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5節 贖うに相応しく、至るでしょう

「……んっ……」


 息苦しさを感じながら、聖は目を覚ました。


「……夢……昔の……」


寝ている間に、聖は夢を見ていた。懐かしくも悍ましい、短い人生だが、最も苛烈に生きた時代。そして、己の生き方を定める事になったであろう時代。


だからだろうか、少し嗚咽したくなる感覚を覚えた聖は、目の前の布地に顔を押し付ける。その感触は小さくも凹凸しており、柔らかくも固い感触。違和感を感じた聖だが、そこで自分の側頭部と後頭部が細い何かに覆うように挟みこまれている事に気付き、顎を上下に動かして拘束から抜け出す。何かを首の位置にまで持っていって顔を上げると、そこには視界全域を覆い尽す程に超至近距離で広がる、幼女の顔。


「アナ……」

「聖」


 呟く様な小声で言った瞬間、突如アナが目を見開いて返事した。突然の表情の変化に聖は溜まらずビクンと身体を怯ませてしまい、顎が何か当たった。目線を変えると、少女から伸びる腕が自身の首を抱き締めていた。聖は状況を理解する。


(そうだ……確かアナに……あの感触……止めよう、馬鹿らしい)

「アナ、離してくれないか? 少し苦しいんだ」

「分かった。」


 首に組み付く腕が解かれ、アナは聖から離れてベッドから起き上がる。聖も布団を押し退けてベッドから状態を起こすと、両手で顔を揉んで頭を書いた。


「――………あれからどの位寝た?」

「4時間だな。あれから日付も変わって、今は朝だ」

「……寝過ぎかな…………」

「早死するかな……」

「だったら当分睡眠時間を管理して徹夜でもすればいい。何か食べるか? 取って来よう。吾輩も腹を空かせたのだ」

「じゃあ……頼む……」

「うむ」


 アナは靴を履いて扉へと駆けて行く。近付くとジャンプしてドアノブに捕まって壁を蹴り、その反動で扉を開くと床へと降りて、ドアを完全に閉めないでそのまま出て行った。


「器用だな……格好だけは、子供だね……」


 肩の荷が下りた様に、聖は前のめりになりながら息を吐いた。アナの添い寝による再度の睡眠で、少しばかり心が落ち着いた少年は、自身の手を見詰めた。思い返せば蘇る、武器を手にした感触。重くはあるも軽々と扱った鉄骨の重量と、鉄骨を通して感じる、肉と骨を叩いた感触。


(今思えば、殺す気じゃくても、殺す位の気持ちで人に殴り掛かったのは…………初めてじゃないんだよな。物を普通に使った感じなのに……あれで場所が悪ければ人が死ぬんだな)

「――っは、殺してないけどさ。……夢で良かったよ」


 殺す事を躊躇い、出来なかった自分を嘲笑うかの様に1人で突っ込んだ。

 3回の戦闘の内2回は、主にナイフで戦っていた。2回目の謎のマリアとの戦闘では、ナイフで相手の胴体を袈裟斬りをした。その時は肉や骨を切る感触もある。料理をしている為に、斬った感覚が魚や肉塊を切り分ける手応えと被った。そして今回は肉叩きや、魚の骨でスープを取る為に木しゃもじ(スパテラ)を叩き付けたかの様な感覚と似ていた。


 故に恐ろしかった。人と戦い、傷付ける行為への恐怖が、殺人をしないように心掛けて行った瞬間に、途端に恐怖が薄れていたのだと。無我夢中ともいえばそうかもしれないが、そう思ってしまった時点で、自身が今現在どんな状態なのか、考え方がおかしい事に気付くと悔しさで胸が焼ける様だった。


 その悔しさの奥で、冷静になった思考なってしっかりと思い返す様に確信を持って感じたのは、戦う事の恐ろしさだった。戦い、傷付けられそうになった恐怖、己で人を傷付けようとする恐怖、傷付けてしまった事への罪悪、傷付けた先にある、考えもつかない未知の恐怖、夢で見た誤って人を殺したという事実を作ってしまう恐怖、自分自身が殺されてしまう恐怖。


 これがきっと当然なのだろう。だからこそ実感するのは、自身への弱さともいえる恐怖する思考と、聖教守護者団に属する、覚悟したギアマリア達の力の強さ。


 《この世は、昼は肌を焼く日差しが満遍なく降り注ぎ、夜には全てが凍て付く砂漠だ。昼を過ごす為には誰かが日除けになり、夜には誰かが外側を取り囲んで風を遮らなければならない。誰かがしなければ、人々は誰かに犠牲それを強いらせる程に残酷になる。それが2つ目だ…………――私達がしなければ誰がする?》


 頭に過ったのは、ギアマリア達を纏める男、エヴァンスの詩の様な言葉。続けざまに、他の言葉も幻聴の様に響いてくる。どれもこれもが、戦い、殺人への否定への反論にして正論。その殆どの言葉で、聖の考えは全て論破された。


