転がっていきながらも、もがいて減速して着地した。
肩と上腕が潰れ、胸部側面は大きく凹み、顔の左半分も歪んだ巨人は機体を起こすと、眼前にはメイスを大きく掲げた白ベイバビロンが肉薄していた。
「どりゃあああああああああ!!!!」
怒声と共に振り下ろされたメイスの一振りを、黒い巨人は横に飛んで回避する。ほんの僅かに距離を取るも、姿勢を正すとすぐさま駆け出して、付いたタイヤを回した右拳で殴り掛かった。
咄嗟に、ベイバビロンはメイスを持ち上げて柄でガード。車輪が滑り、パンチは直角を描いて逸らされるも、その勢いに乗って腕を引いて、右ジャブを怒涛の勢いで叩き込み始めた。
「うっ!?」
巨人も、打突部を胸の位置にまで持ち上げて防御すると、時折混ぜて来るフックや裏拳に合わせて、メイスを左右に振って攻撃を逸らし、防いでいく。
「急にやる気出しやがって!」
『外見から判断するに、左肩駆動系が潰れたと見える。それで左腕が使えないのだろう。時間経過で直るには直るが、戦闘開始からそれなりに時間が経過した。そんな暇もあるまい。
こちらの武器がリーチを活かして攻撃する武器なのも考慮して、ここで一気に畳み掛けるつもりだな』
「ってことは?」
『彼方も虫の息ということだ。最低でも2発、頭なり腹になり叩き込めば勝機があるということだ』
「――死なないよな?」
『機体が壊れるだけで死にはしない、安心しろ。それに此方も、活動時間があと321秒だ。畳み掛けろ』
「ああ!」
依然として、敵の猛攻を受け流していくベイバビロンだったが、敵機が右ストレートを放った瞬間、左脇目掛けて、ロングメイスの柄頭を打ち込んだ。黒い機体が態勢が崩れると、ベイバビロンは続いて柄頭で小突いて押し込み、メイスを大きく振り被り、右半身へと叩き潰す。
宙へと打ち上げられながらも、その勢いに乗って着地してすぐに横転しながらも立ち上がると、すぐさまベイバビロンは追撃の一振りを脚目掛けて喰らわせる。更に駄目押しに、ベイバビロンは右にメイスを持ち上げて、全身を使ってフルスイング。
空間を切り裂かんばかりの一振りは、敵の胸部を圧壊させ、彼方にまで打ち飛ばした。
宙に舞った巨体はそのまま足場へと無造作に落ちていく。潰れた両肩によってまともに動かない腕に代わり、上半身と両足で、何とか踏ん張りながら立ち上がるも、視界全域に、白い巨人の姿は何処にもなかった。
平原のように地平線まで広がる光の大地は、隠れられる場所など存在しない。突如の消失に、黒いベイバビロンはその場で硬直してしまった。
数秒の静寂――頭上で何かが光った。黒いベイバビロンは頭を上げると、空の彼方から、渦巻く光帯を脚に纏った白いベイバビロンが急降下して来たのだ。
「クロスレイドキィィィェェェエエエエエエエエエッッッックッッッ!!!」
甲高い怒声を鳴り響かせながら迫る、流星のような飛び蹴りは、不意を突かれた黒い機体の胸部を蹴り破り
、機体を粉砕して爆散させた。
爆発と閃光と衝撃波は、光波と共にオールター全域へと広まり、舞い上がったベイバビロンの残骸が十字の燐光に還る中、それ等よりも遥かに小さない物体が落下していた
それを優しく受け止めたのは、残骸の雨の中に立つギアマリアのベイバビロンだった。
「……――生きてるのか?」
『衰弱はしている。文字通り虫の息だが、生きているぞ』
「勝ったのか?」
『勝ったぞ。其方の勝利だ』
――1時間にも満たない、とある町の片隅で起きた死闘は、天高く広がる光の祭壇の上で、静かに、幕を閉じた。
自然豊かな山の中にそびえる、巨大な和風建築物――聖教守護者団日本支部。
建物内の一角にある検査室では、検査衣姿の聖とアナは、壁際に置かれたソファーに座っていた。
