表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/143

6節 今を捧げるも、先を見る者はいなかった

 ――剥き出しの地面の道路の横に建ち並ぶ、石造りや木製の即席小屋の家。それらは全て燃えていた。黒煙が家を焼き、黒煙が空を汚し、黒煙が人々を恐怖させる。回りで鳴り響く微かな発砲音。1つ鳴る毎に悲鳴が1つ消えていく。また1つ、また1つ。何時しか音は消え、最後は火がモノを焼く音しか聞こえない。歩いて行くと、道端には血を流して倒れる人々がいた。中には子供も交じり、赤子程の者まで母親に抱かれたまま息絶えていた。


 ――向うから走る少年がいた。息も絶え絶えで、何か言いたそうだった。しかし少年は、そのまま力なく前に倒れ込む。少年の胸元からは血が流れ出る。向うには、年の近い少年が煙を上げる銃を構えていた――。




 ◇




「ん……」


 目を覚ました聖は、呆然と視線の先の物を見詰めた。白い天井――清潔と言う単語を表すに相応しい程に純白で汚れ1つ無い天井だった。そう思い、少年は身体を起こして回りを見渡した。真っ白で何も無い部屋。自身が寝ているのはベッドの上で、足元にはキャスター付きのテーブルがあった。聖は、そこが病室だと認識した。状況を理解した少年は、自身の胸に重みが無いのを感じた。視線を下せば、検査衣姿の自身の腹が見えた。


「戻った……」


 男性(もとのすがた)に戻った事に、聖は身体から力が抜けるのを感じた。そのまま重力に従い、ベッドへと倒れ込んだ。視界は再度、白い天井に切り替わる。身体に掛かる重みは背中へと、下へと沈んでいく。同時に力が抜けて、身体の感覚が軽くなった。あやふやな意識の中、唐突にある事が浮かび上がった。


 《じゃあ、あなたの息子さんがギアマリアになったのは何故ですか?》


 日本支部支部長相手に言い放った台詞――初対面の相手に問うには余りにも失礼極まりない発言。


「なーんであんなムキになったのかなー……」


 天井に向かって少年は呟く様に言い放った。寝起きで頭がスッキリした今の状態で、自身の行動を顧みた。何故、初対面の人に啖呵を切ったのだろうか。無力な自分への口惜しさからか、それとも自分と違ってギアマリアとして活躍する桐原所長の息子、護瑞少年への嫉妬か。


 思い返す度に込み上げるのは恥ずかしさ、後悔、罪悪感。自責の念が他人では感じられない、見る事も出来ない重さとなって自身の思考と胸を跡形も無く押し潰す程に圧し掛かって来る。両手の付け根で自身の目を眼窩へと押し付ける位に後頭部を枕へと埋め込む程の押し付け悶絶した。


 後悔に苛まれている中、右側にある扉がコンコンと音を鳴らした。扉はスライドし、向うから黒髪の妙齢の女性、桐原支部長が入室きて来た。


「あら、元に戻ったのね。ちょっと残念ねー」

「桐原さん……――失礼しました、先程は」


 罪悪感からの負い目故か、聖は桐原女史と目を合わせず、俯いたまま謝罪した。


「良いのよ。短い間に色々あったから、気が立ってたのよね? 大丈夫よ」


 優しくそう言った女性の言葉は、聖母の様に聖を温かく包み込み、同時に罪悪感を加速させて苦しめる。せめて責めの一言があれば、自身の行為が悪い事だと受け入れられた。だが優しい言葉が、少年の内にある罪悪感を際立たせて胸を締め付ける。だがそれを悟られまいと、顔にも出さず、少し和らげた顔を見せて隠した。


「――それで……僕は、どうなるんですか? また、なるんでしょ? 女になるの」

「……そうね。日常生活――人前に出るのは難しいわよね……――いっそ女の子になっちゃう?」


 桐原の言葉に、聖は目を見開いて顔を見せて無言の返事を返した。


「ごめんなさい、冗談よ。――そうそう、これ。お父さんに事情話してあるけど、あなたから話してみる? お父さん、心配していたわ」


 そう言って桐原がポケットから取り出したのは、手の平大の薄いスマートフォンだったが、外見は


「もう秦君の方とは繋がっているから。後は緑の通話ボタン押せば話せるわ。それじゃ」


 支部長はそのまま颯爽と部屋を後にした。親子の話だからと配慮したのだろう。女性が部屋を立ち去ってから少しの間、その真意と突然の状況を理解し切るまで、聖はその場で静止していた。無音の室内で、前方に顔を向けたまま微動せず、吹き曝しの様に突き抜ける感覚を感じながら呆然とした意識が本能でそれを理解するには1分程掛かった。右手に持った端末の画面を親指でタッチし、左にある通話ボタンのアイコンにタッチして、そっと耳元に運んだ。


