四悪:全身タイツと秘密の計画
「やっぱり別のバイトにしようかな」
俺は私服の下に全身タイツを着て、街道を悪屋目指して歩いていた。私服は半袖なので、全身タイツを二の腕のところまで捲り上げている。
街の建物は巨大怪人とロボットの戦いによって破壊されており、建物の残骸がところどころに見受けられる。
ちなみにヒーローが勝ったらしい。
まあ、よくあることだから気にすることもないだろう。
町を歩く人々も、何事もなかったかのように普通に過ごしている。
怪人との戦闘なんて日常茶飯事だ、いや、実際には月に一度あるか無いか程度の頻度だが。
残骸の近くでは、ニュースのアナウンサーがカメラに向かって熱心に何かを話している。大方、ヒーローと怪人の戦いの説明だろう。
「バイト辞めますって謝りに行かないといけないな」
給料が高かろうと、悪の組織で働いているのはさすがにマズイだろう。
時給が安くても、普通のバイトで食いつないで行ったほうがいいな。
「悪屋の人たちには悪いけど、仕方ないよな…」
俺は深いため息をつく。それと同時に、グルルルルル…と腹が鳴る。
そういえば、朝飯は愚か、昼飯も食っていなかった。
俺は財布の中身を確認して、もう一度、さらに深いため息をつく。
三百円と少し、俺の手持ちの金であり、残りの財産は亜美が管理している。
俺たちに金銭的に余裕がないことがよくわかると思う。ギリギリの生活こそできているが、貯蓄…もとい児童養護施設を出るときに学園から渡された僅かばかりの生活費、これも、どれだけ節約しても一ヶ月と経たないまま無くなるだろう。それに、事故に遭ったり、病気に罹ることもあるだろう、当たり前のことだがやはり出来るだけ多くの金が欲しい。
腹いっぱい飯を食えるようになりたいし。
「なるべく安いもので済ませるか…」
コンビニ弁当なんてどうだろう?と思い、コンビニを目指す…が、このあたりにあるコンビニはすべて潰れていた。物理的な意味で。
「ラーメンはどうだ?」
潰れていた。しかし、隣で業している牛丼屋は無事だった。
運が無いな、ラーメン屋。
「牛丼にするか…安いし」
俺は牛丼屋へと入っていき、ひとつだけ空いていたカウンター席について、一番安い牛丼を頼む。思っていたより混雑していた。他の店が潰れたからだろう。
三分程で牛丼は出来上がり、俺は心の中でいただきます、と言ってから食べ始める。
一杯二百八十円の牛丼だ。米の一粒も残さず食べなければ…
牛丼も食い終わり、会計を済ませ、店から出ていこうと後ろを振り返る。
その時、店の自動ドアが開き、一人の客が入ってくる。
その人と目があった瞬間、俺は自分の運の無さを呪い、牛丼屋に入ったことを後悔した。
「あっ!」
客というのは紫さんだった。
紫さんは驚いたような声をあげ、すぐさま流れるような動作で腰からナイフを抜き、俺に向かって切りかかってくる。
俺は一歩下がってそれを紙一重で躱し、反射的に腹へと蹴りを食らわせる。
カウンターは想定していたらしく、バックステップで蹴りの威力を軽減される。
しかし、その程度ではヒーローの蹴りの威力を殺しきれ無かったようで、そのまま店の外へと吹き飛んでいった。
紫さんとのエンカウント率高すぎだろ。
俺は街道へと吹き飛んで行った紫さんを見ながら、そんなのんびりとしたことを考え、すぐさま血の気が引く。
「本気で蹴っちまった…」
普通の人間にヒーローが容赦なく暴力を振るえばどうなるか、俺はよく知っている。大怪我どころでは済まない、小さい頃に年上の子供を骨折させてしまったことを思い出した。あの時はまだ子供で、腕力もそこらの大人と同じ程度だった。だから骨折程度で済んだが、今回は違う。
今の俺は高校生。当然だが力もついているし、本気で人を蹴れば、瀕死の重傷を負ってもおかしくない。
紫さんに慌てて駆け寄り、抱き起こして、声をかける。
「大丈夫ですかっ!?しっかりしてくださいっ!」