アナは包みに入った鯛焼きを両手に持って頬張る中、2人の前で、日本支部長の桐原摩耶は頭を下げていた。
「本当にごめんなさい。そして、ありがとうございます」
「いえ、そんな大したことではないですよ。見過ごす訳には行きませんでしたし」
「それでも、あなたには戦わせないと約束をこちらがしている以上、私は日本を守る義務を持つ組織の長として、あなたには感謝と謝罪をしなければいけないの。
あなたの奮闘がなければ、町1つ、消えていたわ」
聖の謙虚な対応を続けるも、摩耶支部長は依然として、頑なに聖への謝罪と感謝の姿勢を取った。それは言葉通りの意味以外にも、『今回は特例ではあるが、本来、あなたは戦うことを許されていないことを忘れるな』と警告をしているように聞こえた。
そんな中、右にある出入り口の自動ドアが一人でに開くと、聖と同年代の、法衣姿の少年が立っていた。
「あら護瑞、どうしたの?」
「――支部長、今回のヘルティガンディの話で、技術部長がお呼びです」
「ええ、分かったわ。――あ、聖君、アナちゃん。この子が私の息子の護瑞よ」
「ど、どうも……」
「うむ、よしなに」
「――こんにちは」
「じゃ、私は失礼するわ」
摩耶は3人に挨拶をすると、護瑞少年の横を通って部屋を出いった。少年は扉から離れず、聖に話し掛けた。
「――こちらが到着する前に戦って貰ったことには感謝する。おかけで死傷者は最小限に抑えられた。ありがとう」
「……何人、死んだんですか?」
「3名だ。死体の具合からして、君が来る前のことだ。不可抗力だ、気負いする必要はない」
「そうですか……けど……」
聖は項垂れた。敵を殺さずには済ませたが、死者は存在した。それは護瑞の言う通り、どうしようもないものかもしれない。
だが、結果的に死者を出してしまった事実は変わりない。
遠回しに言えば、自分が人を殺したといっても過言ではない――と、聖は考えた。
表情にそれが出ていたのか、護瑞は見透かしたような口調で語り掛けた。
「……ベイバビロンでの戦闘の時に、俺が言った言葉を覚えているか?」
「え? ――っと……」
言葉を思い出そうと、聖は記憶の引き出しを必死に探すが、傍らにいたアナは、瞬時にその言葉を見つけ出した。
「ベイバビロンで指示通りに動こうとしなかった聖に……『嫌なら邪魔だ、消えろ』……だったかな?」
「そうだ。……割り切れず、迷うようなら、人の役には立てない」
吐き捨てるようにいった少年は、部屋を後にした。
「……何なんだ…………」
「大方、人殺しも出来ない、甘い聖は戦場に立つなと言いたいのだろう。聖地奪還でのエヴァラインの台詞も込みでな……」
「…………」
人を殺したくない――善良な思考を全力で否定される。自身が信じ、尊び、寄り添ったその考えは、自分自身の存在を否定されたようだった。
深く自問自答に陥ろうと瞬間、突如アナが聖に何かを差し出した。
「聖、電話だ。しかも知らない番号」
「お前、持っていたのかよ……」
兎にも角にも、聖は電話を受け取り、見覚えのない電話を受け取った。声の主は、若い男の声だった。
「もしもし?」
『あ、こんにちは。私、聖教守護者団の最高責任者のユーサー・スライブマンです』
「あ、どうも……」
名前を聞いて思い浮かんだのは、牢屋に入れられた父に合わせた青年の顔だった。
『今回は頑張ってくれてありがとうね』
「いえ、そんな……」
『でね、単刀直入に言うとね、今、聖教守護者団はギアマリアが足りないんだ。だから、君に手伝って欲しいことがあるんだ。
あ、勿論、戦いとかそんなのではないし、強制もしないよ。君の意思を尊重するよ』
「何をすれば……」
『ああ。ちょっとした、お宝探しだよ』




