3節 子羊が意思と決断を示す
地下深くの場所。だが聖とアナが連れて来られたのは、大聖堂を彷彿とさせる、天井高く煌びやかな装飾が辺り一面に施された広間だった。
「まあ、形から入っていくという訳でこの内装スタイルだ。気にしないでくれ」
先導する青年エヴァラインに続いて少年少女は奥へと進んで行った。様々な祭服に人達とすれ違う。初めての場所、初めての光景。アナはキビキビと聖と手を繋いで歩いているのに対し、当の聖は緊張して落ち着かない態度だった。
「まずは君には嘘発見器を付けてギアマリアについての事で質問させて貰う。アナ君は身体検査をして貰う」
「吾輩に同人誌みたいな事をするのか?」
「良く分からないが、多分しないと思うぞ」
聖一行は奥へと進み、幾つも並ぶエレベーターに乗り込んだ。更に地下へと潜って降りると、そこは先程と変わって病院の様に清潔感を感じる白い廊下へと出た。少し進んで部屋の前に立ち止まると、自動扉が開かれた。
「カーター室長、2人をお連れしました」
「はい、ご苦労さん」
そう言って聖達を迎えたのは、くたびれた格好をした白衣姿の東洋人だった。
「はじめまして、聖君に……アナちゃんだったかな? ギアマリアの研究をする科学研究部門室長のカーターだ」
「よ、よろしくお願いします……」
「よろしく」
聖は男性の気の抜けた挨拶に若干戸惑い、アナは空いた手で聖のズボンを掴んで後ろに隠れる。
「じゃあ聖君は俺に付いて着てくれ。アナちゃんは女性スタッフに付いて行ってくれ」
「あの、父には会えませんか?」
「まずは君の方が先だよ」
「2人をお願いします」
そう告げてエヴァラインは部屋を後にした。それ続いてカーターも手招きをして聖を呼び、アナも室長が声を掛けた女性スタッフに連れられて部屋の奥へと行った。一方で聖が連れて来られた場所は、リビング程の広さに様々機材と椅子とパソコンを乗せた机があった。
「じゃあそこに座って」
カーターの指示に従って、聖は机の前に置かれた椅子に腰掛けた。白衣の男は機材とコードで繋がった大き目のカチューシャの様な物を持って来て、聖の頭に取り付けた。
「本当は情報部の人が、こういう取り調べをするんだが、君も行き成り拷問紛いな誘導尋問されるのは嫌だろう? それに君の身体検査もしたい。エヴァラインの話では君は体質的にギアマリアになれない。しかし変身を可能としているのはあの嬢ちゃんらしいが、君にも何か要素があると思うんだ……――だがその前に取り調べだ。コレは脳波を測定出来る嘘発見器だ、これから君には幾つか聞くから答えてくれ」
カーターは聖の頭にカチューシャ型の測定器を付けさせると、向かいの席についてパソコンを操作し始めた。
「では始めよう。1、君は秦君に言われてギアマリアになった」
「いいえ」
「2、君は秦君が聖教守護者団に所属していたのを知ってた」
「いいえ」
「3、君は秦君に何かこうなる為とか、他の人とは違う教育をされて身体能力や勉強をさせられていた」
「いいえ」
「……はい、ご苦労さん」
「え? 終わり?」
「うん、終わり」
呆気無く終わりを告げて男は席から立ち上がって測定器を外して片付け始めた。白衣のポケットから着信音が鳴り響き、携帯を取り出した。
「はぁい……。んじゃ、検査――と言いたいが、秦君に会うかい?」
「お願いします!」
「じゃあ、こっちこっち~」
手招きするカーターに続いて部屋に出て、検査を終えたアナと合流して廊下へと出た。エレベーターに乗って更に地下へと降りて行った。到着した階は質素なコンクリートの壁で覆われた空間。廊下を歩き、部屋に入ると、そこには奥まで幾つもの部屋が並んでいる。その1つに、聖達は入った。
「――ッ! 聖!? それにカーターも!?」
「親父!?」
部屋の中には手前と奥を仕切るガラスの向こうに、黒い祭服を着た父、秦がいたのだ。
「秦君は裏切り者の容疑で軟禁状態。だけど君が、秦君によってギアマリアになる聖装者に仕立て上げられた訳じゃないから、もうすぐここを出られるよ」
「良かった……」
「――聖」
再会して安堵の表情を浮かべる聖に対し、秦は再会を拒絶するかの様に威圧的な態度を取って息子の名前を呼んだ。
「其方が秦だな。吾輩はアナ。聖には世話になっている」
「君がアナちゃんだね。はじめまして。――聖、ギアマリアになったんだって?」
「…………」
「修道院からギアマリアが出て来たと聞いて、正直疑ったよ。君1人だけだったから。だけど認めたくなかった。偶々非難した人が偶然見つけたのかもしれないと自身に言い聞かせた。……敵が攻めて来たから仕方なくなったのかもしれない。だけど、君に戦いをして欲しくないから養子に迎えた。すまなかった、聖に戦いの事で迷惑を掛けたくなかったから組織の事もギアマリアの事も言わな――」
「分かってる」
聖の言葉で秦は口を止めた。少年は父親と向かい合って目を合わす。
