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天の星、地の星  作者: 滝川蓮
序章
1/4

始まりを告げる鐘

 真夏の夜空に響き渡るのは、火急を知らせるために甲高く打ち鳴らされる、せわしない鐘の音。城下は異変に気付いて不安げに夜空を見上げ、互いに情報を求める人々でごった返していた。彼らが見上げる空は、異様なまでに明るい紅に染まっていた。

「おい見ろよ…、城が…!」

 ある若者が指差したその先、そこには本来白亜に輝く城が建っている筈だった。しかし今は、燃え上がる炎が天高く上り、星空を焦がしているのが見えるだけ。城は塔の先端すら見えず、炎に照らされた空には、闇の翼持つ異形が何体も飛び交っていた。

「…もうこの国も終わりだ。城が燃えちまったら、何もかもがおしまいだ」

 誰かがこう言った後、事の深刻性に気付いた町の人々は我先にと逃げ始めた。着の身着のまま門を目指す者もいれば、荷車一杯に荷物を詰め込んで町を出ようとする者もいる。怒号や喚き声、子供の泣き叫ぶ声、ありとあらゆるパニックになった人々の声が通りを満たしていった。その中を、どこからともなく聞こえてくる獣の低い唸り声が通り抜けていく。更に恐怖をもよおした人々は、蜘蛛の子を散らすようにあちこちへと去っていった。

 故に、炎の中城が本当に崩れ落ちたと確認した人は、誰一人としていなかった。


 それからどれだけの月日が流れただろうか。

 荒野の外れにポツリポツリと点在する小さな村々の中の一つの、とある村。半ば廃墟と化し、生けるものは全てじっと息を潜め、荒涼とした風の吹き抜けるその寂れた村の裏通りを、少年は夕暮れの中、誰にも見つからぬように全身の神経を集中させながら走っていた。最も気を付けなければいけないのは、足元に数多く散らばる、砂にまみれて灰白色になった物体。カラカラに乾燥しているため、踏んだりすれば僅かな力でパキンッと高い音を立ててしまうそれは、飢えで命を落とした生き物の骨だった。人だけではなく、ここではネズミのような小さな生き物でさえ生きていくのがしんどかったのだ。そんな村の中を身軽に走っていく彼も、手足は枝のように細かった。普段ならば貧しい生活ながらも生き生きとした表情を湛えている瞳は、今はすっかり困り果てた色を湛えていた。

(…まずいなぁ。さっさと帰らないと日が暮れちゃうし、そうなると締め出されるし、見つかったら大事だもんなぁ。母さんも心配しているだろうし。…どう言い訳しよう)

 焦りながら走っていた彼は、道にぽっかりと口を開けた穴からその中に入り、今ではすっかり水の枯れた地下水路を暗闇の向こうへ、慣れた様子で一目散に駆けていった。

 物音を立てぬように細心の注意を払い、錆び付いた外への蓋を僅かばかり持ち上げて周囲の様子を確認したが、チラと黒装束の影が見えた瞬間、彼は大急ぎで蓋を閉めてすぐ近くにあった横道の階段を駆け上がっていった。その横顔は恐怖で塗り潰されていた。

(どうしよう、何で奴らがこんな所に…?しかも、どうして俺の家なんだよ…。父さんも母さんは…。何をした訳でもないのに、どうして…)

 縺れそうになる足で駆け上がった先には、ぶ厚そうな石造りの扉が道を塞いでいた。彼はそれを開けようとはせず、その足元の、角が僅かばかり欠けているタイルを引っぺがし、中から一抱えの布袋を取り出した。中身を確かめ、両親から幾度となく言い聞かされていた事を記憶の表層へと呼び戻す。いざという時に何をしなければならないか、を思い出し、少年は名残惜しそうに、心配そうに扉の向こうへ目を受けたが、布袋の中から小袋を取り出し首に掛けると、きつく口を縛った袋を肩に担いで再び水路へと駆け戻っていった。

 石造りの扉の向こうでは、何人もの男の怒号が飛び交っていた。それは暫くの間、水路に反響して少年の耳にも届いていた。

 そこから先の少年の行方は、誰も知らない。


 ウィルミテイシアがダーレスの手に堕ちたのは、今から数百年も数千年も昔の事だと言われていた。もはや今ではそれ以前の時代を伝える語り部はおらず、伝承者でも正確なものを知っている人間は皆無に等しい。それ程までに長い間この国を支配し続けているダーレスは、人の名だとも,ある集団の名だとも言われているが、はっきりした事は誰にも分からない。ただ、どこから来たとも知れず、どこからともなく闇の中より姿を現し、瞬く間にこの国の全てを掌握した、としか伝えられていない。配下に異形のモノ、“翼持つモノ”フェルネス、“地を駆けるモノ”ダラック、そしてダーレス自身が選び抜いたとされる精鋭、“闇の愛し子”ザディスを従え、人々を恐怖の下に支配している。彼が王国を我が物とした際、王城は落城したとされるが、それは定かではない。今はダーレスの本拠地となっている王都だが、王城だけはどこを探しても見つからないからだ。それと同じように、今も昔もダーレスの姿を見たという話は無い。自身が姿を見せていないからだ。何よりも生きているとも死んだとも噂されていないのだ。それでもなおこの大地はダーレスの闇によって覆い尽くされている。そして、ダーレスに関して一部の者の間ではこのような噂が流れていた事があった。

 “彼の者、星の如き銀を身に帯び、永久の生をその身に負う罪の為に与えられし者なり”、と。

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