5節 殉じるに相応しい者は誰か
緑が生い茂、山々が連なる山脈の某所、木々と山の影に隠れる様に立つ巨大な塔――聖教守護者団日本支部。建物内にある、病院の様な白い部屋には様々な機械が並べられており、法衣の上から白衣を着る研究員達が機材を操作していた。機材に繋がれていたのは、自動車以上の大きさがある箱型の装置だった。研究員達の作業を、法衣の上から黒いマントを羽織り、胸元に十字の星が描かれた四角形と三角形を繋げた逆五角形の盾に唐草模様に似た羽の装飾がされたバッジを付けたショートカットの妙齢の女性が見守っていた。女性の名は桐原摩耶。日本支部長を務めている。彼女の前にある巨大な箱が大きな音を上げながら口を開いた。
「気分はどう? 代羽聖ちゃん」
桐原支部長がそう問い掛けたのは、ミニスカートの様に丈が短い検査衣を着た、金色の長髪を櫛で纏めた少女、ギアマリアになってしまった聖だった。
「特にこれといっては……強いて言うなら着させられた検査とかで着る服の丈が凄い短くて足元がスースーして恥ずかしいんですけど……」
そう言った少女は恥ずかしがりながら服の裾を掴んで伸ばす様に下に向けて引っ張り、肌が露わになった素足を出来る限り隠そうとした。聖は果楠と一緒に出掛け、その先でクルセイドの襲撃に巻き込まれた。その時、聖は突如ギアマリアへとクロスアップしてしまい、そのまま気を失ってしまった。クルセイドを倒した日本支部所属のギアマリアに聖は連れて行かれた。聖は目を覚ますとそこは日本支部施設内であり、言われるがまま身体検査をされていたのだ。聖の姿を見て、摩耶はニヤニヤと笑みを浮かべた。
「折角長くて綺麗な脚持ってるんですもの、勿体無いじゃない。ちょっと大根脚だから、しっかり運動しなきゃ駄目よ」
「それとこれとは……というか下着まで脱がせて女物を履かせるのはどうかと思います。トランクス返して下さい」
「まあそう言わないの。女の子はどんなものでも栄えさせる魅力を持っている。女体にトランクスってギャップもアリだけど、やっぱり合うものが1番よ」
「いや、だからって……」
二度はギアマリアに変身クロスアップするも、一度目は知らない内に変身していて、二度目は突如の襲撃への対応。身体の骨格の変化、あるもの、ないものがあったりと、勝手が違うので慣れなかった。
「あなたの事は本部のお父さんにも連絡していますよ」
「そうですか……」
「気になるの?」
「また、迷惑掛けるから……」
「良い息子さんを持てたのね、秦君は」
「知り合いで?」
「同期なの。彼、フラっと現れて守護者団に入ったと思えば、機装聖女……ギアマリアの技術を解析したり、ギアマリア隊の総隊長になったり、あなたを連れて来たり。物腰が柔らかくて、優しい人よ……立ち話も何だから、部屋を映してあなたの身体や今後の事を話しましょう?」
用意されたサンダルを履いた聖は、数歩踏み出すと前のめりによろけた。
「大丈夫?」
「ええ、ちょっとバランスが……」
「オッパイ大っきいものね。Fカップだと2kg近くはあるから、しっかりしないと転んじゃうわよ?」
「はい、気を付けます……」
摩耶に手を引かれながら、聖は部屋に隅にある椅子へと座らされた。摩耶は女性研究員からタブレットを受け取って目を通す。
「うちの息子はギアマリアになった頃は恥ずかしがってたわねぇ~」
「息子?」
「そう、あなたと同い年でね、名前は護瑞っていうの。あなたをここまで連れて来たのも護瑞よ。変身した時は最初は身体付き変わってソワソワしてたわ。
大陸宗教では、教徒の秩序維持、開祖の生きていた紀元前での価値観とかが色々あって、女性は菩薩止まりで如来――人が神格化する中でも最上位にはなれないって言われてるの。息子は僧侶を目指してる訳じゃないけど、機装聖女を得てもランクダウンしちゃうっていうのが悔しいって呟いてもいたわ」
「あのギアマリアが……――あの、一緒にいた子はどうなったんですか?」
「ああ、あの娘ね。彼女なの?」
摩耶は身を乗り出して笑みを浮かべながら問い掛けるも、聖はポカンとした表情で口を開けた。
「いいえ、幼馴染です」
「――そう」