(希望も夢も抱けるのは……それを守る為に絶望に足突っ込める人のおかげ? ――じゃあ、希望と夢もって守りたいと考えるのはいけないのかよ……! 何でそんな、表裏作る様な事しなきゃ出来ないんだよ……)

「クソッ……ちくしょう…………ッ」


 正しい事がある為に間違った事が必要になる。間違っている筈なのに、それがさも平然と正しい事になり、正しい事が逆に間違った事になる。矛盾ともいえるその行為が、目を背ける事が弱さというのなら、それ以外にも道があると希望と願いを抱く事は価値があるのか。


 人を殺す事が正しくて、人を生かす事が間違って。混乱しそうな頭の苦しみに苛まれた聖は頭を抱えて丸くなる。自問自答を繰り返す中で、1つだけ、はっきりとそれが答えと言える事が少年には理解出来た。


(――俺は……無力だ……)




 ――聖が1人悩む中、同じく1人で廊下を走るアナ。タタタタタと、子供の身体らしく、短い歩幅で矢継ぎ早に足を出して駆けて行くも、スピードは大人よりも遅かった。その気になれば目にも止まらぬ速さで走る事も可能ではあったが、カロリー(エネルギー)の残量、そして廊下を超高速で走った際の被害も併せて、地道に向かうしか出来なかった。


 しかし速度を緩めず走り続けていたのもあってか、そこまで時間が掛からずに食堂に到着した。右側と奥に限りなく広がる空間に目もくれず、一目散に左側にある、料理の注文と受け取りをするカウンターへと向かっていった。すると少女は、1m以上の高さがあるカウンターに難なく飛び付ける程にジャンプして、腕をカウンターに置いてぶら下がる。


「おばちゃん」


 アナの呼び掛けに反応したのは、コック服に長いコック帽を被ったイタリア人の中年女性だった。


「――ん? あらアナちゃん、どうしたの?」

「聖が目を覚ましたんだが少し気持ちが良くなくてな。空腹なのもあるし、何か食べさせてやりたいのだ。ついでに吾輩にも食事を。一緒に食べたいので、持ち運びしやすくてガッツリを頼む」

「あら偉いわねー。任せて、おばちゃん用意してくるから」


 そう言って女性はカウンターと繋がる厨房の奥へと下がっていった。アナは料理が出来るまでの間に、カウンターから降りて近くの椅子によじ登って座った。エネルギー残量も残り僅か。アナは半分寝る様に、食事が出来る(まちのぞむ)時が来るのを待った。




「――アナちゃーんッ」

「――んむ」


 アナは寝惚けながらも起き、声のする方向を振り向いた。振り向いた先には、先程のコック服の女性が茶色い紙袋を持って立っていた。


「料理出来たよ。アナちゃんにはパニーニ、聖君にはスープにしたからね」

「うむ、感謝する」


 アナは女性から紙袋を受け取ると、抱える様に持った。紙袋のそこは、ほんのりと温かかい。


「それにしても大変ね、聖君(あのこ)

「大変とは?」

「私は食堂で働いてる一介の料理人だからね、仕事とお金をくれる聖教守護者団(ここ)に文句は言えないし、仕方がないと思うけど、殺人行為の否定(あのこのいうこと)は間違ってないと思うの。だけどね、だからと言って聖教守護(ここでた)者団所属(たかって)のギアマリア(いるひと)達が間違ってるって思ってないないの」

「では正しいと?」

「いいえ。彼等は〝必要な事〟・〝せざる負えない事〟を代わりにやってくれてる人達なのだと私は思ってるわ。世の中、誰も彼もが優しくないわ。社会のせいや人のせいで、自分達が得をすればそれでいいって世間になってるわ。でもその中には、本当に人を不幸をしたくてした訳じゃないのに、結果的に・間接的に不幸にさせてしまう事もあるのよ」

「例えば?」

「そうね……会社かしらね。1つの会社が皆に愛されてたけど、新しく同じ様な会社が出来て、そっちの方がその会社よりも優れているからお客さんがそっちに行ったとするじゃない?」

「商売敵というものか」

「ええ。商売敵としては、新しい会社を興して夢が叶って、そして経営が上手くいって裕福になって、その新しい会社が前の会社よりも良ければ、お客さんは今迄よりもっと幸せになれる。だけど、そんな幸せを獲得出来た陰で、もともとあった会社は売り上げが減って不幸になってしまっているのよ」