「俺が迷惑を掛けたってのは分かってる。だから親父はこんな所に入ってるって事も」
「いや、それもそうなんだけど秦君が入ってるのはさぁ――」
「人間隠し事してるのは、悪い事をしているっていう自覚があるか、迷惑を掛けたくないっていう思いがあるかのどっちかだ。今回のは後者の方だろ。俺も果楠に迷惑掛けたくなくて、ギアマリアになったの隠してる。今も謝ったろ? ――でも、選んだんだ。仕方がなかったけど、それしかなかったといえど、決意してしたんだ。〝あの頃〟とは違うんだ……」
力強く言っていた筈の言葉が、段々と弱々しくなってか細くなり、霞む様に止まった。両者に沈黙が立ち込める。
「聖……」
「ごめん。ビニールハウス、壊された。苺、駄目になった。親父、好きだったのに」
項垂れた聖に、秦は笑顔を向けた。
「聖が無事なら、それで良いさ。帰ったら、一緒に直そう」
「うん……」
すると、背後の扉が開き、黒衣のコートを着た青年が入って来た。
「失礼するよ。君が、代羽聖君だね? 私はユーサー・スライブマン。この国際本部管理長だ。君の今後について話をしたいんだが……父親も同伴してくれた方が有難い。よろしいかな?」
「はい……」
「管理長、それは聖を聖装者として守護者団に向かえ入れるという事ですか」
「ああ。勿論強制ではない。彼にその意思があればだ」
「俺は……」
「大丈夫、君が入らなくても、秦君は解放するよ」
「……父は、今後はどうなるんですか?」
「先日、君の町にクルセイドが現れた。情報統制はされて知られてないが、実は世界中ではクルセイドは出現していているんだ。守護者団は各国の軍や救助隊と協力して、クルセイドの迎撃や人命救助に勤しんでいる。秦さんには組織関係者として、それらの各種行動をして貰う」
「……じゃあ……」
「聖」
父の呼び掛けに、少年は口を止めて目線を向けた。
「お父さんのお願い、聞いてくれるかい?」
「……何?」
「修道院の留守番をお願いしても良いかな? シスター達も組織の一員だ、当分聖は1人になる。君には学校もあるからね、しっかり勉強してくれ」
「……分かった」
「じゃあ、その為に色々準備がいるんだ。付いて来てくれ、アナちゃんも」
「はい……」
「分かった」
3人は部屋を出て、ユーサーは秦の元へと詰め寄った。
「さて、その様子ではギャンブルをやり過ぎて怒られた事は話してないようですね?」
「そりゃあ、僕だって空気は読むさ。父親っていうのは、子供に格好良い姿を見せたいものさ。てか言わなくても大体のはバレてるし……」
「正直な気持ち、私は聖さんにもギアマリアとなって戦って欲しいのが正直な気持ちです。現在、聖教騎士団には戦力が必要です。アークの採掘、それと同時に判明したプラントの存在、そしてそれを狙うイザベル。各国でも秘密裏に行動しているのも確認されています」
「だからと言って、聖は巻き込みたくないんだ。あの子にもう戦いをさせたくない。それに聖が戦いに出て、遭遇して欲しくないんだ。奪取された〝セラフィム・モデル〟に」
「だからこそ、あなたを呼んだのです。アナテマ研究に第一人者にして、聖教守護者団国際本部ギアマリア部隊長兼ユーラシア方面部隊長兼ギアマリア国際総軍団長、代羽秦1級聖官」
「今じゃただの一児の父で一介の神父で臨時研究顧問だよ、〝現〟総軍団長。せめて〝元〟を付けてくれ」
「失礼しました」
「私は頑張るよ。私の頑張りをあの子にまでさせるつもりはない」
「親馬鹿というものですか?」
「5年経とうと10年経とうと、子供は生意気でも可愛いものは可愛いくて、素っ気なくされると寂しいものさ。君も良い人見付けなさい」
「……――僕達旧教派の神父ですから結婚出来ませんよ」
「そうだったー……」
カーターに連れられて、先程出会った白い部屋へと戻る2人。アナは椅子に座るが、聖は水着姿で側面から延びるプラスチック製マスクで口と鼻を覆った姿でお水槽の様な箱に入っていた。
「これに入っていれば、俺はもうギアマリアにならないんですか?」
「ああ。その中に特殊な液体を注ぎ込む。その液体がナノレベルで浸透してアナテマを排出させるんだ。1時間程で済む」
水槽の蓋が閉じられ、足元から青み掛かった温かなとろみのある液体が湧き出て来た。初めての体験で聖は緊張するも、ただ時が過ぎるのを強く願いながら瞼を閉じた。
「お疲れ様」
第一声と最初に映ったのは東洋人の顔だった。ナノマシンの取り出しが終了したのだ。身体は既に乾き切った身体を起こして水槽から出ると、腕を×字に組んで、回して十字にして手を引く。
「クロスアップ」
何も起こらず、聖はただ立ち尽くした。
「実感は無いよな。さあ、早く着替えて来い」
「はい」
促されて更衣室で着替えて帰宅しようとする聖を出迎えたのは金髪の少女だった。
「……アナ」
「聖、お別れだな」
「お世話になるんだ、御飯はしっかり噛めよ」
「ああ。達者でな」
少年の唐突に訪れた非日常は、唐突にあっさりと幕を閉じた。