つまらないと言わんばかりに机から離れて背もたれに寄り掛かった。
「あの娘なら平気よ。市内の病院に搬送されたわ。機像兵――イドールを破壊後、周囲にマニープ波で記憶を上書きしてあるから、会話には気を付けてね」
「上書き?」
「ええ。特殊な波長の電磁波で、記憶を上書きして消す事が出来るの。今回は〝機像兵が襲って来た〟ではなく、〝トラックの玉突き事故で爆発が起きて周囲に被害が及んだ〟って事にさせるの。後は目覚めた時にはラジオやテレビでその情報を流して聞けば、後は自身の脳で記憶にある類似した記憶で勝手に捏造しちゃうの」
「そんな事が……」
「出来ちゃうのよ。単純な効果と効力と、深読みしちゃう人間の特徴を理解すればね。これも人々を守る為よ。さて聖君、検査結果を伝えるわね。でもその前に、無理矢理検査に付き合ってくれてありがとうね」
「いや……大丈夫です……」
「そう、ごめんなさいね。それでね、どうやらあなたが機装聖女――ギアマリアって言った方が分かり易いかしらね? 変身に必要なアナテマが完全に身体から抜けず、残った一部が脳や臓器の細胞と一体化している様ね」
「一体化?」
「そう。普通、アナテマは体内に留まる形でくっ付いているの。だけど、それは両面テープで付けた位の感じ。あなたの場合は接着剤で結び付いてる――寧ろ埋め込まれてる状態と言えるわ。クロスアップ出来ない身体を聖櫃が人型アナテマを創ったりと色々工夫してたみたいだけど、副作用はあったみたいね。こんな事は初の事例よ」
「じゃあ、また……」
「そうね。アークの生体認証登録が解除されてるのに単独で変身――ありえないわ。原因を解明しないと、今後の生活に支障が出るかもしれないわ」
「……あの」
「ん?」
呟く様に弱々しい聖の声に、摩耶夫人は反応した。母親というだけあって、その顔は『どうしたの?』と聖の言葉を優しい笑みと共に待っていた。胸の内を締め付けられる感覚を聖は感じた。しかし、聖はそれでもと口を開いた。
「僕も……――ギアマリアになって、あのイドール? ってのと戦いたいです」
「……何故? 危険なのは、身に染みて分かってると思ってるけど。お父さんとも約束したんじゃなかったの?」
「……イドールを知ってしまったから、ですかね」
「なら黙っていれば良いんじゃない?」
「記憶を消せるのに?」
「…………」
「今、気になったんですけど、先日本部から送り返してくれた人が、ギアマリア関連の事は他言無用って言ってました。そしてあなたは、記憶を消す事が出来るって言った。何故今いないんです?」
「検査の為よ」
「じゃあ何故、前の日にしなかったんです……いや、〝した筈〟ですよね? 同じ町に住む同級生は、何事も無かったかの様にニュースでやってた?爆発事故?の出来事や無事の確認の話をしてました。――僕は敵が襲って来た事を知っているのに、何故その記憶があるんです?」
「……マニープ波が効かない人達がいるの」
「アナテマがある人ですか?」
「ええ。アナテマがマニープ波を弾いて脳を守るの。だけど、それが理由にはならないわ。ギアマリアの事は、知ってる人は知ってるものよ。でも、だからと言ってあなたが口外しなければいい話よ」
威圧的に放ったその言葉は、明らかに脅しの類だった。だが、聖も引き下がらない。
「……周りは色々あるのに、何も出来ないってのが嫌なんです。正義感って言えばそれでおしまいですけど、町中にあんな怪物が暴れてるの見て何か出来るのにやれなくて、それに関わるものを知って、果楠だって危ない目にあって、知らないギアマリアの女に狙われて。そんでもって、なりたくてなった訳じゃないのに胸がデカいって理由で鷲掴みされて嫌味言われて! ……何も出来ないまま、終わりたくないんです」
「……今のあなたは色々あって、正義感と悔しさが昂ぶって慌ててるわ。今は休みなさい」
「だからです。だから僕も頑張りたいんです。果楠や、守りたい人が、事がいっぱいあるんです!! 守れる力がある、出来るのに、何も出来ない立場に甘んじるのはもう嫌なんです!!」
「あなたがイドールやギアマリアに勝てたのは偶然にも近いのよ。自分を特別視している。簡単な世界ではないのよ」