自分でやっておきながら何を言っているんだ、と自己嫌悪しながら、どうすればいいのかわからず狼狽える。その時、後ろから声がかかる。
「君、ちょっとどいてくれるかな?」
振り返ると、三十代くらいのやや背の高いおっさんが立っていた。
「安心してくれ、私は医者だ」
おっさんは俺の隣に座り、紫さんの手首を取って、脈を取リ始める。
俺はあわてて紫さんから離れて、少し離れた所から様子をうかがう。
「大丈夫、頭を打って気絶しているだけだ、命に別状はないよ。この人は君の知人かい?」
医者を名乗るおっさんは、そう言って立ち上がり、俺に問いかけてくる。
とりあえず医者の質問には肯定で返しておく。
「ええっと…はい、そうです」
俺は一瞬迷ってから、そう答える。
「そうか、ならこの人をどこかで休ませてやるといい。私は仕事があるからこれで」
そう言って、おっさんは立ち去ろうとするので、俺は慌てて礼を言う。
「あ、あのっ!ありがとうございます!」
おっさんは振り返り、薄く笑うと、言った。
「どういたしまして」
おっさんは今度こそ立ち去って行った。
とりあえずは良かったと安心して、ため息をつく。
もしもの事があったら一生後悔していたところだ。
あの医者には感謝しなければならないな。
・
・
・
「やっと着いた」
俺は気絶した紫さんを背負いながら、悪屋へとたどり着いた。
私服は悪屋へ歩いている途中、人目に付きにくい場所で脱いで鞄の中へ、覆面と手袋をつけて、全身タイツ姿になっている。
階段を登り、ドアを開けようとすると、それより先に葵さんが出てきた
「あれ?戦闘員君と…紫?一体どうしたの!?」
葵さんは紫さんが気絶しているのを見て、顔を真っ青にして駆け寄ってくる。
「あ、あの、実は紫さんが街でヒーローと戦ったらしくて…」
咄嗟に思い付いた嘘をつく。「俺がボコりました」なんて言えるわけがない。
葵さんはそれを聞いてさらに顔を真っ青にして…
…バタリ
倒れた
「え?葵さん!?しっかりしてください!」
・
・
・
悪屋二階の事務室。
そこのソファに俺と結さんは座って向かい合っていた。
机の上にはコーヒーの入ったカップが二つ、ならべられている。
「見苦しいところを見せてしまって悪いな、葵の奴は普段は冷静なんだが、家族の事となると途端に冷静さを欠いてしまうんだよ」
結さんはコーヒーを飲んでから、そう言った。
悪屋には結さんも居て、俺が気絶した葵さんを見てあたふたしているところに現れ、冷静に対処してくれた。
葵さんと紫さんは今、三階の寝室で寝ている。悪屋の三階は結さんたちの家になっているらしい。
「いえ、こちらこそ、新しい戦闘スーツを頂いて、誠に恐縮です」
「いいんだよ、どうせ有り余っているんだからさ、それよりも、紫がヒーローと戦ったというのは本当か?」
結さんは少し心配そうな顔つきでこちらを見つめてくる
「はい、ヒーロー学園の生徒と戦ったそうで、僕が居合わせた時には既に決着がついていました。それで、その…たまたま通りすがった医者の言うことには、命に別状はないらしいです」
「そうか、気絶だけで済むとは紫は運がいい。普通なら大怪我では済まないだろうからな」
妹が危険な目に遭ったというのに、結さんは随分とリアクションが小さい気がする。少し薄情ではないだろうか?…いや、きっとこういうことはよくある事なのだろう。いちいち気にしていては神経をすり減らすだけだから、あえて気にしないようにしているに違いない。
それよりもまず、俺が今日、ここに来た目的を果たさなければ。
「それでですね…その…あの…」
「なんだ?何か言いたいことがあるなら言いたまえ。私に遠慮することは無い」
「…このバイト辞めます」
「…え?」
俺がそういった瞬間に、結さんの雰囲気が変わった。
さっきまでの冷静さは跡形もなく、焦燥感に包まれていた。
「な、なんで辞めるだなんて、だってまだ始めたばかりだろう?
