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五正義:女装男子と全身タイツ

「という訳で、俺はこの計画を阻止するために、悪屋で出来る限りの情報を集めるつもりだ。…何か質問はあるか?」


四月二日の夜。

明は家に帰ってから亜美に事情を説明した。


「ええっと、話の展開が急すぎて…あの、もう一回言ってくれる?」


突然こんなことを言われて、混乱しているのだろう。亜美はイマイチ状況を飲み込めていないようだった。


「仕方ない、ちゃんと聞けよ?三日後に悪の組織がヒーロー学園の生徒を抹殺する計画を立てているから、俺はその計画を阻止するために、情報を集めるべく、悪屋でもう一度働く事にした」


亜美は不思議そうな顔をして、首をかしげると言った。


「入学式をサボった事ならあまり気にしなくてもいいんじゃない?」


「話聞いてた?」


「ええっと…今からいくつか質問するから、ちゃんと答えてね?」


「ああ、別にかまわないぞ?」


「まず、このお金は何?」


「バイト代、二日分だってよ」


そう言って、明と亜美は茶舞台の端っこに置かれている封筒をチラリと見る。

亜美がハァ、と息を吐いて頬杖をつく。


「想像以上だね…」


「悪の組織のバイト、辞めるに辞められねえよ、こんな大金見ちまったら…」


「私、今まで『普通の仕事していればいいのに、悪の組織に就職する人ってバカだなー』って思ってたけど、これ見たらそうも言ってられなくなったよ。バイトに払う金額じゃないでしょ、コレ?」


「ああ、一体、どこからこれだけの金を用意してるんだろうな?二日分でこれだけ貰えるなら、正義の味方程じゃないけど、一般的なサラリーマンの給料すらも超えるぞ?…っていうか亜美?その言い方だと、俺もバカだと思われてたってことだよな?」


「…まあ、バイト代の話はもういいよ」


「露骨に話題をそらすな。まあいいけど」


「次に、なんでバイト辞めようと思ったの?」


「流石にヒーローが悪の組織でバイトってのは…マズイかなあと思って」


「うん、私に相談しようとしなかったことは、あえて追求しないよ。じゃあ、最後の質問ね?」


「おう」


「…最近、頭を打った覚えは?」


「無いな。死にかけた覚えならあるけど」


明がそう言うと、亜美は突然、わっとばかりに泣き崩れた。


「ゴメンねお兄ちゃん…ゴメン…ゴメンね。今まで私がお兄ちゃんに苦労ばっかりかけてきたせいで、とうとう頭がおかしくなっちゃったんだね。変な幻覚を見るようになったとか、変な妄想するようになったとか…卓郎さんでも精神的な病は治せないんだよね。私、これからいったいどうすれば……」


「おい、しっかりしろ亜美!このままじゃ三日後に学園が襲われるんだぞ!?」


「グスン、病院に連れて行かないとダメだよね…でも、家にそんなお金はもう…」


亜美は明の頭がおかしくなったと勘違いし、一晩中泣き続けた。

明が自分は精神的な病にかかっていないと証明した頃には、既に日が昇っていた。



(結局、一睡もできなかった…)


四月三日の午前七時五十分。

明が朝食を済ませたところで亜美は話を切り出した。


「ねえ、本当なの?昨日…言っていたこと」


「本当だ。ヒーロー学園は三日…いや、二日後に襲撃される。俺たちを抹殺しようとな」


「見間違い…じゃ、ないよね?」


「穴が開くほど見つめていたって訳じゃ無いが、しっかりとこの目に焼き付けたぞ?ドコのドイツかは知らんが、随分と無茶苦茶な作戦を立てたもんだ」


明はやれやれとばかりに肩をすくめる。


亜美は、明に提案してみる。


「あ、あのさ!こういう場合は大人を頼るものじゃない?正義の組織に助けてもらうよう言ってみようよ?」


正義の組織


正義の組織とは、悪の組織とは反対に、正義のヒーローが正義のために正義するべく正義している組織である。


つまりは、警察署みたいなものである。


明は首を横に振って、答える。


「昨日の晩に行ってきたんだがな、子供の悪戯だと相手にされなかったよ」


「…」


亜美は口を噤んで、不安そうな目で明を見つめる。


「なんだその目は?信用されなかったのは俺の日頃の行いが悪いせいじゃなくて、単に情報の確実性を証明できなかったために起こった不幸な出来事なんだよ!…それとも何か?俺をオオカミ少年的な何かと勘違いしているんじゃないだろうな!?誤解しているようなら言っておくが、俺は今までに正義の組織にガセネタを持ち込んだことなんて一回も無いからなっ!」