「――もしもし?」

『もしもし? 聖かい?』


 聞き慣れた声。1番長く、多く聞いた声。1週間ぶりの声。それは父の――秦の声だった。


「親父……」

『無事みたいだね。身体は、元に戻ったのかい?』

「ああ。何とか」

『良かった……すまないね。こちらが至らないばかりに迷惑を掛けたよ』

「ああ……最悪だよ……――親父、その、俺……

『ギアマリアになった事かい? 大丈夫、医療班が全力を掛けて症状改善に努めると言ってくれてるから安心するという。まあ、その、解決出来る迄には多少は女の子になっちゃうけども、それは我慢だから!!』


 父なりの励まし。聖は思わず鼻で笑うと、自分の気持ちを口に出した。


「……親父。俺さ……考えたんだ。街中で襲われた、果楠も、街の皆も酷い目にあった。支部長さんが言うには、今迄も同じ様な事が何度もあったけども、その度に皆の記憶を変えてバレない様にしてたって。でも、アナテマがある人には通じないって」

『そうだね』

「んで俺はアナテマがあるから、これからの事を忘れられない。もう普通の生活には戻れないんだって。ただ迷惑を掛ける位なら、俺は何か出来る事をしたい。……親父は反対したけども、やっぱりギアマリアになるよ。果楠も、皆も助けたい。親父達の手助けをしたいんだ」

『それは聖教守護者団に入るという事だ。苦しい事も嫌な事もしなければいけないよ?』

「それでも……」

『――だからこそ、それでも駄目だ』

「親父……」

『あれこれ言ったら束縛になるし、持論だけど、若い内は挑戦と後悔と努力と反省を沢山経験した方が良い。折角意気込んでいるのだからそれは大切にしなきゃいけない。歳を取ると保守的になってしまうのだからね』

「だったら……!」

『だからこそなんだ。僕も歳を取って保守的になった、息子の実を案じてる。この仕事は人が死ぬ。僕も長く続けているが、今日まで生き永られた事は奇跡なんだ。そして君を養子にする迄、僕は世の為人の為、平和の為と信じて戦って来た。その為に、数え切れない程に人を殺して来た』

「親父……」


 今明かされる父の過去。聖は只々、静かに言葉を聞くしか出来ない。


『ギアマリアの力で悪さをする人を倒すのも聖教守護者団の仕事だ。僕は裏方として研究開発をすれば、時には最前線に立って誰よりも人を殺して血を浴びた。多くの仲間が血を流して死んでいくのも見た。聖教守護者団の敵は街を襲ったイドールだけじゃない。人間だって戦う。君も戦ったろ?』


 その言葉を聞いて聖の脳裏に過ったのは、先日に戦った黒いギアマリアだった。圧倒的力量差を突き付けられ、痛み、死の恐怖を教え込まれた。勝因は身を隠しての騙し討ち。複数いれば負けていた。もっと強い格上の存在には勝ち目が無い。あの時の恐怖を思い出すと背筋が凍った。


『聖。僕は、君が死んだら悲しい。果楠ちゃんも知ったら悲しむ。聖は、僕達をそうさせないという保証は出来るかい?』

「……出来ない……」

『僕もだ。だからこの仕事は、君を引き取ってから一度離れたんだ。君を悲しませまいと』

「なら、俺だって親父が死んだら悲しい……!」

『その言葉が聞けて嬉しいよ。でも聖、僕は普通に生きれば聖よりも先に死ぬんだよ? 何よりも、父親である僕は子供を守る義務があるからね。何、この気持ちは君も結婚して子供が出来れば分かるものさ。だから聖、お父さんのお願い……――いや、我儘だね、聞いてくれるかな? 聖が死んだら、苺のロールケーキは誰が作ってくれるんだい?』

「はい……」

『ありがとう。……それと、アナちゃんだけどね、聖の方に一緒にいて貰う事にした。原因の一番が彼女にある以上、結果である聖と一緒がいる方が都合が良いからね。1人で寂しくないだろうけども、仲良くやってね』


 電話は切れると、聖は端末を力を込めて握り締めた。祈る様に、言い聞かせる様に――。


「俺は……また(・・)……無力なのか……」




 ◇




 静まり返った修道院の母屋。インターホンのチャイムが鳴ると、聖は玄関へと向かった。扉の先にいたのは、青白いワンピース姿の金髪の少女がいた。


「久しぶりだな。522時間32分12秒ぶりだ」

「相変わらず子供の喋り方してないな、アナ。元気そうでなによりだ」

「ああ。ここの食事は最高だ。盛り付け・栄養バランス・味付け。全てにおいて高水準だ。聖、其方が作ったものよりも美味い」

「そうかよ、じゃあ向こうに住め」

「ならば其方もだ。聖教守護者団の食事を食べてから、吾輩は4回は其方の料理が食べたくなった」

「何で。美味くないのに」

「さあな。言葉に表すのならば、〝懐かしさ〟というのだろう。聖、其方の味付けは所謂〝お袋の味〟というものになったのだ。吾輩は其方にギアマリアの力を行使させている。対価として其方の料理を所望する」