何か気に入らないところがあるのか?もしそうならば直そう!
紫に仕事を押し付けられたからか?それならちゃんとあいつには言っておいたから安心してくれ!
昨日の分の給料もらっていなかったからか?それなら安心してくれ、ちゃんと用意してある!」
結さんは俺を辞めさせまいと必死になっていた。
あまりの剣幕に、俺は思わず立ち上がり、後ずさりする。
ガタッ、ドサドサッ
足が事務机に当たり、上に乗っていた書類の山が崩れ落ちる。だが、今はそんなことを気にしている暇は無かった。
何とかして結さんを説得して、このバイトを辞めないと。
「倒れている紫さんを見て思ったんです!やっぱりこの仕事は危険だと!命を懸けてまで金を手に入れるのは割に合わないと!」
思いついた嘘を並べ、結さんにぶつける。しかし、結さんは諦めずに俺を説得しにかかる。
「だったら大丈夫だ、悪屋は戦闘関連の仕事をすることはほとんどない!ほかの悪の組織の作戦計画の為の情報収集や雑務、武器の用意なんかがメインの仕事なんだ!命に関わるようなことはさせないと約束しよう!」
なるほど、だから書類仕事をやらされていたという訳か。
だが、悪の組織を辞める理由は危険だからじゃない、ここが悪の組織だからだ。
この職場そのものが俺の辞める原因。身勝手ではあるが、このバイトは辞めさせてもらう。
「それでも、ヒーローに目をつけられないとは限りません!悪の組織に加担して牢屋にぶち込まれるのは御免です!迷惑なのは承知ですが、この仕事を続けることはできません!」
結さんは何か言おうとするが、悲しそうな眼をしてうなだれる。
「そうか、そこまで言うのなら仕方ないな…」
「その…ごめんなさい」
「君が謝ることは無い。確かに、君の言うことは正しいよ。この仕事は危険だし、犯罪者の片棒を担ぐような仕事だ」
「…」
「君の仕事っぷりには驚かされたよ。あれだけの仕事を一日で終わらせてしまうのだからな、流石としか言いようがない」
「…」
「紫の奴も君のことを褒めていたよ、あいつが他人を褒めるなんて珍しいんだぞ?」
「…紫さんが?」
「それにな、『これだけ仕事ができるのなら給料アップさせるのはどうだ?』とも言っていたよ。まあ、君は昨日は給料を受取忘れて帰ってしまったが…」
「ごめんなさい…でも、やはりこのバイトを続けるわけには…」
「ああ、わかっている。二人には私から言っておくよ、短い間だったが、お疲れ様。もし気が向いたらまたここへ来るといい、遊びに来るだけでも私たちは歓迎するよ」
そう言って、結さんは立ち上がり、事務机の中から封筒を取り出して俺に差し出す。
「君の給料だ、受け取ってくれ」
「…ごめんなさい」
「こういう時は「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」というのが正解だ。やり直し」
「ありがとうございます、その…ありがとうございました」
俺は腰を折り曲げて、深くお辞儀し、封筒を受け取る。
結さんは微笑むと、言った。
「どういたしまして」
「あの、せめて最後に俺が落としてしまった書類だけでも俺にやらせてください。…給料は要りませんので」
そう言って俺が指差したのは崩れ落ちた書類の山。先ほど俺が机に脚をぶつけて崩してしまった物だ。
せめて、これだけでもやっておこう。それがけじめというものだと思う。
「君がそうしたいというのなら、そうすればいい。ただし、給料は払わせてもらうよ?でないと私の気が済まないからな」
結さんは了承してくれた。
