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1節 7つの罪、7つの所業、7つ報い

 荒れ果ては街を、鉄骨を担いだ代羽聖(しろばひじり)ことギアマリアこと聖が疾走する。十字軍といえど人間。不殺を志した聖は、まだ生き残っている十字軍を他のギアマリアに殺させない様、誰よりも先に戦闘不能に追い込まなければいけない。


 しかしこの行為は、自身が担当する戦闘区域を出て行わなければいけない。重大な命令違反である。聖には罪悪感はあれど実行する決意があった。不殺の理由・決意・実行があった。故に敵へと鉄骨を振り下ろす。力を抑え、死なない様に、殺してしまわぬ様に。建物を越え、目に付く十字軍を次々と薙ぎ払い続けていく。何度目かの会敵。ギアマリアは男達へと鉄骨を振り被った。


 ――ボキンッ。


 端から聞いても分かる程の、大きく危険な折れる音が聞こえた。


「ッ!?」


 咄嗟に鉄骨を止めるも、攻撃を食らった男達は壁に打ち付けられ、その場に落ちた。その男達の姿は首や手足がありえない方向へと曲がっていた。


「いや……そんな……加減した筈…………アナッ、アナッ」


 不測の事態に戸惑う聖は、必死にパートナーの名前を叫ぶ。何度も何度も繰り返すも、返事は返って来なかった。手に違和感を感じた。見てみると両手が真っ赤な液体で染まっていた。


「ひぃッッ」


 真っ赤な液体は少しとろみがあり、鉄と生臭さが鼻腔を突き抜け全身に纏わり付く。――鮮血だった。再び銃声が聞こえた。今度はすぐ目の前の方向から。視線を向ければ、なんと年端も行かない少年が自動小銃を構えて逃げ惑う人々に弾丸を乱射していた。甲高い、連続した発砲音と共に、銃口の先にいた人々の背中から無数の血の間欠泉が吹き上げた。


「止めろ!!」


 自身の両手よりも少年の虐殺の方へと意識が集中した聖は、少年の下へと駆け寄った。細い腕を掴み、銃の砲身を掴んで武器を取り上げる。少年の顔が見えた。


「――!? ホーリーッ!?」


 見た事があるその顔に聖は硬直した。すると少年ホーリーは、ギアマリアから離れて逃げ出した。その手には取り上げた筈の小銃が握られている。ギアマリアは武器を取り上げた手を見ると、その手には何も握られていなかった事に気付いた。驚きの連続で焦りながらも少年の後を追い掛ける。少年が曲がり角に入った途端、また銃声が鳴り響く。駆け足で少年を追い掛けて、武器を取り上げ身体を拘束した。しかし拘束してもまた抜け出して、武器を取り上げても気が付けば武器を持っていた。そしてその武器で人を殺していく。


 何度も何度も何度も。

 殺して、止めて、取り上げて、抜け出して、持ってて、殺して。

 殺して、止めて、取り上げて、抜け出して、持ってて、殺して。

 殺して、止めて、取り上げて、抜け出して、持ってて、殺して。

 殺して、止めて、取り上げて、抜け出して、持ってて、殺して。

 殺して、止めて、取り上げて、抜け出して、持ってて、殺して。

 殺して、止めて、取り上げて、抜け出して、持ってて、殺して。

 殺して、止めて、取り上げて、抜け出して、持ってて、殺して。


 数え切れない程の工程を繰り返し続けて。気が付けば、周りは何も無い、黒い空間に変貌していた。終わりの見えないイタチごッこ(こうい)で疲労と心労が募った聖は、場所の変化を気にも留めなかった。

 面識のある少年が、目の前で殺人を犯す。、しかもその行為が何故か止められない。罪悪感の蓄積と、他に殺人を止める手段の模索の連続が、徐々に少年の思考を蝕んでいく。ギアマリアから涙が零れて、声が震えた。


「何で……何で……何で……ッ」


 幾ら頑張って止められない、無限に続く徒労で少女は苦しみの表情を浮かべた。罪悪感・無力さ・悲しさ、辛さが、少年の不殺の意思と心をズタボロに引き裂いて行った。




「――止めろッ! 止めろッッ!! ヤメロッッッ!!!」


 ――組み伏せて動きを止めていた筈の拘束手段が、何時しか手足を跡形も無く踏み潰す暴力になっていた。

 それでも尚、気が付けば少年は五体満足の無傷になって、手にした武器で人を殺め続けていく。涙を流してグシャグシャになった顔を浮かばせながら、必死に止めようと裏返った声で泣き叫びながら殺人阻止に必死になる少女は、遂に限界を迎えて、その場に泣き崩れた。


