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GEARMARIA―ギアマリア―女体化して幼馴染と世界も守る  作者: 伊燈秋良
第5章 示せ、信じよ、掲げよ。捧げるのだ
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1節 愛の為、私の愛の為に

 日が高い時間の鶴崎市――その町にある1つの修道院。聖堂と信者の為の集会場のある教会堂とは別の、関係者が暮らす宿舎の出入り口の扉の前で、黒髪の少年と金髪の幼女は立っていた。少年は扉の鍵穴に銀色の鍵を差し込み回すと、ガチャリと音が鳴って鍵が解かれた。扉を手前に引いて開くと、薄暗い玄関の奥から濁った空気が流れ出る。すると、右にいた金髪の少女が横を抜けて建物の中へと入っていった。


「ただいまー」


 素っ気なく言った少女は反転して向かい合う。


「聖、家に帰ったら〝ただいま〟だ」

「いや、誰もいないのに……」

「誰もいなくても言わないと、強盗に入られるぞ。それでもいるというのなら、今、吾輩がいる」

「お前に言うのか……――ただいま」


 飽きれながらも少年、代羽聖(しろばひじり)は帰宅を告げる言葉を我が家と、相棒の幼女へと言うと、少女アナは『おかえり』と返した。


 聖地奪還作戦を終えて倒れ、バチカン市国の聖教守護者団で目を覚ました聖は、翌日に日本に帰国した。

 自身の身を振り返えった聖は――戦わない事を決めた。戦う事、戦う事で齎してしまうであろう死、そして自分に迫る死によって、自分以外にも父の代羽秦(しろばじん)や友人の留華果楠(とめばなかなん)といった人々を悲しませてしまう事を判断したからだ。怖気付いたといえばその一言で済んでしまうだろう。情けなく聞こえてしまうだろう。


 それでも良かった。――いや、寧ろそう考える事すらおこがましいのかも知れない――と聖は考えた。怖気付くというは、恐ろしい気持ちを持つ事。これに関しては戦う可能性を提示されて感じる事ではあるが、聖の場合は、戦う可能性(けんり)すらないのだ。だがこれは大多数が望む事である以上、駄々を捏ねて我儘を突き通すのは愚かでしかなかった。現実を思い返し、自身が抱いた理想と信念の虚しさ、そんなものよりも大切なものが現実にある事を、少年は痛感した。


 聖の決断に、誰も否定も喜びもしなかった。ただただ、聖の答えを了承しただけだった。そこからはとんとん拍子に事が決まって、1時間足らずで帰国する流れになった。その上で、聖には3つの事が告げられた。


 1つ。アナとアークは聖と常に傍にいる事になった。ギアマリアに変身する為に必要なナノマシン、アナテマを抜いても、一部が完全に肉体と結合して残留してしまった聖は、アナテマを統括するアークと接続していないのにも関わらず女体化してしまった。アナテマに適合出来ない者にそれを無理矢理移植すると、アレルギー症状を引き起こし、最悪死に至る可能性もある。それを非適合者である聖が可能としたのは、少年の肉体に合わせてアナテマの配分とギアマリア・システムの調整をしたアナの存在あっての事だった。


 今後も引き続きアナと引き離す事で、女体化や死亡する事態に対処出来る様に、そしてアーク無しの女体化ぜんれいのないしょうじょうを研究する事で、ギアマリアの性能を向上させる可能性もあり得ると判断されたからである。アークは巨大な為に、後日運び込まれる事になっている。


 2つ。聖の父親である秦は、引き続き本部に残る事になった。秦は一線は退いたものの、一応は聖教守護者団所属の身であり、それと同時に最近は秦もやらなければいけない仕事もあるという事。それに伴い、シスター達も同時に残るという。


 3つ。聖が日本を離れている間、聖は風邪をこじらせて肺炎を患い入院しているという事で学校を休んでいるという事になり、症状も。

 特に3つ目に関しては、秦にも念押しに言われた。風邪で休んでいるといえど、実際は仮病。しかも正確には遊び目的ですらまだ可愛く感じる、正義感に駆られて戦地へ向かって返り討ちに遭って、最終的に寝込んだという理解し難い理由で、更に言えば病欠扱い(そんなりゆう)してくれた(・・・・・)のは、迷惑を掛けてしまった聖教守護団のおかげなのだ。身勝手な事をして秦を始めとした多くの人達に迷惑と要らぬ手間を掛けさせて、更に迷惑をさせたという事実に、聖は罪悪感に苛まれながら自己嫌悪に陥りそうになるのを感じ取った。


