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2節 始源からの挨拶

「……どちら様?」

「――っ。ん?」


 目の前で正体不明の幼女が苺を盗み食いしていた。状況への理解が追い付かず、つい聖は幼女に声を掛けた。外見から年齢はおそらく5~7歳で、身長は100cm程の小柄な幼女。全身を長大で膨大な量の美しい金髪で覆われているが、素足な事や髪の輪郭から、衣服の類は身に付けてはいない事は明らか。そんな幼女は、口元を果汁で赤くして、何の用だと言わんばかりに聖を見詰めていた。


「何してんの……」

「――あー…………あー……――活動、エネルギーが足りない――俗に言う、お腹……空いてる?」

「いやいや待て待て待て! 裸はおかしいけど、何で人ん家で苺を盗み食い――」


 聖が問い質そうと言い掛けたその時、幼女は突然食べる手を止めて、ビニールハウスから飛び出した。聖も後を追い掛けるようにハウスから飛び出る。ビニールをめくって外に出ると、少し離れた位置に幼女は呆然と立っていた。


「おい、一体どうした!?」

「…………いる」

「いる? 何が? ……なぁ、風邪引くぞ」


 庭の謎の穴、身元不明の裸の幼女、食い荒らされた苺、突然の飛び出し。湧き水のように止めどなく出て来る問題の数々に追い付けない聖は、まずは裸のままでいる幼女の身を案じる事にした。取り敢えず、自身のワイシャツを脱いで幼女に羽織らせようと近付くと、幼女は途端に振り返って聖のズボンを掴んだ。


「しゃがめ」

「え?」


 急に投げ掛けられた言葉が聞き取り切れずに聖は前屈みになると、幼女は飛び上がって聖の肌着を掴んで引っ張る。


「しゃがめ」


 幼女にそう言われるも、衣服を引っ張られた聖は前に転びそうになって倒れ込んで膝を突くと、その直後、頭上を何かが一瞬だけ影を落として通り越した。


 聖は影に一瞬意識が向くが、その瞬間に背後から凄まじい大轟音が炸裂した。音の大きさに聖は怯んで竦む、縮こまった身体で何とか振り返ると、謎のワゴン車により、ビニールハウスを完全に潰して庭に突き刺さっていたのだ。


「ビニ、苺ぉぉぉおおおあああ――――――!?」


 立て続けに起こった不可思議な事象全てを塗り潰す衝撃。ずっと昔から丹精込めて、時間を掛けて作り上げて、義父の秦や姉の修道女達、そして聖自身も笑顔にして来た苺畑と、それを守るビニールハウスが絶対にあり得ない壮絶な形で終わりを迎えたのだ。


「ああ……ああ……」


 震えた声を上げながら聖は、無残な残骸になったビニールハウス跡へとおぼつかない足取りで歩み寄ると、地面に長い亀裂が一気に走り、裏庭の地面は周囲を巻き込んで崩落した。大量の土煙と土砂が舞い上げて生まれた巨大で真っ暗な穴。そのうろ底で、聖は自身に覆い被さった土を咳き込みながら払い除けて起き上がった。


「ッカハッ!! ゴホッゴホッ。ッぺ、ッぺ!! あー!! 痛って!!」


 悪態を吐き捨てながら服に付いた土埃を払うも、白黒の衣服に付いた茶色い汚れは完全に落ちて綺麗にはなってくれない。


 聖は全身の汚れを落とす傍ら身体を目や感覚で確かめると、めぼしい怪我はしていない。そのまま見上げると、少年の上には大きな吹き抜けが生まれていて、青空から日の光が差し込んでいた。


「え、あ……――地面が抜けた?」


 自身のいる場所、おかれた状況を理解しようと辺りを見回した。そこは、自身が先程いた修道院の裏庭の地面から地下1階分程の深さにあるであろう広い空間。さっき聖が庭に見付けた底が見えない穴は、ここに通じているのだろうと聖は察した。