「じゃあ、あなたの息子さんがギアマリアになったのは何故ですか?」
「…………」
「僕の父は反対しました。学生だからやるべき事をやれ、家の留守番をしていてくれ。危険なん目に合わせたくない。色々言ってました。危険なんでしょう? じゃあなたは息子さんを危険に晒してる、晒されてるのを良しとしてる――」
そう言った直後、自身の言っている言葉の意味に気が付いて口を閉ざした。聖はギアマリアになって戦いたかった。その理由を摩耶に話した。アナテマが身体に残る自分は特別だと、ギアマリアになって色々な経験をしたと、親子で守護者の一員なのに自分は違うのは不公平でないかと。
聖は自制した。
このまま行けば、自分の親は危険だからと子供を関わらせない様にしている秦に対し、摩耶は自分の息子が戦いで危険に晒されてるのを心配しない、それどころか良しとしている冷徹で非道な女、と侮蔑する所だったのだ。会ってすぐの初対面の女性――しかも日本支部支部長というトップの人間に。だが、聖は摩耶のしている行為について口に出してしまった以上、もう手遅れだった。全身に冷や汗が出て、身体から一気に血の気が引いて冷たくなるのを感じた。
「すみません……口が過ぎました。――休みます」
「……ええ、お休みなさい」
摩耶は女性研究員を手招きで呼んで何か言うと、研究員は聖を部屋に案内すると言い出した。聖はその言葉に促されて立ち上がり、部屋を後にした。部屋を出て木製の廊下に出て歩き出すと、年が近い、作務衣さむえに似た軍服を着た少年とすれ違った。聖は彼を目で少し追って、そのまま前を向きなおして研究員の跡を付いて行った。
「失礼します」
作務衣に似た白い軍服を着た少年は座っている摩耶へと歩み寄って、手に持ったタブレットを読み上げた。
「報告します。河北市での機像兵への現状で可能な各種対応が21時13分を以て完了しました。戦闘区域から直径20km範囲を封鎖及び各種電子媒体の1時間前後の情報を改竄、マニープ波で区域内の市民の短期記憶を初期化後、昏睡した後に野外テントに搬送。各報道機関には〝玉突き事故による大規模な二次被害〟と称して報道する様、連絡しました。破壊した機体の残骸は分割して輸送車で先程支部に届けました。今回の被害は半壊した建物7棟、全壊13棟。負傷者は52名、内17名が意識不明の重体、死者は確認出来る者で約9名、他に身元不明者が12名です」
報告した少年は手にしたタブレットを上司に手渡した。摩耶は溜め息の様に少しだけ息を吐いた。
「そう、ご苦労様。後日、対応が落ち着いた頃を見て弔いましょう」
「分かりました」
「……プライベートだけど良い? 護瑞」
「……何、母さん」
「あなたは……何で機装聖女になったんだっけ?」
「……俺は〝倶利諏尼〟を受け継いだ。桐原一族は〝添洞派〟の1つとして頑張って来た。死んだ座主に報いる為にも、守る為にも。それが一族に生まれた俺の天命だと思ってる」
「……戦いなのよ? 身を傷付ける〝暴力〟でも?」
「暴力も選んだんだ。戦わなければいけないのに、それを認めず自分だけ知らぬ顔は気分が悪い――何でこんな事を?」
「いえ、ただ聞きたかっただけよ。お疲れ様、今日は休みなさい」
「分かった」
護瑞は部屋を後にすると、摩耶はぐったりと机に突っ伏した。
「聖君と同じ事言った…………――――ねぇ皆ー、私何か間違ってるぅ?」
「と言われましても……」
「護瑞君は家の事考えてる良い子ですし」
「危険だけど、文武両道だからこなせるし」
「聖君は一般人の素人で無謀だからなー」
「というか支部長に啖呵紛いな事言ったしな」
「あれ熱血体育系で空回りして孤立するタイプじゃね?」
「でも親の手伝いしたいって事だからある意味良い子だよな。護瑞坊と一緒だ」
「しかも全身ムチムチでおっぱいデカ――痛って!」
「煩悩とセクハラよ!」
「まあ、どちらの言い分も正しいし間違いでもあるような区別付けれるものではないですし、決着つきませんよ」
「そっか~~」
それなりの経験を積んだ大人達ですら、問いを出せる者はいなかった。