「誰かの不幸の裏に幸福あり。幸福の陰に不幸ありか」

「大会とかも、優勝した人は幸せだけど、その陰で、負けちゃって悔しい思いをした人が沢山いるのよ」

「悲しいな。誰かを|殺≪けおと≫さなければ生き残れないとはな」

「そうね。それと〝覚悟〟って言葉があるじゃない?」

「あるな」

「それを漢字という文字でそれを表すと、2つの言葉で出来てるって聞いたのよ」

「2つの言葉……覚悟は……〝覚める〟と〝悟る〟という意味だな、それぞれは」


 アナはインターネットを通して、その意味を知る。


 〝覚悟〟――危険な事、不利な事、困難な事を予想して、それを受け止め心構えをする事。来たるべき辛い事態を避けられないものとして、諦める事。観念する事。


 〝覚める〟――眠っている状態から、意識のはっきりした状態に戻る。 心を捕らえていた迷いが無くなる。正気を取り戻す。冷静になる。


 〝悟る〟――もしくは覚る。物事の真の意味を知る。はっきりと理解する。


 どれもこれが、認知するという意味に類似していた。


「その言葉って、どちらも何か、はっきりして分かるって意味じゃない? それって、覚悟を決めるという事は、結局何かが無理だからそうしよう、こうする事が正しいって気付くって事だから、ここでそれを当て嵌めると、人を傷付けたりしてはいけないという教えを教えておきながら、結局傷付けないと世の中どうにもならないって事よね」

「矛盾だな」

「そうね……あら、長話になっちゃったわね。早くいかないとスープ冷めちゃうわ」

「そうだな、持って行くとしよう。感謝する」

「よく噛んで食べるのよー」


 アナは駆け足で聖の下へ戻っていった。






「――聖、戻ったぞ」


 ベッドに座る聖は、声のする方へと振り返った。そこには、肩で扉を押し開きながら、食材を挟んだ大きなパンを頬張りながら入室するアナがいた。


「サンドイッチ歩き食いかよ……」

「パニーニだ。単数形ではパニーノ。イタリアのサンドイッチで、ケチャップやマヨネーズ、マスタードを使わないのが特徴だ。それとエネルギーが尽き掛けたのでやむ負えない処置だ」

「分からねー」


 アナは手に持った食べ掛けを数口で食べ切ると、空いた手を紙袋の口に入れてゴソゴソと漁り、蓋がされた紙の器とプラスチック製のスプーンを手渡した。するとアナは近くの椅子に座って食事を始めた。紙に包まれた自身の顔程の大きさのパニーニを取り出すと、紙を剥がし、顔を出したパンに巨大な口を開けて一気に齧り付いた。そのまま一口で噛み切ると、満面の笑みを浮かべながら咀嚼するが、聖には、あれだけの量と厚みのパンを顔色変えるどころか笑顔で楽々と噛み切る少女の顎の強さに呆然としてしまっていた。


 気を取り直して、意識を自身の食事に向ける。太腿の上に置かれた、ほのかな温もりを放つ容器の蓋を開けると、芳しい香味野菜と肉の香りが蒸気と共に舞い上がった。その香りが鼻腔を通って脳に辿り着いた為、姿を見る前にスープの正体が何なのか聖は理解した。


「コンソメ……」


 目の前にあるのは深く、そして澄んだ琥珀色のスープだった。


「いただきます」


手を合わせて言った聖はスプーンを持つと、小さな琥珀色の泉へと沈めて掬い上げ、口の中へと押し込む。たった1杯のスープが口内全体へと行き渡ると、野菜の甘味、と肉の濃厚さ、コク、さっぱりとした味いが口の中を包み込む様にその味を醸し出していく。


「……ふぁぁ…………美味しい……」


 凝縮された旨味でありながらも、雑味もえぐみもしつこさもなく、最後はサラリと喉を通り胃に到着しては体内を温める。聖は再度、スープを掬い上げて味わった。またもや濃厚な味が顔出すも、一瞬にして体内の奥へと消えていく。それはまるで、一瞬の儚い夢の様な体験でもあった。だがそれは完全に消えはしない。味は無くなると僅かばかりの余韻はあり、スープの温もりは胃を熱してその存在を依然として表している。このスープの感覚が無くなる時がきっと、身体に吸収された時なのだろう。


 スープになった生命が、聖の生命の糧になるのだ。すると聖は器を持ち上げると、一気にスープを飲み干し始めた。ゴクゴクと浴びる様に飲むと、その量に口内の味蕾だけでは味を確かめ切れないからと言わんばかりに、全身に力が入った。喉の奥でコンソメの力強い味を感じ取ると、なお一層力が入る。全身で、数多の生命が1つなったスープを受け止めようと少年はした。全てを飲み切り、僅かな余韻に聖は浸った。


 身体は脱力し、腹の底で焼ける様な熱さが内臓を温める。幸福――聖はそう思った。食べ物を食べれる幸福。最高の料理を味わえた幸福。自ら志願して赴いた聖地奪還(せんじょう)に、こんなものは無かった。


 少年の思考に、今この瞬間の幸福と、思い返す絶望の落差が生じた。自身が生きる世界と生きてない世界のそれぞれが、聖に問い掛ける様にやって来る。


 ――1つ、考えて、口に出した。


「ごちそうさま……――アナ…………」

「――何だ?」

「俺……何やってるんだろうな…………?」


 悔しそうな、悔いる様な目から、涙が零れた。それは戦う事への恐怖からか、食物への感謝からかは分からなかった。分かる事は1つ。今の自分は、情けなくても罵られ様とも、泣かねばならないという事だった。弱くとも、優しくとも、不様でも、何と言われ様とも、泣いてしまう存在である事を、受け入れる為に、自覚する為に――。


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