 そして聖の目の前には、土砂に混じる砕けたビニールハウスとワゴン車が仰向けに横たわっていた。


「ああ、苺とハウスが……」


 再度目撃する、無残に散った嘗てのビニールハウスと苺。落ちた事で一旦意識がリセットされたからか、地上の時のような情緒不安定な状態と打って変わり、ハッキリと惨状を確認、理解する。だが、理解出来たのは苺とハウスが台無しになった事だけで、それらを破壊したワゴン車がどうして飛んで来たのか、自分がいる謎の地下空間、裸の幼女と、理解出来ていない問題は山程ある。


「あ、そういえばアイツ、無事か? ……おーい、大丈夫かー!? いるなら返事ー」

「――ああ」


 短く、一定した棒読みの可愛らしい声が聖の背後から響いた。


「ああ、無事だったか。今そっちに向かうからな……――っん?」


 聖は土砂を踏み越えて幼女の元へ歩み寄っていくと、彼女は土砂が山のように重なった場所に座り込んでいた。聖は、上から差し込む日の光を頼りに幼女の裸体をざっと確認する。長い金髪が局部を始め、身体の大半を隠しているが、長髪から露出した手足には土汚れはあれど、目立った傷は見当たらない。


「良かった、怪我は無いな」

「怪我――外的要因によって生じた損傷〝外傷〟の通称の1つ。無事――外傷等を含めた損傷がない状態の通称。うむ……私、俺、吾輩、当方、拙者……――吾輩だな。うむ、吾輩に怪我は無いぞ」


 人間のものとは思えない喋り方。それはまるで、機械で喋っているかのような話し方だった。幼女の喋り方に違和感を抱いていると、今度は幼女が聖の身体を見る。


「……そういう……――あなた、君、其方、汝、貴殿? ――其方だな。それにしよう。其方は細かな外傷……小さな怪我、擦り傷? があるぞ」


 またしても異様な喋り方。しかし、幼女が身を案じてくれたからか、聖は自分の身体を見渡して状態を確認した。


「ああ、でもそんな――」


 言い掛けたその時、地上から爆音と地響きが轟いた。それに合わせて短い震動が断続的に起こって転びそうになる。


「うわっ。何だ、地震!?」

「いや。先程、ここから南西570mの位置より機動兵器の反応を検知した。暴れてるのだろう。恐らく、あの苺とやらを台無しにした物体を投げ入れたのはソレだ」

「はぁ!? 機動兵器!?」

「数は1機だけだが、放っておけば死傷者に一帯の建築物の崩壊等、甚大な被害が出るだろう」

「死者……ッ」


 幼女の言葉に聖は戦慄する。脳裏に果楠の顔が、焼け野原になった無残な街の情景が過る。


「それ駄目だ! 駄目だってッ!! ぁあ、果楠!!!」

「では、止めに行くか」

「え?」


 幼女の突然の言葉に聖は訳が分からず拍子抜けた声を出してしまうが、幼女はその場から立ち上がると、小さな裸足を使って足元の土砂を力強く蹴り落していく。


 大量の土が落とされていくと、幼女の足元から仄かな金色の光線が浮かび上がる。その光を少年は息を呑んで見詰めていると、幼女の土をどける動作は、何時しか箒のように足で払い除けるものになっていた。


 そして聖は、幼女が先程まで腰掛けていたそれが土の小山に埋もれていたものが何なのか理解した。

 暗い空間に上の吹き抜けの穴から差し込む日光によって照らし出されたそれは――箱だった。腰の高さ程の奥に長い、上面に金色の十字の装飾が施され、ライン状の光が奔る金属製の箱があった。


「これが吾輩の本体〝アーク〟だ」

「アーク……聖櫃(せいひつ)……?」

「簡潔に言おう。吾輩は人間ではない。〝ギアマリア・システム〟の演算する、このアークの情報端末だ。そして苺を無断で摂取した詫びだ、状況もあるので、其方に力を与えよう」