 だがもはや、そんなものはどうでもいいのが現状である。嫌悪感を感じる原因とは、もう金輪際、関わる事がないのだから。


「――り。……――聖」

「え?」


 アナの突然の呼び掛けに、聖は無意識に落ち込む雰囲気を隠す様に剽軽ながら優しい声色で返事する。


「腹が減った。何か食べたい」

「……空港で買って、移動中の車内で食ったばっかだろ」

「パン3個程では話にならない」

「……はいはい。何かあれば作ってみるよ」


 飽きれながらも聖は玄関を通って廊下を進んで台所へと向かった。数日だけ空けていたのに筈なのに、まるで何年もいなかった様な懐かしさを感じた聖は、振り返って廊下を見た。廊下にはアナ以外に誰もおらず、聞こえるのは外の音だけ。室内からは、姉と慕うシスター達や父親の秦の言葉や、いる事で響くであろう物音も聞こえない。限りない静寂だけが、修道院に残されていた。


(ここ……広いんだな……――1人か……)

「ひーじーりー。飯ー」

「あ、ああ。そかそか。ごめんごめん」


 1人じゃなかったな――聖はそう考え直し、冷蔵庫の前へと立って扉を開いた。日数はそこまで経ってないので、食材にこれといった腐食等は見られない。目に付いたの、セールで買った、パックに入ったバラ肉のブロック500gm、半額で270円だった。消費期限が昨日までだった。


「肉の期限昨日だけど……冷蔵庫だし、良いよな?」

「ああ。――角煮が食べたい。中華風で」

「はいはい……八角とシナモンあったかな…………」


 呟く様にして聖は、冷蔵庫から肉を取り出した。肉を確認した時、バラ肉の赤み掛かったピンク色が目に付く。――倒れる人が脳裏を過った。


「――ッ!?」


 少年は突如、肉を離して飛び退いた。傍らで少女が心配の声を投げ掛けるその一方で、聖の心臓の鼓動は早まっていく。服の胸倉部分を握り込み、心臓を抑える様に拳を強く押し当てる。冷や汗で額が冷たくなり、呼吸も徐々に早くなっていく。次第に加速する鼓動。聖は引き攣った呼吸で何度も何度も酸素を吸い込もうとする。


「っとおおおおお――――――――ッッッ」


 咄嗟に聖は、一気に空気を吐き出した。そこから息を止め、呼吸方法を口から鼻へと切り替える。吸入音を鼻孔から大きく鳴らしながら呼吸して、口で溜め込んだ空気を思いっ切り吐き出すと、再度大きく息を吸い込む。数回それを繰り返すと、心臓の鼓動は段々とゆっくりになっていった。それに伴い、聖の呼吸の数も少なくなっていく。


