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4節 意思は封じてあった

 窓から光が差し込んで、ベッドで眠る聖の目元を照らし出す。瞼を開けると最初に映ったのは見慣れた天井だった。聖はベッドから降りて靴を履き、身体を動かして目を覚ましてから部屋を出た。何時もは先に起きたシスター達が厨房で朝食の準備をしているが、今日も厨房には誰もいない。


 アナと別れて4日が、クルセイドの襲撃から1週間が経過した。父の秦とシスター達は、聖教守護者団の関係者という事で修道院には帰っていない。国際本部から帰宅したそのすぐ後、同伴して来た聖教守護者団関係者が修道院に庭に空いた穴を塞ぎ、研究の為にアークを持って行った。


 帰り際、彼等は他にも日本支部の人員を寄越して町の復興に取り組むと言い残した。事実、夜には辺り一面に作業員と壊れた建物を覆う建築会社のロゴ入りビニールが一面に広がっていた。ニュースを見ると、ギアマリアに関しての報道はされず?鶴崎市で大型車両横転?という文字が映し出されていた。


 何でも、鋼材といった巨大な部品を積んだ大型車両が近道として住宅街を走行して横転、車は爆発して部品が舞い上がって降り注ぎ、周囲の建築物を破壊した、というものだった。現実は謎の機械の巨人〝クルセイド〟による破壊行動だが、真相を知る聖には、聖教守護者団関係者から事前に公言を禁止されてはいる。だが言った所で誰も信じては貰えず、狼少年と言われるのがオチかもしれない。聖に求められたものは、ひっそりと生活する事だった。


 大型冷蔵庫を開き、卵3つとウィンナー、御飯が入ったジップロックを取り出した。白米は袋から取り出して皿に乗せ、全体に少し水を掛けて電子レンジに入れて温める。ソーセージには火が入り易くする為に斜めに川の字の切れ込みを入れた。


 卵は殻を割ってボウルの中に入れて黄身と白身を塩・胡椒を入れて撹拌。油を引いて温めたフライパンに流し込んだ。音を立てて焼けていく卵を菜箸でひたすら掻き混ぜ、卵液に細かい固まった卵の欠片ととろみが付くと、フライパンを奥へと傾け卵を集め、手前の焼けた卵を奥へと落として前半分に卵を集めると、フライパンを持った手を動かすと同時に右手で押さえて反動を付けて、卵を回転させて中身を包んでいく。再度回転させて焼いた繋ぎ目を上にして皿に移すと、表面に僅かな茶色が点々とあれど、楕円形のオムレツが完成し、ケチャップを掛けた。


 そのままフライパンの淵に卵の焼けカスをゴミ箱へと払い入れ、ソーセージをフライパンに入れて加熱する。熱が入るとソーセージの切れ込みは広がっていき、表面に光沢が出始めた。火の入ったソーセージをオムレツの横に並べると、その皿と温まった御飯の乗った皿を持って厨房を出た。テーブルに皿を置き、再度厨房へと戻ってフォークとガラスコップに麦茶を注いで出て、もう一度テーブルにそれらを置いた。少年は席に付いて手を合わせた。


「〝主よ、この食事を祝福してください。体の糧、心の糧となります様に。今日、食べ物にこと欠く人にも必要な助けを与えてください。アーメン〟」


 主への感謝の言葉を言って、聖はフォークを持って御飯をよそって口に運んだ。最初は無味だが、段々と噛み締めていく度に段々と甘みが口内へと広がっていった。


(そういえば……先週もオムレツだったな……)


1人で着くテーブルを見ながら聖はそう感じた。先週――秦とシスター達が家を出た日、華楠と一緒に入学して間もない高校へ行った日、クルセイドの襲撃で日常が壊された日、アナと初めて出会った日――。しかし今はあの日とは違う。オムレツは普通の半熟オムレツを、1人で食べている。何時もとは違うが、今日から聖の日常が戻ったのだ。