「力……?」

「ああ。今、機動兵器を倒す力をやる。嫌なら強制しない。だが、この状況を解決出来るのは其方しかいない。少なからず、理由があるだろ」

「理由って……」


 その時、聖が思い浮かべたのは、先程、脳裏に過った笑顔が眩しい果楠と荒んだ町の光景。そしてワゴン車によって無残にも潰された苺とビニールハウス。


 過去に由来する理由と、これから起こり得る最悪の未来という理由と、食べ物の恨みという現在の理由。聖は何時の間にか、拳を作って強く握り締めていた。


「ああ、あるね……!」

「良し、じゃあアークの上に手を乗せろ」


 そう言って幼女は足でアークの表面を踏み叩く。行儀の悪い方法で示した箇所に聖は目を向けると、アークの表面の一部に、掌が入る程の広さで縁取られた箇所があった。聖は息を呑んでそれを確認すると、囲いの中に右手を乗せた。すると、触れた面が淡い光を放ち――数秒して箱の灯りは静かに消えた。


「む? 其方、適合し(あわ)ないのか」

「え?」

「ふむ…………――――試してみるか」

「な、何の話をしてるんだよ――」


 困惑する聖を尻目に、何か妙案を思い浮かべた幼女は、突如、聖の口の中に右手を突っ込み、指先の爪を立て中の粘膜を擦り取った。そのまま聖の唾の付いた手を口から引き抜くと、幼女は迷う事なくそれを自身の口に入れて味わった。


「――痛って!! 何するんだよッ!」

「――ん? 調整だ。喜べ、変身権限(しょゆうけん)だけでなく変身システム(あたまのなか)まで吾輩は其方に専用調整(どくせん)されてやろう」

「え? どういう意味だ?」

「――うむ。表現が適切でなかったか? なに、すぐに済む」


 幼女はそう言うと、先程沈黙したアークは光を放ちながら再起動し、表面を変形させて聖の右手を覆い固定。聖の右手は、針に刺したかのような痛みに襲われた。


「痛っ――!?」

「もう少し待て。……其方、名前は」

「え! な、何?」

「名前は? 識別しなければいけない」

「……代羽聖」

「聖か」

「そういうお前の名前は何だよ」


 聖の問い掛けに幼女はわざとらしい仕草で悩み込む。何で迷うんだ――そう聖は疑問を抱いていると、幼女は聖の顔を見て答えた。

「吾輩はアークの端末だからな。一括してアークと呼んでも構わないが、個別で名称を持つとして、この身体は〝アナテマ〟の集合体。だがアナテマは構成するものであるから、形作る吾輩の固有名詞ではない……うむ、アナ、で良かろう。何となく優先したい――直感的に気に入った? というのかな」


 幼女が名前を教える――という名目で行われた即席の名前決めが終わると、幼女の足元のアークの光はまたしても消え、聖の右手の覆いは開かれて自由になった。


「よし、準備は終わった。聖、まず両腕を前で✖字に組め」

「え……」

「行動しろ」

「は、はい……」

「次に内側へ腕を回して十字にするんだ。そして横に腕を引いて〝クロスアップ〟と言え」

「く、クロスアップッ!」


 幼女の指示に従い、聖は両腕を組み、内側に1回転させて十字にして右腕を引き抜く様に引くと、突如、幼女と聖の身体から数珠(ロザリオ)のような無数の光の帯が解き放たれた。


「さぁ聖、聖女と成れ――!」




 黒煙と炎が舞い、瓦礫と横たわる怪我人達が転がる裏通り。黒煙の上がる住宅街の連なる家や建物の屋根の上を聖は走った。疾走する肉食動物のように、軽やかに、力強く。敵を倒す事を優先して飛び出した為に、聖は自分の身に何が起こったのか確かめる余裕が無かったが、異常なまでに身体能力が劇的に上がった事を走りながら実感していた。


(凄い……何だこれ!?)