「まあ……そうだな……はいはい、好きなの作ってやるよ」

「――話は終わったかな?」


 聖は目の前から青年の声が聞こえると、驚いて声の方向へと目線を合わせた。そこに立っていたのは、顔に火傷がある、ベージュのスーツを身に纏った金髪の白人青年だった。


「えっと……あなたは……」

「吾輩から見て3時方向にいるコレは幼女を連れ回す不審者だ」

「連れてるのは合ってるけど回してないし、洒落にならないからアナちゃん止めておくれ。初めまして、聖君。僕はこういう者だよ」


 青年は名刺を聖に手渡すと、聖も頭を下げて受け取った。書かれてた内容を確認すると、英語で書かれていた。聖は英語は日常会話レベルは出来るが読み書き迄は得意な方ではなかった。


「えっと……聖なる……教え……」


 見兼ねたアナは青年から離れて聖にしがみ付いてよじ登り、背中に抱き着いて覗き込む様に名刺を見た。


「聖教守護者団国際本部管理長兼総軍団長ユーサー・スライブマン……と書かれている」

「え? ……え?」

「つまり聖教守護者団で1番偉い男だ」

「え!?」


 驚く聖に、ユーサー青年は自身を指を指して言う。


「ついでに言うと、僕は君のお父さんの上司だよ」

「えぇ!!」


 自分の目の前にいる男の立場に気付いた聖は、すぐさまそこで深々と礼をした。それによってアナは身体を大きく揺さ振られて声を漏らす。


「す、すいません!! 失礼を!!」

「いや、良いよ。気にしてないから。――実を言うと、本部で合ってるんだよね。覚えてない?」


 その言葉を聞いた聖は、本部の時の記憶を思い返す。記憶を飛ばし飛ばしで探し、秦との面会時に自分を呼んでいた人物との面影が重なった。


「あ、あの時の!」

「思い出してくれたかい。……さて、聖君。聞いたよ。ギアマリアとして頑張りたいと秦君に言ったら、諫められたとか」

「はい……」

「僕が口添えしてあげようかい?」

「えっ」

「秦君は君を大事に思ってるけども、聖教守護者団は万年人員不足なんだ。だから偉い立場の僕としては、君が組織に入ってくれるのは大きな助けではある。どうかな、君の考えを、教えてくれないかな? 君の、考えだよ(・・・・・・・)


 言葉を区切ってハッキリと言ったその言葉。周囲を考慮しての言葉ではない、自分の本意を尊重した言葉を求めている。


「俺だって……」


 脳裏に過る大切な人達の姿。果楠、秦、修道院のミサに来る人々、街の住人達――。


「でも、実力がある訳じゃない。自分は適任かどうか……元々ギアマリアだって、不適合だ(あわない)って……」

「――じゃあ、確認してみる?」

「え?」

「入団テストみたいなものさね。君が守護者団に入ってギアマリアとしての使命を全う出来るかどうかを確認する為にね」

「何をするんですか……」

「いやね、今日は偶然(・・)にも、ある作戦があるんだ。君にはそれに参加して貰う。詳細は参加するなら後で教えるよ。世の中、事前に分かる事なんてないからね、突然知る事もあるからね。どうかな?」


 聖でも分かる、唆すつもりの会話。父の意向を無視する様な内容だが、それは聖本人も抱いていた感情。先程から黙っていたアナが口を開いた。


「2人で楽しく会話してる所を済まないが、この会話を、吾輩が秦に告げ口するという可能性もあるのだが?」


 それを聞いたユーサーは、笑顔で胸元から小包みをアナに手渡した。


「ハハハッ。それは無いよ。君は僕から高級茶菓子(そでのした)を受け取ったので言わなかった。OK?」

「OK!! これ高級チョコやんけ!!!」

「ハハハッ! 冗談抜きで言い値したから、噛み締めておくれたまえよ!!」


 喜びの余りに狂喜するアナを見て苦笑いを浮かべた聖は、ユーサーと向き合うと顔に力を入れて気持ちを伝えた。


「分かりました。やらせてください。出来る事、やります」

「おお! ありがとう! 助かる、感謝する、本当に嬉しいよ、ありがとう!!」


 そう言ってユーサーは右手を出して握手を求めた。聖は応じると、そのまま聖を抱擁する。尤もらしい笑顔ではあると分かってはいた。が、それでもユーサーの言葉には、誘惑さと納得さ、気持ちが穏やかになっていくのを感じさせられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