8節 見よ、人が勝利を得る様だ
聖地は都市としても機能している。西側は近代的な街並みで、道路に向かい合わせに背の高いビルが建っており、一方の東側には複数の宗教で神聖視されるる歴史的・宗教的にも重要な建築物が存在する旧市街地が存在する。ここへ訪れるの者は、必ずしも巡礼に来た信者という訳ではない。
単純に観光名所として見物に来る者や、研究の為に学者も訪れる。その為旧市街地にはホテル等が幾つもあり、昔ながらの乳白色の岩で作られた小さな岩の建物に多くの人々が住んでいた。歴史と伝統、そして現代が調和し両立するこの都市は、多くの苦悩や問題を背負いながらも、誰もが輝かしき未来を手に入れた事の証明といえるだろう。
――だが。そんな人々が賑わうこの街に、もうその面影は存在しない。現代を表す西区の建物の多くが、どれだけ大きく頑丈な建築技術を手に入れても、何時かは壊れてしまう事を表現する様に、殆どが半壊し、道の真ん中では小さな瓦礫の山が出来ていた。道路の隅には、乾いた血がこびり付いていた。
東側の旧市街地には、嘗て起こった戦いを彷彿とさせる様に所々に黒煙が立ち上り炎が逆巻いて、けたたましく大小様々な爆音が鳴り響き、どの建物も壊れていた。そんな旧市街地に滞空する巨大な輸送機。地面から何十mも離れた高さに浮かぶ機体は後部ハッチを開放すると、続々と輸送機から黒いギアマリア達が飛び降りていく。それに続いて最後に飛び出したのは、聖とアナがなる白いギアマリアだった。
降り立ったギアマリアが目にしたのは、人々で活気付いていた筈の街に嘗ての面影はもうない。聖は、神聖な土地で再び血が流れた事に悲嘆に暮れると、エヴァラインが聖達の前に出た。
「エヴァラインだ。これよりコード名としてマリア名をする。〝シーダマリア〟より各員へ。これより作戦を開始する。長話をし過ぎて詳細が説明出来なかったので、各員に担当区域を直接送信する。――各員散開ッ」
エヴァラインことシーダマリアの指示でギアマリア達は瞬時に飛び散った。忽然とその場に取り残された白聖女はその場で立ち尽くす。
『聖。シーダマリアから情報が送られた。見せるぞ』
そう言ってアナが聖に送られた情報を公開した。脳内でまるで事前に覚えてる様な感覚で公開された情報は作戦内容と作戦区域の地図とその他の詳細だった。
『こちらのコード名は〝シスター〟か。担当作戦区域はシーダマリアと同じ場所だな。作戦内容は殲滅……追記があるな。『ギアマリアだけを相手に戦うだけだと思っていたのだろう。その気持ちはよく分かる。組織の主な活動がそうだからね。しかし、ごく稀にこの様な事をする事もある。そうしなければ世渡り出来ない事もあるからだ。5分程の自由行動を許す。周りをよく見て来るといい』――か。随分と小馬鹿にされているな……――聖?』
アナが情報を聖に伝えるも、当の聖はアナの言葉に耳を向けず、独りでに廃墟となった街を歩き始めていた。見渡す限り、人の気配は無く、路肩には瓦礫に混じって銃の薬莢と瓦礫に血の跡が残っていた。破損している建物には、大体は壁に小さな丸い窪みの弾痕が複数あるか、焼け焦げていた。
「……全部……人が……」
『ああそうだ。インターネットで調べたが、基本は〝神の名の下に〟というのだろ?』
「神の名の下……」
呟く聖は街の奥へと進んで行く。行けど行けども景色は同じ様な無残な光景。後方で爆音と銃声が鳴り響く。それに混じって微かに悲鳴が聞こえた。今だに逃げ遅れた民間人の断末魔か、もしくは十字軍の人間か。分かっている事はただ1つ。すぐ傍で誰かが傷付き、命を失っているという事。白聖女の息遣いが段々と荒くなる。
『――聖。脳波が乱れて心拍数が上がっている。どうした?』
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
アナの呼び掛けに聖は答えない。今にも倒れてしまいそうな雰囲気で道を進んで行く。旧市街地は奥へと進んで行く内に状態が悪化していた。建物は全壊し、焼けた臭いが周囲に満ちている。道には普通の洋服や民族衣装を来た老若男女の死体が横たわり、居眠りをしている様なものもいれば目を見開いて倒れる者。
複数の蝿が悪臭を放つ死体の上を飛び回っているものまで。死屍累々――その一言で尽きるこの惨状は、〝神への善意〟と信じた人間によって起こされたものだった。
「人が……人が……――ああ、あの時と同じだ。」
依然として呼吸が速く荒くなる聖。そんな聖には幻聴が聞こえ始めた。
◇
――諸君、時は来た。神の為に戦うのだ。その命は戦いの果てで失われようとも、信じ戦った諸君は必ずしや神の下へといざなわれるだろう。
――セイント。俺は神の為に戦う! 神の為に! 神の為に!