「――…………はぁぁぁあああああああああ」


 大きく溜息を付くようにして空気を吐き出すと、聖は脱力してグッタリとなりながら背後のテーブルにもたれ掛る。


「マジかぁ……」

「聖、大丈夫か。聖地都市の出来事がフラッシュバックでもしたか?」

「ああ…………大丈夫……――けど、今日は……外食でいいか?」

「ああ、構わん。無理をさせてすまない」

「いや……いいよ」


 聖は姿勢を正して後、肉を見ない様に勢い良く掴み取って、冷蔵庫の扉を開けて、中へと投げ込み扉を力を込めて叩き閉めた。


「――聖、少し休んで来たらどうだ? 腹は減ったが、吾輩も休止状態にな(ねむ)れば我慢は出来る」

「そうする……ほんと悪い……」


 聖はフラフラとした足取りでキッチンを出て行った。アナはそれを不安そうな目で見送ると、キッチンを出て近くの客間に入ると、壁際に置かれたソファーを登って横になった。


「寝るか…………」







 ――――遠く遠く、空間を揺らす衝撃と音が鈍く響いている。


「――て。――じゃ」


 女性の声が聞こえる。しかし、周りの音が大きいからか、声が途切れ途切れで聞き取り辛い。


「――んな。――――……ッッ」


 依然として声は満足に聞き取れなかった。しかし擦れ擦れの声からは、深い悲しみが感じられた――。




 ◇




「――む」


 微かな音を、響く様な音を、アナは捉えて起き上がった。身体を起こして辺りを見渡すと、再度音が鳴り響く。音の正体はインターホンだった。アナは寝床代わりのソファーから降りて玄関先へと駆けて行く。扉の前に到着すると、自身の身体よりも高い位置にあるドアノブ目掛けてジャンプして飛び付く。少し身体を持ち上げながら離した左手で開錠すると、ドアノブを回して真横の壁を蹴り、その反動で扉を開いた。半分程開くと少女はドアノブから手を離して着地し、扉を完全に開いて来客を出迎えた。


 身長故に見上げると、薄暗い夕焼けの背景と青いチェックのミニスカートと露出した太腿の、スカートの奥の見えそうで見えない暗がりと、布と柔らかな肌の重なりと色彩差が目に入った。


「――あ、アナちゃん! こんばんわー」


 自身の目線の更に上から聞こえた声に反応してアナは頭を更に上げる。太腿とスカートの更に上には少し大き目の蓋が付いたステンレス製の両手鍋があり、それよりも上に、栗毛の眼鏡を掛けた見覚えのある少女の顔が見えた。


「こんばんわ。果楠か、その手にあるのは?」

「聖君が風邪を引いて学校を休んでると聞いたので、栄養のある物を持って来たんです。今日、秦さんから退院して家に帰ったから、仕事で離れている自分の代わりに様子を確かめて欲しいと言われて来たんです。本当はお見舞いにも行きたかったんですけど、聖君は携帯電話を持ってませんから連絡が取れないので」

「聖は携帯電話持ってないのか……――分かった。今、自身の部屋で寝ている筈だ、呼びに行って来る」

「じゃあ私も一緒に行きますね。部屋の場所、分かりますから」

「うむ」


 アナは踵を返して廊下の奥へと歩くと、果楠もそれに続いて玄関へと入り、右手の取っ手を親指と人差し指で掴み、残りの指でトアノブを掴んで扉を閉めた。廊下を進んでキッチンに向かった果楠は、テーブルに鍋を置き、聖の部屋へと向かっていった。少女は廊下を進んで階段を上り、〝聖〟と書かれたネームプレートを飾った半開きの扉へと向かった。


「おじゃましま~す…………」


 病み上がりで先程まで寝ている聖を考慮して、果楠は小さな声で挨拶をしながら、扉を手で押して入室した。入って部屋の奥の窓から赤い夕陽の光が差し込んで室内を僅かに照らしていた。左側には小中学生時代の教科書と聖書や辞書等の教材が収まった本棚。隣には勉強机、入口近くには衣服や鞄等をしまうクローゼット。そして右側にはベッドのみと、質素な部屋。

 ベッドに置かれた白い布団は膨れ上がった形になっていて、横にはアナが立っていた。


「アナちゃん、聖君はどうですか?」

「眠っているな。起こすか?」

「疲れてる時は極力起こさない方が良いんですけど……」


 そう言って果楠は、ゆっくりと歩いて足音を立てぬ様にして眠る聖に近付く。アナの真横に並ぶと膝を曲げて聖の顔を覗き込んだ。聖は勉強机の方へ顔を向けつつ下向きに、寝息を立てずに眠っていた。


「――……聖君、何か嫌な事ありました?」

「何故そう思うのだ?」

「聖君、普段寝る時は、首も枕に乗せて、全体を使って寝るんです。身体も伸ばして、こう、ピーンと伸ばしながらグタ~って。だけど嫌な事があると、縮こまるみたいに身体を丸めて、枕の下半分にだけ頭を乗せて寝るんです」

「そうなのか?」

「はい。昔一緒にお昼寝する時とかで、その前に良い事や悪い事が起こってたり、喧嘩した時や怒られたりして疲れた時に転寝(うたたね)する時とか、聖君が良く先に寝るから、結構見たたんです。すると寝方に決まりがあるのが分かったんです」