明が冗談交じりにそんなことを言うが、亜美は不安そうな顔を消そうとはしない。


「…そんなに不安なら、その日だけ学校休んで隣町にでも遊びに行くか?バイト代も入ったし」


明の提案に、今度は亜美が首を横に振って答える。


「学園の皆を見捨てるようなことしたくない。それに、学園にいたほうが安全だよ。悪の組織の攻撃なんて、大したことなく撃退できるはずだよ。きっと」


たしかに、ヒーロー学園には生徒ヒーロー)を始め、警備員(ヒーロー)教師ヒーロー学食のおばちゃんヒーロー飼育小屋の鶏ヒーローと、学園関係者のほとんどがヒーローの学校だ。こんなところに攻め入ろうなんて、アリがゾウの群れに突っ込んでいくようなものだろう。


…と普通は思ってしまうだろうな。


明はそこまで楽観的な考えの持ち主ではなかった。


「だが、単純な戦力だけでは勝てない」


明の返答が予想外だったのか、亜美のは驚きに満ちた顔をする。


「それってどういう…」


「そろそろ学校に行こう、二日連続遅刻なんてしたらシャレにならねえからな」


明はそう言って無理矢理話を遮り、私服を脱いで、学校の制服に着替える。全身タイツは着たままだ。

昨日の昼間からずっと全身タイツを着ているため、少し臭っていた。



「ねえ!一体どういうこと!?お兄ちゃんはヒーロー側が負けると思ってるの!?」


家を出て早々、亜美に問い詰められる明。

その質問に、明はどう答えようかと考え、結局自分の意見をありのまま話すことにする。


「別に負けるとは言っていない、勝てるとは思わないってだけだ」


「なんでそんな事言うの!?」


亜美は怒気を含んだ声でそう言った。


「不意打ちってのは、俺が思っていたよりも絶大な効果を生む事を、昨日知った」


「…え?」


「単純な戦力では圧倒しているのに、不意打ちを食らっただけであっという間に状況は逆転する。油断していれば尚更な」


「…」


「急に悪の組織が攻めてきたとして、俺たちはマトモに戦えるのか?」


「ヒーローが…不意打ちなんかで負けるわけ無い。現に、お兄ちゃんだって能力を使えば簡単に勝てたはずだよ、例え死にかけていたとしても」


「そう、死にかけの状態まで追い詰められた、何もできずに無様にな。実戦経験の少ない俺たち生徒が奇襲なんて受ければどうなるか、想像はつくんじゃないか?」


おそらくパニックになるだろう。


「そして、蜘蛛の子を散らすように逃げていく」


少数の、勇気ある生徒は戦うだろう。


「そして数の力で潰される」


教師は生徒を護るのか?護れるのか?