「聖くーん!」


 高校へと行く途中の歩道、後ろから聞こえた自身の名を呼ぶ声に反応して振り返ると、幼馴染の留華華楠とめばなかなんが駆け寄って来た。


「ああ、果楠。久しぶり」

「はい、お久しぶりです。アナちゃんはお元気ですか?」

「あ、ああ、アナは……帰ったんだ。親元に」

「帰ったんですか?」

「ああ。ほら、事故あっただろ? 親御さんが心配してすぐに帰ってくるよう連絡が入ったんだ。そっちは親御さんは帰って来た?」

「はい、帰って来ました。会うなり涙目で飛び付いて、ちょっとビックリでした」

「心配してくれてるんだよ。うちの親父も心配……心配? アレは心配してくれてたのか? 心配だよな……?」

「気に掛けてくれるなら、心配してる筈ですよ。……学校、再会出来て良かったですね」

「ああ。入学してそうそう休校になって、町も何処もかしこも壊れて」

「でも、色んな人達のおかげで、もう来週には壊れた家も殆ど直るそうですよ」

「そうか……」


 弱々しく相槌を打つ聖に、果楠も自然と口を閉ざしてしまう。少し考えて、切り出す様に口を開けた。


「……――ひ、聖君。もしよければ、今度の休み、一緒に何処か出掛けませんか?」

「何処か?」

「ええ、隣町とか……」

「……うん、分かった。行こう」

「はい! じゃあ、駅前に10時でどうでしょうか」

「ああ」




 ◇




 広大なバスターミナルが前方に広がる駅前。駅ビルの入り口前で立つのは、黒いジャケットに白いTシャツ、ジーンズに黒いスニーカーを履いた聖だった。


「早すぎたかな……」


 聖と果楠は、小学校からの付き合いではある。互いに成長するにつれてそれぞれにも知人が出来て会う機会は減るも、果楠から会いに来るので決して無くなる事は無かった。こうして共に外出するのは、特に町を離れて出掛けるのは初めてだった。


「聖くーん!」


 聞き慣れた声が向こうから響いた。少年は振り返ると、果楠がこちらへと向かって来ていた。緑と白チェックのシャツワンピースを着て、茶色い革のハンドバッグを持っていた。


「早いんですね! お待たせしちゃいましたか?」

「いや、さっき着いたばかりだから。それじゃ行こうか」

「はい!」


 元気良く返事を返す果楠を見て、聖は胸の内に圧し掛かる重みが無くなるのを感じた。内容こそ互いに大きな違いはあれど、共に日常を壊された。色々な事実を知り、体験した聖と比べれば、果楠の方は幾分マシかもしれないだろう、だが少女はその事を知らない、知らされていない。だからこそなのか、果楠は健気にも聖を元気付けようと出掛けに誘った事に今気付き、未だに暗い気持ちでいるのが馬鹿げてきたのだ。


(何時迄もあーだこーだ言うのも止めだ止め。今は楽しもう)


 気持ちを切り替えて歩き出す聖に対して、果楠は――。


(良し! 良しっ! 良しッッ!! 遂に、遂に! 聖君とデート、キターーーーッッッ!!!!

 おお、もう駄目、もう私服姿で一緒にいるだけでもう最ッッ高! 胸がバクバクして、頭がもうもう一杯! 今にも倒れてしまいたい……! ――いえ、まだ、まだよ! まだこれは第1段階。今日この日が来る迄の間、持てる力の限りを尽くして考案したデートプラン! だけど作戦プランは上手くいかない事がある以上、主なプランAが上手くいかなかったとしても、他にも考案した18のプランで不測の事態に対応する! 買い物、食事、娯楽、そして夜景! その為にも聖君をその気にさせる言動は習得済み! そして夜景で、夜景で……!)