「なるほどな……――やはり起こそう、折角久しぶりに果楠に会える機会なのだ。食事も取らせなくては。というよりも何より吾輩も腹が減った、一緒に食べたい」


 空腹に耐えかねた少女は、少年の額をペチペチと軽くも高速で掌を連続で叩き付け始めた。その圧倒されそうな勢いが乱暴に見えた果楠は慌てて止めに入った。だがアナは、そんなものが屁でもないと言わんばかりに依然として連打を続ける。聖の額に紅葉の後が出来ると、うなされる様に聖は声を上げながら寝返りを打って身体をくねらせた後、ゆっくりと重々しく起き上がった


「――ッ……ぁぁ…………ぁん?」


 額を右手で擦りながら聖は身体の向きを変えると、目の前には唖然とした表情を浮かべるアナと果楠がいた。果楠達も聖の起きた顔を見るも、その顔は放心状態したかの様に呆けていた。


「ぇえ…………アナ……――果楠?」

「うむ、アナだぞ」

「はい、果楠です。お久しぶりです、聖君」

「え……ぁあ、はい………こんにちは……」


 寝惚けているのか、たどたどしい言動をする聖。一方で果楠は、聖に久しく会えた事、寝惚けながらだが、一見して無事だと判断出来たからか、アナの言葉を真似た返事の口調は嬉し気であった。


「ぇぁ……って……ぇえ? 家……」

「そうだぞ家だぞ。肺炎が治って家に戻って来れたんだぞ」

「肺え……でも俺……ギア――」

「はーいーえーん。ボケたか、目を覚ませ」


 寝惚けて隠さなければいけないギアマリアについて喋りそうになった聖を、口止めも兼ねてアナはベッドに乗って少年の両頬を握り締める。


「痛てててててててて」

「ア、アナちゃん……!」

「起床ー」

「痛たたたたわ、分かったから!」


 痛みで話し方がしっかりして来た聖を見て目が覚めた事を確認したアナは手を解いた。聖の両頬は赤く腫れあがり、側面部には指の跡が付いてまるで猫の髭の様だった。


「痛い……」

「聖君、大丈夫ですか?」

「あー平気平気。放っておけば大丈夫だと思うから。果楠は何で家に?」

「あ、はい。ご飯を作って来ましたので持ってきました」

「そうだぞ。吾輩も食べたいのだ、早く行くぞ」

「あー……ありがとうございます」

「ふふ、どう致しまして」


 聖は果楠への感謝の言葉を述べると、アナは服の肩の部分の布を引っ張って立ち上がりを促して来る。聖は重い腰を上げて足を床に置かれた靴の上に置くと、アナと果楠は立ち上がる聖の為にその場から離れた。足を靴の中に入れて履くと、ゆっくりとベッドから立ち上がった。聖が立ち上がった事でアナ達は先んじて部屋を出ると、聖もそれに続いて歩き出した。


 駆け足で向かうアナと、振り返りながら聖が付いて来ているのか確認しながら歩く果楠。聖は無理せず歩いて後を追い掛けていく。


(アナと果楠が…………親子に見えるな……髪の色違うけど)


 アナの危うさと果楠の気遣いを見て安堵する聖。だがこの光景は、もし自分が戦う事を選んでいたら見る事は出来なかった光景かもしれないと少年は思った。戦う決意が本物かどうか試す為に参加した聖地奪還作戦で見た戦いの、人の恐ろしさ。今の幸せと、意地を通す為に赴く絶望と苦痛――どちらを選ぶかは、言うまでもなかった。

前回の守護者団本部で食べたコンソメスープは、


・鶏で作った〝コンソメ・ドゥ・ボライユ〟

・魚で作った〝コンソメ・ドゥ・ポワソン〟

・牛で作った〝コンソメ・ドゥ・ブフ〟


の3種類のスープを、特別な配合で混ぜ合わせたスープという設定です。


ぶっちゃけラーメンのスープです。


作ってみたいが暇はない。フランス料理で特に手間掛かるのがコンソメですから。

こまめな灰汁取り、色の調整、脂肪の取り除き等、付きっ切りになるので大変です。

下手すれば普通の料理よりも断然高い。

お店で手作業でコンソメ作ってそれが旨い店はすごいそうです

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