「何なんだよ……何なんだよ……」


 理解し難い状況の連続と、それに抗えない絶望。もはや出来る事は、屈する事だけ。――声が脳裏に過った。


 《奴を〝殺さなければ(・・・・・・)〟、そいつは誰かを〝殺す〟ぞ》

「やだ……嫌だッッ」


 泣きながら拒んだのは、絶対的で確実な手段への正当な理由の甘言。先程まで、殺人(それ)を否定して不殺(いし)を志して実行して来た。それなのに、それが無駄だと言わんばかりの現状が聖の心を粉々にした。


 拒絶すべき事なのに、信じる事の性で苦しめられ、それに解放されたがっている今の聖には、エヴァライン青年の言葉が神託にも、神のお告げにも聞こえて仕方がなかった。


 だが言葉を振り払おうと頭を左右に振り、耳を閉ざす様に両側頭部を強く圧す。誘惑に負けてしまう位ならば、いっそそのまま頭を押し潰して、目の前の光景を自殺として強制終了してしまおうとした。しかし、目の前に彼が現れた事で聖の思考は元に戻った。


「――ッ!? セイクリッドッ!?」


 目の前に次々と現れる、ホーリーに殺される老若男女の中に、見覚えのある顔をした少年セイクリッドがいた。ホーリーは銃口をセイクリッドに向けていた。


「やめろおおおおおおおおお!!!!!!」


 少年を殺させまいと、ギアマリアは飛び出した。だが駆け付けるようとした途端に発砲音が鳴り響き、少年の眉間を弾丸が貫いた。頭から血を吹き出しながらセイクリッドは無造作に倒れ込む。血の水溜まりを作る傍らで、ホーリーは依然として殺人を続ける。


「うう……ああ……あああああああああああああああああああ!!!!」


 自暴自棄と言わんばかりに、ギアマリアは少年に襲い掛かる。少年の身体を、原型が残らない程に踏み付ける、蹴り付ける、殴り付ける。されどそれは先程と同じで意味は無い。少年は無傷に戻って殺人を再開する。それでも尚、暴力を以て少年を抑える聖の頭には、「殺さなければ止められない」と声が何度も囁く。


「止まれ! とまれ!! トマレッッ!!!!」


 泣き叫びながら力を振るうギアマリアは、ダガーナイフを手に持って、少年の胸へと振り下ろして、少年の胸から血が噴き出した。


「あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」




「――ハアァァッ」


 息苦しく呼吸をして、聖の視界が突如明るくなった。目の前に見えるのは白い天井とLED照明だった。


「はっ……はっ……はっ……――夢……? はぁ……」


 鮮明な意識と、先程の惨劇が朧気な感覚で覚えていた。全身には脱力感と冷や汗に塗れて、身体は熱くも芯は冷たくも生温い、ジメジメした感覚で満たされていて気持ちが悪い。腋に手を当て、服で腋汗を拭い取ると、寝返りを打とうと身体を動かすと、左半身に紐が繋がった感触が2つ、腕と太腿にあった。振り返ると、横に点滴が置かれていた。


「聖、起きたか」


 右側から聞き慣れた少女の声。頭を向けると、アナが聖の顔を覗き込んでいた。


「アナ……俺……」

「ここは守護者団本部の医務室だ。作戦終了後、帰還したお前はそのまま疲労で倒れて意識を失った。そのまま37時間ずっと寝ていた」

「1日以上……」

「1日と半日と1時間だ。半日経っても目覚める気配が無いから、点滴と尿道カテーテルが刺された」

「そか……」


 状況を理解出来た聖は顔を天井に向けて力を抜いた。


「聖。先程から脳波が酷く乱れていたから駆け付けたら眠っていた。そして起きる直前で更に脳波が乱れた。悪夢を見ていたのか?」

「夢……夢……ッ」


 アナの一言で、ぼんやりとした記憶が鮮明になって甦る。


「そうだ、俺……町で戦ってて、注意してたのに人殺しちゃって、そしたらホーリーが出て来てまた人を殺し始めたんだ……。止めようとしたのに、何度やっても無理で、そしたらセイクリッドが出て来てまた殺されて……止めれなくて……だからこれ以上……だから、ホーリーを……殺……殺……――ッ」