――セイント! 逃げろ! ここは危ない。早くしないとホーリーが、ホーリーがー
◇
パンパンパンッ。
「――ッ!?」
近くで銃声が鳴り響き、聖は意識が切り替わる。一瞬だけ呆然と立ち尽くすも、少女は駆け足で銃声の方へと走りだした。瓦礫の向こうへと出ると、そこには私服姿の2人の白人男性が立っていた。その手には銃が握られていて、足下には服が乱れた女性がぐったりと寝そべっていた。地面との接地面と、腹部と胸には赤い染みが浮き出ていた。
『……あの女性は死んでいる。状況から見てあの男達に暴行を加えられた末に銃殺されたという所だな』
「殺…………した?」
状況が飲めない少女に対し、2人組は何かを話し合うと、聖に英語で話し掛けた。英語を理解出来る聖は、それが何なのか聞き取れた。
「――お嬢さん。見慣れない格好をしているな? チアガールか何かか?」
「……うるさい。――その女の人、あんた達が殺したのか?」
「ああそうだとも。我等が聖地に巣食う異教徒を滅ぼしたのだ。我等が先人を殺し、奴隷にした者達の祖先の報いを与えてやった。良い憂さ晴らしと癒しになったよ。当然の行いだ」
「ふざけんな……人の命をそんな楽しく喜んで奪うのかよ。何が神だよ、あんたら直接見ても聞いてもいない主の名前で適当な理由付けてやりたい放題してるだけだろうに!」
「この聖戦を愚弄するとは……神の意思に背く愚者には罰を」
「罰を」
男達はそう言って銃口を向けると、有無を言わさず躊躇いもなく引き金を引いた。炸裂音と共に発射された弾丸はギアマリアの額にへと直撃した。弾丸の勢いで顔が真上を向てよろめくも、少女は決して倒れず、それどころか着弾した弾丸は地面へと落ちた。弾丸の先端は潰れている。
よろめいて頭を下げたは少女は男2人を睨み付けた。弾丸の直撃を受けても死なず、それどころか血の1滴も流れない聖女に男達は怖がった。聖女が1歩歩き出すと、男達も1歩下がる。1歩進むと1歩下がる。
「ひっ……ひ、ひぁあああああわあああああああああああああああああ!?!?」
少ししてやっと自分達の目の前の人間が異質な事に気付いた男達は、情けなく悲鳴を上げて銃を乱射し始めた。撒かれた弾丸は宙を飛び、地面に当たり、瓦礫に当たり、ギアマリアに当たる。しかしギアマリアに弾丸は聞かず、そのまま前進を進める。カチカチと弾切れを告げる音を、何度も引き金を引いて鳴らす男達の眼前に聖女は立つと、左裏拳で銃を叩き落とした。手から離れた銃は地面に打ち付けられて粉砕すると、男は右手を抱えて泣き叫んだ。
劈く様な声を辺りに響かす男の手は、あらぬ方向に向いて指の第2関節から血が溢れ出ていた。それを見たもう1人の男はそれに恐怖して逃げ出した。泣き叫ぶ男は痛みに耐えかねて、静かになってピクリとも動かない。
「はぁ、はぁ、はぁ……死んだ……?」
『安心しろ、あの男は死んでいない。ショックで気を失っているだけだ』
「死んでいない……殺してない……」
考えが過った。今目の前でのびている男をこのままにしていいのか。この男を野放しにしていれば、いずれ更なる被害が起きるかもしれない。ギアマリアはロープをラックから取り出した。この男にこれ以上の悪行を重ねさせない手段としてはその場凌ぎだが、最善策ではあった。男を拘束すると、少女は視線を逸らした。目線の先にあったのは腐敗へと付き進む死体という名の肉塊。
(俺が……素直にこの作戦に賛成していたらこの人は……救えたのか……? その気があったなら、あの時みたいに……)
胸の内から溢れたのは、自身への無力さと、後悔と罪悪感だった。悔しさから、不意に右手を握り込んで唇を噛み締めた。




