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GEARMARIA―ギアマリア―女体化して幼馴染と世界も守る  作者: 伊燈秋良
第5章 示せ、信じよ、掲げよ。捧げるのだ
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4節 力と、勢いと、憎悪と、裁きが相応しい

 ――休日の昼下がりの聖の自宅の修道院。半袖の白いYシャツと黒いズボンの格好をした聖は、自身の部屋で椅子に座り、机と向かい合って勉強をしていた。


「終わった……出来る分と果楠に家に来て貰って教えて貰った分も復習出来たし、また教えて貰うかな……――世話に成りっ放しだし、何かお礼出来ないかな……」


 背もたれに掛かりつつ蹴伸びをしながら脱力した聖は、溜息交じりに天井を見詰めた。自宅に帰って3日が経過した。この3日間、自分が生きる鶴崎市(このせかい)がどれだけ平和と幸せで満ち溢れているのか痛感した。静かな町には炎の燃える音も銃声も悲鳴も鳴り響かない。黒煙と炎なぞは存在せず、建物には銃弾の痕も損傷個所も血飛沫も肉片・死骸もありはしない。鳥の囀りが小さく木霊していて、町を行くのは、自動車、制服姿の学生にスーツ姿と交る普段着で仕事に赴く社会人。武器なぞ手にしてはいない。


 久しぶりの学校に訪れると、思い返せば十数回しか行ってない筈の学び舎の姿が遠い昔の事の様に思える程に懐かしく、目が潤んだ。教室内ではバカ騒ぎともいえる様にはしゃぐ同級生達がいて、ギアマリアの活動での休みは風邪として学校側に通達してあったので、中学から付き合いのある生徒の内数人が、聖に気付くと、素っ気ない態度で流す様に挨拶をした。そんな簡単なものでも挨拶が心に響いた。


 その後は授業も受けると、真面目に受ける生徒と受けない生徒がいた。昼寝やゲーム、読書に興じる者達もいるが、聖地で(いぜんに)見た狂信者達(ものたち)と比べれば、可愛いものであり、平和である事を改めて実感した。


(これが日常なんだ…………これが普通なんだ……――けど……)


 聖にはしこりがあった。普通に生きるのではあれば、聖が今いるこの場が普通の日常であり、現実であるからだ。だがそれも、数々の苦労の積み重ねによっめ確立された平和のおかげで生まれたものであり、この世界の光を象徴するものであるのだ。


 聖が違和感を覚えるのは、聖はこの平穏な光の世界で最初から(・・・・)生まれ育った訳でない事に他ならない。国境の重なる場所にある無法地帯(スラムがい)に生まれた故に出身地は明確に出来ず、親の顔も知らない。故に自分には名前が無く、物心付いた頃から窃盗を繰り返して今日と明日を生きていた。無理な時にはそこらに生える雑草や虫、泥水で空腹を凌いだ事もある。


 そんな生活の中で仲間が出来て、名前を得たのはこれ以上もない幸福だった。仲間が出来た事で窃盗は容易に且つ安全に且つ確実に、夜は2人の友と一緒に絵空事な将来の夢を語り合える。それだけで、傷んで少ない食べ物も、固くザラザラとした地面(ねどこ)で寝る事が苦にならなくなった。


 親も当たり前にいて、名前も知らぬ間に与えられ、毎日気にする事もなく食事も綺麗な寝床でいられるこの場所では、到底理解し難く、幸福と見れるものではないだろう。


 そんな事ばかりを、聖はここ連日の様に何度も考えた。しつこい位に。未練がましい程に。


(……何で……忘れ切れない)


 自身の身を振り返えった聖は、戦わない事を決めた。戦う事、戦う事で齎してしまうであろう死、そして自分に迫る死によって、自分以外にも父の秦や友人の果楠といった人々を悲しませてしまう事、何よりも聖自身が判断したから。


 怖気付いたといえばその一言で済んでしまうだろう。情けなく聞こえてしまうだろう。それでも良いと決意した筈なのに。周りは非難もしなければ、寧ろ懸命な判断として、問題ではないと、気にするな励ます声もあったのに、記憶が脳裏に過る度には腹の底から澱んだ液体が、感情と共に湧き出る感覚が込み上げて来ていた。


「……屈辱……悔しい……不様……未練がましい…………全部一緒なんだ。きっと」


 別の場所で誰かが苦しめられているのに、それに関われる力と思いがあるというのに、それに伴う危険と受け止める覚悟がない。だから何もするな。――と言われても、完全に無視し切れなる訳もなく、他人任せにしているという実感のせいで納得し切れなかったのだ。


「……聖ー」


 部屋の出入り口から小さな声が響いた。天井を見上げていた少年は顔を向けると、金髪の少女が身体半分を扉から出して部屋を覗き込んでいた。


「ん? アナ? 何だ?」


 椅子から立ち上がった聖はアナの元に歩み寄ると、しゃがみ込んで視線を合わせた。桃色のTシャツに短パン姿のアナは部屋に入室すると、聖に小包を突き付けた。


「秦からだ」

「親父から?」


 小包を手にした聖は、その場から離れて椅子に座ると、包みを引き裂いて中から手の平大の白い箱を取り出した。


「これ……携帯電話だ」

「箱の裏に封筒があるぞ」

「あ、ほんと」


 スマートフォンが入った箱の裏に、厚みのある封筒があり、それを箱上面に持っていて開けると、中には3種類、物が入っていた。


「え~っと、これ……銀行の通帳? こっちはカードで……手紙もだ」

「読み上げてくれ」


 聖は2つ折りにされた手紙を開いた。


「……〝拝啓、愛すべき息子、聖へ。

 パパを始めとするシスター達は当分帰って来れません。というか来年度過ぎても恐らく帰れません。顔も出す事が出来ません。よってパパがいない間はミサは全面的に中止という張り紙を外の掲示板に張って置いて下さい。