 声を震わせながら脅える聖。今にも発狂しそうなその瞬間、アナが聖の額を力の限り引っ叩いた。


「痛ったああッッ!?」

「落ち着け。嫌な事を思い出させてしまったのなら謝ろう。だからまずは落ち着け」

「ああ……ああ……」


 聖は痛みで正気になると、息を荒くしながらも深く呼吸して落ち着こうとする。


「……もう少し、もう1回、寝る。何か疲れて寝たい」

「ならば手伝おう」


 そう言ってとアナがベッドに乗り上がって寝そべると、聖の頭を抱える様に添い寝し始めた。


「えー…………何これ?」

「インターネットで、心音を聞くと人は落ち着けるらしい。また寝て悪夢を見て疲弊されるのは困るからな」

「訳分からん……」


 理解し難い理由で行われた行為だが、悪夢の影響で驚く余力も無い。しかし頭を覆う柔らかい感覚の奥でトクントクンと鳴る微かな心音が、どうしようもなく心地が良かった。


(まあ……いいか……)


 聖の意識は心音の向こうへと誘われようとした。


「元気になったら食事を作っておくれよ」




 2人の少年少女が互いに寝て、静寂に包まれる医務室。医務室は前と左右を白いカーテンで仕切られている。そのカーテンを潜って、聖の父親の代羽秦(しろばじん)が入って来た。秦の来訪に気付いたアナは、露骨に嫌悪で満ちた表情を浮かべる。


「秦? ……ゲェェェエエエッッッ」

「うわ、露骨だね」

「現時点では絶対会いたくない相手1位だからな、其方は」

「手厳しいね……聖は、まだ目覚めないかな?」

「先程目が覚めたが錯乱したから落ち着かせる為に二度寝させた。添い寝もその一環だ」

「じゃあ、お邪魔だったかな?」

「いや、何も悪くない。それよりも話があるんだが良いか?」

「聖が起きてしまうよ」

「耳は塞いである。叫ばなければ起きまい」

「だったら」


 秦はベッドの隣に置かれた椅子を近付けて腰掛けた。


「さて、何を話そうか?」

「まず、今回の戦いについてだ。その様子だと、吾輩達が参加したのは知っているようだな。何故、知っている?」


 アナの質問に、秦は溜息を付きながら答える。その様子は、酷く疲れを感じさせるものだった。


「医療班が動くのを目撃してね。どうにもコッソリと動くから怪しくて追ってみたら、聖がいた。問い詰めたら全て話を話したよ。先程、首謀者のユーサーに〝お礼〟を済ませた所だ」

「そうか。それと先程、聖の脳波が酷く乱れた。気付いたので見てくれば、うなされて叫びながら起き上がった。『悪夢を見たのか』と聞いてみれば、聖地で戦ってた時を夢で思い出したらしい。すると夢では人を殺してたそうだ」

「それはおかしい。聖が無力化した自称十字軍は1007人。その半数は重傷だが、死者は出ていない」

「そうか。……それとな、ホーリーという者が、セイクリッドという者を殺したそうだ。そしてそのホーリーを殺したらしい。誰だ?」

「…………」


 それを聞いた秦は黙り込んだ。重い沈黙の後、秦は口を開ける。


「その2人は、聖の幼少時の友人だよ」

「そうか。……聖は人を殺したのだな」

「いや、殺してないよ」

「何?」


 アナは頭を秦の方へと回す。


「その2人の話をするならば、聖の過去を話さないといけない。――ある意味、聖が戦場で行った〝不殺〟もそれに関わるのだろうね」

「成程……今後の付き合いもある。吾輩は聖を知らねばなるまい」

「じゃあ話そうか。聖はね……僕の本当の息子じゃないんだ」

「……――だろうな」

「え!?」

「顔が2人の合致する箇所が12%だ。親子でこれは無い。家が修道院なのだ、孤児の可能性もあった。特に興味も無かったので深入りしなかった」

「おう……」


 アナの容赦ない言葉に、秦は返す言葉は無かった。

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