俺は礼を言って、落ちた書類を拾い集め、自分の机…もうすぐ俺の物ではなくなるが…の上に置いて、昨日と同じように仕事を始める。銀行強盗、町の侵略、ヒーローの本拠地の攻撃計画など、様々な計画についての情報をまとめていく。昨日は集めた情報の整理や、雑用的な仕事だったが、今回は計画に必要な情報を、集められた情報の書かれた書類から探し、割り振っていくというものだ。
つまり、ほかの悪の組織からは計画を行う日付と場所を書かれた書類を渡されるので、俺たち悪屋はその場所の地形や、現れる可能性の高いヒーローの情報を探し、その書類と一緒に送り返すというものだ。
自分の組織でやったほうが効率的ではないか?とも思ったのだが、
結さん曰く、「悪の組織全体で結託して、情報を集め、一つの場所で管理、使用しよう」と考えてこの組織を作ったそうだ。
つまり、今まではそれぞれの組織で別々に情報収集していたが、悪屋を中継して悪の組織同士で情報を共有しよう、と。
の考えに賛同した複数の悪の組織が、悪屋に情報を売ってしてくれたり、情報を買ってくれたりしているらしい。
思っていたよりも重要な立場にあるんだな、この組織。
結さんは俺の作業スピードに驚いていた。自慢じゃないが、ヒーローならこの程度、朝飯前だ。
それにしても、悪の組織も随分とたくさんの計画を練っているようだな…などと考えていると、ある一枚の書類が目に付いた。
俺は思わず手を止め、その書類をまじまじと見つめる。
結さんは俺の手が止まったのを見て、眉根を寄せる。
「どうした?」
「いえ、何でもないです。ちょっと疲れてしまって。それよりも結さん、ここにある書類の計画って詳細は分からないのでしょうか?計画の目的とか」
「詳しいことは分からないな。飽くまでもこの組織は計画に必要な情報、雑務、武器の開発が仕事だ。他の組織の計画にいちいち首を突っ込むことは出来ない。そんなことをすれば契約を切られかねないからな。なにか気になる事でもあったのか?」
「いえ、どうなのかなぁ、と思っただけです。気にしないでください」
そう言って俺は再び手を動かし始める。
仕事が終わったのは、午後五時ごろだった。
俺は静かに立ち上がり、結さんの前に立って言う。
「結さん、やっぱりこの仕事続けさせて下さい」
「え?」
結さんは驚いた様子でこちらを見つめ、聞き返してくる。
まあ、それも仕方ないことだろう。
さっきまでバイトを辞めると頑なに言い張っていた奴が突然、「続けさせてくれ」などと言い始めるのだ。
「このバイトを続けさせて下さい。この通りです!」
俺は床に正座した上で、手のひらを地に付け、額が地に付くまで伏せる。
いわゆる土下座である。
「え!?戦闘員A!頼むから顔をあげてくれ!どうしたんだ一体!?」
「やっぱりこの仕事を辞める訳にはいきません!頼みます!勝手なのは重々承知ですが、俺を、雇ってください!」
必死に懇願する。
どれだけ醜態をさらそうとも、このバイトを何が何でも辞める訳にはいかなくなった。
俺が見つけた一枚の書類。そこにはある計画の開始予定地と、開始日時が示されていた。
そして、作戦名も。
『ヒーロー学園生徒抹殺計画』
どこの中二だよ(笑)
…などと言って笑い飛ばせればどれだけ楽だろう。
だが、これは悪の組織の計画書。
冗談でなければ、夢でもない。
開始予定地はヒーロー学園とその周辺の町。
つまり、この街全体を巻き込む作戦だということだろう。
街のあらゆる地形と、学園の構造に関する資料、そして出没するヒーローの情報を要求されていた。
開始日時は四月五日
今日は四月二日だから、三日後になる
制限時間は三日。
この計画は…この計画だけは、何としても、阻止しなければならない。
キャラ紹介ナウ
戦闘員A
仕事の出来る変態