 聖は良い歳だし、女体化もあるし、誕生日も入学祝いも出来ず、迷惑を掛けてしまったお詫びに携帯電話をプレゼントします。それで果楠ちゃんとお話しでもしなさい。ゲームとネットのし過ぎには気を付けて下さい。聖に限ってはそんな事はないと思います。

 それと生活費は同封した通帳とキャッシュカードの口座に1千万円を事前に入れてあります。口座番号は0606です。こちらでも口座の額を確認しますが、毎月一定額は入金します。アナちゃんが良く食べるというので、変にやり繰りせず、しっかりご飯を食べさせてあげて下さい。勿論聖もです。浪費はないと思いますけど、気を付けて下さい。一緒にパパのメールアドレスも記載しておきますので、困った時は一報をお願いします。

 あと最近は北と南が事故と地震が多発しているそうですので、気を付けて下さい。

 追伸、2人っ切りだからといってアナちゃんに変な事しない様に〟……変な事って何だよ?」

「聖は何時も通り吾輩に接してくれればそれで良いという事であろう」

「そうか……ていうか1千万って……」


 追伸の意味が良く分からず、それよりも1千万円という多額の貯金が出て困惑する聖。それに対して追伸の言う変な事の意味が幼女に対する性的興奮と行動をするなという意味だと理解したアナ。しかしアナは、それを敢えて言わなかった。言って聖の機嫌を損なう事を恐れたのだ、1千万という大金があるという状況でより一層好機となった、ある目的の為に。アナは元々持っていた2つ折りの紙を聖に手渡した。


「聖、これを」

「ん?」

「隣町で甘味処がオープンするらしい」

「何それ?」

「いわゆるカフェだ、和菓子専門の。チラシを持ってくれば全品480円と280円のスイーツの中で1組1名につき200円引きとドリンク1つ無料らしい」

「食べたいのか?」

「うん、食べたいの。お兄ちゃん♡」


 聖を魅了するかの様に、アナは今迄で出した事の無い猫撫で声と上目遣い、そしてお兄ちゃんと甘えた呼び方でお願いした。だが聖は顔色1つ崩さない。


「――ああ、良いぞ。俺も甘いの食べたかった。今行くか?」

「――うむ」


 聖は勉強机の下に取り付けられた棚から革製の長財布にキャッシュカードをしまうと、先に玄関へと向かっていった。


「……色仕掛けは通じない……か……ネットで〝シスコン〟と〝ロリコン〟という単語が聖に該当するからそれに効果的な手段を用いたのに……無駄だったか」


 アナは聖の後を追い掛けた。




 休日とあってか、町には人々が溢れ返っていた。1週間の疲れを癒す為に、道路を中心に挟む大きな歩道を歩く人々は思い思いの目的と持って歩いている。軒並み並ぶ飲食店や販売店も、そんな彼等をもてなす準備をして構えている。そんな明るい光景を映し出す町に、それと相反する様なそぐわない一点。――男が、歩いていた。


 男の顔はやつれていて、無精髭があり、酷く疲れ切ってる様な表情を浮かべていた。シャツにジーンズという服だが、シャツはよれよれのしわだらけ、猫背で引きずる様な足取り。不眠不休で何も食べず、何処からか逃げ出して来た様な風貌の男は何かを呟きながら歩いていた。周りの人間はそんな男に意を介さずに進む中、男に気が付いた通行人は、気味悪がって彼から避ける様に距離を取る。


「――ぃ……――ぃ」


 うわ言の様に擦れた声を呼吸の様に吐き出す男は依然として重々しい足取りで進んでいく。すると下向きに正面を向いていた男の視線が右にズレた。視線の先にあったのは、十字路付近のマンションの前で駐車された宅配便のトラックだった。


 トラックの運転手の男は荷物を目的の場所に届け終わった後、建物の前に駐車しているトラックに戻った。トラックは左側を向いて止まっている為に、運転手は運転席へ行く為に前方へと回り込むと、何かをぶつける様な音が聞こえた。


「何だ?」


 気になった運転手は意識しながら車の右側に行くと、異様な雰囲気を放つ男がトラックの荷台に拳を殴り付けていた。


「おいあんた、何やってんだ!?」


 自らの車体を傷付けられて怒りを表した運転手は、様子がおかしい男を追い払おうと掴み掛かった。


「ほら、離れろ!」

「――ぃ」

「ああ?」

「――ぃ。――くい、憎い、憎い、にくい、ニクイ!! 車あぁぁぁ、車が憎い!!」

「何だ! 警察呼ぶぞ!?」

「ああああああああああああああ!!!!」


 突如男は叫ぶ上げると運転手の手を振り解いて、先程よりも激しく両腕を荷台へと叩き付け始めた。男の異常な言動に運転手は畏縮して引いてしまった。運転手は実際に警察を呼んで対処させるのでは時間が掛かり、仕事に支障を来すと判断して、一刻もこの場から離れる事決意。執念深く、一心不乱に車体へ攻撃する男を引き剥がす為に、少々手荒だが運転手は男に体当たりをかました。男は運転手の攻撃を食らって弾き飛ばされ転がると、運転手は踵を返して運転席に入ってエンジンを動かし、車を発進させた。


 幸いにも信号は青信号だったのでその場から直進してすぐには離れられた。運転手は一瞬の安堵を付いてバックミラーに目線を向けると、男は太く長い物体を胸に押し付けて、数珠状の光に包まれていた――。

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