「教師だって、混乱するだろうな。避難が先か、戦うのが先か。自己保身に走るヤツもいるかもな?あの学園の教師はほとんどクズばっかりだ。まあ、俺から見ればの話だが」


いくらヒーローが常人を遥かに凌ぐ力を持っていても


「万の軍勢が千に満たない兵士に負けることもある」


奇襲とは、ホントに厄介だ


「でもさ…」


亜美は静かに呟く


「二日後に攻めてくるのがわかっているなら、それはもう奇襲じゃなくなるよ?学園の皆にそれを話せば…」


「それもいいだろう、ただし、皆が話を聞いてくれればの話だけどな」


「あ!」


「『悪の組織が学園に攻めてきます』、皆が信じると思うか?亜美ですら俺の正気を疑っただろ?」


「…ね、ねぇ。お兄ちゃん?」


「悪の組織がここまで大規模な戦いを仕掛けてくるなんて、普通に考えれば有り得ない。今までこんな事は無かったからな、せいぜい街を半壊にする程度だ」


「でも、言ってみないとわからないじゃん?」


「なら、言ってみるといい。ほとんどの奴は、きっと信じないだろうよ。「悪の組織でバイトして得た情報なので、確実です」なんて言うにしても、牢屋行きで終わりだ」


「なんでそんなバイトしているんだよ?」


「なんで?ってそりゃあ、生活費を稼ぐためにだな。それは亜美も知っているだろ?」


「バレるとか思わなかったの?」


「まあ、少し悩んだりもしたけど、やっぱり亜美には不自由ない生活を送って欲しかったんだよ。バレたときは…まあ、その時考えるさ」


「ヘェー、じゃあ、その学園が攻められるってのも本当の話?」


「当たり前だろ?何回同じことを言わせ…」


その時、明は自分が会話しているのは亜美ではないことに気づく。


右を見る。


そこには亜美が立っていて、必死に明の左を指さしていた。


恐る恐る、左を見る。


そこには、金色の髪を腰まで伸ばし、見た目美少女と言っても差し支えのない、ヒーロー学園の女子制服を着た人物が立っていた。


「いやー、知らない間にまさかこんなに面白そうなことが始まっていたとは!オレを除け者にして二人で盛り上がってさー?ちょっとひどいとおもうんだけどー?」


そう言って、冗談っぽく笑う。


ヒーロー学園の制服に、流れるような金髪。

もちろん、明はその生徒と顔見知りだ。

話を聞かれた事に焦りを覚える明。


「な、なんでお前がここに?っていうか、もしかして、今の会話…」


「ああ、ちゃんと聞いていたぜ!」


バッチリ!とばかりに満面の笑みで親指を立ててサムズアップ。


この人物の名前は、山田タケシ。

卓朗と同じく、明の親友。

そして、女装趣味の男の娘だった。



「へぇ、そんな事があったとはな」


「お願いタケシさんっ!この事は黙っててくれないかな?」


亜美は二人の会話を遮って、タケシに頼み込んだ。

明の親友なのだ、きっとこの秘密は守ってくれるに違いない。

そんな、信頼にも似た感情を亜美はタケシに対して持っていた。

しかしながら、タケシは首を横に振る。


「悪いが、それはできない」


「ど、どうして!?」


「明が悪の組織で働いている事を知って、それを黙っていようものなら俺も処罰されかねない」


「そ、そんな…」


「だが、どうしても黙っていて欲しいというのなら、一つ、条件がある」


「条件?」


「ああ、俺の言うことを一つだけ、なんでも聞くってのはどうだ?」


そう言って、タケシはニヤリと笑みを浮かべ、亜美の体を舐めまわすように見つめる。

亜美は少しだけ迷った素振りを見せながら、意を決したように頷く。


「うん、いいよ。なんでも聞く」


タケシは目を閉じて、静かに言った。


「オレが今からすることを、怒るなよ?もちろん明もな」


そういった瞬間、今まで黙っていた明は突然血相を変える。


「おいタケシ!てめぇまさか!」


「おいおい、今更ナシにするなんて言っても遅えからな?交渉は成立したんだ」


そう言って、タケシはイヤラシイ笑みを浮かべ、亜美に近付く。

亜美は頬を少し紅潮させながらも、逆らう素振りを見せない。

この程度で済むなら安いものだ。亜美はそう考えていた。


「おい!タケシ!頼むからやめてくれ!それだけは…」


明の必死の懇願も意に介さず、タケシは亜美のスカートへと手をかけ――


「エーイ☆」


これ以上ないというほどの満面の笑みでスカートをめくった


スカートに隠されていた純白の下着が見えたのは一瞬、すぐさま亜美は真っ赤になりながらそれを押さえ、それでも、気にしていない、という態度を崩さなかった。