 ◇




「綺麗だね……」

「ええ……でも、それだけじゃない」

「え?」

「私は、聖君と一緒に見れて嬉しいです」

「ああ、そうだな。果楠がいなきゃ、ここには来れなかったものな。何から何まで、ありがとう」

「聖君……」

「果楠……」




 ◇




「エヘ、エヘヘヘヘ……」

「果楠、どうした?」

「あ、いえ! 何でもないです! 行きましょっ!」


 現実に戻った果楠は、聖の後を追い掛けた。




「楽しかったですね……聖君は、どうでしたか?」

「服屋に公園に水族館……鰯の群れは凄かった」

「そうですね。ブワーって」

「見てたらお腹空いたな……」

「じゃあ御飯にしましょうか? お魚なら……この近くに美味しい地中海料理のお店がありますよ」

「じゃあ行こうか」

「はい!」

(料理種だけじゃなくて、材料別に調べておいて良かったぁ~~)


 2人が歩を進める中、聖は何かに気付いて立ち止まる。


「どうしました?」

「いや、何でもない……」


 再び歩き出そうとしたその直後、進行方向先の十字路の脇にそびえるビルが爆音と共に砕け散った。怯む聖と果楠。轟音が未だに耳に残響し、その場に硬直した。粉塵の向こうから現れたそれは、5m以上はあろう、西洋鎧を模した石像に歯車を付けて可動出来る様にした様な巨人だった。


「クルセイド……!」

「あ……あッ……」


 形は違えど、既視感を感じさせる風貌に聖はその正体を口にし、果楠は絶句しながら恐怖に塗れた声を上げて崩れ落ちた。咄嗟に聖が身体を受け止めるも、果楠は気を失っていた。前方には通行人と自動車を、その剛腕で叩き潰しながら練り歩く巨人の軍勢。そして果楠は気を失って動けない。


 ギアマリアになれさえ出来れば――手放した力が無い事を憎み、苦虫を噛んだかの様に顔を歪めて歯を噛み締めた聖は、果楠を背負ってその場から逃げだした。自身達の身の安全を確保する為に、聖は力の限り走る。


 走る、走る、走る。

 走る、後方でクルセイド達が暴れる音が響く。

 走る、クルセイドの攻撃で自動車や建物が破壊される音が響く。

 走る、巨人の一撃に続いて絶命と肉と骨が潰れる音が雨音の様に一瞬の音が阿鼻叫喚の中で連続して鳴り続ける。


 聖を突き動かし胸の内を占めるものは、果楠を助けたい思い、後ろの人々を助けられない自身への悔しさ、それでも助けに行かない事への罪悪感、他人の悲鳴を無視して自分の命を守る為に走る生存本能だった。


 背後の音が、蹂躙の破壊音に聞き覚えのある破裂音が混じる。発砲音だ。聖は振り返ると、クルセイドの周囲で俊敏に動く人影が見えた。立ち向かう人影もいれば、逃げ惑う人々を誘導する人影まで。


(日本のギアマリアか……!!)


 助けが来た事によって一瞬安堵した聖。直後、前方から建物を突き破ってクルセイドが現れた。瓦礫を突き破った際に生じたが聖の歩みを阻む、姿勢を立て直して顔を上げると、クルセイドがその剛腕を振り下ろしていた。




「ハッ、ハッ、ハッ……」


 一瞬だけ、意識がハッキリしていなかった。気が付いた時には、全てが終わっていた様だった。目の前には表面に切り傷や無数の穴が空いて倒れる機械の巨人。辺りを見渡せば、黒煙と火柱が電柱の如く無数に立ち込め、瓦礫と残骸、血と肉と生死が分からない人影が転がっていた。聖の目の前には、僧衣と鎧を合わせた様な格好をして、右手に刀を持ったギアマリアと思われる少女が立っていた。


「お前は、ギアマリア(きそうせいじょ)か?」


 少女は少年にそう問い掛けた。その問いの意味を理解出来ない少年は、不意に近くにあった建物のヒビの入ったショーウィンドーのガラスに視線を向けた。ガラスには薄らと、聖と同じ格好をした金髪の少女――否、金髪の少女に女体化した聖を映し出していた。

・ギアマリア


遥か昔の遺跡等から発掘されたアークによって得られる形態。

ギアマリアという名称は聖教守護者団が名付けたもので、正式名称は不明。こちらが共通名称とされている。

各地域、組織毎に他にも〝機装聖女(きそうせいじょ)〟、〝ケラヴィシャー〟、〝ヨカテムア〟と呼称される。

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