『これが吾輩の力だ。といっても、聖がクロスアップする素質が無いのでそれに合わせて演算処理能力を割いた分、本来のスペックよりも幾分は落ちてはいるがな。――12時方向……前方、距離10mの地点に敵機確認。さあ、撃破しろ』

「……見えたッ!」


 聖が見たのは、眼下から見下ろす住宅街のど真ん中、半壊した建物の傍で少女に襲い掛かろうと拳を振り上げる白い異形の巨人。屋根伝いのまま一気に飛び出し、側頭部目掛けて飛び蹴りを叩き込んだ。


 重力と勢いが乗った蹴りを喰らった巨人は大きくよろめくも、首が大きく曲がっただけで、大きなダメージは見受けられない。それを無視して聖は、巨人の足元にいる少女に駆け寄った。


「大丈夫か!?」

「お……お……」

「あっちに隠れて!! 早く!!」


 聖は焦る気持ちで少女の背中を押すと、少女は四つ這いになりながらも瓦礫の物陰に隠れた。それを見届けた聖は、振り返って視点を少女から白い敵性機械巨人へと移す。腕が長い巨人の首は曲がっているが、致命傷とは思えない。


「全力で蹴ったのに効いてない……どうやって倒す!?」

『内蔵兵装にナイフがある。袖からナイフを取り出すイメージをすれば取り出せるぞ』


 脳内に直接響くアナの指示に従い、聖は袖口からナイフを出す様に腕を伸ばすと、右下腕を覆う装甲の内側が展開し、十字のダガーナイフが勢い良く飛び出した。


 飛び出たナイフを聖は握り持つと、敵は大きく踏み出して剛腕を振り下ろした。聖は間一髪で敵の背後へと回り込むと、先程いた場所が敵の攻撃の衝撃によって吹き飛んだ。その余波で聖はよろめくと、敵機は振り返りざまに腕を振り回す。聖は咄嗟にジャンプして薙ぎ払いを回避すると、そのままナイフを両手で逆に持ち、振り返りで隙を見せる敵の首めがけてナイフを突き立て、そのまま背中を大きく切り裂いた。



 叩き込まれた巨大な斬痕から電気の火花と煙が吐き出され、機械巨人は力なく半壊する家目掛けて倒れ込んだ。重い音揺れと振動が一帯に響くと静寂が訪れ、パチパチと炎が燃える音が静かに木霊し、巨人は物言わぬ物体となって、ゆっくりと光の粒となって消えていった。


『反応停止。戦闘終了』

「っぷはぁッ! 何とか流れで勝てたか……」


 聖は地面に崩れるように座り込んで地面を見下ろす。謎の敵と初めて戦い、全力を込めたたった数秒程の戦闘。苦しくも勝利したが実感が湧かず、唯々疲労に打ちひしがれる事しか出来なかった。


 そんな中、自身に近付く足音。ふと視線を横に向けると、先程逃げた少女が目の前に立っていた。少女は聖に、恐る恐る喋り掛ける。


「大丈夫、ですか……」

「ああ、平気だ。怪我、無いか?」

「へ……へいきです、しゅ、しゅのごかぎょがあったから……」

「強い子だ、気を付けろよ。さあ、もうお行き」

「ありがとう、おねえちゃんッ!!」


 少女が手を振って走り去るのを、聖も弱々しくも手を振って見送ると、先程の少女の言葉に耳を疑った。


「――――…………お姉ちゃん(・・・・・)……お姉ちゃん?」


 俺は男だぞ――聖は不意に視線を下した。そして目に映ったのは、視界一杯に広がる巨大な膨らみだった。


(……何これ? え、何これ、柔らかい。俺の胸に何か付いてるの? えッ!? えッ!?)


 焦った聖は手や足をまじまじと見る。白い装甲や衣類、身に纏う物もおかしかったが、聖が特に注目したのは己の肉体そのもの。細い指、しなやかな手足――改めて自分の身体を確認すると、身体付きがおかしかった。聖は近くにある割れたガラスに映り込む自分の姿を見て、息を呑む。


「俺? ――…………はぁぁぁあああああッ!!?」


 鏡のようになったガラスに映っていたのは、自分と同じ動きをする金髪で金色のラインが入った白い装束と装甲に身を包む()の姿だった。

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