「も…もういいですか?」


「イエスっ!スバラシイ反応だよ亜美ちゃん!俺の琴線にこれ以上ないほど触れてるぜコノヤロウッ!」


そう言ってタケシはガッツポーズ


突然のスカートめくりに対して、亜美は落ち着いていたが、明は冷静にはいられなかった。


「タケシィ!てめぇ!殺してやる!」


明がタケシに殴りかかるが、タケシはそれをヒョイとかわし、明に話しかける。


「まあまあ、落ち着こうぜ?パンチラの一回や二回、どうってことないじゃないか?」


「んなことあるかぁ!」


明は、何度も拳を振り回す。一発一発が本気の一撃で、当たれば致命傷レベルの攻撃だ。

しかし、タケシは余裕の表情でそれを難なくかわす。


「当たらなければどうということはない」


「黙れっ!」


そう言って、大振りの攻撃を繰り出すが、やはりこれも躱す。


「オラァ!」


すぐさま明はタケシの避けた方向へ攻撃を繰り出す。

だがそれもまるで先読みされているかのように、バックステップで躱される。


ドンッ、とタケシは壁に背をぶつけ、足が止まる。


明はタケシを壁へと誘導していたのだ。


「…あ、ヤバイ」


そこに明の渾身の右ストレートが叩き込まれた。


ズガァンッ!


コンクリートの壁は粉々に砕け散り、辺りに破片が飛び散る。

知らない人が見れば、そこにトラックでも突っ込んだのかと思うだろう。


そんな攻撃の対象であったタケシはというとーー


「ちょっとした悪ふざけなのにそこまでマジになる!?お前どんだけシスコンなんだよ!?」


顔を青ざめさせながら、座り込んでおり、その頭上を明の拳が貫いていた。


「誰がシスコンだ」


「勘弁してくれよ、なんでそんなに機嫌悪いの?いつもならここまでマジにならないよね?何?俺を殺す気なの?」


「もう、二人ともその辺にして!あと、お兄ちゃんはこうなったのは自分が原因だってことしっかり認識しておいてよね!」


亜美は何事も無かったかのように二人を叱りつける。

タケシがスカートめくりをするなんて、今に始まったことではないからだ。


その時、近くの民家から、あー!という叫び声が聞こえる。

三人が振り返ると、小学生くらいの子供が家のベランダからこちらを覗いていた。


「ヤベッ!逃げるぞ二人とも!」


そう言って、タケシは一目散に走り出し、明と亜美もそれに続いて走り出した。



「ここまで来ればもう大丈夫だろ」


そう言って、タケシは汗を拭う。

運動して出た汗ではなく、単なる冷や汗だ。


「だといいけど…それより、なんでタケシさんは私達の家に来ていたの?」


「なんだ?俺が来ちゃいけねえってのか?」


その端整な容姿とは裏腹に、タケシの言葉遣いは少し粗暴で、女性らしさを欠いていた。


…男なので、当然と言えば当然だが


「そうは言ってないけど…」


気まずそうに言いよどむ亜美。

タケシは少しトゲのある言い方だったかと反省し、質問に答えてやることにする。


「卓郎がさ、昨日、オレにメールを寄越してきたんだよ」


そう言って、タケシはスカートのポケットからケータイを取り出して画面を見せる。


待ち受けには血まみれの明の写真が貼られていた。

亜美が思わず悲鳴を上げる。

タケシは亜美の反応を無視して話を続ける。


「死にかけの明の写真が添付されててさ、マジでビビったよ。傷は治したとは書いてあったけど、流石に心配だったから、こうしてはるばる様子を見に来たというわけ」


そのセリフを聞いて、明は微妙そうな顔をする。

あの時に写真を隠し撮りされていたこともそうだが、その日卓郎に口止めした筈なのに、あっさりタケシに伝わっていたからだ。


卓郎のあまりの口の軽さに、明は少し失望する。


明の表情から察したタケシは慌てて卓郎を擁護。


「卓郎はお前のことが心配だったから俺に相談してきたんだよ。オレたち親友だろ?友達が死にかけてたら心配するのが普通じゃないか。それに、悪の組織でバイトとか、そういう隠し事は水臭いぜ?…っていうか、なんかお前汗臭いぜ?」


タケシはハンカチを取り出して鼻を覆い、後ずさった。


「…全身タイツの匂いだな。昨日の昼から着たままだから」


「洗濯しろよ…」

田中タケシ

女装は趣味

金髪は染めてるだけ

能力は『視力』

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